軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ジェラルドはヒロインを警戒す

かつてジェラルドが視た未来で、マーガレットと出会ったのはやはり学院内であった。

マグノリアが入学し在籍していた為、行事に出席する事もあれば、問題児故に呼び出しを受ける事もあった為、ジェラルドが学院に足を踏み入れる機会が度々あったのであるが。

しかし今回というか実際というべきか……現在マグノリアが学院へは入学していない為、ブライアンが卒業した今、彼が学院に行く用事などあろう筈が無いのである。

おかしな趣味嗜好がある訳ではないジェラルドにとって、それは願ったり叶ったりではあるのだが……関わらないつもりでいたが、聞こえて来るマーガレットの評判は何ともお粗末なものばかりである。

……流石に以前はもう少しマシだった様な気がするのだが……何やら補正が入ったねじ曲がった主観だったのだろうか。

(変えない未来ではおかしな言動の多いマグノリアが居たせいで、令嬢としてのお粗末さが露呈しなかったのか……? それとも、現実ではやはりご令嬢としておかしいと思う人が大半なだけなのか)

ブライアンの話と聞こえて来る噂では、王子とその側近たちは変わりない様に感じる。

息子におかしな力が目覚めたのは、もしや彼女が原因なのかと疑心暗鬼にもなる。

避けるばかりではなく、もしもの対策の為にも一度、様子を見に行った方が良いだろうかと迷っているのだ。

そう。実際にマーガレットの姿を目にしていないジェラルドだからこそ冷静なのであって、実際出会ってしまったら視た未来のように変ってしまうのじゃないかという怖れもあるのだ。

愚かな自分の姿を視てしまっているだけに、なかなか普段の様に大丈夫だと切って捨てる事も出来ない。

(……取り敢えず、何か寄付でもするという形で話をしに行くか……)

そう心の中で独り言ちると、明日からの予定を調整し始めた。

*****

「久しいですな、ギルモア侯」

「ええ、学院長。今日はお時間を取っていただいて申し訳ない」

前学院長もフォーレだが、今学院長もフォーレである。

見慣れた学院長室のソファに座ると、何とも落ち着かない心持だ。

いつかどこかで見た事のある顔に、苦笑いをしながら寄付を切り出した。

「ギルモア家にある古い歴史書でも良いのですが」

「……それは先生の趣味ですよね? 子ども達に必要なものでお願いします」

冗談とも本気ともつかない学院長に、笑顔で圧をかける。

「ふふふ。その顔、君らしいですなぁ! そう言えば、アゼンダでは学校を作っているのをご存じですかな?」

「詳しくは存じませんが。通常の学科と商業に特化した学科を作っていると聞いています」

教育者である彼からすれば、興味がある話題なのであろう。

ぼちぼち王都にも噂が流れて来ているが、アイリスが面白がって聞いて来た位で、話題に出る事は殆ど無い。

アゼンダと言えば専ら、目新しい商業の話である。

「ええ、ええ。今やアゼンダは新しい商業の発祥地と言っても過言ではありませんからな」

「商科設置に至る始まりは平民が契約で誤魔化されないよう、読み書き計算を習得する為だと聞いております」

学院長はうんうん頷く。

「素晴らしいですな……本来、教育は平等にあるべきです。それを学院生と同じ年のお子さんが実現なさるとは。マグノリア嬢には是非とも学院に入学して欲しかったのが本音ではありますが、大人でも成し得なかった事をやってのける力量を、慣例というだけで数年浪費させるのも勿体ないですからな」

「……前学院長にご協力いただいているとか」

「そうですぞ! 半分足を突っ込んでいた棺箱を蹴っ飛ばして、今や生き生きと第二の人生を楽しんでおりますぞ」

羨ましそうに言うと、朗らかな彼らしく大きな声で笑う。

「さて。それでは後程、幾つか寄贈希望をリストにして侯爵邸へお送りいたしましょう。ご希望に見合ったものを選んでお送りいただければ大変有難い。……それで、気になっているのは誰の、何の事ですかな?」

茶目っ気たっぷりに言いながら、学院長は喰えない笑みを深めた。

****

(自由に見学して行ってくれて構わないとは、随分手厚い事だな……)

相変わらずとぼけた上に喰えない人間だが。

向こうは向こうで同じような事を思っている辺り、お互い様である。

腹黒くはあるが極悪人ではないという判断からか。それとも勝手に探られるより目の届く範囲で探られる方がマシと言う訳なのか、ご自由にどうぞと放り出された。

学院時代の担任であった事もある学院長は、『好きに見てそのまま帰ってくれて構わないよ』と言って、別れ際手を振っていた。

なるべくマーガレットに遭遇しないよう、人気のそれ程多くない場所を歩く事にする。

そして不審者に思われない程度に周りを観察する。

(……普通に歩くよりも木を伝った方が安全か?)

