軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第61話 王都からの封書

翌月の半ば、使者がノルディア城館に到着した。

宮廷書記局の封印がついた書類だった。王都からの便りは三ヶ月ぶりだった。エドワルドの来訪を除けば、正式な書面はそれ以来届いていなかった。ロドリクが書状を持って執務室にやってきた。

「確認してから署名を」

それだけ言って、余計なことを何も言わなかった。アシュリーのための時間を作っていた。この人は相手の時間を奪わない。そのことを、ここに来てから何度も確認してきた。

アシュリーは書類を受け取った。窓際に立った。北方の光は角度が低く、窓から差し込む光は斜めだった。光の入る場所で封を確認した。宮廷書記局の金色の封蝋だった。四年間、台帳の引き継ぎ書類にも同じ封蝋を使ったことがあった。見慣れた印だった。

封を開けた。

書類は三枚だった。一枚目に手続きの概要が書かれていた。二枚目が本文だった。三枚目が署名欄だった。紙の端が揃っていた。宮廷書記局の書類はいつも整っていた。アシュリーが書記局に通っていた頃も、書類の端は必ず揃っていた。

二枚目を読んだ。

「王太子エドワルド・ロザリスとアシュリー・ヴェルヴェントの婚約を、両者の合意のもと正式に解消する。本書面の双方の署名をもって手続きを完了とする」

手続きの書き方は正確だった。「両者の合意のもと」という表現は、宮廷書面の定型句だった。実態がどうであれ、書面は制度として正しく書かれる。この四年間で何十通も目にしてきた書き方だった。

アシュリーは本文をもう一度読んだ。「アシュリー・ヴェルヴェント」という文字があった。自分の名前だった。台帳の主賓欄に何十回も書いてきた名前だった。その名前が、今度は婚約解消の対象として書かれていた。同じ名前なのに、文書の中での意味がまったく違った。

日付があった。エドワルドの署名があった。宮廷書記局の印があった。ここにアシュリーが署名すれば、手続きは完了する。四年間の婚約が、この一枚の紙で制度として正式に終わる。制度は正確だった。人の気持ちを記録しない。何があったかとは別に、起きたことを形式として確定する。それだけだった。

書類を持ったまま、少しの間、窓の外を見た。

北方の空は広かった。冬の空気がガラス越しに冷たさを伝えていた。遠くに山の稜線が見えた。王都からは見えない景色だった。あの頃のアシュリーは、こういう景色を知らなかった。台帳と書類と応接室と廊下が、世界のほとんどを占めていた。

今は違う。この窓から見える山の稜線を、毎朝見るようになっていた。朝の食堂でロドリクと向かい合って朝食を取るようになっていた。シエルが淹れた茶を飲みながら台帳の補記を書くようになっていた。城館の庭を夕方に散歩するようになっていた。疲れたと言えるようになっていた。疲れたと言ったらその日の仕事は止めていい、という約束を取り付けるところまで来ていた。王都にいた頃には想像できなかったことが、今は日常になっていた。

そこまで来た、ということだった。ずいぶん経った、と思ったのは、そういう意味だった。

書類に視線を戻した。

「……あの夜から、ずいぶん経った」

アシュリーは小さく言った。

シエルが部屋の隅でそれを聞いた。

「お嬢様……」

言いかけて、止まった。何を言えばいいかわからなかったのだろう。「大変でしたね」でも「よかったですね」でも、どちらも違う気がする。そういう言葉を選べない場面がある。シエルはその判断ができる人だった。だから止まった。

それでよかった。アシュリーは言葉を必要としていなかった。

「あの夜」とはどの夜のことを言ったのか、自分でもはっきりしていなかった。台帳に横線を引いた夜だったかもしれない。シエルに「明日、ここを出ます」と言った夜だったかもしれない。管理局の鍵を返して通用門を出た朝だったかもしれない。どれもが「あの夜」だった。あの時間から今日まで、道が一本続いていた。その道を歩いて、今ここに来ていた。

書類を持った手が冷たかった。窓際の冷気だった。手のひらに紙の感触があった。薄い、でも確かな重みがある紙だった。宮廷の書類はいつもこういう紙を使う。質がいい。重みがある。この重みの紙に書かれた書類を、四年間何十通も受け取り、処理してきた。最後の一通は、自分自身の婚約解消だった。

遠くで馬の声がした。城館の廊下で誰かが歩く音がした。それからまた静かになった。

ずいぶん経った。遠くまで来た。後悔はなかった。悲しみもなかった。ただ遠く来たという事実だけがあった。

「署名します」

アシュリーは言った。迷いがなかった。迷う必要がなかった。この書類に名前を書くことは、すでに起きていることを正式に記録することだった。婚約はとうに実態として終わっていた。婚約解消も自分の中では終わっていた。この書類に署名することは、それを制度として確定することだった。それだけだった。

机に書類を置いた。インク壺を引き寄せた。壺の中のインクが少し揺れた。ペンを取った。同じペンで、四年間、台帳に名前を書いてきた。「アシュリー・ヴェルヴェント」という文字を、何十回と書いてきた。今日もその同じ名前を書く。書く目的が違うだけだった。

ロドリクが少し動いた。何も言わずに、ただ傍にいた。アシュリーはそれを視界の端で感じた。

アシュリーはペンを持った。インクが滲まないように、少し力を抜いて持った。