作品タイトル不明
第二十四話:時は満ちた
フィオナさんの頭がおかしくなった。
いやまぁ元からおかしいんだけど……今回はいつにも増して狂っている。
「いきなり『 頬(ほほ) をぶて』とは、いったいなんの冗談だ?」
「冗談でこんなことは言いません。私、今回は真剣なんです」
どういうベクトルで真剣なのか、まったくわからないけど……。
彼女の言葉には、『迫力』があった。
名状(めいじょう) し 難(がた) い『圧』が、『本気の思い』が、ヒシヒシと伝わってくる。
(ふむ……どうやら訳アリみたいだね)
臣下(しんか) の抱える悩みを聞き、道を示してあげるのは、次期領主の務め。
仕方ない、ちょっとだけ時間を割くとしよう。
「手短に話せ」
壁に背中を預け、話の続きを促すと、フィオナさんは「ありがとうございます」と頭を下げた。
「私の人生は……これまでずっと『敗北』の連続でした。馬に負け、酒に 溺(おぼ) れ、魔法省のお金を盗み……。五年前のあの日、ホロウ様に拾っていただけなければ、きっと今頃どこかの地下牢に繋がれていたことでしょう」
「まぁ、そうだろうな」
「私も今年で二十五歳、もう立派な大人です。真剣に自分を見つめ直し、問い掛けてみました。『フィオナ・セーデル、あなたはこのまま負け続ける人生でいいのか?』、と」
「ほぅ」
これは驚いた。
今日のフィオナさんは、いつもと一味違う。本気で生まれ変わろうとしている。
「敗北だらけの日々は、もう嫌なんですっ! 一度切りの人生、どうせならやっぱり……勝ちたいッ!」
「よく言った」
「今回こそは、絶対に勝つ! いや、勝たなくちゃいけない! 『クラインダービー』にッ!」
「いい心掛け…… ダービー(・・・・) ……?」
「はい! 以前にもお伝えしたかと思うのですが、来たる6月16日に『クラインダービー』が開催されます! これは上半期における最大規模のレースっ! 私はこの日のために軍資金を 掻(か) き集め、今やその額は2000万の大台に乗りましたッ!」
そう言えば……第三章の冒頭で、そんなことを言っていたっけか。
「……はぁ……」
思わず、失望のため息が 零(こぼ) れ落ちる。
(こいつ、結局また馬じゃん……)
真剣に話を聞こうとしたボクが馬鹿だったよ。
「あっ、その顔! 『こいつ、結局また馬じゃん』、と思いましたね!?」
「よくわかっているじゃないか」
「違うんですよ、ホロウ様! 今回の私はいつもと違うんです! 本気も本気なんですっ!」
フィオナさんはそう言って、ボクの肩をゆっさゆっさと揺さぶった。
「 馬中毒(うまちゅうどく) の戯言に付き合っている暇はない。そこをどけ、俺は忙しいんだ」
「もがっ!?」
無駄に美しい顔をグイと押しのけ、自分の部屋へ入ろうとすると、
「ほ、ホロウ様ぁ、そんな冷たいことを言わず、少しだけ話を聞いてくださぃ……っ」
目尻に涙を浮かべた彼女が、腰にがっしりとしがみ付いてきた。
無理矢理に 引(ひ) っ 剥(ぱ) がすのは簡単だけど……その場合、部屋の外でわんわんと泣かれそうだ。
ここは借金馬女の『飼育コスト』と割り切り、少し優しく構ってあげた方が、結果的に丸く収まるだろう。
「はぁ……三分だけだぞ?」
「あ、ありがとうございます! さすがはホロウ様、なんだかんだでお優しい!」
そうして先ほどの話に戻る。
「それで……今回のお前は、何がどう違うんだ?」
「よくぞ聞いてくださいました! 私は今回、来たるクラインダービーに備えて、『三つの必勝戦略』を用意したんです!」
これ、もう聞く価値ないよね?
競馬にはいくつもの不確定要素が絡む。
当然のことながら、必勝法など存在しない。
しかしまぁ、三分やると言った手前、ここで話を切るのは不義理だ。
時間潰しも兼ねて、その必勝戦略とやらを聞くとしよう。
「どんな手を用意したんだ?」
「まず一つ目は――お酒を 断(た) つことで、この身を清めました!」
「ほぅ、それはいいことじゃないか」
フィオナさんは『 馬(うま) カス』であると同時に『酒カス』でもある。
『ヤニカス』じゃないのが、せめてもの救いだ。
「既に断酒を初めて四日、細胞がアルコールを求めているのがわかります……っ」
そう言った彼女の手は、カタカタと小刻みに震えていた。
(……今日で断酒四日目、ダービーは三日後……)
願掛(がんか) けとして酒を断つのはいいけど……さすがに期間が短過ぎないか?
