作品タイトル不明
60.クッキー
暫くすると、出来立てのオニオングラタンスープが運ばれてきた。
玉ねぎの旨みが溶け込んだスープと、パンの香ばしい香り。食欲がなかったはずのお腹から、ぐぅぅと低い音が鳴る。
傍にいるマリーにも聞こえたはずだが、彼女は気づかない振りをしているのか、黙々とカトラリーの準備をしていた。
「いただきます……」
ふーふーと息を吹きかけながら、スープを食べ進める。
じっくり炒めた玉ねぎは、甘くて口の中でとろけていく。
パンは舌で押し潰すとジュワッとスープが溢れ出し、チーズの塩気もいいアクセントになっている。
スプーンが止まらない。私は体調が悪いことも忘れて、あっという間に完食した。
「これだけ食欲があれば、安心ですね」
マリーは食器を手早く片付けると、水の入ったグラスと焦げ茶色の粉末を用意した。
「薬です。お飲みください」
「はい」
粉末の薬は、飲むのがちょっと苦手だ。粉が口の中に広がるし、むせてしまうこともある。
しかしそんな子供のようなことを言っていられない。私は勇気を出して薬を口に入れると、水をぐいっと呷った。
「ぐっ……」
とてつもなく苦い。苦すぎる。
スープを飲んで幸せだった気持ちが、一気に吹き飛んでしまった。
「よく頑張りましたね。ご立派でしたよ」
「ふぁい……」
空になったグラスに、マリーが水差しで水を注ぐ。
それを飲んで一息ついていると、
「後で甘いものでもお持ちしましょうか?」
「甘いもの……でしたら、クッキーが食べたいです」
マリーは「もう少し手の込んだものでも……」と残念そうに言うが、私の答えは変わらない。
体が、サクサクとした食感と素朴な甘さを求めていた。
それからまた暫くして。
「アニス様、クッキーが焼き上がりました」
マリーが自分で焼いたというクッキーを見て、私は目を丸くした。
「こ、これって……」
前にポワールから貰った蝶の形をしたクッキーだ。
アイシングで細部まで描かれた翅の模様。食べるのが、何だか勿体ないと思ってしまう。
「クッキー作りは、昔からの趣味なのです。オラリア家で働くようになってからも、たまに焼いております」
「そうだったんで……あれ?」
私は首を傾げた。
「どうなさいました、アニス様?」
「あの……以前ダンスの特訓の後に、いただいたクッキーは……」
プロ級の腕前を持つマリーが、あのような歪な形をしたクッキーを焼くとは考えにくい。
「特訓の後? 何のことでしょうか」
「えっ。そ、それじゃあ、あれは一体どなたが……」
「……ああ、そういうことでしたか」
マリーは合点がいった様子で頷き、私にある事実を教えてくれた。
「そのクッキーは、恐らくユリウス様が焼かれたものです」