軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お米をたずねて三百マイル

イグニス国は大国に比べて身分格差が緩やかである。

美しい豪商の娘は国王の目に留まり、側妃に召し上げられる事になった。

一応、他の妃との兼ね合いをと言う事で、長年の商売の実績も考慮して、実家は男爵位を授けられたが。

母親は王の寵愛があるからまだ良いが、平民出の妃の子どもなど、その身はとても不安定である。

側妃への王の寵愛への嫉妬と、なまじ優秀なアーネストへの牽制の意味もあって、城に居場所を見つける事が出来なかったのである。

何度か命を狙われた事もあり、公式行事が無い限りはシャンメリー商会で過ごす事にした。

――召喚されない限りは、船の上で暮らす生活の始まりである。

教育も、本来ならアスカルド王国の王立学院に入学する事が普通であるが、敢えて他の大陸の学校を選択した。

何処にどう息のかかった人間が居るのか解らない。

それならより身の危険回避と面倒事の確率が低い方へ。

小さい頃からの不信感は留まる事を知らずに、年々深まるばかりだ。

そんな事情もあり、アーネストは成人後外交を任せられる事になった。

基本は国の外に出て、様々な国々との外交問題の協議と解決を主に、交流などだが、合間にシャンメリー商会のあれこれも手伝う。

本国からなんらかの用事があり帰還要請を受けたり、出席しなくてはならない公式行事には帰国する事になっている。

イグニスやアゼンダのある『大陸』から百五十マイル程西へ移動した辺りに、小さな島国がある。

小さなとはいえ、国として考えればと言う範囲の事だ。アゼンダに比べれば余程大きい。

大陸の中の事に忙しかったここ二、三百年の間にその存在も忘れられていたが、かつて大陸の国々とも交流のあった『マホロバ国』だ。

元々はかつての大陸の人間が移動し、建国した国だという記録が残っている。

人種的にも大陸と同じ人種であると、アーネストも思っている。

ただ大陸と島国の暮らしぶりには違いがあり、また数百年隔絶された世界で過ごす内に独自の文化が出来上がって行ったのだろうと推測される。

小さな国だが自然に恵まれ、山を始め緑が多く、また水が豊富で暮らしやすいと言われている。

花の女神の加護を受けるアスカルド王国程では無いにしろ、比較的穏やかな気候に恵まれたマホロバは作物の実りも悪くなく、小さいながら豊かな国であった。

「……そして、国土を海に囲まれているからか、海産物を利用した食べ物も多いのですが、アゼンダの『うどん』の様なスープの風味のものなどがありまして。きっとギルモア嬢も気に入るのではないかと思うのです」

「……それは、興味津々ですね……」

地球で作られたゲームと同じ世界。

この世界が様々に地球と相関性がある以上、マホロバ国だけそうではないなんて事はない筈だろう。

わざわざ日本にかつてあったような逸話があり、名称まで古語なのである。きっと日本と似た部分が多い国なのであろうと推測される。

百五十マイル。往復で三百マイル。

地上の一マイルと海上の 一海里(マイル) では、距離が微妙に違うんだったか。

(それにしても、百五十マイルってどの位だっけか……?)

