軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

本音が言えない

聖女リーナの部屋にたどり着く。ちょうど、そこでは五人の実行犯たちが特別な椅子に座らされて闇属性魔法にかけられているようだった。

広い部屋の片隅、五つの椅子が円形に配置された場所から少し離れたところで、ルシアンとリーナが話している。

「ルシアン殿下は私が使えない闇属性魔法をたくさん使えるから助かるわ」

「スレヴィをここに置いていくためなら俺は何でもする。エステルとの平穏で幸せな日々の邪魔者は排除したい」

(⁉︎)

エステルがいない場所でも、真剣な顔で大真面目に重い愛を語るとは。偶然にもそんな会話をしているところで扉を開けてしまったエステルは、気まずさに打ち震えるしかなかった。

(タイミングが……悪かったわ……)

つい少しばかり前に「早く結婚したい」と聞いてしまったエステルは、まだその答えを伝える心の準備をしていないのだ。それに、とにかく気まずい。

(一旦開けてしまった扉を閉じて……しばらく廊下で待とうかしら)

そんなことを考えたものの、使い魔のクロードは空気を読むことがない。

「ルシアン、エステルを連れてきたにゃ」

「⁉︎」

大声で宣言されてしまったので、エステルはあわあわとした。ちなみに、エステルをいつものように闇聖女とは呼ばず、きちんと名前で呼んだのは同じ闇属性魔法を使うリーナに気を遣ったのだろう。

けれど、エステルの居心地の悪さについても少しは気にしてほしい。

「クロード、ご苦労だった。こっちも一通りは終わった。精神に干渉する類の魔法を使ったから、念のため向こうで話すか」

ルシアンはそう答えると、慣れた仕草で自然とエステルの肩を抱きバルコニーへと案内する。後ろをついてくるリーナが、興味津々にまじまじとこちらを見ているのを背中いっぱいに感じる。

(ルシアン様にとっては当たり前のことかもしれないけれど……!)

エステルは、ルシアンが本当に隠したかったと思われる「早く結婚したい」を反芻しながらエスコートされるしかなかった。バルコニーではスレヴィが一人で待っていた。

おそらく、闇属性魔法の使い手ではなく精神に干渉する類の魔法に耐性がないため、締め出されたのだろう。不満げな表情から経緯が手に取るようにわかる。

けれど、エステルを見つけたスレヴィはいつものように人懐っこく笑った。

「エステルとクロードも戻ってきたんだ。おかえり」

「ただいま戻りました。招待客の皆さん、無事に帰って行ったわ」

「うん、見てた」

手すりに腕を乗せ、王城の外を見つめるスレヴィの視線の先には帰っていく馬車の明かりが見える。城下町へと続く、その点々とした光が幻想的だ。それを見つめながら、スレヴィはため息を吐く。

「僕、一応はこの誕生日パーティーを乗り切ったことになるんだけど、全部ルシアン殿下とリーナのおかげだったな。守られるばかりで、二人がかっこいいなって思ってる間に全てが終わってた」

それを聞いていたルシアンはさも当然というように腕組みをする。

「感謝するといい。これで心置きなくフリード国に戻って来られるだろう? エステルのカフェに居候する必要はなくなったな。よかった、これで何の問題もなくなる」

「王子様、それ王子様だけの問題だにゃ」

「……⁉︎」

クロードがいつも通りに突っ込んだところで、ルシアンは大人気ない本音がだだ漏れていたことに気がついたようだ。口を押さえて黙り込んでしまったが、顔色が紫色になることはない。目を閉じ、精神統一をしているようだ。

なるべく苦しくない方法で本音だだ漏れを回避するための、新しい手段である。

いつもならここで本音に恥ずかしくなって赤くなるだけのエステルだったが、少しルシアンの気持ちがわかってしまう。

スレヴィと暮らすのは楽しかったものの、この前ルシアンと過ごした甘い夜のことを思い出すと、ああいう時間がなくなってしまうのは寂しいような気がしていたからだ。

(私は初めてできた弟のような存在にはしゃいでいて、何もわかっていなかったのかもしれないわ……)

その瞬間の感情を優先させたせいで、ルシアンにだけ嫌な思いをさせていたことを察し、申し訳ない気持ちになる。

一方、いつの間にかスレヴィと並び、王城から城下町への景色を眺めていたリーナは真剣な瞳で口を開く。

「今夜は乗り切ったけれど、私はこの誕生日の夜にスレヴィが死んだり誰かに捕えられたりということしか知らないの。明日からは何が起きるのかわからない。……その手がかりを少しでも知るためにルシアン殿下に闇魔法を使ってもらったのだけれど……まだ有力な情報はないのよね」

「精神に干渉する類の魔法を使ったと仰っていましたよね。一体、どんな闇魔法を使ったのですか?」

エステルが問いかけると、ルシアンが教えてくれる。

「自白に導く闇属性魔法ををかけた。心の鍵が開いて、何でも聞かれるがまま話してしまう、最悪に性格が悪い魔法だ」

「自白に……。そのうえで有力な情報がないというのは、彼らの自白に共通点はなかったということでしょうか?」

「いいや。そう判断するにはまだ早すぎるかな。本当に知りたいことを自白させるまでには数日かかることも多いんだ。本当は拷問にかけた方が早いところではある」

ルシアンの言葉に、リーナが厳しい表情になる。

「これまでに、何度か捕まえた犯人を拷問にかけたことはあったけれど、裏で糸を引いている人物については絶対に口を割らなかったわ。無駄よ。やっぱり精神に干渉する闇属性魔法じゃないと。……私にはそういう攻撃系の闇属性魔法は扱えないから、ルシアン殿下がいてくださって本当に良かったわ」

