軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

神象に至るアーベントロート

ファステイア。それはシャングリラ・フロンティアに降り立ったプレイヤーの殆どが最初に訪れることになる始まりの街……だが今日に限っては、あるいは今日を以てその常識は覆される。

「……なあ、なんか高レベルプレイヤーが多くないです?」

「いや、自分も始めたばかりなので……」

意気揚々とこのシャンフロの世界で自分だけの物語における主人公にならんと初めてのログインを行なったプレイヤー達は、自分達と似たような装備の開拓者達の中に明らかな高レベル装備を纏うプレイヤーが混じっている事に何事かと声を潜める。

しかもそれは一人や二人ではないのだ、少なくとも人間一人の視界に収まる範囲だけでも十数人はいる。あるいは強者に弱者達が道を譲るかのように生まれた不自然な空白がいつくもあるからこそより目立つのか。

「あのー……?」

「ん?」

「ちょっとお聞きしても、いいですか?」

「あ、いいですよー。なんでここにいるか、でしょう?」

「あ、はい。ここ……チュートリアルみたいなもんですよね?」

例えば高レベルプレイヤーのリアルでの知り合いが新たにゲームを始めるからそれを迎えに来た、とか。

その可能性がゼロというわけではないが、今尚数が増える高レベルプレイヤー達が全員そうだとは思えない。では何故?

見るからに始めたてと言わんばかりの弓使いにそう問われた剣士は苦笑いしながら疑問に対する解答を口にする。

曰く、つい先日から最前線のプレイヤー達に広まった「とある噂話」がファステイアに不釣り合いな強者が集う理由であるらしい。

そして公式からアナウンスされたわけでもない単なる「噂話」にこうも人が集まったのはその 発端(・・) となった噂の発信源と、それを広めたクランにある、とも。

「あー、「ツチノコさん」って知ってる? 結構有名人なんだけど」

「ツチノコさん……NPCですか?」

「いや違う、このゲームで初めてユニークモンスターを倒したプレイヤー。滅多に人と関わらないというかそもそもどこで何してるか分からないからツチノコって言われてるんだけど」

どうやらそのツチノコさんとやらが「ファステイアで何かが起きる!」とシャンフロ最大の考察クランに情報を流し、それをそのクランが広く発信したことが理由であるらしい。

聞けばそのツチノコ氏は前人未踏を進み続けるような人物らしく本人が神出鬼没な事もあって一体どれほどの未知を抱えているのか、それは本人にしか分からないとか。

「ユーザーイベントですかね?」

「どうだろうね、でも色々やりまくってる人が言うなら待ってみる価値はあるし……って感じで人が集まってるんだと思うよ」

成る程、とひとまずの納得を得た駆け出しの弓使いは「レイジ」とプレイヤーネームを頭上に表示する剣士へと頭を下げる。

「ちょっと自分も待ってみます」

「うーん、始めたてで参加できるかは分からないけど何かは起きそうだしそれも良いかもですね」

そもそもこのレイジというプレイヤーも具体的に何時から何が起きるのか、という詳細を知っているわけではないので初心者プレイヤーと高レベルプレイヤーが混ざり合う緊張状態はしばらく続き……そして日が沈んだ頃に「それ」はやってきた。

「…………」

高レベルプレイヤーというものは多かれ少なかれ充実した装備を持っている。つまり彼らの歩く際の「音」は初期装備あるいはそれらを売り払った無装備状態特有の足音とは異なっている。

だがファステイアに現れたその男の足音は無装備状態のサンダルが立てる音だった。ではその男は始めたてのプレイヤーなのか? 否、あくまでもそれは足音だけに限定した話だ。

「ツチノコさんってあれか……」

「なんだあの変なリーゼントみたいな頭装備」

「なんでファンタジー世界で改造学ラン着てるんだ……」

「当たり前のように見た事ない装備ばかりだ」

「ていうかなんかボロボロじゃね?」

ほとんど半裸の上から膝下、脛あたりまで裾が伸ばされた黒いコートのような……とはいえデザインを見るに学生服をコートのように改造したものと思われる「いつの時代のファッションだよ」と言わんばかりの格好をした男がざりざりと砂利を蹴飛ばしながらファステイアを進んでいく。

