軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

プロポーズ

「大変な局面に遅れちゃって、ごめんね」

「いいえ……とんでもない事を仰るかと思いましたが、そうでもございませんでした」

何でもない事のように発せられたガーディニアの言葉を聞いた多くの人間が、公衆の面前で王子が婚約破棄を願い出る事はとんでもない事には入らないのだろうかと首を傾げた。

同じ様に思い、ヴィクターも苦笑いをする。

万一、卒業パーティーにアーノルドがガーディニアをエスコートしないのであれば、自分がすると申し出ようと思っていたのであったが。

婚約者がエスコートしない事も、他の女性をエスコートする事も。

若いガーディニアにとっては大変に屈辱的であり、非常に辛いものであろうという事は考えるまでもない。

そんな辛い状況の時、自分が側にいてあげたい……いや、いたいと思っていたのである。

ところが、宰相である父に有無を言わせぬ表情で非常に大事な話があると言われ、話し合いに出ざるを得ない状況になってしまったのだ。

普段なら適当にはぐらかして煙に巻くものの、全く余裕のない父の顔を見れば、その重大性と緊急性が察せられてしまう。

前王とブリストル公爵は二人っきりの兄弟である。

現王には兄弟がおらず、アーノルドも一人っ子。

よって王家に何かあった場合、王弟であるブリストルの息子がその代わりを務めることが決められていたのであった。

更に嫡男である兄はブリストル家を継ぐ為に、必然的にその役目はヴィクターの元に転がり込んで来る訳で。

ヴィクターは王家のスペアとしてある程度の王太子教育と、更には通常通り兄に何かあった場合の代わりを務める為に、公爵家後継者としての教育も受けたハイブリッドなのである。

……今の姿からは全く考えられないが、元々身体が弱く大人しい性質であったヴィクターは、静かに本を読む事が常な子どもだった。

父に似たのか意外に優秀である彼は、学ぶ事に関してそれ程否やはない。

だが青年期のヴィクターにしてみれば、どっちつかずの自分の立場や、誰かの意のまま、手のひらの上で踊らされている様な閉塞感。更には想い続けた女性にその立場ゆえ断られるという割の合わなさに、ある日プッツンと切れたのである。

そうしてヤケになったヴィクターは家を飛び出して、何を思ったか冒険者になり、愛する人の幸せを見守りながら、身分を捨てて平民として暮らして来たのだ。

父は父で息子の気持ちも解からないでもない。

それはそうだろうと思う訳で……ただどんなに逃げようとも、高すぎる身分がそれを許さないのだ。

どんなに抗おうとも、本当の意味でヴィクターが平民になる事もなければ、民を捨てられはしない。

なので文句を言いながらも、ある程度自由にさせていたのであった。

******

ガーディニアの兄は、自分より遥か年上のヴィクターを見て微妙な表情をしつつも、一歩後ろに下がった。

ガーディニアは思いつめたような表情のヴィクターを見る。

もしかしたら、という期待。そうだった場合、自分で良いのかという不安。

王太子妃教育を受けた自分が必要だからという打算からならまだしも……国王や父に無理強いされての行動だったとしたら、どうしたら良いのであろう。

そのまま身を任せてしまえと思う自分と、ヴィクターの事を考えろと思う自分とに挟まれる。

「……哀れなスペアは、この歳になって役目を賜る事になってしまいました。そんな哀れな私めに、貴女のそのお力をお貸し頂けないでしょうか?……そしてもし年甲斐もなく許される事なら、貴女の愛を賜る事は出来ますでしょうか?」

ただただ、真剣な表情のヴィクターがいるのみだ。

その顔にも瞳にも何処にも、嫌悪感も同情も嘲りも感じられなかった。

それどころか、秘めた熱のようなものを感じるのは都合の良い勘違いなのか。

瞳が潤みそうになって、ガーディニアは慌てて眉間に力を入れた。

「私で……宜しいのですか?」

「ガーディニア嬢『が』良いのです」

自分が良い。

そんな当たり前のような言葉が、ガーディニアの耳と心に沁み、広がって行く。

「努力家で頑張り屋で、気高くて。傷付いて学んで、本当の優しさを身に着けたガーディニア嬢を愛しているのです」

気恥ずかしそうでありながらも真っ直ぐに届けられる言葉に、ガーディニアの蒼い瞳から涙が零れ落ちた。

ヴィクターは立ち上がると、ハンカチを出しては優しくガーディニアの頬と瞳に押し当てる。

「……嫌ですか?」

困った様な言葉に、ガーディニアは強く首を振った。

「嫌ではありません!」

「良かった……抱きしめても?」

「はい……っ!」

言うや否や、ガーディニア自ら腕の中に飛び込んで行く。

らしくない少女の様子に驚きながらも、抱き潰さないように気をつけながら優しく細い肩を包み込む。

「……順番が逆になってしまい申し訳ない……あなたの不幸を願うようで言えなかったが、実はとてもお慕いしています」

「私も、私もです!」

わっと歓声と拍手が沸き、ヴィクターとガーディニアは、はたと我に返って周囲を見遣る。

沢山の老若男女……どころか、関係国の王や使者がいる事を思い出し、顔から火が噴出しそうな位に真っ赤になった。

ヴィクターはニヤニヤ・ニマニマするマグノリアとコレット、呆れたような表情のアイリスを見て両手で顔を覆った。

「……恥ずか死ねる……!」

隣でガーディニアが、くすくすと歳相応の笑顔を零れさせた。

咳払いをしながら、ガーディニアの父であるシュタイゼン侯爵が進み出る。

ついでに威圧感マシマシで、兄がガーディニアの後ろで呪詛の念を送るような表情でヴィクターを睨み付けていた。

「……あ~、えっと。シュタイゼン侯爵。ご令嬢との婚姻をお許し願えますか?」

ヴィクターが困ったように頭を掻きながらお伺いを立てた。

「……許すも許さんも、王家に望まれて断るのはギルモアの一族位だろう!」

憮然とした表情でシュタイゼン侯爵がヴィクターに悪態をつく。

……なにやら火の粉が飛んで来たので、セルヴェスとマグノリア、そしてブライアンは視線を左右に揺らして誤魔化す。

離れた場所で、何故か給仕係も視線を彷徨わせるのが見えた。

一応ギルモアの人間ではあるが、クロードは身内のそんな様子を見ながら微妙そうな表情をした。

「まさか、娘が自分と幾らも変わらない男やもめのもとに嫁ぐとは思わなんだよ」

「それはそうだろうねぇ」

「お前の事だ!……ったく、ガーディニアを幸せにしないと承知せんからな!」

「うん。解ったよ、お義父さん」

ヴィクターが素直に頷くと、物凄い嫌そうな顔でシュタイゼン侯爵が声を荒げた。ヴィクターはどこ吹く風で首を傾げる。

「お義父さんと呼ぶな!」

「え~?」

ガーディニアは堪えきれなかったのか、珍しく声を出して、楽しそうに笑った。

黙って事の成り行きを見守っていたラドリがクロードの胸元から飛び立つと、おっさんな虫もブライアンの肩から後を追うように飛び上がった。

そしてヴィクターとガーディニアの上をくるくると旋回した後、大きく会場を一周する。

『ヴィクター、ガーディニア。おめでとう☆』

『おふたりさん、おめっとさんやでぇ!』

キラキラとした淡い桜色をした光に、会場が再びざわめく。

神々の祝福だとあちこちから声が上がる。

ふたりの婚姻と未来の治世が、幸多いものであることを予感させるには充分であったのだろう。

再び会場が、割れんばかりの拍手で埋め尽くされた。