軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ガーディニアの新事業

「今日はようこそおいでくださいました」

マグノリアとヴァイオレットは、揃ってシュタイゼン侯爵家のタウンハウスを訪れていた。

質実剛健がモットーのギルモア家、そして成金成り上がりのリシュア家とはまた違った趣の、歴史と気品に溢れた貴族らしいお屋敷だ。

花の国アスカルド王国らしく、庭の至るところに咲き誇る花々。繊細な彫刻。豪奢な四阿。

……ふと見た先に、辺境伯家タウンハウスのお庭番が紛れているのを確認して、マグノリアは内心ギョッとする。若いお庭番は視線に気づくとにっこりと笑い、あっという間に庭の中へと消えて行った。

「……どうかされましたか?」

庭の奥を見つめるマグノリアに、ガーディニアが首を傾げた。

ヴァイオレットも何だろうと同じ方向を見る。

「イエ。ナンデモナイデス」

「?」

日々こうして、様々な情報が集められているのだなぁと思う。

王都が絡むと碌な事が無い為、心配の余り一緒について来たセルヴェスは、待ち構えていたシュタイゼン侯爵に別室に連れて行かれた。

孫娘と離れる事を悲しそうにしていたが、仕方なく社交をする事にしたのである。

……敵勢とまでは行かないが、微妙に反目している家門だ。

表だって争うような事は無いが、何となく出方を窺っているところはある。

今のところ次期王太子妃の実家として脚光を浴びているが、今後ゲームの通りに婚約破棄となればどうなるのだろうかと、この先の未来(仮)を知る事になってからは、人ごとながらも心配してみる。

元々筆頭侯爵家。多少の事でガタつきはしないだろうが、ガーディニアの事を考えれば、早々に王家と距離を置きなさいと言いたいところであるが。言ったら言ったで、ギルモアがその位置を狙っているのだろうと邪推されかねない。

狙うわけ無いだろう。

あんな王子は願い下げである。

「しかし、悪魔将軍自ら護衛とは。大陸も平和になったものですなぁ」

「それがちっとも平和ではないのですぞ…まあ、マグノリアが可愛過ぎるのもあるのだろうが」

皮肉ったつもりが、セルヴェスに若干ズレた回答を寄越されたばかりか、小さくため息をつかれた。

……確かに。厳重に護っている筈の孫娘は何度もおかしな奴らに狙われるわ、砂漠の国は水面下どころか水面上でもごちゃごちゃしてるわで、セルヴェス的にはちっとも気が休まらないのである。

「マグノリアは可愛い上に優しく、賢いし仕事も出来るし……気遣いに心配りに、更には度胸もある。小さい女神などと言われておるが、成長した今は女神そのものだ! 控えめに言っても天使だ天使!」

「何を仰る、それならば我が娘ガーディニアですぞ! 美しく聡明、且つ気品に溢れ、何時いかなる時も沈着冷静にて淑女中の淑女! Miss・パーフェクトとはガーディニアの事ですぞ!」

愛孫賛辞に余念の無いセルヴェスだが、普段付き合いの無いシュタイゼン侯爵も愛娘賛辞の御仁だったらしい。

「マグノリアが一番だっ!」

「ガーディニアですぞっ!」

ぐぬぬぬぬぬ……!

ぎりりぃぃぃ……!

「だ、旦那様……!」

そんなふたりを見て、お茶をサーブしていた侍女と控えていた家令がオロオロする。

セルヴェスとシュタイゼン侯爵ふたりが顔を歪ませくっつけながら、お互いに激して睨み合う。

……美しい庭の豪奢な応接室で、爺さんとおっさんが何をしているのだろうか。

「マグノリアだーーーーっ!!」

「ガーディニアだーーーっ!!」

******

外は冬。温室の中は春の花が咲き乱れていた。

色とりどりの花を愛でながら、温室の中に用意されているテーブルでお茶をする。

「……マーガレット様は両陛下が退室した後に、挨拶をしたいと王子と一緒に別室にいらしたのですわ」

「……王子が、陛下へのご挨拶前に連れ出してしまいましたからねぇ」

あの後、少し時間を置き頭を冷やしたアーノルド王子は、マーガレットが両陛下に挨拶をしていない事を思い出して、控え室に連れて行ったらしい。

国王も王妃も一応大人である為、祝いの言葉を伝えたそうだが。侍従長とブライアンに事の顛末を聞いており、流石に微妙な反応だったそうだ。

祝いの席である事と、自分の息子に多大な非がある事、更には成人前のご令嬢が国王からお叱り……注意をされたらと、マーガレットの心情を慮って、今回は祝辞を伝えるに止めたのだという。