「そうだな、約二百八十キロといった所か」

「……意外に近いのですねぇ」

アーネストが帰った後、マグノリアは執務室へと向かった。

勿論セルヴェスも彼の正体を知っている。

一応初めに挨拶をした後、自分がいない方が気兼ねなく話が出来るだろうという配慮の元、執務室に詰めていたセルヴェスであった。

未だクロードが王都にいる為、行わなくてはならない執務の量がいつもより多くなっている。

マグノリアが手伝ってくれるとはいえ、必要以上に孫娘に渡す訳もなく。

毎日セバスチャンの視線が煩い上に、社交の季節を終え帰って来るクロードにも溜めておいては文句を言われそうなので、ひたすらに仕事を熟す以外無いのである。

「最近の地図には載っておらんからな……古いものにはあるだろう」

そう言って埃を被っていた地図をテーブルの上に拡げると、確かに大陸の西の沖合に、小さな島国の表記があった。

日本と同じ形をしている訳ではないが、やはり南北に細長い形をしている。

アゼンダからマホロバ国の間を指でなぞる。

本州にある東京都から小笠原諸島が約千キロ、鹿児島の市街地からお隣の沖縄県、那覇市までが約六百六十キロだった筈だ。それに比べたら遥かに近い。

「この距離だと船でどの位かかるんでしょう?」

「多分二日もかからない位っすね」

今日は庭師の仕事はしていないガイが口を挟んで来る。

「ガイは行った事あるの?」

「はい。国交は無いっすが、どんな感じか潜り込んだ事はありやすよ――風光明媚な国だったすねぇ」

「へぇ」

「……マグノリアは行ってみたいのか?」

セルヴェスが自分の机に戻り、書類にサインをしながら聞く。

「そうですね。もしかすると、ずっと探していた穀物が見つかるかもしれないのです」

「……『おこめ』か……」

米、と聞いて部屋にいる人間……セルヴェスもガイもリリーもセバスチャンも微妙な顔をする。

あれ程マグノリアが探しあぐね、渇望していたものである。駄目と言ったらどうなるのか。

「一応、行けない時にはアーネストが確認して来て下さるそうなんですが。

……何か相手が知らないものを言葉だけで伝えているので、伝言ゲームになっている気がするのです……」

それに味噌や醤油がミソーユの実という豆から直にとるものだったり、砂糖が岩塩宜しく鉱物だったりと、時折、思っている形状とは違う場合があるのだ。

説明しているのは地球の『米』な為、全く見当違いな説明をしている可能性もあるのだ。

「自分で行って見た方が確実と言う訳だな」

「はい。とは言え、おいそれと行く事も出来ないでしょうから」

それそこは、マグノリアとてちゃんと弁えてはいるのだ。

「……まあ、クロードが帰って来てからだな。何時迄に返事をすればいいんだ?」

「マリナーゼ帝国に用事があるそうで、二週間後にまたこちらに戻って来るそうです。出発はその一週間後だそうで、それまでに返事をすれば同行出来るそうです」

話を聞いていたリリーが心配そうに呟く。

「その……国交が無い国なのですよね? いきなり行って問題無いものなんでしょうか?」

「うん。それも聞いたら、国交を正常化するにあたって調べたらしいんだけど、書面で鎖国だ開国だってしている訳でも無いらしくて……如何せんかなり昔の事だし、海上で色々やり取りは今までもあったらしいの」

よって、いきなり拘束などという事にはならないらしい。

アーネストたちが交渉の為にたずねた際も勿論攻撃などはされず、丁寧な聞き取りの後に丁重にもてなされたらしい。

……数百年前にどういうやり取りがあったのかは、詳しく調べないと解らない。場合によっては記録が残っていない国もあるだろう。

第一、長い年月の内に王朝や王家が変わってしまった国も多い。

更には大陸では、この百年程で無くなってしまった国すらあるのだ。

あくまで攻め入られるのは困ると言う事で、行き来を制限します、という宣言がなされたそうなのだが。大陸は大陸で自分達の事に忙しく、外の国にまでちょっかいを出すような余力がなくなって行ったのだろう。

まあ、嘗て色々あった事は確かなのだろうが、マホロバ国が全く自国だけで生活していたのかと言えばそういう訳でも無い訳で。

大陸とは違う別の大陸へ買いつけに出る事もあるし、長い航海中には、船と船、海上で物売りがなされる事もあるそうなのだ。

「最近はどういう経路でなのか、例の騎士印の肥料が取り入れられているらしくって。アゼンダの物だと説明したら興味を持ったそうで、肥料がきっかけでいい方向に話が進んでるらしいのですよ」

「なるほどな。肥料は結構色々な国に売り出しているからな……転売している国もあるやもしれんな」

みんなで頷く。

ゴミだった筈の骨や貝殻を使用した肥料は、今や結構大きな輸出品なのであった。

「個人個人でのルートもあるでしょうしねぇ。オルセー女男爵なら喰いつきそうな話っすね」

確かに。

もしかしたら既に、個人というか商会の伝手の様なものは持っている可能性もある。

「知っている事があるか聞いてみましょうかね」

「そうだな。マホロバ国とアスカルド王国の関係もどんな風になっているのか、ちょっと調べてみるか」

そう言いながら、セルヴェスはガイに向かって目配せをする。

ガイは小さく頷いた。

ガイの本来の仕事をしに行くらしい。