リーナがルシアンのことを褒めるのを聞いていたスレヴィはあからさまにしっぽを下げ、三角の耳をしゅんと折る。

「やっぱり、僕はリーナに守られてばかりだ。ルシアン殿下にもすごく助けてもらって……リーナの理想の人には程遠い」

(スレヴィ……)

自覚しているか定かではないが、スレヴィは明らかにリーナに対して特別な感情を持っている。あとはリーナが気持ちを伝えれば、きっと二人は収まるところに収まるはずなのに。そうならないのが見ていてもどかしかった。

「⁉︎ スレヴィは何を言っているの? 私は……っ」

リーナがスレヴィの『リーナの理想の人には程遠い』を否定しようとしたその瞬間、言葉が詰まった。一生懸命話そうとしているのに声にならなくて、必死に口をぱくぱくさせている。

そのうちに、顔色が紫になり始めた。

(! これは呪い返しだわ。きっと、リーナ様はスレヴィに自分の好きな人はスレヴィだと言いたいのね。けれど、最初に禁呪を使ったときの呪い返しのせいで言葉にできない……)

「リーナ様」

せめてリーナの背中をさすろうと一歩踏み出したエステルだったが、意外なことに先にスレヴィが割り込んだ。

「大丈夫、リーナ⁉︎ 苦しそうだけどどうしたの⁉︎」

「大丈夫、よ……。私は、ただ……っ」

額に汗を滲ませながらもリーナは言葉を紡ごうとする。けれど、言おうとすればするほど息苦しそうになり、呻き声しか出ない。

「……っ。くっ……!」

「リーナどうしちゃったの⁉︎ もしかして、さっきのパーティーで何か毒のようなものを口にしたとか⁉︎ ルシアン殿下、どうしよう!」

真っ青になって心配するスレヴィだったが、ルシアンは答えない。けれど、興味がないようにも見えなかった。何かを待つように、静かに見守っている。

(どうして? ……そうだわ、私がリーナ様の呪い返しのことをお話しすれば)

そう思って一歩前に出ようとしたエステルだったが、それはルシアンに止められてしまった。

優しく腕を掴まれたエステルは抵抗する。

「⁉︎ ルシアン様? どうして止めるんですか」

「だめだ。俺だったら、ここでエステル経由で想いを伝えられたら後悔する」

「それはその通りですが、でも」

「大丈夫。見ていて」

「!」

ルシアンの低く響く声でエステルが落ち着きを取り戻したのと同じように、リーナも次第に呼吸が整い、普通に会話ができる状態に戻ったようだった。

ゆっくりと深呼吸をして、額に浮かんだ汗を拭きながらいつも通りに微笑む。

「……ごめんね、もう大丈夫よ。びっくりさせちゃったわね」

それを聞いたスレヴィは悲しそうにしゅんとする。

「リーナは僕が頼りないから話してくれないんだね。ルシアン殿下もエステルも、リーナが具合悪そうにしている理由をちゃんとわかっているのに……僕がだめだから、リーナは話せないんだ」

「そうじゃないわ。ほんっとうに、スレヴィは手がかかるわね……」

年上らしく微笑んだリーナは、スレヴィの頭を撫でようと手を伸ばした。

ぎゅっ。

けれど、呆れた表情を浮かべたリーナの手を、スレヴィがしっかりと掴んでいる。

「なっ……何⁉︎」

意外な展開に驚き、ルビー色の目を丸くしたリーナにスレヴィははっきりと告げた。

「リーナの理想の人がルシアン殿下なんだったら、僕もそうなれるように頑張るよ。僕には高すぎる理想だけど……ルシアン殿下みたいになったらリーナの側にいていいかな。今夜、僕はリーナに救われたけど、本当は不満なんだ」

スレヴィの突然の告白に、バルコニーはしんとする。さっきまで耳を折り、しっぽを地面につけて悲しそうにしていたスレヴィの姿はない。頬を染めて、リーナのことをまっすぐに見つめている。

「は……はい? えっ? まっ……え? えっ⁉︎」

言葉の意味を少しずつ理解して挙動不審になり始めたリーナに、勢いをつけるように唇を噛んだスレヴィが真剣な表情で念押しをする。

「ルシアン殿下と一緒にいるリーナを見てわかった。僕はリーナが好きなんだ」

「……!」

「リーナに釣り合うように頑張るから……僕に少しでも可能性があるのなら、頷いてほしい」

「わ、わたし……」

うれしそうに微笑んだリーナはこくこくと頷く。

想いが伝わったことに感極まったらしいスレヴィはリーナのことを抱きしめた。

とんでもないスピード展開に安堵していると、エステルの腰にルシアンの手が回る。

「……邪魔をしては悪い。行こうか?」

「はい」

ルシアンに小声で誘われて微笑んだエステルは、バルコニーを後にする。

(頷くだけなら、息苦しくなることもないものね。……本当によかった)