軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一話:深夜の密談

聖暦1016年6月1日23時50分。

ホロウが『闇の大貴族』ヴァランを仕留めたその日の夜遅く――ハイゼンベルク家の屋敷に 豪奢(ごうしゃ) な馬車が停まる。

立派な客室から姿を現したのは、ダフネス・フォン・ハイゼンベルクとレイラ・トア・ハイゼンベルクだ。

「ふぅ……やっと帰れたな……」

「ふわぁ……もうすぐにでも眠れそう……」

地面に降り立ったダフネスとレイラの顔には、疲労の色がありありと浮かんでいる。

それもそのはず、二人はここしばらく王都の別宅に拠点を移し、ひたすら公務に励んでいたのだ。

国王の容態が優れないことから、 崩御(ほうぎょ) 後の 国葬(こくそう) ・ 王選(おうせん) の下準備・王族との懇親会などなど……。重要事項についての調整や会談が連続し、ほとんど休む間もなかった。

いくらか体重の痩せたダフネスが、屋敷の扉を押し開けると同時、

「「「――おかえりなさいませ」」」

使用人一同が深々と腰を折った。

先んじて< 交信(コール) >を飛ばし、帰りの時間を伝えていたため、出迎えの準備は万端だ。

「オルヴィン、留守中に問題は?」

「はい、 問題は(・・・) ございません(・・・・・・) 」

執事長のどこか『含み』のある言い回しに 僅(わず) かな違和感を覚えたが……。

「ならばよい」

既に疲労困憊のダフネスは、深掘りせずに流した。

「ダフネス、私はもう寝る準備しちゃうわ」

「おやすみ、レイラ。ちゃんと温かくして寝るんだぞ?」

「おやすみなさい。あなたも、あまり無理はしないでね?」

「ふふっ、ありがとう」

最愛の妻から声援を受け、ダフネスの気力がグッと回復した。

その後、彼は執務室に籠って、山積みの書類と対面する。

「……よし、やるか」

先ほどまで手掛けていたのは、『四大貴族としての仕事』。

これから着手するのは、『領主としての仕事』だ。

留守中にあがっていた報告書へ目を通し、領民からの陳述書をきちんと読み込み、決裁の印をドカドカと押していく。

そうして時計の針が深夜二時を回る頃、ようやく一区切りがついた。

「ん、んー……っ」

今日はここまでにして、風呂でも入ろうかと思ったそのとき――コンコンコンとノックが鳴る。

「オルヴィンです」

「入れ」

「失礼します」

音もなく扉が開き、執事長が入ってきた。

「旦那様、今お手すきでしょうか?」

「あぁ、ちょうど一区切りついたところだ」

「実は御報告したいことがございます」

「今日は少し疲れた、手短にしてくれ」

ダフネスはそう言いながら、両の 目頭(めがしら) を親指と人差し指でギュッと押さえた。

疲労と睡魔が交互に襲ってきており、さすがの彼もそろそろ限界のようだ。

オルヴィンは「では端的に」と前置きし、極めて簡潔な報告を口にする。

「――本日、坊ちゃまがヴァラン辺境伯を始末しました」

「……はっ……?」

第一報を受けたダフネスの口から、なんとも間抜けな声が零れる。

「……すまん、私の聞き間違えかもしれん。もう一度、言ってくれないか?」

「本日、坊ちゃまがヴァラン辺境伯を始末しました」

執事長の口から全く同じ言葉が繰り返され、ダフネスはたまらず立ち上がった。

「ば……馬鹿な!? なんの下準備もなく、『王国の 好々爺(こうこうや) 』を手に掛けたというのかッ!?」

ヴァランは熱心に慈善事業を行うことで、国民から絶大な人気を獲得し、それを『人の鎧』としている。

彼の『裏の顔』を――その悪事を 暴(あば) かないまま殺せば、暴走した民意がハイゼンベルクに向けられ、途轍もなく厄介な事態を招く。

ダフネスは『ホロウがきちんとした手順を踏まず、ヴァランの暗殺を強行してしまった』、このように理解したのだ。

無理もない。

ヴァランの隠蔽工作は王国随一であり、ハイゼンベルク家の諜報部隊が長期にわたって調べ尽くしても、尻尾一つ掴めなかったのだから。

大きく取り乱すダフネスに対し、老執事は落ち着き払った様子で応じる。

「御心配には及びません。坊ちゃまは、旦那様の御指示通り、『適切に』始末しました」

「どういうことだ!? わかるように説明しろ!」

「まずはこちらをご覧ください」

オルヴィンはそう言って、とある『リスト』を提出する。

「な、なんだ…… これ(・・) は……ッ」

「ヴァラン辺境伯の関与した悪事をリスト化したものです。大魔教団への金銭的支援・帝国への情報流出・極秘のクーデター計画などなど、時系列順に証拠付きで 纏(まと) めております」

