軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第51話 辺境の緊張

翌日の午後、ロドリクの執務室に報告が入った。

アシュリーはたまたまそこにいた。朝の仕事を終えて、次の台帳の確認を行うために立ち寄ったのだった。確認したい箇所があった。ロドリクの執務室にある台帳の索引と照らし合わせる必要があった。

ロドリクは書き物をしていた。声をかけると顔を上げた。少しの間があった。昨夜のことは、二人とも口にしなかった。するべき場面ではないと、それぞれが分かっているようだった。アシュリーは台帳を持ったまま、窓側の椅子に座った。部屋は昼の光で明るかった。外では風が木を揺らしていた。それ以外は静かだった。ロドリクの筆が紙の上を動く音だけが、部屋の中にあった。アシュリーも台帳を開いて、目を落とした。二人とも作業をしていた。静かな時間だった。

扉を叩く音がした。

ヴェルナーだった。三十代半ばの副官で、常に仕事の顔をしていた。アシュリーと言葉を交わす機会はまだ少なかったが、仕事の確かな人だということは伝わっていた。報告書の扱いや城館の動き方から、長くこの場所にいる人だと分かった。入室して、ロドリクに一礼した。アシュリーの存在に気づいたが、特に気にする様子はなかった。

「報告があります」

「どうぞ」

「カリアス小国が、次の合同儀礼への参加を拒否する意向を示しています」

ヴェルナーが言った。

ロドリクが筆を置いた。

「理由は」

「ヴァルディア側の席次の設定に不満があるとのことで……。具体的な文書はまだ届いていませんが、使節の発言として伝わっています。公式の返答はまだですが、意向としては明確です。儀礼まで三ヶ月ありますが、早めに対応しないと他の参加国にも影響が出る可能性があります」

ロドリクが少し沈黙した。何かを考えているようだった。

「カリアスは以前にも同様の申し入れをしたことがあります。席次については以前から繰り返し問題が出ているようで、今回も同じ経緯かと思われますが、ヴァルディア側の担当者に確認を取るには時間がかかります。こちら側で先に状況を整理できれば、対応が早くなります」

ヴェルナーが言いかけたところで、

「カリアス……」

小さな声がした。

アシュリーだった。

声が出たことに、自分でも少し驚いていた。言おうと思って言ったのではなかった。名前を聞いた瞬間、何かが引っかかった。記録の中の一ページが浮かんだ。声になった。ロドリクとヴェルナーが同時にアシュリーを見た。

「知っていますか」

ロドリクが聞いた。

「……台帳で扱ったことがある名前です」

アシュリーは答えた。

台帳、という言葉でヴェルナーの眉が少し動いた。儀礼台帳の話だということは分かったはずだった。アシュリーがここ数週間で何をしていたかは、ヴェルナーも把握しているはずだった。

「確か、席次に関して特別な慣習がある国だったと。東方由来の慣習で……王族と直属の使節を同じ序列の中に置かないことを、非常に重視していたはずです。使節の位置が他国の王族と同じ列になると、自国の主権が侵されたと解釈する。それがその国の儀礼解釈の根幹にあると、台帳に記録があったと思います」

そこまで言って、アシュリーは少し止まった。

「……記憶が正確かどうかは確かめなければなりませんが」

慌てて付け足した。

ヴェルナーが驚いた顔をしていた。隠していなかった。この副官が驚きを表情に出すのは珍しかった。ロドリクはヴェルナーとは違う顔をしていた。驚きではなかった。何かを確かめているような、静かな顔だった。

「ヴァルディア側が設定した席次で、その配置が問題になっていたということですか」

ロドリクが言った。

「可能性としては、そういうことだと思います。今回の席次の表の写しがあれば確認できます。どの列にカリアスの使節が置かれたかを見れば、おそらく原因が分かります」

アシュリーは答えた。

自分が「関わる話」とは、まだ思っていなかった。台帳の知識として知っていることを言っただけだった。報告の席に割り込んでしまったことを、少し気にしていた。余計な口を出したかと思っていた。しかし言ってしまった後では遅かった。

「その慣習について、台帳にはどこまで記録がありますか」

ヴェルナーが聞いた。

声の調子が変わっていた。先ほどより真剣だった。報告者の顔ではなかった。確認を取ろうとしている顔だった。

「慣習の概要と、過去の儀礼での配置事例がいくつか。詳細は台帳を確認しなければ言えませんが、参考になる記録はあったはずです。ただ、記録が書かれた時期がかなり前なので、現在もその慣習が生きているかどうかは別途確認が必要だと思います」

「それは……非常に役立つ情報ですね」

ヴェルナーが呟いた。独り言のような声だった。しかしロドリクに向けられた言葉でもあった。ロドリクが軽く頷いた。

部屋の空気が少し変わった。報告の場から、整理の場に移ったような変わり方だった。アシュリーはそれを感じながら、台帳を手の中で持ち直した。窓の外では風が続いていた。木の葉が揺れていた。

ヴェルナーが一度ロドリクを見た。何かを確認するような目だった。ロドリクは表情を変えなかった。ただ、アシュリーを見ていた。

アシュリーは自分がこの話の中に引き込まれていることに、まだ気づいていなかった。知っていることを言っただけだった。台帳を整理していれば自然に頭に入ることを、言っただけだった。それがここで役に立つとは、考えていなかった。

ロドリクがアシュリーを見た。

席次の慣習について、知っていることがあるならぜひ聞かせてほしい。ロドリクがそう言った。