「あの人が?」

「うーん、二回くらい会ったことあるけどその度に違う姿してるから確信は持てないけど、多分」

最前線のプレイヤーはフォルムチェンジするのか、と当たっているようで当たっていない感情を帯びた眼差しを浴びつつもツチノコ氏……あるいはサンラクは歩き続ける。と、その顔をすっぽり覆う奇妙な形をした頭部が、ともすればロボットに見える無骨な「眼」が弓使いと剣士を捉える。

よもや自分の不躾な眼差しが、と一歩後ずさる弓使いを他所に夕陽を浴びながらつかつかと近づいてきたサンラクは 剣士(レイジ) の頭上に表示された文字に目を凝らし……

「……ん、あれレイジ氏?」

「あ、ども……」

「久しぶりっスね。ジークヴルム戦以来かな?」

「大体そんくらい、かな」

「いやー、装備が変わってたから一瞬誰かと」

「ははは………」

どうやらこのレイジというプレイヤー、噂のツチノコ氏と顔見知り以上の関係であるらしい。レイジがぼそりと「あんたほど見た目は変わってねーよ……」と呟いたのは幸か不幸か呟いた本人にしか聞こえなかったようだが、弓使いがレイジを見る目に敬意が混じる。

何故か異様にダメージを受けている様子のサンラクは弓使いの方にもちらと視線を向けると……なぜか首を傾げるもすぐに視線を外した。

「なぁサンラク…さん、今回は一体何をやるんだ?」

「ん? んー……マップ開放、本当はもっと早くやるつもりだったんだけど予想外に道草を食わされた。とんだ厄ネタじゃねーかなんで俺に押し付けるかな……」

ボソボソと何かをぼやいている様子のサンラクであったが、それをレイジや弓使いが聞き取ることはできなかった。兜が顎の先からつむじに至るまでを完全にすっぽりと包むデザインであるからか、その声はどうにも籠っているのだ。

と、そこにレイジや弓使いよりも、当然その二人よりも背の高いアバターを使っているサンラクよりもさらに小さな影がサンラクを見上げながら近づいてきた。

どこか休日の朝に放送しているアニメにでも出てきそうな衣装に身を包んだ少女が口を開き……

「やぁサンラク君、サードレマでの噂は聞いてるがもしかして君かな?」

百歩間違えても少女の喉から出る音ではない声色が発せられ、レイジと弓使いは驚愕に目を見開く。尤も、曲がりなりにも新大陸からの帰還者であるレイジは「知ってはいたが実物を初めて見た」という驚愕であり、始めたばかりの弓使いは「完全に虚を突かれた」という驚愕であったが。

恐るべき低音の少女……キョージュの問いに対してサンラクはといえば、どこかバツの悪そうなそぶりを見せながらぼそりと言い訳がましく呟く。

「あー……俺のせいでもあり俺のせいじゃねぇでもあり……いや俺のせいかな、放置してたし」

「ふーむ……サードレマにいたウチの者からは「あれは酷い」と実感のあるコメントを貰っているのだがね」

「いやまぁあれは酷かったけどさぁ……」

ふと弓使いは気づいた、サンラクが言葉を交わしながらもなにやらメニュー欄を操作していることにだ。恐らくアイテムか何かを取り出そうとしているのだろうか?