手元のリストには、ダフネスが長年ずっと探し求めていた情報が、これでもかというほどに記されていた。

これさえあれば、すぐにでもヴァランの暗殺に踏み切ることができる。

「こんなモノ、いったいどうやって……っ。いやその前に――ヴァランを討ち取ったのなら、何故すぐに報告しなかった!?」

「ホロウ様の御指示です」

「ホロウの……?」

「坊ちゃまは、旦那様が公務で疲れていることを 憂慮(ゆうりょ) されておられました。『こんな 些事(さじ) で、父の休みを 妨(さまた) げるわけにはいかん。明日の朝にでも報告へあがるので、頃合いを見て第一報を伝えておいてくれ』、こう仰られました」

「こ、 こんな(・・・) …… 些事(・・) 、だと……?」

ダフネスの口がポカンと開いた。

「どうやら 此度(こたび) の『無理難題』、坊ちゃまにとっては 些(いささ) か簡単過ぎたようです。実際にこれらの証拠は全て、三日と経たずに集まりました」

「……みっか……」

あまりの衝撃にフッと気持ちが抜け、そのままどっかりと椅子に座り込んだ。

天井を見つめたまましばらく停止し、やがてゆっくりと再起動を果たす。

「本当に……ホロウが これ(・・) をやったのか……?」

「はい、見事な立ち回りでした。旦那様から仕事を受けてすぐ、トーマス伯爵へ根回しを行い、奴隷商グリモアを 嵌(は) め、裏カジノで最高幹部から情報を引き出し――全ての逃げ道を塞いだうえで、魔人化したヴァラン辺境伯を捕縛。まるでチェスのような詰め具合…… 天晴(あっぱれ) というほかありません」

その瞬間、ダフネスは再び目を見開いた。

「おいちょっと待て……『魔人化』だと!? ホロウは無事なのか!?」

特殊な禁呪や魔王因子を悪用して、人を超えた力を手にする――それが魔人化。

大魔教団が特に熱を入れている分野であり、これまでに三体の『成功例』が目撃され、いずれも絶大な被害を 齎(もたら) した。

魔神の『超人的な膂力』と『圧倒的な大魔力』は、十五歳の学生がどうこうできるようなモノじゃない。

「私が見たところ、坊ちゃまには 掠(かす) り傷一つありませんでした。魔力も充実しておられるようですし、おそらくは軽く 一蹴(いっしゅう) されたのでしょう」

「……魔人化した剣聖を、か……?」

「あの御方ならば、造作もないことかと」

オルヴィンは、『ホロウこそが次代の王になる』と確信している。

魔人を無傷で仕留めたことに驚きこそすれど、『 あの(・・) ホロウ様ならば、何をしてもおかしくない』とすぐに納得した。

「……なる、ほど……」

コトの 顛末(てんまつ) を聞いたダフネスは、椅子に深く座り直し――両の手のひらで顔を覆う。

(……なんということだ……)

『適切に』始末しろと命じたところ、『 完璧に(・・・) 』始末してきた。

ヴァランの 纏(まと) う『人の鎧』を全て剥ぎ取ったうえ、生きたまま 始末(ほばく) するという『離れ業』。

絶対に達成不可能な無理難題を出し、若いうちに挫折を味わってもらおうとした結果――満点解答どころか、『120点の答え』を返してきた。

それも、僅か一週間という異次元の速度で。

(……ふふっ、凄いじゃないか。やはり私とレイラの子だな……)

