軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十九話:壮大な計画

夜も更けて久しい頃――。

軽めの『遠足』から帰還したボクは、黒いローブと仮面で素性を隠したまま、王都の外れにある 廃教会(はいきょうかい) へ足を運ぶ。

夜の 寂(さび) れた教会って、雰囲気があるよね。

特に最奥に置かれた古びたパイプオルガン、あれがなんとも言えない非日常感を演出している。

(えーっと、確かこの辺りに……あった)

壁面に立ち並ぶ 書架(しょか) の中から、とある聖書を取り出し、所定の位置に移動させる。

次の瞬間、奥の教壇がゴゴゴッと音を立てて動き出し、地下に続く隠し階段が現れた。

(こういうギミック……『イイ』、よね)

この仕掛けを作った人は、間違いなく『わかってる側』の人間だ。

(別にこんな手順を踏まなくたって、<虚空渡り>を使えば、拠点にひとっ飛びなんだけど……)

ボクはこの仕掛けが大好きだから、毎回わざわざこうやって、正規のルートで入っている。

薄暗い階段をカツカツカツと下りていくと、地下には天井の高い大広間があり、そこには黒いローブを纏った者たちが平伏していた。

ザッと見たところ、100人はいるだろうか。

はっきり言って、かなり異様な光景だ。

(えーっと、今日はあの子かな)

大広間の中央には台座が置かれており、そこに一人の少女が寝かされている。

彼女は苦しそうな呼吸を繰り返し、その右腕には不浄の紋章が浮かんでいた。

( 痣(あざ) の大きさと色の濃さから見るに……ちょっと重めだね)

過去にダイヤが 患(わずら) っていたモノよりは、幾分かマシだけど……。

それでも全身を 苛(さいな) む痛みは、精神を壊すレベルだろう。

ボクは『 虚(うつろ) の王』ボイドとして、大広間の最奥に置かれた漆黒の玉座に座る。

それと同時、玉座の右隣に控えていたダイヤが、美しい所作で頭を下げる。

「どうかあの哀れな少女へ、ボイド様の奇跡をお願いします」

「うむ」

ボクは厳格な態度で重々しく頷く。

普段、虚のみんなと話す時は、割とラフな感じなんだけど……。

こういうオフィシャルな場所では、ちゃんと組織のボスっぽく振る舞っている。

締める時はちゃんと締めておかないと、ただの緩い人になっちゃうからね。

オン・オフをきっちりするのは、とても大切なことだ。

スッと右手を伸ばし、<聖浄の光>を発動。少女の魔法因子と魔王因子をいい具合に適合させ、不浄の紋章を無力化する。

魔王の呪いから――地獄の痛みから解放された少女は、ゆっくりと上体を起こし、ポロポロと大粒の涙を零した。

「……痛く、ない……っ。私の体、綺麗に……よかった……ッ」

うんうんよかったね。

二度と不浄の紋章は悪さをしないから、もう安心して大丈夫だよ。

ボクが温かく優しい気持ちになっていると、ダイヤが少女に声を掛ける。

「不浄の紋章を無力化しても、体に蓄積した疲れは取れていません。今はゆっくりと休みなさい。――ただ、我らの偉大なる主ボイド様が、その貴重なお時間を割いて、救いの手を差し伸べてくださったこと。この御恩は、決して忘れてはなりませんよ?」

その言葉を聞いた少女は、こちらに目を向けると、

「あ、ありがとうございます……っ。本当に、本当にありがとうございます……ッ」

何度も何度も頭を下げ、感謝の言葉を繰り返した。

ボクは軽く手をあげ、 鷹揚(おうよう) に頷く。

その後、少女は奥の部屋へ丁重に運ばれていった。

そこで簡単な治療と現状の説明を受け、心身ともに安定したところで、虚に入るか表の世界に戻るかを決める……らしい。

(虚の運営は基本全部ダイヤに任せているから、あんまり詳しいことは知らないんだよね)

