軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

領都にて、モブーノ伯爵令嬢と遭遇しましたⅡ

「……はい。そうですが……」

ガイとふたり、横目で見合いながら目の前のご令嬢の様子を確認する。

つり目がちの青い瞳は怒ったような困ったような、そんな様子に揺れていた。

お付きの侍女や護衛はいないのであろうか? 振り切ってきた??

マグノリアは丸い瞳をぱちぱちとさせながら首を傾げ、ガイは肩をすくめる。

モブーノ伯爵令嬢はそんな二人に構うことなく、視線を横へ流しながらツンツンした顔で話し始める。

「……辺境伯家で、秋頃、お披露目があると聞いたのだけど」

「はい」

ありますね。やりたくないですけど。

マグノリアはガイの顔をジト目で見た。

……勿論ニヤニヤしているからである。

「お披露目するのは、女の子だって聞いたのだけど」

「はい」

そうですね。貴女の目の前で串焼きを齧ってる幼女ですけど。

ガイは手に持ったままの串焼きを見る。

冷めてしまうので食べてしまおうか迷っているようであった。

(流石に止めておけ)

「……クロード様の相手は誰なの? あなた達知ってるの!?」

「……はい?」

マグノリアはきょとんとするが、何やら察したらしいガイがプルプルと小刻みに震え始めた。

「お披露目よ、子どもが産まれたって事でしょう!?」

「…………」

おおぅ、そういう事ですか。

泣きそうな顔をしたモブーノ伯爵令嬢をどう宥めるべきか途方に暮れる。

ガイに任せてしまいたいが……今、奴は使いモノにならない。

……往来でお嬢様ふたりが立ち話もどうなのと思うが、ある意味彼女とクロードの騒動が珍しいものでない証拠らしく……往来で仁王立ちするお嬢様に、領民達もさほど気に掛ける風でないのがなんともかんとも。

「……ガイ、飲み物買ってきて」

「へ~い」

ふざけた返事をしながらも周りをちらりと見遣り、危険が無いかを確認する。そして街に紛れている護衛騎士とさり気なく視線を合わせる。

そう、実は至る所に護衛騎士が見守っているのである。今までも外出の際は至る所にこっそりと紛れていたのである。

それはさながら幼児が初めておつかいに行く、某バラエティ番組が如く。

それこそ、おはようからおやすみまで完全完璧に見守られているのである。

マグノリアは身分だけで言えばとても高貴な御身という奴だ。ギルモア本家の娘であり、アゼンダ辺境伯――ギルモア分家の孫娘である。更には既に滅亡した国とはいえハルティア王家の末裔。

本人がアレなので、侍女も従僕も護衛も一人ずつ、身軽で気さくに過ごしているが……本来、気軽に立ったまま串焼きを齧るようなご令嬢ではないのである。

とはいえ。そんなことは構わずに、歩きながら残りの肉を齧る。モグモグ。

モブーノ伯爵令嬢が、微妙そうな表情で幼女を見遣る。

言いたい事は大体解りますが、冷めてしまうし串を捨てたいのです……そう心の中で言い訳をする。

「そこのベンチに座りましょう? 立ってたら足が痛くなってしまうでしょう?」

「……こんな所に座れないわ!」

「じゃあ、立ったまま話します?」

「…………」

モブーノ伯爵令嬢は暫し逡巡して、ため息をつきながらベンチに座った。

近くに移動してきた護衛騎士に視線を合わせ、合図する。

(れ・い・じ・ょ・う・の・侍・女・呼・ん・で・き・て・!)

騎士は頷いて走っていった。

それにしても、抜け出してきたのか撒いてきたのか。モブーノ伯爵令嬢もなかなかヤンチャであるようだ。

隣に腰を降ろすと、ご令嬢が眉を顰めマグノリアに注意をする。

「隣に座るの!? 普通、あなたは立ったままよ? せめて許可を取りなさい!」

面倒臭いので身分を明かしていないためノーカンであるものの、本来立つのも許可を取るのもご令嬢の方だ。

「えー! ゆっくり話せないじゃないですか」

「……まあ、あなた小さいものね……仕方ないわね。特別よ」

「ありがとうございます。で、お披露目の事ですよね?」

なんだかんだで許す辺りは、そこまで悪い人でもない事がうかがえる。

……多少尊大な態度である事と、多少自分本位な事と、多少ツンツンしているぐらいなだけで。

「そう! 何処のご令嬢とお付き合いされてそんな事に……」

うーん、マグノリアは腕を組む。

実際、クロードに彼女が居るかどうかは不明である。いたのなら真実を告げれば済むのだが。

この世界的には恋人のひとりやふたりいてもおかしくはない……何なら結婚していてもおかしくない年なのであるが、あれだけの美貌を持ちながら、見るからに女っ気は無さそうなのだが。

(宝の持ち腐れってヤツやね!)