口角(こうかく) がニンマリと吊り上がり、心の中で『親馬鹿』が炸裂したそのとき、オルヴィンがコホンと咳払いをする。

「それからもう一つ、お耳に入れておきたいことが」

「なんだ。……もう何を聞かされても、これ以上は驚かんぞ?」

「おそらくなのですが……坊ちゃまは本件をこなす過程で、『別の目的』も果たしておられるかと」

オルヴィンは多くを語らず、とある記事を示した。

「ほぅ……準備がいいな、ヴァラン討伐の号外記事か。――むっ、この女は誰だ?」

ダフネスの顔が 怪訝(けげん) に歪む。

てっきり息子の顔写真でも載っているのかと思えば、見知らぬ女聖騎士が大きく取り上げられていたからだ。

「彼女はエリザ・ローレンス、『若手聖騎士のホープ』だそうです。実のところ、エリザ様はヴァラン辺境伯の討伐にほとんど関与しておりません」

「……なにぃ? せっかくホロウが功を立てたというのに、うちの記者どもは何をやっておるのだっ! すぐに書き直させろッ!」

ダフネスは力強く机を叩き、露骨に不満を 呈(てい) した。

自慢の息子が凄まじい功績を打ち立てたというのに、どこぞの馬の骨が手柄を横取りするとはなんたることか、と激しく 憤(いきどお) ったのだ。

彼は不器用で 捻(ひね) くれているが、ホロウのことを誰よりも深く愛している。その愛情たるや、レイラに勝るとも劣らない。

主人の怒りを受けたオルヴィンはしかし、冷静に答えを返す。

「こちらの記事は、ホロウ様の御指示のもとに書かれたものです」

「……はぁ……?」

もうわけがわからなかった。

「旦那様がこの仕事をお与えになられてすぐ、坊ちゃまは『エリザ・ローレンスの顔写真を用意しろ』と私に命じられました」

「いや、なんのために……?」

「私も最初は同じ気持ちでした。しかし全てが終わった後、改めてこの記事を読んだとき、あの御方の『深き考え』を知ることができたのです」

「ホロウの……考え……」

ダフネスは手元の記事に視線を落とし、そのまましばらく黙読を続け――やがて「ハッ」と息を呑む。

「あやつ、まさか……聖騎士協会を!?」

疲労と睡魔で鈍っているとはいえ、ダフネス 脳(ブレイン) は凄まじい性能を誇る。

すぐさまホロウの『狙い』に気付いた。

「はい。おそらく坊ちゃまは、エリザ様を『偽りの英雄』に仕立てあげ、聖騎士協会を間接的に支配されるおつもりなのでしょう。その第一歩として、王都支部を落とすつもりかと」

「だがあそこには、厄介な三人の重役がいる。あやつらが居座る限り、この娘が上に立つことはない」

聖騎士協会の腐敗は民衆にも取り沙汰されるほどであり、特に王都支部の上層部は「終わっている」と評判だ。

「私もその点を懸念したのですが……『万事問題ない』と笑っておられました。 あの(・・) 坊ちゃまのことです。既に何か手を打っているのでしょう」

「つまりなんだ、私の提示した無理難題を――ヴァランを仕留めるついでに、聖騎士協会を支配下に置いた、と?」

「果たして どちらが(・・・・) ついで(・・・) だった(・・・) のか(・・) 、私にはわかりかねますが……そのようなご理解で正しいかと」

ヴァランを始末する過程で、そのついでに聖騎士協会を懐柔したのか。

聖騎士協会を懐柔する計画があり、そのついでにヴァランを仕留めたのか。

それはホロウのみが知るところだ。

当然ながら、ヴァランの始末と聖騎士協会の懐柔、どちらも『ついで』にこなせるようなモノではない。

年単位の時間を投じて、綿密な計画を立てて、慎重に慎重を期して――ようやく成せるかどうかという 難事(なんじ) 。

しかしホロウは、その二つをこともなげに成し遂げた。

それも、たったの七日というふざけた期間で。

「……ふぅー……」

ダフネスは椅子に背中を預け、長く深く大きな息を吐く。

(私に……こんな芸当ができるだろうか?)

改めて問うまでもなく――答えは『No』だ。

このようなことができるのは、ホロウをおいて他にない。

ダフネスはぼんやりと天井を見つめながら、本音をポツリと零す。

「……どうやら私の代は、あまり長く続かんらしい」

早期の当主交代を 示唆(しさ) する、 自虐(じぎゃく) めいた呟きに対し、

「この老いぼれの口からはなんとも」

オルヴィンは苦笑しながら、肩を揺らすのだった。