軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ダフニー夫人

「お招き頂きましてありがとうございます」

「ダフニー夫人。ようこそお越し下さいました」

社交の時期が半分を過ぎる頃、ダフニー夫人がタウンハウスにやってきた。

アゼンダ辺境伯家のタウンハウスに来るのは初めてだそうで、興味深そうに庭を眺めていた夫人がからかう様に言う。

……他の家の庭よりも毒草が多いのはご愛敬だ。

「流石に騎士団の方々はいらっしゃいませんのね」

「はい。デビュタントの為に来てくれた者が殆どですので」

大半の騎士が領地へ戻り、通常の任務に就いているだろう。

「一部の者がタウンハウスの警備の為に駐屯しております」

新年を挟んだ冬期休暇が終わった為、ディーンとヴァイオレット、ユリウスも新学期になり学院に戻っている。

「マグノリア様もそろそろアゼンダへお戻りになりますのね?」

「そうなのです。おじい様が戻りますので、一緒に」

社交に力を入れない事で有名な辺境伯家であるが、その時期を半分……セルヴェスが三分の一、クロードが三分の二の割合で担っている事を多く知られている。

以前は等しく半々だったそうだが、セルヴェスがマグノリアと一緒に居たいが為に、勝手に短縮したのだ。

ついでに前半と後半を交代で行っており、今年はセルヴェスが前半を担う年である。

とはいえ今年は秋にマグノリアの拉致・誘拐騒ぎ――例の人身売買事件があった為、社交の時期に関係なくセルヴェスもクロードもアゼンダと王都を往復していたのだった。

ラドリや鴉、ハヤブサ達に手伝って貰って、何かあれば連絡を取ってはいるものの、長期間領地を留守にするのは落ち着かない。

更には出かける前に寒干しというか寒仕込みというか、ぶら下げてきたフカヒレの様子もとっても気になる……

今頃パレスの幽玄な佇まいをバックに、たくさんのフカヒレが寒風に揺れている事だろう。

「……マグノリア様は社交をなさらないのですか?」

少々心配そうにダフニー夫人が口を開いた。

結婚第一主義のこの世界からすれば、デビュタント……舞踏会に出席しただけで、その後殆ど社交をしないというのは珍しいケースなのであろう。

何せこの年代は、社交イコール結婚相手探しなのだから。

男女共に、特にご令嬢は少しでも自分に有利な相手を探す為、顔は笑顔だが心の中は……と、なかなか大変そうな社交事情なのだ。

「元々、私が余り社交が好きではなくて……仲の良い方々とお話をするのは好きなのですが……」

「まぁ、マグノリア様は既にお仕事をお持ちで、沢山の方々と交流を持っていらっしゃるでしょうから、今更なのでしょうが……」

騎士団の面々は勿論の事、今回はセルヴェスの悪友達である王都の飲み仲間のお爺さん達が強制的にやって来た。デビュタントの会場で、やたら人相の悪い侯爵・伯爵・子爵達が、次々に挨拶に来たのである。

更に、かの有名な女性爵位持ちであるアイリスとコレットに可愛がられている事も広く知られているし、宰相の次男であるヴィクターにも気に入られている。それ以外にも手広く商いをしているリシュア子爵家とも懇意だ。

最近はマグノリアに影響を受け、シュタイゼン家のガーディニアまでも色々と事業を始めたと聞く。そのブレーンとしてマグノリアが活躍、ないし暗躍しているというのが今の社交界の見方である。

その上学院に入学していないのにもかかわらず、前学院長を始め教師達とも良好な関係を築いている。

何処で接点を持ったのかマリナーゼ帝国のユリウス皇子とも知り合いであるし、イグニス国王室とも何やらパイプがあると言われている。

その伝手でマホロバ国とも繋がりがあり、国としては国交が無いのにもかかわらず、個人的に輸出入をしているというではないか。

……まあ、一部虚構が混じっている気もするが、概ね間違いではない……

こう聞くと何だか凄い人のように感じるが、ただただ商会のみんなと仕事をしていただけなのであるが。某子爵家令嬢と某帝国の皇子に関しては、お里(?)が一緒なだけである。

「小さなお茶会や、お食事会でしたら時々するのですが……」

なので、ある程度の采配は可能だと力強く頷く。何なら、このふたりきりの茶会もマグノリアの采配だ。

――だが、夫人が言いたいのはそういう事では無い。

それに、筆頭公爵家次男に東狼侯、女男爵。成金子爵ご令嬢、帝国の皇子、そして辺境伯家の面々とは、規模はどうあれ、もう小さなお茶会とは言わないのではないだろうか?

実際はそこに、騎士だの平民だのも入り乱れている訳で。庭で立食パーティーというよりも食べ放題コーナーのようになっているのだが。

その実、新商品の試食会だったり、海岸にうち上がった拾った魚を使った節約料理だったり、お肉っぽい魔獣やらを討伐して美味しく頂いたりと言う、若干ワイルドな方面が多いのではあるが……

「ご結婚は、もしや他国の方と進んでいらっしゃるのですか?」

そうだとするならば、 頑(かたく) なに社交に出ない訳も解る。

セルヴェスとクロードに聞いても濁されるしで、幼少期を知る身としては心配で、更には自分を慕ってくれるとあれば、ついついお節介をしてしまうというものだ。

「……そういう訳ではないのですが……」

マグノリアはマグノリアで、それ程結婚願望が強くない事と、仕事が上手く行っているので自分ひとり暮らして行く位はなんとかなりそうな事。

なんと言っても一番は、自分の厄介な異世界トリップのあれこれが問題なのだが。しかしそんな事を夫人に話せる筈もなく。

「申し訳ございません。ついつい出過ぎた真似を……マグノリア様にお心を奪われているご令息も多いので、ご興味は無いのか、つい老婆心を」

「はぁ……?」

――お心を奪われる?