たかだか一週間ぽっちの断酒で、競馬の神様が微笑んでくれるとは思えない。
「そして二つ目は、超貴重な魔道具を用意しました!」
フィオナさんの右手には、透明な小石が乗っている。
「これは『神秘の 勾玉(まがたま) 』と言って、 霊験(れいげん) あらたかな森で清められた、凄い 御利益(ごりやく) のある魔道具なんですっ!」
「そんな 胡散臭(うさんくさ) いモノ、どこで手に入れたんだ?」
「露天商のオジサンから、特別に売っていただきました!」
「いくらで?」
「なんとたったの100万ぽっきり!」
「馬鹿だろ」
1億%カモられている。
「断酒という縛りによる『ツキの大幅向上』! 神秘の勾玉による『運気の限界突破』! そして最後にもう一つ!」
彼女はそこで言葉を切り、何故かこちらを見つめた。
「ここで『最初のお願い』に戻るのですが……。私の 頬(ほほ) をぶっていただけませんか?」
「なんのために?」
「 煩悩(ぼんのう) を消すために」
「お前は天才だな」
論理の飛躍が凄過ぎて、まるで意味がわからない。
ボクが心の底から 呆(あき) れ返っていると、フィオナさんがコホンと咳払いした。
「ホロウ様、この世界には『物欲センサー』という概念が存在します。自分が強く欲するモノは、< 感知器(センサー) >の魔法で世界に 汲(く) み取られ、むしろ遠く離れてしまう――という考え方です」
「あぁ、知っている」
物欲センサーは、確かに実在する。
ボクが原作ロンゾルキアをプレイしていたとき、『龍の 極鱗(ごくりゅう) 』という超レアドロップを狙って、一か月ほど龍を狩り続けたことがある。
(しかし、そういうときに限って、何故か全くドロップしない……)
普段なんでもないときには、ポロッと簡単に落ちたりするのにね。
(物欲センサーを『迷信』や『オカルト』だという声もあるけど……それは違う)
この現象は全世界で確認されており、きっと多分おそらく確実に存在するモノだ。
「私はとある可能性に気付きました。競馬でド派手な勝利を――『一攫千金』を求めるあまり、物欲センサーに 弾(はじ) かれているのではないか、と」
「そうか」
「だからこそ、ホロウ様に強烈な 一撃(ビンタ) をもらい、『無我の境地』へ至るっ! そうすれば物欲センサーを掻い潜り、きっと勝てるようになると思うんですッ!」
フィオナさんはその豊かな胸を張って、自身の考えを高らかに発表した。
「こんなこと、ホロウ様にしか頼めません。どうか何卒お願いします、私の頬をぶってください!」
もはやツッコミどころしかないけど、そろそろ予定の三分が経過する。
ビンタ一発で終われるのなら、サクッとやってしまおう。
「フィオナ、舌を噛まぬように口を閉じろ」
「ありがとうございます!」
「では、行くぞ?」
「ばっちこいです!」
ゆっくりと右手を振りかぶり、フィオナさんの左頬を 引(ひ) っ 叩(ぱた) く。
「――ぶへぁッ!?」
彼女はド派手に床を転がり、ピクピクと 痙攣(けいれん) した。
せっかくの機会なので、ちょっと強めにイッておいたのだ。
(今の衝撃で、『真人間』になってくれたらいいのにな……)
そんなボクの切なる願いは、
「ふぅふぅ……よし、これで勝てるッ!」
まったく届かなかった。
人間、そう簡単には変われないね。
(しかしフィオナさん…… やっぱり(・・・・) タフ(・・) だな(・・) )
ボクが『 とある設定(・・・・・) 』を思い出していると、彼女が勢いよく頭を下げた。
「ありがとうございました! これでクラインダービーは、絶対に勝てますっ! 人生一発大逆転勝利、間違いなしですッ!」
凄いね、もう煩悩が 駄々洩(だだも) れだよ。
「精々励むといい」
「はいっ! それではホロウ様、おやすみなさい」
フィオナさんは会心の笑顔を浮かべ、自分の部屋に帰って行った。
(ダービーの開かれる6月16日は、悲惨なことになりそうだね……)
彼女の幸運値は『-1000』、ロンゾルキアでもぶっちぎりの最下位。
きっと軍資金の2000万を全て溶かし、泣きべそを 掻(か) いて帰ってくるだろう。
こうして借金馬女を軽くいなしたボクは、自室へ戻って席に着き、第三章の攻略チャートを眺める。
(……よしよし、これ以上ないほどの進み具合だっ!)
