軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

世界樹の短杖

(何をしているんだろう……?)

ユリウスは、窓のフレームから同じリズムでのぞく赤毛と緑の瞳を見て首を傾げた。

多分、女の子か小さい男の子が、建物の中をのぞいているのだろう。

建物の中に入って来ないという事は、学院の生徒やその縁者ではない訳で。

全員が目の前で繰り広げられている世紀の恋と破談に釘づけの内に、こっそりと窓に近づいた。

そして外をのぞき込めば、飛び跳ねてのぞき込む事に疲れたのか、尻餅をついたように座り込む女の子がいた。

すぐ横には犬の様な動物が困ったように伏せをしており、肩には変わった色のスライムを乗せている。

――新たなる変な子の出現だろうか。

ヴァイオレットとへばって座り込む女の子、婚約破棄騒ぎの真っ只中の会場を交互に見遣る。

「……ねぇ。どうせなら中で見る?」

「えっ!?」

声を掛けられて酷く驚いた顔の女の子が窓を見上げた。

「……君……?」

「わーーー! スイマセンスイマセン! 決して怪しい者じゃないですぅ!」

――何でこの子がここにいるんだろう?

絵に描いた冒険者らしい格好をした少女が、両手をブンブン高速で左右に振る。

「あ、うん。知ってる。『みん恋』の婚約破棄の場面見に来たんだよね?」

「そうなの……って、何で知ってんの!?」

逆毛を立てて飛び上がると、警戒してユリウスを見た。

「……取りあえず横の扉を開けてあげるよ。シリウスの奴も来賓で来てるから、連れてってあげるよ?」

ユリウスの言葉に喜んだのもつかの間。物凄い嫌そうな顔をして、今度は高速で左右に首を振った。

「いや、いらない! シリウス王子いらない!」

「……へぇ?」

ユリウスは少し考えて、小さく頷いた。

「とにかく中に入って。みつかりたくないなら魔法で姿を変えるか消すかだね」

「……解かった……」

何で知ってるのと怪訝そうに言いながら、ひと言何かを呟くと、特徴がないモブ顔の女の子に姿を変えた。

ユリウスは魔法の出来栄えに感心すると、すぐ横の扉を指差す。

「そこ開けるよ。今アーノルド王子がガーディニア嬢に婚約破棄(のお願いだが)をしたところだよ」

「……クライマックスじゃん!」

そういうと、小さくなった犬を抱えては扉までダッシュして来る。

開けると、小さく頭を下げながらおずおずと身体を滑り込ませて礼を言った。

「……ありがとう」

「いいえ」

ユリウスがにっこり笑うと、変な女の子は顔を赤くして口ごもった。

*******

今からほんの少し前の事。

国王の執務室に、王と王妃、宰相、シュタイゼン侯爵、そして呼び出されたヴィクターが話し合いをしていた。

いよいよアーノルドが本気で廃嫡へ動き出したと知らせを受け、今後の方向性についての話し合いが持たれていた。

「何か大きな事を起こした場合、ガーディニア嬢との婚約は白紙に戻し、アーノルドは廃嫡とする。ヴィクターは大変申し訳ないが、王家に籍を戻し立太子して欲しい」

全員がヴィクターを見遣る。

「…………」

「ヴィクター!」

父である宰相が、厳しい顔と声を向けた。

ヴィクターはまるで走馬灯のように、沢山の事柄を思い出していた。

静かにそのひとつひとつを埋葬するかのように、丁寧に記憶の彼方へと送り出して行く。

全く以て文句を言ってやりたいが、そんな余裕も時間も、ここにいる誰にもない事は明白だ。

人にはそれぞれ持って生まれた責任がついて回る。

高位貴族であればある程、逃げても逃げてもついて回るのだ。

「……承知いたしました」

ため息が漏れ出そうでありながら、かつての王太子教育がそれを許さなかった。

ヴィクターの返事を聞き、王妃は泣き崩れる。

「王妃を部屋へ……シュタイゼン侯爵、大変申し訳ない」

王は侍女に目配せしながら指示をすると、身体をシュタイゼン侯爵の方向へと向けた。

「…………。いえ。残念ではございますが、互いに不幸になるよりは宜しいかと」

この数年で、侯爵も大きく変わった。

多分今までだったら、どうしてくれるのだと言い募った事であろう。