……恐怖心を抱いている、ではなくて?

自分の価値を、実際よりも下方向へ評価し過ぎているマグノリアは首を捻った。

謙虚が美徳の国・日本で三十三年間過ごした上、そこで極々当たり前過ぎるものを利用した活動しかしていない――マグノリアの主観では――ので、価値って? 普通ですが? というのが本心だ。

全くのゼロから生み出したり、職人として腕があるならまだしも。

完成形を知っているし、技術うんぬんについては、知っている・ちょっと出来るだけで、匠な訳ではないのだ。

ユリウスの言うように、何かを知っていたとして、その詳細や工程をきちんと知っている人は貴重だし、実際に成功させているのは凄い事だろう。更に言えば、その知識が多岐に渡るのは一種の能力だと説明しても、マグノリアにはいまいちピンと来ない。

逆に誰か、別系統の専門知識を持った人間が居ないものかと思うマグノリアだ。

取りあえずそれは良いとして。本日の本題はそこじゃない。

「それは置いておきまして。ダフニー夫人は移領なさるのですよね?」

「ええ。主人が完全に引退いたしましたので、先日も申しました通り、従姉妹がおります西の方でのんびり暮らそうかと……」

のんびり。

自分が誘うと、まず間違いなくのんびりは出来ないのだが……

第二の人生設計もあるだろう。断れないと思われるとまずいので、慎重に話を進める。

「もうお住まいは決められたのですか? 移領後はお仕事はなさらないのですか?」

「まだはっきりと決めた訳では無いのです。現在幾つかの候補を見て、選んでいるところですの。お仕事はどうでしょう? 落ち着いてから良い生徒様がいらっしゃれば……」

珍しく奥歯に物の挟まったような物言いをするマグノリアに、ダフニー夫人は首を傾げる。

雰囲気と話の流れから察して、アゼンダに家庭教師を頼みたい人間がいるのだろうか。

言いあぐねているマグノリアの様子を見て、ダフニー夫人が口を開く。

「誰か、私がお教えすべき方がいらっしゃるのでしょうか?」

「そう! そうなのです!」

ダフニー夫人の言葉を聞いて、マグノリアが表情を明るくさせた。

流石ダフニー夫人である。話が早い。

マグノリアは身を乗り出して、ぐぐぐいぃぃぃっと顔を近くに寄せる。

「実は、マナーを重視した学科を作ろうかと思っているのですが、なかなかこれという人材がいらっしゃらなくて……」

ダフニー夫人は珍しく、きょとんとした顔をした。

「学科……?」

「はい! 低位貴族の家の使用人は平民が多いじゃないですか? そこで高位貴族の使用人に負けないような立ち居振る舞いや専門知識を持った、執事や侍女の学科を新設しようと思っているのです!」

そして行く行くは一本立ちした学校にするつもりだ。

その為の前身として、きちんとしたマナーと技術を持った『執事・侍女(家令・女官)学科』を新設するのである。

「一応領内でマナーに精通したご夫人にお声掛けしてはいるのですが……その点、ダフニー夫人は王宮で女官をしていらしたので適任かと!!」

鼻息荒く説明するマグノリアに、ダフニー夫人は慌ててストップを掛ける。

「……ちょ、ちょっとお待ち下さいませ。教えるって、もしや学校のお話ですの!?」

「そうです、そうなのです! きっとぴったりだと思うのです!!」

「…………」

なんと。

夫人が思ってもみない程大きな話のようで、思わず絶句する。

「引き受けていただいたら、暫くはのんびり出来ないと思うので、言い出せなくて」

「それはそうでしょうねぇ」

この少女は、まだ学校や商いを大きくするつもりの様だ。

夫人は、かつて小さかった少女をまじまじと見遣る。

「時代が変われば、平民でも高位貴族のお家や王宮に働きに出るようにもなるかもしれません。少なくとも今現在の状況でも、賃金交渉をしたり地位が上がったりと、生活とやりがいを向上させるきっかけとなると思うのです。確かな知識と技術を身につけて、選択肢と仕事への意識をより広げられたらと思っているのです」

行き着くところは、領民たちの地位と生活の向上。そして心の豊かさへと繋がっている。

ダフニー夫人は感心するような呆れるような、何ともいえない複雑な表情でマグノリアに向き直った。

「……ちょっとお話が大き過ぎて、主人にも相談しないと決められませんわ」

断るにしてもきちんと対応してくれようとする夫人に、マグノリアは頷いた。

「それはもっともです。学校の現状、新設したいと思っている学科の事から、住居の選択や領内の様子など、こちらに資料にして参りました!」

どどん。

男性の拳位の厚さはあろうという分厚い書類の束が、夫人の目の前に差し出された。

再び絶句する。

「プレゼン資料です。よろしかったら旦那様とお読みになり、ゆっくりとご検討下さい」

「…………。ぷれぜん?」

「……説明資料、です」

言い直して力強く頷く。

胆の据わったダフニー夫人であるが、奇想天外というか、想像を超えてくるマグノリアの様子に、夫人は苦笑いをしたのだった。

結果から言えば、ダフニー夫人と旦那様はアゼンダに移領する事に決まった。

話が大きくて受けるのに戸惑う内容だが、非常にやりがいがある事は確かだ。

迷っている夫人の背中を押したのは、旦那様だったそうで。

「そんなに期待していただいて、こんなに心を砕いて下さるなら、やってみたらいいのではないか? 君も教師をするのは好きだろう?」

夏頃の移領だというので、実際に話が固まるのは暫く先であろう。

ダフニー夫人の第二の人生は、思ってもみない程賑やかで忙しいものになりそうな事が確定したのだった。