軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帰領、そして砂漠の国

数時間程してセルヴェスとアーネストがやっと船に帰って来た。

別れ際、アーネストはマグノリアの前に跪いて頭を垂れた。

「ギルモア嬢、兄が恐ろしい思いをさせてしまいまして大変申し訳ございませんでした」

疲れ切ったような顔をしたアーネストは、これからイグニスに帰り後始末に奔走する事になるのだろう。親兄弟を亡くし、心乱れてもいるだろうに。

異母兄のしでかした事である筈なのに、立場とは時に大変な事だ。

「……いいえ」

どちらかといえば、怖い思いをしたのは周囲の方であろう。

肝心の第二王子は気絶して解らないであろうが……事の顛末を聞いたら、きっと高そうなプライドは大きく抉られるのではないだろうか。

「アゼンダ辺境伯。そしてクロード様も。此度は誠にお詫びのしようもございません」

酷く思いつめたような様子の青年に、ふたりは何と言葉をかけて良いのかと思案していた。

「気を落とされるな。……酷な事ではあるが、いろいろあるのが人生だ」

「殿下のせいではございませんので……今後は大変でしょうが、お身体ご留意くださいませ」

ふたりの素直な言葉に、アーネストは小さく頷く。

「ガイ殿も。兄がご迷惑をおかけいたしました」

「あっし!?」

ガイはまさか自分が声を掛けられるとは思わず、細い目を見開いて肩を大きく跳ねさせた。

普段は『シャンメリー商会のアーネスト』としてお互い接している為、勿論会話をした事はある。

またアーネストにとって、マグノリアを可愛がっている人間のひとりであるガイは、使用人だとか影の人間だとかいう事を抜きにして、謝罪するに値する人間だと思っていた。

「……本当に、優し過ぎるお方っすね。少しは突っぱねた方がいいっすよ?」

国でのいろいろを加味しての事なのだろう。ガイは腕利きのお庭番なのだ。

アーネストは儚げに微笑むと、曖昧に首を傾げて見せた。

「いつか……」

再びマグノリアに向き直って呟く。だが続きは紡がれる事は無かった。

もうすぐ別れの時間だ。

それぞれの日常に戻り、それぞれの役目を果たす為の場所に戻るのだ。

握手の為にマグノリアが右手を差し出すと、アーネストは優しく小さな手を取り、口付けるように顔を伏せる。

女性に敬意を表する行動だが、意識は一般の日本人であるマグノリアは、慣れないそれに面食らって身体を硬直させた。

「ご多幸をお祈りしております」

「……ありがとうございます」

アーネストも。

マグノリアは敢えていつも通りの呼び名で呼ぶと、アーネストは嬉しそうに金色の瞳を細めた。

水面が東から昇る陽の光に照らされては金色に光っている。

夜明けだ。

明けの闇夜を東雲色に照らされた雲が、あっという間に広がって行く。

「……とんでもない一日だったな」

「本当ですよ!」

しみじみと言うクロードの言葉に、被せ気味にマグノリアが同意する。

誘拐されたり閉じ込められたり、海賊に会ったり。夜の海を泳いだり木を飛び移ったり……挙句変な毒虫がわんさかいたり。他国の王子に回し蹴りをかましたり。爆発したと思ったら消火したりと、何だか大忙しだった。

