作品タイトル不明
第五話:人界交流プログラム
聖暦1016年7月8日。
今日はレドリック魔法学校へ向かう。
天喰(そらぐい) 討伐の準備期間は 公欠(こうけつ) 、その後も 勲章(くんしょう) の授与式や 家督(かとく) の継承式で休んでいたので、およそ二週間ぶりの登校になるね。
いつものようにホームルーム開始ギリギリで教室に入ると、クラスメイトの視線が一斉にこちらへ集まってきた。
「来たぞ、ホロウだ。いや……『ホロウ様』か?」
「そこはやっぱり『ハイゼンベルク公爵』じゃない?」
「レドリックにいる間は、『ホロウ』でいいと思うぞ?」
ボクが――ハイゼンベルク家の当主が普通に登校して来たことで、多少のざわめきが起こっているっぽい。
(まぁどうせ 一過性(いっかせい) のモノだろうし、放っておくのが 吉(きち) かな)
今は 物珍(ものめずら) しさから騒ぎになっているけど、そのうち慣れて当たり前のことになる。
そんなことを考えながら、自分の机に向かうと、
「おはよ、ホロウ」
「ホロウ、おはよう」
「ホロウくん、おはよう!」
ニア・エリザ・アレン、いつものメンバーが挨拶をしてきた。
ボクは軽く手をあげ、「あぁ」と短く答えながら、椅子に腰を下ろす。
それと同時、ゴーンゴーンゴーンと鐘が鳴り、前の扉からフィオナさんが入ってきた。
教壇(きょうだん) に立った彼女は、コホンと咳払いをして、生徒の注目を集める。
「今日のホームルームでは、大切なお知らせがあります。みなさんご存じ、『 人界(じんかい) 交流プログラム』についてです」
よし来た、これで本格的に第五章が動き出すね!
(人界交流プログラムは、四大国の間で結ばれた『人類強化計画』の一つだ)
ロンゾルキアの世界では、人類の生息圏を『 人界(じんかい) 』と言い、それ以外の地域を『 外界(がいかい) 』と表現する。
人界は穏やかな気候に恵まれ、魔獣のような敵性生物も少なく、とても安定したエリアだ。
一方の外界は過酷な環境の中にあり、強力な 亜人(あじん) ・獣人・魔獣の 闊歩(かっぽ) する、とても危険なエリアだ。
そこには亜人連合・獣人国家・魔王城などが存在し、確か『大魔教団の本拠地』もあったはず……。
(外界の連中は 強靭(きょうじん) な 膂力(りょりょく) ・莫大な魔力・異常な回復力を誇り、人類を『劣等種族』と見下し、『 食糧(エサ) 』と思っている)
単純な武力で劣る人間たちは、先人の『知恵』と『 策謀(さくぼう) 』を駆使して、自らの生息圏を必死に守ってきた。
今回の『人界交流プログラム』もそのうちの一つで、王国・帝国・ 龍国(りゅうこく) ・ 神国(しんこく) の優秀な学生たちを一週間だけ交換し、お互いの『競争心』を刺激するという狙いがある。
現代風に言うと、『超ド短期の交換留学』って感じだね。
「本プログラムの対象となるのは、特進クラスに属する生徒のみ。今年度の一年生は帝国へ 赴(おもむ) き、帝国魔法学院の一年生と。二年生は龍国へ行き、向こうの二年生と。三年生は 王国(ここ) で神国の三年生を迎え、『特別な課題』をこなします」
フィオナさんの説明を受け、小さくないざわめきが起こる。
「えっ、うちら帝国に行くの? ちょっと怖くない?」
「あそことは、少し前まで戦争していたよな……」
「でも、最後の侵攻から三年ぐらい 経(た) ってっし、さすがにもう大丈夫っしょ?」
「平和条約も結ばれているから、何もしてこないとは思うけど……」
「なぁなぁ、知っとる? 帝国は大陸南部の国やから、開放的な美女が多いねん! あぁ、たまらんなぁ~!」
不安と興味の入り混じった空気が流れる中、第十位だけは鼻の下を伸ばしていた。
ほんと、相変わらずだね。
「本プログラムの実施期間は、明日からちょうど一週間。大魔法< 異空の扉(ゲート) >を使って、一気に帝国へ飛びます。当日は自分の荷物を持って、当校の校庭に集まってください。時間厳守でお願いしますね」
ホームルームが終了し、一限の授業が始まる。
(ふふっ、明日から帝国か……楽しみだなぁ!)
