作品タイトル不明
第四話:ロンゾルキアのヒロイン
聖暦1016年6月18日早朝――。
自室の椅子に腰を落ち着かせたボクは、メイドのシスティが 淹(い) れてくれたコーヒーを楽しみ――今日の朝刊を広げる。
(ふむ……)
ヘッドラインを飾るのは――ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの邪悪な笑み。
(これはアレだね。レドリックを襲撃してきたラグナを、ボッコボコにしているときの写真だ)
おそらく三重結界の外から、記録用の魔水晶で撮ったのだろう。
とても悪い顔をしたボクが、瀕死のラグナを蹴り飛ばしている。
(しかし、よくこんな瞬間を収められたな……)
『偶然の産物』か『プロの 絶技(ぜつぎ) 』か、なんにせよ素晴らしいショットだ。
でも一つ、注文を付けたい。
(いや……何このタイトル?)
ヘッドラインを飾るのは、『ホロウ、 蹂躙(じゅうりん) する』というクソデカ文字。
(違う違う、間違えているよ。普通そこは『撃退』とか『防衛』とかでしょ……)
『蹂躙』だと、まるでボクが襲った側みたいじゃん。
何も知らない人がこの写真とヘッドラインを見たら、『ホロウが 罪(つみ) なき一般男性を痛め付けている』と誤解してしまう。
(……まぁいっか)
極悪貴族の名が広まるのは、原作ホロウのキャラ設定を守る意味でも、今後の交渉を円滑に進めるうえでも、プラスに働いてくれる。
ボクにメリットのあるミスは、寛大な心で見逃すとしよう。
そして次のページは、『 天喰(そらぐい) 』についてだ。
(……なるほど……)
手元の記事によると――王国西部に出現した 天喰(そらぐい) は現在、ヲーン鉱山を 捕食(・・) しているらしい。
過去の観測データをもとに、今後の進行ルートを予測した結果、王都を横切る最悪のパターンだった。
政府はこれを受けて、 天喰(そらぐい) の撃退を決定し、王国軍の動員を開始。
目下(もっか) の問題は、誰が『指揮官』となるのか。
こういった 有事(ゆうじ) に際しては、『四大貴族の当主』から選ばれるのが慣例だが……。
今回は、第一王子と第一王女が強い意欲を見せているらしい。
王選が迫る中、ここで 武功(ぶこう) を立てたいのだろう。
国王が 病床(びょうしょう) に 臥(ふ) しているため、週末の臨時議会で指揮官が決定される見込みだそうだ。
(うーん……この流れはちょっとよくないね)
王国軍の指揮官は、四大貴族の当主が 担(にな) うべきだ。
実戦経験の浅い王族が出張ったところで、現場の兵士が混乱するだけだからね。
このままでは第四章の最終局面が、『 政争(せいそう) の舞台』と化し――最悪の場合、王国は 瓦礫(がれき) の山となる。
(臨時議会で指揮官を決めるということはつまり、国王は自分の意思さえ伝えられない状況にある……)
彼の 病状(コンディション) は、『 混沌(カオス) システム』の乱数で決まるんだけど、今回はかなり 出目(でめ) が悪いっぽいね。
(仕方がない。この件については、近日中に手を打つとしよう)
クライン王国には、まだまだ『利用価値』があるしね。
(他は……うん、もう大したニュースはないか)
メインどころを読み終えたボクは、二つ折りにした朝刊を机の端に置き、 姿見(すがたみ) の前へ移動。
そして――過酷な訓練を開始する。
「ふふっ」
まずは口角をあげた優しい笑顔。
「ニコッ」
次に目元を緩めた柔らかい笑顔。
「あはは」
続いて白い歯を見せた明るい笑顔。
そう、『笑顔の1000本ノック』だ。
(いったいどういうわけか、ボクの笑みは人の 正気度(SAN値) をごっそりと削り、恐怖のどん底に叩き落とすらしい……)
笑顔はとても大切だ。
何せ自然な笑顔は良好な関係を構築し、良好な関係は交渉を円滑に運ぶからね。
謙虚堅実を掲げるボクは、自らの弱点を克服するため、地道な努力を重ねているのだ。
十分後、
(くくくっ……完璧だ!)
