軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十一話 テルナー家の食卓

テルナー様に呼ばれた。

「ミーナ殿。今度の休みに、うちに食事に来ないか」

「お宅に、ですか」

「妻がお前のことを気にかけていてな。顔が見たいと言っている」

テルナー様に奥様がいることは知っていた。城下町の東寄りに家があると聞いていた。でも会ったことはない。

「わたしが行っても、ご迷惑では」

「迷惑なら誘わない。妻は料理が好きでな。人に食べさせたがる。ブルーノと気が合うのだ」

食べさせたがる人。ブルーノさんと気が合う人。悪い人ではなさそうだ。

「……行きます」

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休みの日。城を出て、城下町を歩いた。ニクラスさんが送ってくれた。テルナー家の前で「ここだ」と言って、ニクラスさんは帰っていった。

「迎えに来る。終わったら門の前で待て」

「ありがとうございます」

テルナー家は城下町の東寄りの、静かな通りにあった。石造りの二階建て。大きくはないが、手入れが行き届いている。玄関の脇に花壇があって、春の球根が芽を出し始めている。等間隔に植えられている。テルナー様の家だ。

扉を叩いた。

開けてくれたのは、小柄な女性だった。テルナー様より少し年下だろうか。白い髪を後ろでまとめていて、エプロンをしている。手に粉がついている。

「ミーナちゃんね。やっと会えた。さあ、入って」

ミーナちゃん。テルナー様は「ミーナ殿」と呼ぶ。奥様は「ミーナちゃん」だ。

「お邪魔します」

家の中に入った。

整っていた。当たり前だが。テルナー様の家だ。棚の中身が見えなくても、壁の額縁の角度が揃っていることでわかる。靴棚の靴が大きさ順に並んでいる。廊下に余計なものがない。

でも、城の控室やテルナー様の執務室とは少し違う雰囲気がある。壁に花の絵がかかっている。窓辺に鉢植えが三つ並んでいる。台所から温かい匂いがしている。

人が住んでいる家の温度がある。

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食卓に座った。テルナー様と奥様とわたし。三人。

料理が並んだ。鶏肉のロースト。根菜の煮込み。焼きたてのパン。春の葉物のサラダ。

「人様のお宅で食事をいただくのは初めてです」

「妻の料理は城の厨房より旨いぞ。ブルーノには言うなよ」

「言いませんが、ブルーノさんのスープも好きです」

奥様が笑った。

「この子、正直ね」

「昔からだ」

昔から。テルナー様がわたしのことを「昔から」と言った。まだ一年も経っていないのに。でも、そうかもしれない。帳簿を並べ替えた日から数えると、もう長い時間が経ったような気がする。

鶏肉を食べた。外がぱりぱりで中がしっとりしている。おいしい。根菜の煮込みにはかぶが入っていた。

「かぶ、好きだと聞いたから」

「はい。好きです。……テルナー様が話したんですか」

「この人、家に帰るとあなたの話ばっかりよ。書庫を整理した話。大掃除の手順書の話。温かいものが好きだとか、かぶをもらって帰ってくるとか」

テルナー様がお茶を飲む手を止めた。

「そこまで話してはいない」

「話してたわよ。あと、湯たんぽを忘れる子だとも」

「それはブルーノから聞いた話だ」

奥様が笑っている。テルナー様が少し困った顔をしている。この人の困った顔を見るのは珍しい。家だと違う顔をするのだ。城主の書斎で見せる鋭い顔でも、執務室の落ち着いた顔でもない。少し照れた、穏やかな顔。

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食後にお茶を飲んだ。奥様が焼き菓子を出してくれた。蜂蜜菓子。城のお茶のときに食べたのと同じ味だ。

「この蜂蜜菓子、前にテルナー様にいただいたのと同じ味がします」

「あれは妻が焼いたものを城に持っていった」

「そうだったんですか」

あのとき控室で食べた蜂蜜菓子は、この人が焼いたものだったのか。テルナー様がわたしに渡してくれたものの裏に、奥様の手があった。

「ミーナちゃん。うちには子どもがいないの。いたけど、小さいときに病気で」

奥様の声が少しだけ静かになった。テルナー様が奥様の手の上に自分の手を置いた。

「だからかもしれないけど、この人がミーナちゃんの話をするたびに、会いたいなって思ってたの。やっと会えた」

「……ありがとうございます」

「またおいで。いつでもいいから。次はもっと品数増やすわ」

「とってもおいしかったです。ごちそうさまでした」

「どういたしまして」

奥様が笑った。温かい人だ。テルナー様がこの人のそばにいるときの穏やかさの理由がわかった。

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帰り道。門の前でニクラスさんが待っていた。

「どうだった」

「温かい方でした。かぶの煮込みがおいしかったです」

「……そうか」

城に戻る道を歩いた。春の夕暮れ。日が長くなった。空がまだ明るい。

「ニクラスさん」

「ああ」

「テルナー様のお宅には、子どもがいなかったそうです」

「……知っている」

「奥様が、またおいでと言ってくれました」

「そうか」

「行っても、いいのでしょうか」

「お前が行きたいなら行けばいい」

ニクラスさんの返事は短い。でも、響きが柔らかかった。

控室に戻った。棚を確認した。巾着を開けてリボンを入れた。明日また出す。

今日はいい一日だった。温かいものを食べて、温かい人に会って、温かい言葉をもらった。テルナー様のお家の食卓には、椅子が三つあった。三つ目の椅子に、わたしが座った。

あの椅子は、次もわたしを待っていてくれるだろうか。

もしあのような両親がいたら、──前いたところの記憶の中にはひどい目にあったことしか思い出せなかったけれど、──きっと、わたしは幸せだと思うだろう。