この五日間、ボクはひたすら『サブイベント』をこなし続けた。
まずは王都のチェス大会。
実戦で腕を磨きつつ、優勝を 掻(か) っ 攫(さら) い、『 箔(はく) 』を付けようと思ったのだ。
ちなみに決勝の相手は――なんとうちの執事長オルヴィン・ダンケルトだった。
「坊ちゃま、ここで会ったが百年目……先日の雪辱、果たさせていただきます」
「くくっ、面白い。受けて立とう」
あれから 密(ひそ) かに特訓を重ねたのか、オルヴィンさんは遥かに手強かった。
彼は死ぬほど負けず嫌いだからね。
だがしかし、ホロウ 脳(ブレイン) の進化は凄まじく……。
「……さすがでございます」
「お前も見事な指し筋だったぞ」
蓋(ふた) を開けてみれば、ボクの圧勝に終わった。
これで第四章の『チェスイベント』は、簡単に乗り切れるだろう。
その後も 大貴族(・・・) 以外と(・・・) 交流を深め、王都の商業組合と密会を重ね、『先々の布石』を着実に打って行った。
こういう小さな積み重ねが、やがて『大きな差』を生むからね。
基本はメインルートの流れに沿って、学校・サブイベント・修業を 行(い) き 来(き) する。
その合間を縫って、 虚(うつろ) の定時報告・ボイドタウンの視察・主人公モブ化計画をこなすのだ。
ちなみに……第三章からランダムで発生する暗殺者の襲撃は、なんとこの五日間で『七回』を数えた。
(……いや、いくらなんでも多過ぎるでしょ……)
一日当たり1.4回エンカウントしている計算だ。
(原作ホロウへの殺意が高過ぎる。せめて平均1回に抑えてくれ……)
この世界は、どれだけ 悪役貴族(ボク) を殺したいのか。
そして明日からはまた、『怒濤のイベントラッシュ』が始まる。
今のようにゆっくり攻略チャートを眺められるのは、おそらく今日この時間が最後だ。
ルート分岐をミスらないよう、しっかり確認しておかないとね。
(そう言えば、『ケルビー家の回収イベント』。そろそろ頃合いだと思うんだけど……まだ発生しないのかな?)
もう間もなく第三章は最終盤面に突入し、『聖レドリック祭』が始まってしまう。
ケルビー 母娘(おやこ) を仲間にできるのは今このときだけ、 所謂(いわゆる) 『取り返しのつかない要素』だ。
(……ちょっと不安になってきたな、監視のシュガーに連絡をしてみよう)
ボクが< 交信(コール) >を使おうとしたそのとき、遥か遠方から 念波(ねんぱ) が飛んできた。
噂をすればなんとやら、 虚(うつろ) の構成員シュガーからだ。
(ボイド様、シュガーでございます。監視対象リン・ケルビーが 攫(さら) われました)
(ふふっ、ちょうどいいタイミングだね!)
(相手は濃紺の 外套(がいとう) を纏った三人組、現在は王都北西部へ移動中です。『手出しは無用』とのことでしたので、このまま尾行を続けます)
(うん、お願い。ボクもすぐにそっちへ飛ぶよ。――あっでも、『森』の中には入らないでね? 多分『探知結界』が張ってある、追うのはその手前までだ。大魔教団の奴等にバレると、逃げられちゃうかもだからさ)
(承知しました)
< 交信(コール) >切断。
ボクは漆黒のローブを 纏(まと) い、ボイドの仮面を付ける。
(ふふっ、『じっくり熟成させたカレー』が、イイ感じに出来上がったようだね!)
時は満ちた。
第三章の冒頭から、丁寧に丁寧に立ててきたフラグが、 今宵(こよい) ようやく成立する!
さぁ、悲劇の 運命(シナリオ) に囚われたケルビー 母娘(おやこ) を 救済(かいしゅう) しに行こうじゃないか!