まかり間違って誰かに見つかった場合、間違いなく変な誤解を受ける羽目になるだろうが。

近くにある木を見上げて思案していると、別の木や陰に隠れて(?)何かを覗き込んでいる三人組……青年と少女の後ろ姿が視界に入る。

なぜか両手に木の枝を持って木に擬態している青年と、頭に紐を括りつけてはそこに低木の枝葉をぐるりと差し込み、茂みに紛れ込んでいる青年。

頭と両手に色とりどりのルピナスをあしらい、花壇に擬態している少女がいた。

「…………?」

怪しい事、なによりおかしい事この上ない。一体何を見ているのか。

ひょいっと後ろから覗き込むと、一番気配に敏感らしい、茂みに紛れ込んでいた青年が振り返った。

びっくりした表情でジェラルドを見上げると、ミントグリーンの瞳が大きく見開かれる。

「ジェ……! ギルモア侯!?」

その声に他のふたりも凄い勢いで振り返る。

「えっ!?」

「ジェ、ジェジェジェジェジェラ……!!」

少女はリシュア子爵令嬢だった。かつて王都での襲撃事件の時に、マグノリアと一緒にいたご令嬢だ。

その彼女がおかしな声をあげながらジェラルドを指さしている。

焦った表情をした青年二人――内ひとりはマグノリアの従僕であるディーン・パルモアが、シュタターーッ!! と走って来ると、彼女を隠す様に立ちはだかり……あろう事か、堂々と樹木の振りを決め込んでいる。

もうひとりの銀髪の青年は、容赦なくリシュア嬢の口を顔ごと塞ぐと、茂みの中に突っ込む……いや、隠して、自分も茂みの振りをする。

「…………」

(…………。あれで隠れるものなのか?)

あと、一応あれでもご令嬢だろうに。何とも対応が雑だな。

そう思いつつ首を傾げながら、ジェラルドもみつからないよう木の陰に隠れた。

「……もしや、ユリウス皇子ですか?」

特徴的な銀髪にミントグリーンの瞳。小麦色の肌。

おかしな事をしている青年は隣国の皇子であるだろうと当たりを付け、茶色の瞳を瞬かせつつ、礼を取る。

「……侯爵、初対面にも関わらずこのような格好で大変失礼申し上げます。今は立て込んでおりますので、挨拶は」

ダイジョウブです。と小声で続けると、再び前を向いた。

『じぇ、ジェラルド降臨、キターーーーーッ!!!!』

『しぃっ! みつかるから!』

……何やら目の前でバタバタしたご令嬢と、諫めながら指を口に宛てる皇子が、口パクで怒鳴り合うという変な状況になっている。それを何とも言えない表情で、横目でみやる従僕の青年……というカオスな状況に、賑やかな事だなと苦笑いをした。

三人が見ていたのはマーガレットとルイであった。

噴水の前のベンチの前で、マーガレットが真剣な表情でカーテシーを練習していた。

指導をしているルイは微笑ましいとでも思っているのか、優し気な表情を緩めて頷いたり直すべき所を指摘をしたりと、とても和やかな様子に見える。

『さすがにガーディニア嬢とディーンに言われたのが堪えたのかねぇ?』

『実は頑張り屋な所もあるからね』

『今日は王子はどうしたんだろう?』

ガーディニアの事があってから、王子はマーガレットに対して過保護さが増したように見え、隙さえあれば引っ付いている事が増えた。

正しいか正しくないかは別として、王子なりにマーガレットを大切に思っている事ははっきりした上、いよいよゲームの展開である溺愛モードに変化したのであろう事が察せられた。