「さてキョージュ、 この先(・・・) には何がある?」

「プレイヤーがゲームを開始した時に最初に踏む地……スポーン地点だね。いや、はぐらかすべきではないな……山と断崖、それだけさ」

「ああそうとも、見た限りではそれしかないが……ビギナーノービスルーキー達には悪いがこればっかりはリアルタイム進行の定めと諦めてくれってな」

虚空から実体を得てサンラクが握りしめたものは銃……いな、グリップと引き金こそ備えているが弾丸を飛ばすための銃口が存在しない「銃の形をした何か」だ。

それを空へとかざしたサンラクが言い聞かせるように、もしくはただの独り言であるかのようにこの世界の「謎」を問う。

「神代に始まり、古代を経て今に至る。開拓者がどこに去るのかはどうでもいい。 どこから来たのか(・・・・・・・・) ? その答えは本人から聞こうか……なぁそうだろう、「勇魚」から聞いたぜ、お前の名前は「象牙」、あるいは……」

カチン、と引き金を引く音がいやにはっきりと響いた。瞬間、銃型のデバイスの周囲に大量のウィンドウが発生し、その収束と同時に光が放たれる。

始めたての初心者達は理解した、これが高レベルプレイヤー達が集まった理由なのだと。

高レベルプレイヤー達は理解した、これが噂に聞いた「祭り」の正体かなのだと。

そして祭りの開催者は犯人に指を突きつける探偵の如く、確信と共にその名を言い放つ。

「バハムート三番艦…… ベヒーモス(・・・・・) !!」

大地が揺れる、山が鳴動する。プレイヤーもNPCも分け隔てなく揺れる、揺れる、揺れる。突然の地震に立っていられない者もいる……だがそれは地震などではない。

この世界には精密な地図が存在しない。だが人の営みが国を形成して大陸を統一する程度には進んでいる旧大陸ではそれなりに上等な地図が存在する。

だが、その地図は今日をもって一つ前の世代へと貶められた。何故ならば、このファステイアにおいて地図の形が変わるからだ。

「なんだぁ!?」

「木が、消えてる……?」

「山が……!!」

「いや山じゃないぞ!!」

「こ、光学迷彩!?」

人類種達が見つめる先、隆起した山がその姿を変えていく。生い茂っていた木々はその本性……実体を持つホログラム迷彩としての役割を終え、覆い隠していた鋼鉄を露わにする。二枚に重ねられていたテクスチャの一枚目が消え去ったことでその下に隠されていた叡智と科学の結晶が姿を見せていく。

人よ、我が子よ、 遂に見つけましたね(・・・・・・・・・) と。

『……長く、長く、されど思い返せば随分と短くも感じます』

まさかそんな、とプレイヤー達は驚愕する。

ファステイアの東側……町もなければモンスターが出現することもない、ただ少し登るのに体力を使う程度の山だと思っていたそれが、大陸にしがみついてうつ伏せに寝そべっていた巨大な鋼の獣だったなどと。

「猪!?」

「いや違うわよあれ、地面に埋まってたパーツが連結して……長い、鼻?」

「象かよ!!」

プァオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!

高らかに響く、神の鯨とはまた異なる駆動音。

ファステイアにいる全ての人間達に語りかけるような声はその象から放たれている、その事実から目を背けようにも鋼の神獣はあまりにも巨大すぎた。

『嗚呼、いじらしくも勇敢な我が子達。遂に私を見つけ出すに至ったのですね…… この 恒星間航行(バハムート) 級アーコロジーシップ「ベヒーモス」を』

とんでもなく巨大な推進用のブースターがまるで四肢のように地面を踏み締める。否、よくよく注目してみれば地面から数メートルほど離れた空中を「踏む」事で自立していることがわかるだろう。それは星の海へと旅立つ前、穴だらけの母なる星で生み出された際に超超超巨大質量が大陸を踏み抜かない為の工夫であるが、それを知ることのできる立場にいる者もそうでない者も気づけるほどに見渡してはいなかった。

そんな光景を目にして、それを発生させた男は誰に聞かせるでもボソリと呟く。

「知りたい情報だけゲットしたらばっくれたらダメかな……ダメか」

『私の名は 象牙(ゾウゲ) 。神代の賢人達より子宮と揺籠を預かるアーティフィシャルインテリジェンスにして開拓者の門出を見守り、その帰還を待つ門番……さぁ、 かくれんぼ(・・・・・) は終わりです我が子達……お勉強の時間です』

運命神の獣は目覚め、慈愛に満ちた言葉で開拓者達を迎え入れる。