ついに仕上がった、究極の貴族スマイル!
これがあれば、どんな相手とも打ち解けることができるだろう。
(さて、そろそろレドリックに行こうかな)
自室を出て廊下を歩いていると、とある一室から「しくしくめそめそ」と聞こえてきた。
(これは……借金馬女の 啼(な) き声だね)
まだ昨日の大敗を引き 摺(ず) っているらしい。
一日で5000万もスッたのだから、当然と言えば当然の話か。
(……『触らぬ馬カスに 祟(たた) りなし』)
ボクは放置することに決めた。
どうせそのうち復活するからね。
それからちょっと遠回りして、父ダフネスの執務室を眺める。
(うーん、『イイ色』だ)
扉から漏れ出すのは、凄まじい大魔力。
怨敵(おんてき) である 天喰(そらぐい) の出現を受けて、精神が 昂(たかぶ) っているのだろう。
その出力は最低でも『五獄』クラス。
さすがは 原作ホロウ(チート) のパッパだね。
(っと、そろそろ離れなきゃ)
起源級(オリジンクラス) の固有< 虚飾(きょしょく) >、その不安定な魔力は非常に危険だ。
あまり近付き過ぎるとアテられてしまう。
その後、ボクはいつものように学校へ向かい――愕然とした。
(う、わぁ…… これ(・・) は凄いな……っ)
レドリックは、思った以上にボロボロだった。
陥没(かんぼつ) した本校舎の壁・全壊した体育倉庫・敷地内に点在するクレーターなどなど、なんとまぁ酷い 有(あ) り 様(さま) だ。
(……あれ……?)
ここで とある(・・・) 事実(・・) に気付く。
本校舎の壁は、ボクの蹴り付けたラグナが激突して……。
体育倉庫は、ボクの殴り飛ばしたラグナがぶち抜いて……。
大量のクレーターは、ボクが時計塔から召喚獣を狙撃して……。
(……よくよく考えたら、ほとんどボクじゃん……)
でもまぁ、これは仕方のないことだ。
あくまで正当防衛の範囲。
ラグナが悪いよ、ラグナが。
そうして臣下の『スケルトン製造機』に全ての罪を 擦(なす) り付けたボクは、素知らぬ顔で本校舎へ入った。
一年特進クラスの前に到着し、ガラガラと扉を開けると、
「あっおはよう、ホロウ」
「おはようホロウ、今日もギリギリだな」
「おはよう、ホロウくん」
ニア・エリザ・アレン、いつもの面子が声を掛けてきた。
「あぁ」
原作ホロウの設定通り、不愛想な返事をして、自分の机に鞄を下ろす。
ほどなくして、ゴーンゴーンゴーンと鐘が鳴り、教室の前扉がガラガラと開いた。
そこから入って来たのは、フィオナ先生こと馬カス――ではなく、カーラ先生だ。
ゾルドラ家に潜伏した『二重スパイ』である彼女は、教壇に立ってペコリと一礼する。
「魔法実習担当のカーラ・トライアードです。今朝方、フィオナ先生からご体調を崩されたとの連絡を受けたので、代わりに私がホームルームをさせていただきます」
まぁ……あんな精神状態じゃ、さすがに仕事はできないだろう。
「今日は大切な連絡が二つあります。まず一つ目、既に皆さんもご存知の通り、王国西部に『 四災獣(しさいじゅう) 』 天喰(そらぐい) が出現しました。専門家の調べによれば、今後大きく北上した後、王都を横断するとのことです」
朝刊の内容とほぼほぼ同じだね。
「政府は 天喰(そらぐい) の討伐を決め、既に王国軍の動員が始まっています。そして 此度(このたび) 、一部の学校から 義勇兵(ぎゆうへい) を 募(つの) ることになりました。対象となるのはレドリック魔法学校・ブルフリン剣術学校・グリーシア魔剣学校、王立三校の特進クラスに所属する生徒。これは強制ではなく、個人の自由意思に任せる、とのことです」
その瞬間、教室内にざわめきが起こる。
「個人的な意見を言わせてもらえるのなら――私は反対です。はっきり言って、危険過ぎます。みなさんはまだ学生、 あの(・・) 四災獣と戦うだなんて、死にに行くようなものです」