「……半分位はご自分のせいな気がしやすけどね?」

「…………。まぁ、何事も無く何よりだ!」

ガイが微妙そうな表情で言うと、セルヴェスが無理矢理纏める。

何事も無いと言えるのかなぁと思いながら、サイモンとパウルが顔を見合わせて。

イーサンはため息を、ユーゴは苦笑いをしながら我関せずを決め込む事にした。

暫くして視界に見慣れたクルースの街並みを映すと、帰って来た事を実感する。

船着場に無事降り立てば、強張った顔のリリーとセバスチャンが待っていた。

後ろには、ふたりに付き添って来たのだろう不憫護衛騎士と、その腕の中ですやすやと寝息をたてるエリカの姿もある。

その全員が、髪はぼさぼさ、至る所が泥と煤で汚れた上にワンピースは破れているという、マグノリアの見るも無残な姿をみて絶句した。

……いや。見越したガイによってちゃんと着替えを用意されていたのであるが。

酷く疲れていた上、どうせ風呂に入るなら館でゆっくり浸かりたいと思ったマグノリアは、面倒だと言って汚れたままの格好でいただけなのである……あるのだが。

「マグノリア様……!」

リリーが瞳にいっぱい涙を溜めてマグノリアに駆け寄ると、汚れた姿にも躊躇せずに、思いっきり抱き締めた。

「お怪我はないですか? 大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫。どこも怪我はないよ」

どちらかと言えば怪我をさせた方であるのだが。

マグノリアはお口にチャックをして、泣き出したリリーを慰める事に専念したのであった。

*****

ここから暫く、事件の様々な内容が解って行く。

事件そのものは余りにも大きな事件であった為、世の混乱を避ける為に一部の人間にしか知らされていないものの、王宮や関係各所は大きく揺れたといって良いであろう。

宝物庫でジェラルド達に捕らえられた吟遊詩人と女官長は、自らの罪を素直に認め、自供し刑に服していた。

女官長は金貸し業の男に、家の借金の返済を優遇する事を条件に、吟遊詩人の道案内を頼まれ受けたこと。宝物庫の鍵をわざと落とした事を認めた。

吟遊詩人は、六年前の襲撃犯ふたりの殺害を裏ギルドから依頼され実行した事。

宝物庫から魔道具を盗み出し戻した事。その魔道具を使いマグノリア・ギルモア侯爵令嬢を拉致・誘拐した事を認めた。

誰の指示なのか問い詰めたが……あくまで裏ギルドを介したやり取りであり、依頼主については知らないの一点張りで口を開く事は無かった。

女官長の自供を聞き、重要参考人としてすぐさま軍が金貸し屋のある建物に向かったが、既にそこはもぬけの殻であった。

捕らえられた砂漠の国の男たちも助けては貰えないと悟ったのか、少しずつ口を割り始めている。

金欲しさに人身売買を始めた事。過去のように大陸内に拠点を持つとバレやすい為、無人島に目をつけアジトを作り、そこに攫った娘たちを隠していた事を白状した。

また、船を得て使用する為、イグニス国の第二王子に近づく。

彼は国家を転覆させる為に実働する手駒を欲しがっており、クーデターを起こす為の襲撃を手伝う代わりに、架空の商会の名義と、その商会の船を用意したのだった。

また、目障りな異母弟を遣り込める為に、異母弟の友人であるマグノリアを誘拐し、第二王子に献上する予定であったことも供述された。

そしてあの大量の黄緑色の液体。あれはやはり毒虫から抽出された毒であった。

心臓発作の様な症状が出て絶命するというもので、テロを起こすつもりだったという信じられない言葉が飛び出し、多くの人の度肝を抜くと同時に恐怖に陥れた。

自分達がいつまでも不毛の地へ追いやられる事への怒り。

大陸中からそっぽを向かれる現状への鬱憤。

こじつけと思うものの、大戦で本来自分達も住めるはずの土地を奪還するという悲願を打ち砕いた、アスカルド王国とアゼンダ辺境伯・セルヴェスへの復讐。

……あの毒は水溶性の毒であり高温で無毒化するものの、沸騰した位では無毒化出来ない。経年劣化が少なく、摂取すれば身体に蓄積される。

その方法は、毒をアスカルド王国とアゼンダ辺境伯領河川に流し撒くという、行動自体は至極簡単なものであったが。

劇薬であるそれは、口にすれば確実に人を蝕む。

飲んだ人間のみならず、水を撒いた植物に蓄積させ、それを口にした人間にも重大な健康被害が出る事を想定していたのだった。

砂漠の国の豪族――悪鬼皇の子孫を引っ張り出す為に、国ないし部族の関与を追及したものの、こちらもあくまで裏ギルドを通じ、同じような目的のある人間達が集まっただけだとの一点張りであった。

イグニスの第二王子は、取り敢えずイグニス国で投獄されている。

国王と王妃、王太子殺し。並びに人身売買者達への斡旋と協力。他国のご令嬢であるマグノリア誘拐と殺人未遂の容疑が掛かっている。他にも余罪があるだろう。

自国の王族への襲撃と殺害、そして他国の高位令嬢の誘拐及び殺人未遂。

本人がどこまで理解していたかは解らないが、末端にあるもの達は人身売買やテロの計画という非常に重大な事件を引き起こしていた為、後日各国の王が一堂に会し処遇を巡って協議がなされる事になった。