ただ聞いた話によると、ボクたちが保護した子たちは、全員が全員「虚に入れてください」と懇願するようだ。

(まぁ……不浄の紋章が出ただけで社会を追われ、非人道的な魔法実験に使われたのだから、普通に考えて「元の世界に戻りたい」とは思わないよね)

虚には自分と同じ境遇の人がたくさんいるし、彼女たちにとってここは、とても居心地がいい場所なのだろう。

それに何より、うちはめちゃくちゃ待遇のいい『ホワイト組織』だ。

ここの福利厚生がしっかりしているのは、ダイヤがまだ幼かった頃、ボクが日本の知識を――『如何にブラック企業が邪悪か』を 説(と) いたからかもしれない。

「『解呪の儀』が終わりましたので、これより『定時報告』へ移ります。ボイド様へお伝えしたいことがある者は、速やかに起立なさい」

ダイヤの声が響くと同時、情報機関の面々が即座に立ち上がる。

「アルヴァラ帝国の 反乱軍(レジスタンス) が、ドラディア 龍国(りゅうこく) の 密使(みっし) と接触しました。水面下で武器のやり取りを行っているようです」

「クライン王国北西部にて、大魔教団の隠しアジトを発見しました。幹部クラスはいないようなので、近日中に戦闘部隊を派遣する予定です」

「エインズワース家の地下深くへ、大量の魔道具が運び込まれております。なんらかの儀式に取り掛かっているものかと」

そうそうこれこれ。

この週に一度の定時報告が、めっちゃくちゃ助かるんだよね。

禁書庫の情報も確かに有用だけど、アレはちょっぴり『鮮度』に欠ける。

こうして生の――速報性の高い情報を集められるのは、人を抱えている組織の強みだ。

(しかし……今回はいつになく報告が多いな)

メインルートが本格的に始動したことで、各キャラクターの個別ストーリーが、同時並行して進んでいるのかもしれない。

「――ボイド様、 今宵(こよい) の報告は以上となります」

ダイヤが報告を締め 括(くく) り、ボクはゆっくりと立ち上がる。

「帝国における反乱軍は、生かさず殺さずの状態を維持したい。龍国との繋がりを注視しつつ、革命の機運が高まった場合は、すぐにダイヤへ連絡を取れ。それから王国北西部にある大魔教団の隠しアジトは 罠(フェイク) だ。周囲に伏兵が潜んでいるゆえ、戦闘部隊の派遣は即時停止。次に――」

ホロウ 脳(ブレイン) の圧倒的な情報処理能力と原作知識をフルに活用して、最善の手を指示していく。

「そして最後に、エインズワース家には近付くな。あそこは『 大翁(おおおきな) ゾーヴァの巣』だ。下手に突けば、面倒なことになる――以上」

一通り指示を出し終えたボクは<虚空渡り>を展開、ここの真下にある『秘密の小部屋』へ飛ぶ。

「あ゛ー、疲れたぁ……」

暑苦しいローブと息苦しい仮面をポイポイと脱ぎ捨て、高級そうな黒いソファにどっかりと座り、思い切りグーッと体を伸ばす。

怠惰傲慢な演技だけでも大変なのに、そこへ組織のボス感を一摘まみしつつ、みんなに指示を出すのは……正直かなり消耗する。

でも、定時報告で得られる情報は、めちゃくちゃ有用だ。

(ちょっとしんどいけど、これからも頑張るとしよう)

ちなみに……ボイドの正体が、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクだと知っているのは、虚の中でも極々一部のメンバーに限られる。

具体的には、ダイヤを筆頭とした最高幹部『 五獄(ごごく) 』のみだ。

(いずれどこかでホロウ=ボイドの図式は、世界に広まってしまうんだろうけど……)

今はまだそのときじゃない。

極悪貴族と虚の創始者、二つの仮面を使い分け、メインルートの攻略に活用しよう。

ボクがそんなことを考えていると、階段からダイヤが降りてきた。

「お疲れ様、ボイド」

「お疲れ、ダイヤ」

軽い挨拶を交わすと、彼女は目の前のソファに腰を落ち着かせ、白銀の長い髪を軽くサッと 掻(か) き流した。

(……こう改めて見ると、大人っぽくなったよなぁ……)