カーラ先生なら、そう言うよね。
彼女は善性と教師適性が非常に高い。
大切な生徒を戦地へ送り出すなんて論外、『断固反対』の立場を取るだろう。
この話を受けた生徒の反応は――様々だ。
「うちは……やっぱり怖い、かな……」
天喰(そらぐい) の脅威に 怯(おび) える者、
「あんま気は乗らねぇけど、親父が功績をあげてこいってさ……」
家の意向を受けて、駆り出される者、
「えっ、ボク? 行かへん行かへん、自分の命が一番や」
第十位のような馬鹿は、さすがに誰もいないが……多くの生徒は、これと同じ考えだろう。
一方、
「…… 天喰(そらぐい) 、なんとかしなきゃ……っ」
極少数ながら、アレンのように正義の心を燃やす者もいた。
(よしよし。こっちから働き掛けなくても、義勇兵に志願してくれそうだね)
そうしてもらわないと困る。
何せこの第四章は、主人公の『エンディング』。
天喰を利用して、アレン・フォルティスを葬り去るのだから。
ボクがそんなことを考えていると、カーラ先生がコホンと咳払いをした。
「次に二つ目の連絡事項ですが、今日から二日間は臨時休校になります。先日、 天魔十傑(てんまじゅっけつ) ラグナ・ラインの襲撃を受け、うちの校舎はもうボロボロ。その修繕に掛かる二日は、休校となりました」
おっ、それはありがたいね。
自由時間が増えれば、その分こっちもいろいろと準備ができる。
「これで今日のホームルームは終わりです。みなさん、気を付けて帰ってください」
カーラ先生が小さく頭を下げ、解散の運びとなった。
(さて、今日からまた忙しいぞ)
この第四章は、第一章とも第二章とも第三章とも異なり、極めて特殊な構成になっている。
今回の大ボスである天喰は、時間の経過と共にどんどん王都へ接近し、決戦の舞台『ライラック平原』で迎え撃つ。
それまでに準備を済ませ、万全の態勢で戦いに臨み、天喰を討伐or撃退できるかどうか――というものだ。
(簡単に言えば、『壮大なレイドバトル』だね)
今までと違ってルート分岐が少なく、割と一本道のストーリーになっているので、プレイヤーの地力がモロに出る。
まさに腕の見せどころだね!
(第四章攻略の最適な手順は……やっぱり こう(・・) かな?)
邪悪なホロウ 脳(ブレイン) を起動し、イベントスケジュールを組み立てていると、
「ねぇホロウ、あなたはどうするの?」
「ホロウ、お前はどうするつもりだ?」
ニアとエリザが、同じような問いを投げてきた。
天喰(そらぐい) との戦いに参ずるかどうかを聞いているっぽい。
「面倒なことこのうえないが……四大貴族の次期当主として、出ないわけにはいかんだろう」
「そ、そっか……(この悪い顔、きっと何か企んでいるわね……)」
「なる、ほど……(この邪悪な顔、また何かよからぬことを考えているな……)」
二人はナニカを察したらしく、苦笑いを浮かべた。
「そういうお前たちはどうするんだ?」
「私はエインズワース家の当主として、もちろん参加するつもりよ」
「私も聖騎士協会王都支部の長として、微力ながら参ずるつもりだ」
「そうか」
二人は大切な手駒――じゃなくて臣下だ。
天喰(そらぐい) に殺されないよう、裏で根回しするとしよう。
そんな折、
「――ねぇホロウくん、ちょっといい?」
鈴を転がしたような美しい声が響く。
振り返るとそこには――『奴』がいた。
ボクの宿敵アレン・フォルティスだ。
「……どうした?」
「実は今朝、実家のお爺ちゃんから手紙が届いたんだけど……。『大切な話があるから、次の休日に帰ってきてほしい』って書いてあったんだ」
「……そうか(ラウルから『大切な話』、だと……?)」
「ちょうど学校も休みになったことだし、今日これから帰ろうと思うんだけど……。もしよかったら、ホロウくんも一緒にどうかな?」
えっ、あのくっさい勇者の聖域に……また行くの?