代わりに、ガーディニアをエスコートしたヴィクターが部屋に残っており、王子と側近に苦言を呈したそうだ。

……マーガレットにも若干マイルドに伝えたそうだが、例のうるうるになってしまい強くは言い難い雰囲気になったらしい。

「まぁ、言われるとうるうるしちゃう条件反射みたいなもので、案外打たれ強いのかもしれませんけどねぇ」

本当に弱い人間は、相手が王子やその側近と解った時点で腰が引けるだろう。

ガーディニアを始め高位貴族のご令嬢方に文句を言われても、なんだかんだでそのまま友人関係(?)を続けているのだ。彼らが優しくしてくれるからというのもあるだろうが、意外にタフな性格をしているといえるのではないだろうか。

……いや、タフじゃないヒロインなんていないか。

古今東西、物語の主人公というのは強靭なメンタルを持っているものだ。

自分だったら面倒で、速攻で退散する。

いや、すでに退避を決めたからこそ、アゼンダで好きな事をさせて貰えている訳だ。

ガーディニアは何かに想いを馳せるように、手元のカップを見つめた。

「アーノルド様のご様子はいつもの事ですから……先日はヴィクター様がエスコートして下さいましたので、とても心強かったですわ」

「ヴィクターさんは、頑張ってる女の子の味方ですからね」

マグノリアの言葉にガーディニアが小さく微笑んで頷く。

父親世代であるヴィクターは、なんだかんだで子ども達への心遣いが手厚い。

いつも落ち着いているガーディニアだって、決して傷つかない訳じゃないのだ。

それどころか、十代の女の子が婚約者に放って置かれるだけでなく、事実上の浮気相手をエスコートされるって……一応、登壇の際に王子にエスコートをされていたとはいえ、本音は『何それ』だろう。

周囲のご令嬢たちは同情的であるらしいが、本来の性格からすれば、同情される事すら屈辱的であるんだろうに。

「是非こちらをお試し下さいませ」

テーブルの上に幾つかの品物が並べられた。

「忌憚のないご意見をお聞かせいただければと思います」

ガーディニアの言葉に、マグノリアとヴァイオレットがまじまじとそれらを眺める。

以前ガーディニアが、マグノリアに必要だと思うものを聞いた時に、医療の発展と言われた。

専門分野だけになかなか難しいが、領地……国土の特色を活かして、まずは材料になる薬草の栽培に注力する事を考えた。

花の女神の加護で良く育つだけでなく品質も良いと言われている為、安価で且つ充分に使用することが出来るであろうと思ったからだ。

まずは領地内で遊ばせてある土地を使い、薬草園を作るところから始めた。

とはいえ育ちやすい薬草たちは、それほど手間もかかる事なく順調に収穫を迎える。

本格的な医術に関しては、医師と協力して研究や活動の協力を行っているが、未だ始まったばかり。

とりあえず手始めに大きく広めるのは、平民にも使い易い安価な製品だ。

幾つか試してみて、比較的症状の改善効果が見られるものを試作することにした。

「クリームが二種類、後は……飴ですか?」

「はい。冬場は風邪が流行りますので……こちらはハーブを入れて喉の痛みを緩和する飴。こちらは同じくハーブの有効成分を抽出してクリームに入れました。喉周りや胸・背中に塗ると有効成分を自然に吸入し、喉の痛みや咳、鼻づまり等の症状を緩和する効果が見られた製品です」