自分の娘がどんどん成長し変わって行く姿を見る内、それを見た彼もまた変化して行ったのである。

ヴィクターが口を開こうとしたところで、扉が大きくノックされた。

その音に、全員が表情に影を落とした。

こんなタイミングで、王子につけてある護衛からの報告。

「申し上げます!王子殿下が婚約破棄と廃嫡について発言されました!」

全員が厳しい顔で席を立つと、卒業パーティーの開かれる大広間へと移動したのであった。

*******

「国王に申し上げます。以前も申し上げました通り、どうぞ私を廃嫡に」

膝をつきそう願い出る息子を見下ろして、国王は声が震えないように下腹に力を込めた。

「このような場でそのような事を申し出るとは、何を考えておるのか。王国唯一の王子が国でも政でもなく、自らを優先すると言うのか……!」

温厚な王が、公の場で誰かを叱りつける場面を初めて見た。

会場にいる者全員がそう思ったであろう。

その相手が自らの息子である事に、より信じられないような心持ちである。

冷静にと己に言い聞かせているのだろう。

抑えられた声が、怒りの大きさと嘆きの深さを感じさせた。

「……ご期待に沿えず、大変申し訳ございません……」

アーノルドは努力をしなかった訳でない事も、色々と悩んでいた事も。一番見て来たのも知っているのも父である国王である。

王は懐から世界樹の枝で作られたと言われている短杖を出して掲げる。

それを見て再び全員が瞳を瞠った。

世界樹の短杖は、王が正式な宣言をする時にその宣言は正しく正式なものであり、違えれば自らの喉を突く事と、否を唱える者には戦いを挑むと言う強い意志を示すものである。

神々と婚姻しこの大陸の国々が出来た時に、その夫となったかつての王達が、全能の大神様から賜ったと言われる神具の様なものだ。

本当かどうかはさて知らず、この大陸にある国の王室にひとつずつ与えられており、大切に後世に伝えられている。

なお滅多にないが、国が分かれる時等にはふたつに切られ、分け与えられるらしい。

なので、実際に戦いに使えるようなものではなく、どちらかと言えばシンボリックなものである。

「アスカルド王国王子、アーノルドの申し出を受諾する。アーノルドは廃嫡。前王王弟、ブリストル公爵の次男・ヴィクターを立太子し、次期王とする」

再び騒めく会場に、宰相が声を張る。

「王の御前である、控えよ!」

「ヴィクターへの教育と引継ぎが済み次第、私はこの騒ぎの責をとり可及的速やかに現王を退位する事とする!

……アーノルドは沙汰があるまで蟄居を命ず。ポルタ男爵令嬢は屋敷にて待機を」

アーノルドとマーガレットは礼を取ると、護衛に連れられて静かに会場を出て行く。

王はガーディニアの前に進み出ると、頭を下げた。

「ガーディニア嬢の国と王室への今までの献身、痛み入る。其方に非がない事は、この王が明言しよう……この様な形となり誠に不甲斐なく、申し訳ない」

ガーディニアは王が厳しく対応しようとしている事を感じ取り、縋るような瞳で言葉を紡ぐ。

「勿体ないお言葉でございます。……お恐れながら、どうかおふたりに慈悲のあるお沙汰をお願いいたします」

「お願い申し上げます」

マグノリアが同意と頭を下げる。

ブライアンとルイ、かつての側近たち。ユリウスたち三人組も礼を取った。

「……相解った。皆の気遣い感謝する」

若干表情を緩めると、再び口を開いた。

「卒業の晴れの日にこの様な騒ぎとなり申し訳ない。卒業おめでとう。今後の皆の活躍と献身を期待する」

そう祝いの言葉を伝えると、再び執務室へと戻って行く。

普段であればこの後歓談をする王だが、祝いの席に水を差すようであろう。

各国の来賓に視線を向けると、それぞれが小さく頷いて退室を促した。

会談や雑談は、場所を移せば良いだけの事。

王のやり取りを静かに見守っていたヴィクターは、厳しい顔をしたアイリスと、どこか微笑んでいるようなコレットを見てから、ガーディニアの前に進み出て跪いた。

そして驚いたような困ったような、心配するような。

何とも言えない表情のガーディニアに微笑みかけた。