極刑は免れないだろう。

それを知ってか知らずか、第二王子はひと言も喋らず、供述も全く進んでいないという事であった。

巨大な毒虫については、大きな身体の虫同士を番にさせるとその子供も大きくなる為、ずっとそうやって交配させていたとの供述が取れた。

本当は他にも何かありそうであったが……誰もそれ以外の事は知らないと言って、口を噤んだ。

クロードの作った録音機も証拠として提出された。

……録音だけでなく、いつの間にか映像も撮影できるようになったらしい。

マグノリアも後から知ったのだが。まだまだ長い時間は録画は出来ないらしいので改善の余地があるが、セルヴェスを大いに喜ばせた。

とにかく。建物の様子と地下室、そして大きな毒虫の姿が記録されていたそれは、まるで信じられない話を本当に映し出しており、爆発で吹き飛んでしまった諸々をきちんと証拠として示す事が出来たのであった。

攫われた娘たちは無事家に帰る事が出来た。

今後も、イグニスと砂漠の国の人間によって売り払われた人間の調査を続けて行くことになる。

勿論見つかり次第保護して帰すなり、いろいろと無理なようであれば本人の希望を交えながら、他の手立てを模索していくことになるだろう。

******

「どうしますか? 口を封じますか?」

彼は表向き金貸し業を営んでいるが、何でもする裏の人間である。

誰をとは言わない。殺す必要のある人間を、必要なだけ殺すからだ。

「……いや、構わない。どうせここまでは追い詰められないからな」

答えた男は金髪の、青い瞳の男であった。

砂漠の国の人間は意外にアスカルド王国の人間に近い。というよりも同じ見た目をしてるといって良い。

その昔、近隣国の罪人が厳しいこの地に流刑されたのだと言われている。

もっとも神話では、自分が不毛の地に住まい、他の者たちの幸せと豊穣を祈り愛を捧げると言って移り住んだといわれているが。

何が他の者たちの幸せと豊穣を祈り愛を捧げる、なのか。どんな自己犠牲。自分達やその子孫の事は全く考えてない物言いが、ちゃんちゃら可笑しい。

愛の女神なんかが本当にいるとするのならば、なぜ彼女はそんなおかしな事を認めたのか。神話の時代の砂漠の国の祖先に対して愛は無かったのか。

そんな訳で砂漠の国の人間は、誰も役立たずの愛の女神なんぞを信じてはいない。

六年前も今回も、元々は全てギルモアを誘いこむ為の罠だ。ついでに金儲けも出来る。

溺愛しているという妖精姫の生まれ変わりを殺せば、悪魔将軍は証拠が固まろうが固まらなかろうが、有無を言わさず乗り込んで来る筈。

大戦後、各国間の関係は過干渉になり過ぎないよう手探りで行われている。決め手が無いだけで砂漠の国が大きく関わっている事も、何なら首謀者である事も感じられているだろうに。

ルールに囚われ過ぎると足元を掬われる。

機会が巡れば、老いぼれの首を刎ねてやろうぞ。

万一ギルモアまでたどり着けなければ、アスカルドとアゼンダを毒の恐怖に陥れる。

毒虫なんぞ幾らでもいるのだ。可愛い研究の成果を殺されたのは惜しいが、また作れば良い。

……もっとも今回そこまで行かず、ずっと手前の段階で志半ばで事件が露呈し時間切れになったのだが。それはそれで良い。

今は毒の恐怖に蝕まれれば良い。

恐怖は疑心暗鬼を生み、疑心暗鬼は綻びを生む。

砂漠の国は高みの見物だ。

自国の立て直しは、もっと長いスパンで見ている。

イグニスは捨て駒。

……実際動いているのは砂漠の国の人間だが、表向きは全てイグニスの名の下に行われている。

人身売買をしたのはイグニス国の商会。イグニス国の船。

妖精姫を殺そうとしたのもイグニスの第二王子。クーデターを画策したのも第二王子。

末端の手を下した者は砂漠の国の人間だが、元々裏の仕事をする人間が多く、個人の事としてしまえば問題ない。

国としては何も関わっていないと言えば良いし、実際国として機能していないのだ。誰が関わって誰が関わっていないかなんて、誰が解るものか。

かつての皇帝の子孫は、皇帝と同じ様な笑みを浮かべ、報告を終えた男に下がるよう手を払った。