ガーディニアは、ヴァイオレットへ丁寧に説明をする。

言わずと知れた『のどあめ』と『塗る風邪薬』だ。

元(?)の製品を知らなくても、行き着くところに行き着くんだなとマグノリアは感心する。地球の超定番製品が飛び出してきた。

「こちらは?」

「保湿力を高めた手荒れを改善するクリームです」

「なるほど。水仕事をする人には欠かせないものですね。意外に、外で仕事をするような人たちにも需要がありそうですね。騎士とか門番とか、庭師とか……」

ガーディニアは、冬の定番製品を開発したようであった。

医療というよりは対症療法の効果を高めるという感じの製品であるが、何の知識もないところから作り出したのだから驚く。

もしかすると今まで使われて来た民間療法に、これらを利用した様なものがあるのかもしれないが……

どちらにしろこれらはかなり売れるであろう。地球でも大ヒットした製品達だ。

「素晴らしいですわね。劇的に症状が改善する訳ではないと思いますが、治癒を手助けする良いお品物となるのではないでしょうか」

マグノリアの言葉に、ガーディニアは顔を綻ばせた。

「本当ですか!?」

「はい。……こちらは既に量産体制に入っているのですか?」

ガーディニアは頷く。

「ええ。まだ手探りで本格的とは言いがたいですが。通年患う病気ではありますが、やはり冬場が多いので、少しずつ流通させて認知度を高めて行こうかと」

「お値段にもよるかもしれませんが、平民も貴族も関係なく需要が見込まれるでしょうから、かなり大掛かりなものになるかと思います」

ガーディニアは真剣な表情で、アドバイスを聞き漏らすまいと必死だった。

「おこがましいのですが、マグノリア様がなさったようにこちらを製作する為、領内で生活困窮者の為の商会を作ろうかと思っているのです。真似をする様で心苦しいのですが……」

これにはマグノリアの方が食いついた。

「本当ですか!? そんな事はお気になさらず、是非是非取り組んで下さいませ!」

貴族の中の貴族であるガーディニアから、平民の生活を気に掛ける言葉が飛び出すとは思わなかった。

「そちらで利益を出して、本格的な医療の研究や活動の足掛かりを作ろうと思っているのです」

「それは素晴らしいですね」

ヴァイオレットも感心したように言う。

「商会を運営するマグノリア様、お家が手広く商売をされているヴァイオレット様。おふたりから見て、何か改善するところなどはございませんか?」

ガーディニアは熱心に、貪欲に喰らいついてくる。

お嬢様の気まぐれではなく、本気なのだろう。もしかしたら心の拠り所になっているのかもしれない。

「……そうですね……医療の発展は大切な事ですが、ガーディニア様がお好きな事や興味をお持ちのものはございますか?」

「私ですか……?」

誰かのためも大切であるが、興味が無い事や面白みが無いと長続きはし難い。

どうせ本腰を入れて行うなら、自分が好きな事をする方がずっと長続きするだろう。

ガーディニアは少し考えて、口を開いた。

「やはり、身だしなみを整えるようなものでしょうか。日々使うものですし……」

「ああ、お化粧品などですね! やはり気になりますよね~」

「はい」

解り合っている雰囲気のガーディニアとヴァイオレットに、マグノリアは内心呻いた。

元々面倒臭がりな上まだまだ若いので、化粧もしなければ手入れすらも危うい……リリーが強制的に捏ねる以外、何もしていなければ興味も持っていない……

(三十過ぎても化粧水すら三日坊主だった人間には、あんまり興味を持てない分野だなぁ)

何処からか、陽気な護衛が笑っているような気がするのは気のせいなのだろうか。

しかし、商売としては良い目の付けどころであろう。

「……では、そちらをお作りになられてみては如何ですか? 肌に良い成分を入れたり香りを楽しんだり、色々発展させられると思いますが」

「……まあ!」

驚いたようなガーディニアが、蒼い瞳を丸くした。

「例えばこの『手あれクリーム』も、仕事によって香りが無いものを使いたい方もいるでしょうし、お休み前に良い香りでリラックスされたい方も居るでしょうから。無香料のものと香りを楽しむものに分けるとより良いかと思います」

化粧品は長時間肌に密着させるものなので、お肌に良いものであれば喜ばれるだろう。

それぞれの基礎化粧品を同じような香りで分け、シリーズにするもよし。より薬効成分を強くして、肌質改善などを謳っても良いかもしれない。

地球でよくある戦法だ。

「ちょっとお待ち下さいませ! 何か書くものを……!」

珍しく取り乱したように、侍女に筆記具を確認するガーディニアは、歳相応の少女に見えた。そしてとても楽しそうだ。

「そしてハーブやアロマですが、体質や症状、体調によって使ってはいけないものもありますのでお気をつけくださいませ」

ものによっては子宮を収縮させる効果がある為、妊娠時は使用をしないよう注意を促しているもの。肌荒れの状態では刺激が強かったり悪化する可能性がある為、避けた方がよいもの等、幾つか禁忌的なものがあった筈である。