そしてクロードは物凄く忙しい。

騎士団の仕事に軍の仕事(時折)、領主代行にマグノリアのお世話とフォロー。身体も鍛えれば芸術も嗜み、読書も研究……レアメタルの合金のように、変な物(?)をよく作っているのだ。そして合間にマグノリアの相手とフォロー、お世話とフォローをする。

末っ子次男坊のクロードは、意外にお兄ちゃん体質……いや、オカン体質である。

(超人か? 超人だね!)

恋人は? なんて聞いたが最後、冷気を漂わせながら忙しくってそれ所ではないと言われそうだが、実は忙しい人程、時間の遣り繰りが上手いというのもこれ真理。

まあ、年頃の男子である。清廉潔白ではないであろう。

……不用意に叩いてはいけない範囲である。

「お披露目をするのはお兄様の義兄の娘ですよ。ギルモア家が二つあるのは御存じですよね?」

「……ええ。アスカルドのギルモア侯爵家ね?」

釈然としない顔で頷く令嬢に、マグノリアも頷き返す。

……今回は『クロード様』ではなく『お兄様』と呼んでいるのだが……遠回しな物言いは通じないのか、あっさりとスルーされている。

「お兄様にとっては姪っ子ですね。その子がお披露目するんです」

「……なぜ辺境伯家で?」

そうですよねー。普通そう思いますよね。

「……まあ、訳アリだからですかねぇ(主に親父さんの)。ちなみに六歳のお祝いですよ。赤ん坊じゃない」

「六歳……」

流石にご令嬢も息を呑んだ。そういう反応なんですよねぇ……

(やっぱ、やりたくねぇわぁ……針の筵じゃんかよ)

モブーノ伯爵令嬢は未だ息を詰めたままだ。色々頭の中でグルグルしているのであろう。

――『訳あり』『六歳』『実家ではない辺境の地でのお披露目』

キーワードを投げておけば、適当に勘違いをしてくれる。

「そう……そうなの……」

「はい。なのでお兄様の子ではないです」

一番の懸念事項であろう答えを断言しておく。

ご令嬢が噂のお披露目幼児に想いを馳せ、深刻そうな顔を始めた頃、ガイが飲み物を持って帰ってきた。

礼を言って受け取ると、ご令嬢に手渡す。

「良かったらどうぞ。喉が渇いたでしょう?」

「こんな……露店で売ってるもの、飲めないわ」

緩く首を横に振る。やっぱりそういう感じなんですねぇと思う。

祖父も叔父もあんな風なので、マグノリアもこんな風だ。

……流石に立ったままでは注意を受けるだろうが、露店や屋台で飲み食いしてもノープロブレムである。

一見神経質そうな叔父は意外にも庶民の味がお気に召しているらしく、領都に来た際にはちょいちょいマグノリアと一緒に屋台のおやつを食べている。

更に地球での記憶もある為、マグノリア自身 露店も屋台も縁日も、そう抵抗はない。

祖父はドラゴンも丸焼きにする御仁である。ノープロブレム。

「お兄様も飲みますけどね。意外にイケますよ? 無理にとは申しませんが」

「…………」

「それと、本当にお兄様の事がお好きならば……お兄様の事を自分の見たい風にではなく、ちゃんと見てみる事をオススメします」

「え……?」

マグノリアには想う相手に迷惑までかけて、ストーカーまがいに付きまとう心理は理解できない。相手の迷惑を第一に考えてしまうだろうし、嫌われたくないというズルい心理も働くだろう。羞恥心もあれば、ささやかなプライドもあるのかもしれない。

ここまでなりふり構わず行動出来るというのは、本当にクロードが好きなのだろう。ただ自分本位なのはよろしくない。

……迷惑を被るクロードもだが、ご令嬢本人が色々な意味で一番良くないだろうとマグノリアは考える。

ガイはニヤニヤしている。

(ひとつ貸しですぞ、お兄様。)

