作品タイトル不明
第百八十話
(えぇ、どういうこと?)
正直、Sランク探索者である彼女が、こんな簡単に涙を流すとは思わなかった。
俺のイメージ上のSランク探索者は、怪物の中の怪物であり、同じ人間なのか疑わしい存在である。
勧誘を断っただけで、号泣するほどにメンタルが弱いとはとても思えない。
(Sランク探索者って、皆こんな感じなのか?)
怪物のようなイメージをしていたが、これだと、ただの子供というか、とても日本最強クラスの探索者には見えない。
なんというか、俺が抱いていたイメージが、全くの的外れなのではないかとさえ、思えてきていた。
「私、Sランク探索者だよ。Sランク探索者になって、上手くいかなかったことなんてないのに、私が交渉すれば万事解決の筈がぁ」
シクシクと泣き始めた篠森さんに、俺はどう対応したらよいのか分からず、山崎さんに視線だけ向ける。
山崎さんは比較的常識人、というか、だいぶまともな思考をしているほうである。
探索者として超人ではないからこそ、彼には常識的な対応を期待していた。
「私としても、明星に入っていただきたいのは本当ですので」
だが、駄目であった。
山崎さんも、あくまでも明星の人間であることに変わりない。
クランを運営する立場であれば、明らかな有望株を逃さないのが望ましい行動であり、篠森さんと一緒になって勧誘するのが彼にとっても、正しい行動となる。
「無視しておけばいいんですよ、こんな女」
篠森さんの勧誘中、ずっと黙っていた東雲が口を開いた。
ようやく、こちら側に仲間が増える。
「国の守護者である、Sランク探索者の言葉でもダメ?」
少しずつ冷静さを取り戻しつつあった、篠森さんが目をうるうるとさせたまま言う。
「駄目です。というか、その場合、他のSランク探索者の言うことも聞かなきゃならなくなるじゃないですか」
「う゛~」
犬が唸るように恨めしい目で見てくる篠森さんであるが、俺はそれでも駄目だと視線で返した。
彼女の言う、Sランク探索者が国の守護者というのは、何の誇張でもない。
国際情勢が不安定化する中で、ある程度の平和を維持できているのは、圧倒的な武力を有するSランク探索者のおかげであると言っても過言ではない。
(だからと言って、無条件で頷けるようなことではないんだよな)
俺も篠森さんとの実力差は分かっている。
これまで使った魔術をいくら行使したところで、篠森葵という存在に打ち勝つことはできない。
だが、篠森さんはモンスターではなく、人間だ。
お互いに対話による意思疎通を望んでいる。
それを踏まえると、俺が明星というクランに入ることは、Bランク探索者になった今、なおのこと、飲むことはできない話であった。
「じゃあ、じゃあ、一緒にダンジョン探索するのはダメかな?」
譲歩案とばかりに、篠森さんがダンジョン探索を誘ってくる。
「それならいいですよ、全然」
俺はそれにノータイムで了承した。
実のところ、篠森さんとの関係を無くしたいと思っているわけではない。
最初は意味深な雰囲気で話しかけてきたが、結局のところ、東雲と同じ常識外れの人間だと認識したら、受け入れられる。
「あの、凄く失礼なことを考えていませんか」
「いや、全く」
それに、である。篠森さんみたいな女性に、こんなに話しかけられて、嫌な気分になることはあるのだろうか。
悪意があれば、話は別だが、純粋にこちらを気に入って話しかけているのだから、根幹の部分では拒みたくはない。
これまで、ここまで純粋に気に入られて、話しかけられた経験など、会社員時代の俺はほとんどなかった。
「じゃあ、よろしくね!」
こうして、篠森さんというか、明星との関係が少し、いや、だいぶ進展するのであった。
ちなみに、この料亭の松茸料理は大変美味しかった。