即座にNoを叩き付けたいところだけど、もう少しだけ探りを入れてみることにした。
「何故、俺を誘う?」
「実は前に里帰りしたとき、ホロウくんの話題になってね。『ボクの大切な友達なんだ』って紹介したら、お爺ちゃんが『今度うちへ連れて来なさい』って。――あっもちろん、ニアさんもエリザさんも大歓迎だよ」
アレンはそう言って、無邪気に微笑んだ。
「ふむ……」
ボクはしばし考え込む。
( 先々代勇者(ラウル) から 当代の勇者(アレン) に向けた、 大切な(・・・) 話(・) ってなんだ……?)
もしかして、『勇者修業パート2』?
いや、そんなイベントは聞いたことがない。
(……駄目だ、情報が少な過ぎる)
何せラウル・フォルティスは、主人公の天国モードにしか登場せず、メインルートの開始前に99.9%故人となっている存在だ。
熱心なロンゾルキアのファンも、当然ボクも、彼のことはほとんど何も知らない。
(やはりあそこで始末しておくべきだったか……?)
……いや、それは悪手だ。
あのときラウルを殺しても、アレンの覚醒を早めるだけ。
ボクの判断は何も間違っていない。
(とにかく、勇者関連のイベントは『最優先事項』だ)
ラウルとは軽く殺し合っているけど……まぁ<虚空>を使わない限り、バレることはないだろう。
何せ彼は、勇者因子を完全に失ったからね。
ボクとの戦いで『残り火』を燃やし尽くし――敗れた。
そのときに聖域の仕掛けも、ほとんど全て吐き出している。
(大丈夫、死亡フラグと成り得るものは何もない)
もちろん油断や慢心は駄目だけど、きちんと周囲を警戒していれば大丈夫だ。
「ふむ……いいだろう」
「えっ、ほんとに!? うちの実家、かなり田舎にあるんだけど……」
「構わん、ちょっとしたハイキングだ」
「あ、ありがとう! きっとお爺ちゃんも喜ぶよ!」
アレンはそう言って、大輪の花が咲いたように微笑んだ。
(……可愛いな)
やっぱりロンゾルキアのヒロインは、みんな可愛い――んっ?
(いやいや、違う違う違う……ッ)
アレンは勇者であって、ヒロインじゃない。
ボクはいったい何を馬鹿なことを考えているんだ。
自分の頭を強く右手で殴り付けると、
「面白そうだし、私も行こっかな?(ホロウと一緒にどこかへ行けるなんて、そうそうないしね)」
「私も同行させてもらおう(最近はあまりホロウと一緒にいられていないし、これはいい機会だな)」
ニアとエリザが乗り気な姿勢を見せた。
「みんな、本当にありがとう!」
こうしてボクは再び、『勇者の隠れ家』へ出向くことになった。
今回は『虚の統治者』ボイドとして――ではなく、『アレンの友人』ホロウとして。
(手紙に書かれていたっていう『大切な話』、やっぱりちょっと気になるんだよね……)
もしも万が一、ラウルの存在が邪魔になるようなら、『家族』としてお迎えするつもりだ。
(ふふっ、ラウル・フォルティスは、『超激レアキャラ』。そのときは、 手厚(てあつ) くもてなしてあげよう!)