『流石に王子にカーテシーを習えないんじゃないの?』

『ついでに勝手に腕に絡まるのも止めてくれると、安心して生活出来るんだけどねぇ』

どうやら彼らはマーガレットの様子を見ているようであった。

何の為になのか。聞くと、三人してそれぞれ瞳をあっちこっちに動かしている。

暫く練習した後、可愛らしくお礼を言いながら習いたてのカーテシーをしている。

長めのスカートを摘まんでニッコリする様子は文句なく美少女だ。

そう、少女。

ジェラルドは眉を顰める。未だ警戒をする彼女へか、かつての未来の自分へか。

歩き出そうとした時、よろめいたマーガレットをルイがしっかりと支え、転ばずに済んだ。

何を話しているのか……距離があるので聞こえないが、多分礼を言ったり気にするなと言ったり、そんなところだろう。

――本当はあそこで支えるのはジェラルドの筈だった。

噴水の前で座っていたマーガレットに、どうしたのか声を掛けた。宰相と知り、急いで立ち上がったマーガレットが躓いて転びそうになる所を、ジェラルドが支えるのだ。

『ドキッ☆ 大人宰相様にギュッとされちゃう♡』イベである。

……ちなみに上手く行かないと、噴水にドボンであるのだが。

……だがイベントは発生せず、腹黒侯爵は三人の目の前で得体の知れない微笑みを浮かべている。

代わりに、ルイの好感度が上がったようだ。

マナーの練習を見て貰い、もしかしたら愚痴も聞いて貰い……

今は頭をぽんぽんされ、お決まりの顎下両手グーで小首を傾げて笑っている。きっといつもの蕩ける笑顔なのであろう。

校舎の方へ歩いて行くふたりを見送って、三人は顔を見合わせ、ジェラルドを見遣った。

「……何故ギルモア侯がここへ?」

「学院長にお話がありまして」

訝し気な表情を隠さないユリウスに、同じ様に訝し気にジェラルドが訊ねる。

「どうして貴方がたは彼らを見張っていたのですか?」

青年たちもマーガレットに惹かれているのか。それとも……リシュア嬢は無いな。何か、自分を見る目に物凄い熱なのか圧なのかを感じ、思わず顔が引きつる。

(それとも、何かを知っている……?)

ジェラルドは静かに警戒心を深める。

「ちょっと問題行動がありまして。それとお宅のご令嬢に彼女(勿論ヴァイオレットの事)の面倒を見るよう厳命されておりまして」

「趣味の見張り? を。……っていうか超カッコいい、ヤバい……!」

「マグノリアにリシュア子爵令嬢の面倒を見るようにキツく厳命されております」

途中で再びヴァイオレットの口が、顔ごとアイアンクローの様な手で容赦なく塞がれた。

(……趣味の見張り?)

意味の全く解らない令嬢の言葉と、青年たちにはマグノリアが面倒を押し付けているらしい事に、ジェラルドは微妙な表情をする。

「……娘が無理をお願いしているようで、大変申し訳ない」

従僕の青年はまだしも、隣国の皇子に命令をするのはいかんだろうと思いながら、取り敢えず詫びを入れておく。

「いえ、いつもの事ですから」

ふたりの声が重なって、極当たり前のように紡がれた。

ジェラルドはより一層、何とも言えない顔をする。

……横でヴァイオレットがもがいている。

「あ、これどうぞ!」

「どぞどぞ」

「これもこれも」

……頭に刺さっていた分と手に持っていたルピナスと、ユリウスの頭に刺さっていた茂みの小枝を使った花束が作られた。何とももっさりした、豪快な花束である。

流石に大木の枝は遠慮され加えられる事は無かったのは幸いだが。

花の国であるアスカルド王国の慣例に基づいて(?)、我が子の友人らしい子ども達からそんな花束を渡された。あり合わせ感満載だが……作り笑いも相まって、一応親愛の表現らしい。

「…………」

「えへへ」

「うふふ」

「ははは」

微妙な顔をしたジェラルドに、三人はごまかす様に愛想笑いをした。

******

『あれ、親父さんやないんか?』

「……何をしておられるんだろう?」

定位置になりつつある肩の上で、おっちゃんな虫が指ならぬ前脚を差した。

城への帰宅に合わせて交替にやって来たブライアンだが、遠くの方で並ぶ、父と例の変な三人組という妙な取り合わせに首を傾げる。

『なんや、けったいな花束持っとるなぁ』

「……本当だ」

木? 花?

なんだか酷くもっさりした花束を抱えている。

(まあ、関わらない方が良いだろう……)

ブライアンは早足で歩きながら、気になりつつも微妙な表情で通り過ぎたのだった。