「ご令嬢に……ある男性が婚約を申し入れてきました。が、断ったとします。その男性はご令嬢の事が大好きで、行く先々にいては『モブーノ伯爵令嬢は自分の婚約者だ』と言い続けます。ご令嬢は、気持ちを受け入れられないので止めてほしいとお願いしても止めずに付きまとい続けます……どう思いますか?」

「そんなの、気持ち悪いわ!」

眉を顰めて言い捨てる。

「でも、彼は本当に本当に、モブーノ伯爵令嬢が大好きなのですよ?」

「それでも駄目よ! 余計嫌いになるわ!」

「そう」

マグノリアは頷く。

「同じですよ、男性でも女性でも」

「!!」

やっと自分の事だと思い至ったご令嬢は、顔を歪めて俯いた。

コップを持つ手が強く握りしめられた。

「でも……好きなんですもの。諦められないのだもの!」

「諦める必要は無いですよ」

「え……?」

絞り出すような自分の声に、思いもかけない言葉を投げかけられて、モブーノ伯爵令嬢はびっくりしたように顔を上げた。

「そもそも、気持ちなんて抑えようと思っても出来るもんじゃないんですから。そのまま好きでいたら良いです。ただ、好きなら相手の気持ちや立場も考えないと」

マグノリアはポケットから手巾を出すと、ご令嬢に手渡した。

昂った乱高下の気持ちを表すかのように、涙が滲んでいるから。

「世の中、黙って恋をしたままの人も沢山居るんじゃないですか? それで良いと思いますけどね」

「……迷惑じゃない?」

「想ってるだけなら迷惑じゃないと思いますよ。追いかけまわしたり付きまとったり、嘘を言う方がどう考えても迷惑ですよ……基本、高圧的だったり自分勝手だったりな人を好きな人はいないですから」

特殊な趣味の人以外は。心の中で付け加える。

……別にジェラルドの事なんて思い浮かんでないんだからね! ……そんな風に、誰も聞いていないのに心の中で言い訳をする。

「好きな人を応援してあげたら良いんじゃないですか? 同時に自分も磨いて。もしかしたらいつか気持ちが重なるかもしれないし、重ならないかもしれない。こればっかりは相手がある事だから仕方が無いです。自分が気持ちを抑えられないように、相手にもどう思うかの自由がありますからね。

……でも好きな人が嫌な気持ちになるよりも、楽しく過ごせるように気を配ってあげたら良くないですか? 大切だからこそ、してあげられる行動なんじゃないですかね」

モブーノ伯爵令嬢は、ちょっと怒ったような顔でマグノリアを見た。

「自分が誰かを大切に想う気持ちは、大切にしてあげたら良いですよ」

それが恋であれ友情であれ、肉親の情であれ。

そうマグノリアは付け加えた。

「……お嬢様」

迎えの侍女が来たようだ。雰囲気を察してか、気遣わし気に声をかけてくる。

モブーノ伯爵令嬢は一瞬だけ躊躇いがちに俯くと、一気にジュースを流し込んだ。そしてコップをマグノリアに押し付ける。

涙も拭いて、貸した手巾も押し付けた。

「……知った風な口、きかないで!」

「お嬢様! ……すみません」

ご令嬢の、強気な言葉を放った筈の顔は酷く頼りなげであった。

黙ったまま馬車に乗り込むと侍女は何度も頭を下げ、俯く令嬢を乗せたまま走り出していった。

「……行きやしたね」

「そうね。嫌だね、年取るとお節介だし説教臭くて」

「…………。お嬢、まだ五歳っすけどね?」

「そうだった」

ガイにもっともなツッコミを入れられてため息をつく。

一日で二件も諫める系の発言をして、めっちゃ恥ずかしい。

(つーか、私が一番無理押し通してるっつーの!)

解っているのである。盛大なブーメランだ。

心の中で白目を剥く。

「……まあ、お嬢は頑張ってやすよ?」

「……しかし、クサクサするからヴィクターさんの変な赤毛を愛でてから帰ろう」

「……今、気を配ってあげたらうんぬんって言ってやせんでしたっけ?」

「……大丈夫。ヴィクターさんは別枠だから」

「……やめてあげて下さいよ? あんまりやると抜けちまいやすよ?」

そう言ってお疲れ気味なお嬢様と陽気で変人の護衛は、ニヤニヤしながらギルド棟へ向かって歩き出したのである。