そうしてボクは、まだ見ぬイベントたちにワクワクしながら、退屈な授業を聞き流すのだった。
■
迎えた翌日、聖暦1016年7月9日。
ボクたち一年特進クラスは、レドリックの校庭に集合していた。
時刻は朝の9時、予定時間になったところで、本校舎からフィオナさんが出てくる。
「みなさん、おはようございます。早速ですがこれから、空間支配系の一般魔法< 異空の門(ゲート) >を使って、帝国の街『オーガスト』へ飛びます。すぐに準備を整えるので、少し待っていてください」
フィオナさんはそう言って、< 交信(コール) >を起動した。
「カーラ先生、 転移元(こちら) の準備は万端です。 転移先(そちら) の準備はよろしいでしょうか?」
「はい、問題ありません」
念話の相手はカーラ先生だ。
この話を聞く限り、向こうは帝国で待機しているっぽいね。
「では予定通り、9時5分ちょうどにお願いします」
「えぇ、わかりました」
< 交信(コール) >切断。
「ふぅー……っ」
珍しく真剣な表情のフィオナさんは、右手に希少な魔水晶を持ち、 予(あらかじ) め校庭に描かれた魔法陣に入る。
(まぁ< 異空の門(ゲート) >は、とても高度な一般魔法だからね)
大量の魔力を燃やし、魔水晶の補助を受け、魔法陣で演算精度を高め――二人の高位魔法士が『転移元』と『転移先』に分かれて、ほとんど同時に< 異空の扉(ゲート) >を唱える。
この面倒な手順を踏んでやっと『瞬間移動』が、超絶劣化Verの<虚空渡り>が可能になるのだ。
<虚空>の ぶっ壊れ(チート) っぷりが、とてもよくわかるね。
それからほどなくして、
「――< 異空の門(ゲート) >」
フィオナさんの声に応じて、大きな白い門が出現した。
「さて、行きましょうか」
引率(いんそつ) の彼女が先に門へ入り、ボクたち特進クラスの生徒もその後に続く。
視界が 真白(ましろ) に染まり、奇妙な浮遊感に包まれる中――気付くとそこは、『南国のリゾート』だった。
「うわぁ、綺麗な海……!」
ニアはキラキラと目を輝かせ、
「ふふっ、気持ちのいい 潮風(しおかぜ) だ」
エリザは柔らかい微笑みを浮かべ、
「ここが帝国! 綺麗なところだなぁ!」
アレンは興味深そうにキョロキョロと周囲を見回す。
ヒロインたちが三者三様の反応を見せる中――ボクもまた大きな衝撃を受けていた。
(な、なんということだ……っ)
右を見ても左を見ても、『サブイベント』だらけ。
王国のサブイベントは、メインルートの途中でいい具合に消化してるんだけど、帝国は全くの手つかず――完全な『ブルーオーシャン』だ。
(ふふっ、これは楽しい小旅行になるぞ!)
こういう新しい 国(フィールド) に来たとき、めちゃくちゃワクワクするんだよね。
(本当なら、全てのサブイベントを堪能したいところだけど……)
しっかり『おいしいモノ』だけを選別・消化して、テンポよくメインルートを進めなくちゃいけない。
何せこの人界交流プログラムは、たった一週間で終わってしまうからね。
そうしてボクが自制心を働かせていると、
「カーラ先生、ご協力ありがとうございました」
「フィオナ先生も、お疲れ様です」
教師陣二人は事務的な会話を交わし、カーラ先生は<異空の門>を通って、レドリックの校庭へ飛んだ。
その後、
「みなさん、はぐれないように付いてきてください」
フィオナさん 引率(いんそつ) のもと、高級リゾートホテルに移動。
チェックインを済ませて、各自の手荷物を部屋に置き――ホテル前へ集合した。
「――29・30・31。よし、ちゃんと全員揃っていますね」
生徒全員を数えたフィオナさんが、これからの予定を発表する。
「今日は帝国の気温に慣れるため『完全オフ』。帝国魔法学院の一年生と合流するのは、明日からの予定となっているので、しばらくは自由時間とします。 但(ただ) し、18時までにホテルへ戻ること。この街オーガストの外に出ないこと。私の< 交信(コール) >には必ず応じること。これら三つのルールを守るように。それでは――解散!」
そうして自由時間となった。
「ふふっ、今日は遊ぶわよ!」
ニアが無邪気に微笑み、
「あぁ、まずは海からだな!」
エリザがコクリと頷き、
「とりあえず、水着に着替えなきゃだね」
アレンが少し恥ずかしそうに 頬(ほほ) を 掻(か) いた。
ボクはこれから、みんなと一緒に海で遊ぶ約束をしている。
(第五章は『表』と『裏』で大忙し。ゆっくりと羽を伸ばせるのは、今日が最初で最後だから、思いっきり羽を伸ばそうかな!)
もちろん、原作ホロウの 設定(キャラ) が壊れない範囲でね。
(さて、ササッと着替えよっと)
ボクがニアたちと一緒に、ホテルの自室へ戻ろうとすると――前方で大きな騒ぎが起きた。
「お、おい見ろ、『王国の死神』だッ!」
「賭けた馬が必ず負ける『競馬界の貧乏神』……っ」
「 借金総額(トータル・デット) 5億越えの『特級 俗物(ぞくぶつ) 』が、ついに帝国へ上陸しやがった……ッ」
どうやらフィオナさんは、けっこうな有名人らしい――もちろん悪い意味で。
「ふっふっふぅ、『帝都競馬場』……一度行ってみたかったんだよねぇ!」
自信満々の 鴨(カモ) は、 葱(ねぎ) と 土鍋(どなべ) と調味料を持参して、『約束された敗北の地』へ向かっていく。
どうやらこれから、ダイナミックな自殺を図るらしい。
(あ゛ー、そっか。そう言えば これ(・・) があったな……)
ボクは強烈な頭痛と 眩暈(めまい) に襲われた。
この第五章から、馬カスの行動範囲が無駄に広がり、帝都競馬場にも出現するようになるのだ。
基本は王都競馬場で爆死しているが、『帝国ダービー』や『皇帝記念杯』などの大きなレースにのみ顔を出し――有り金を綺麗に溶かしてくる。
(『王都』で遊ぶ分には、いくら負けたって構わない)
ボクの作った『夢の永久機関』で、全て完璧に回収できるからね。
(でも、『帝都』は駄目だ)
ここでスッた金は、帝都競馬場の経営者に流れる。
ハイゼンベルク家の資金が、帝国へ 洩(も) れ出してしまうのだ。
当主の立場として、これを見逃すことはできない。
(確か帝都競馬場は、帝国の裏組織『ウロボロス』が仕切っていたっけな)
彼らに恨みはないけれど、今日明日のうちに、うちの馬カスが資金を溶かす前に――サクッと潰してしまおう。