「なるほど……闇雲に使用出来ないのですね。とっても参考になりますわ」

「効果といえば、それを応用してお茶を作っても良いかもしれませんね」

何気ないヴァイオレットの言葉に、ガーディニアは瞳を輝かせた。

……いや、獰猛な猛禽類のような瞳でヴァイオレットを見遣る。

女性の社交でお茶はとっても大きな働きをする。どんな立場になろうとも社交界を担って行くのであろうガーディニアに、良いヒントになるであろう。

******

「おふたり共、本当に今日はありがとうございました」

別れ際、ガーディニアは深々と礼を取った。

あのとてつもなく気位の高かった姿からは、想像も出来ない様子である。

「あのように有益な情報をお教えいただいて、宜しかったのですか?」

「いいえ。ガーディニア様のお役に立つのであれば幸いです」

心配そうに言うが、化粧品関連はマグノリアではまったく進みそうもないので、全然問題なしだ。

立場も役割もあるだろうから何処まで出来るのか未知数ではあるけれども……こんなに活き活きとしているのだから、出来るところまで頑張って欲しいと思うマグノリアとヴァイオレットであった。

そうこうしていると、何だか不機嫌そうなセルヴェスとシュタイゼン侯爵がやって来る。

困ったような表情の侯爵夫人と家令、ニヤニヤしているガイも一緒であった。

子ども達は不思議そうに首を傾げる。

「……何だか言い合いをされたみたいで……」

微妙な表情の侯爵夫人が言うと、セルヴェスとシュタイゼン侯爵の顔を見比べる。

いい年をしたふたりは何をしているのか。マグノリアは呆れたようにセルヴェスを見た。

「まぁ、お客様に何ということを……」

ガーディニアが父を責めるように見る。

盛大に顔を背けそうなふたりにため息をつくと、侯爵夫人はマグノリアとヴァイオレットに向き直った。

「ガーディニアに色々とご教授いただいてありがとうございました。お蔭様でとても充実しているようです。お礼申し上げます」

大人同士で決めたに等しい婚約が、現在如何ともしがたい状態になっている事を、侯爵も夫人も気を揉んでいるのであろう。

「お役に立って何よりです」

「恐縮でございます!」

ヴァイオレットは緊張したように早口で言うと、深々と礼を取った。

なるほど、彼女にとって侯爵夫人は緊張する相手なのだろう。

「あら……」

侯爵夫人はマグノリアの耳に視線を止めると、小さくそう言って微笑んだ。

「素敵なイヤリングですわね」

「ああ……母から譲り受けたものなのです」

先日のデビュタントで、ウィステリアがセルヴェスに託したイヤリング。

母の様子を聞き、どうも想像以上に強制力に翻弄されていたようだという事が判明した。

色々心の整理がつかないのだろう、ウィステリアからは何も言って来てはいないが、ジェラルドから掻い摘んだ手紙が送られて来た。

それを読んで、なるほどなぁと納得したのだが。

大人の思考を持つせいか、はたまた当時の記憶が曖昧だからか。色々な事が判明した今、思ったよりも実家の家族に許せないという感情は持っていない。

もっと良い方法があったのかもしれないと思う反面、状況が状況だけにどうしようもなかったのだろうとも思う。

未だに働く嫌悪感に抗いながら、それでも親であろうとするふたりを考えると、本来はきっと良い親なのだろうと思える。

ブライアンを含め、訳の解らない変な状況に不憫だとしみじみ思うのだった。

「そうですか。お母様から……宜しかったですわね」

労わる様な夫人の表情に、マグノリアも頷いた。

状況を知るヴァイオレットが、まじまじとマグノリアの耳たぶについている装飾品を観察している。

「是非また遊びにいらして下さいませ」

「ありがとうございます」

口を閉じてそっぽを向くセルヴェスとシュタイゼン侯爵に苦笑いをしながら、馬車はゆっくりと、侯爵家のタウンハウスを後にしたのだった。

ガーディニアは感謝を示すように、または何かを探すように。去って行く馬車が見えなくなるまで見送ったのであった。