透き通るような白銀のロングヘア・すらりと伸びた手足・どこまでも澄んだ綺麗な瞳、ハーフエルフの種族的特性なのか、どこか浮世離れした美しさだ。

「いつものことだけど、よくあれだけの情報を同時に処理できるわね……。ほんとあなたには驚かされてばかりだわ」

「どうも」

あれはボクの頭じゃなくて、原作ホロウの処理能力が、ずば抜けているだけなんだけど……。

まぁ細かいことはなんでもいいや。

ちなみにこのダイヤ、虚の第一席として表に出るときは、ボクに敬語を使っているけれど……こうして二人っきりのときは、昔みたいに砕けた口調で話す。

彼女は公私をきっちりと分けるタイプなのだ。

「そう言えば、『 五獄(ごごく) 』の他の四人は? 最近あんまり見掛けないんだけど?」

虚はボクを頂点としたトップダウンの組織。

ボイドの下には最高幹部である五人がいて、その下には各機関の長がいて、そこに戦闘員だったり連絡係だったり諜報員だったり……いろいろな構成員が所属している。

「ルビーはクライン王国、アクアはアルヴァラ帝国、ウルフはフィリス霊国、エメはエリア皇国。みんなそれぞれ、世界と戦うための下準備をしているわ」

「そっか、大忙しだね」

「えぇ。こうして遣り甲斐のある仕事ができているのは、新たな秩序を創造するために働けているのは……全てホロウのおかげよ。あなたが不浄の紋章を無力化して、あの地獄から救い出してくれなければ、今の私達は存在しないもの」

ダイヤは「ありがとう」と微笑み、ボクは「どういたしまして」と 敢(あ) えて軽めに返す。あまり恩着せがましいのは、好きじゃないからね。

「ところでホロウ、そっちはどうなの? 前に話してくれた『例の計画』は、いい感じに進んでる?」

「うん、今のところはかなり順調だよ。と言っても、まだ始まったばかりなんだけどね」

ボクは今、とある『壮大な計画』を実行に移している。

(原作ロンゾルキアは剣と魔法のRPG、メインルートが進行するに連れて、敵もどんどん強くなっていく)

でもそんなとき、主人公が十分に育っていなければ……例えばアレンが序盤のレベリングに失敗した場合、いったい何が起きるだろうか?

ボクが導き出した答えは――『モブに堕ちる』、だ。

これは自論だけど、主人公を主人公たらしめる最大の要因は、その強さにあると思う。

邪悪な敵を倒し、ヒロインを助け出す。

悍(おぞ) ましい魔物を討伐し、困っている村を助ける。

やがて魔王を討ち滅ぼし、世界に平和を 齎(もたら) す。

物語におけるスーパーヒーロー、それが『主人公』であり、その根幹にあるのは『圧倒的な強さ』だ。

(ボクはそれを台無しにする……!)

基本的な方針――主人公への不干渉は維持しつつ、アレンの強化イベントを潰して回る。

そうして彼を徹底的に弱体化させ、物語の本筋から追い出せば……アレン・フォルティスは、ただの『一般モブ』に成り下がる。

ボクはこれを『主人公モブ化計画』と名付けた。

(くくくっ……完璧だ。我ながら、完璧な計画だ!)

悪役貴族(ボク) が真に恐れるべきは、主人公の覚醒!

それさえ防げれば、メインルートの攻略は成ったも同然!

「ダイヤ。この先、キミにも動いてもらうことがあるかもしれない。そのときは、お願いしてもいいかな?」

「ふふっ、当たり前じゃない。世界と戦う力も、虚という組織も、大切な仲間たちも、全てホロウがくれた。あなたのためならば、私はどんなことだってする。この命でさえ、惜しくないわ」

「えっ、あっ、うん……そんなに重く考えないでね? 少し手を貸してくれれば、それでいいからさ」

ダイヤって時々ちょっと、いやかなり『重たい感じ』がするんだけど……まぁそれも彼女の個性として尊重すべき、だよね。