軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ペルヴォンシュ侯爵領(ユリウス視点)

数日後、ユリウスはペルヴォンシュ侯爵領に入った。

馬車を乗り継いで何とか着いたものの、乗った事がない位硬い椅子は大変足腰に響き、降りたらカクカクと膝が笑う。

まるでお爺さんになってしまった様な自分の様子に苦笑いしながらも、暫く身体をほぐしては国境付近の森へと向かう事にした。

砂漠の国に近い事もあり、緑の大地を乾いた風が吹き抜ける。

ただ、花の女神の加護は絶大であり、この地も沢山の農作物に恵まれた土地であった。

反面、名前の通り国土の大半が砂漠であるかの国は、長い年月を過酷な生活環境に身を委ねて来たのだ。

(……目の前に肥沃な大地か……そりゃあ、喉から手が出る程欲しいだろうな)

実際には森の中に、高い塀がそびえているのであるが。

それでも壁の隙間や上部から見える青々と茂った樹々を、彼らはどんな気持ちで見つめて来て、今も見つめているのか。

大陸一獰猛と言われる砂漠の国の民は、愛の女神の加護を持つ国だ。

他に愛の女神の加護を持つ国は、今は亡き妖精国。

(自国民の為に、未来の子どもの為に戦ったんだろうな。良いか悪いかは別として)

戦いには、いつだって各々の正義と理由がある。

だが、どんな理由があろうとも侵略は罪だ。戦争は多くを奪う。

愛は尊い。だが時に自分本位になってしまうのは否めない。

温かく甘やかで幸せの象徴であるのが愛ならば。

自分勝手で哀しく、時に傷つけ、追い求めれば逃げて行くのも愛である。

角度を変えれば、幸せにも不幸にも転がりえるのが愛。

この世界の愛の女神が闇の属性であるのは、そんな背中合わせの混沌を抱え込んだ存在であるからだと言われている。

「自分次第か……」

他の女神に比べて非常に人間臭い愛の女神。

全てに無償の愛を注ぎ、挙句消えた妖精国と、愛する者の為に手に入れんとして大陸に大戦をもたらした大元である砂漠の国は、まさに愛の女神のそれぞれの姿であるように思えた。

傷ついても尚戦い、大切なものの為には鬼にもなれるのは、彼等なりの深い理由と理屈があるのだろう。

理解する事が出来なければ、理解しようとも思わないが。

どの道、戦争を選択する事は間違っているのだ。

「ユリウス皇子?」

暫くの間、ただただ乾いた風の先をながめていると、聞いた事のない声に呼ばれ振り返る。

そこにはユリウスと同じ年頃の少年が立っていた。

太陽の光のような金髪に、蒼い瞳の少年。そう、白皙の美貌という奴だ。

声変わりの途中なのだろうか。少し掠れた声。

王都で最後に見た貴族がデュカスであるのと、乗合馬車で乗り合わせたのが胸と肩の厚い農民なのであろう平民だったからか、シャツにトラウザーズというラフな恰好の少年は、非常に華奢であるように感じられた。

「おや、偵察かい?」

一見男性なのか女性なのか解らない中性的な風貌。

しかし腰の細さと、女性としては低いが綺麗なアルトの声に、その人は女性なのだと解る。

茶色い乗馬服を着たその人は、とても綺麗な人だった。

先ほどの少年とは血縁関係があるのであろう。顔の造りも色味も良く似ている。

そして隣には、警戒させない為か人懐っこそうな表情をしながらも、少年と女性を守るべく神経を張り巡らしているらしい長身の男性が立っている。

年齢の割に大きな瞳と風になびく癖のある髪は、色味は違うが何処かディーンを連想させた。

(きっと数十年後、ディーンもこんな感じになるのだろうな……)

何やらスパイ疑惑をかけられているにもかかわらず、妙にほっこりしてしまう。

「……いえ。今年からこちらに留学しているのですが。国へ帰ればこういう機会も無いでしょうから、休みの間に色々見て回ろうかと思いまして……」

「見聞を深めるって奴かい」

女性が揶揄うように言って、笑った。

「はい。不躾で申し訳ありませんが、東狼侯とお見受けいたします。私はユリウス・グイド・マリナーゼです。以後お見知りおきを」

簡易礼をすると、アイリスは騎士の礼を取った。

「ご挨拶が遅れ、大変失礼いたしました。帝国の太陽、ユリウス皇子殿下に相まみえて光栄に存じます。

如何にも、私が東狼侯。アイリス・カナ・ペルヴォンシュです。こちらは夫と息子です。どうぞ良しなに」

……格好いい。

サラっとなされた挨拶が、自分よりも王子サマである。見目も金髪蒼眼の王子様である。

思わず、ユリウスは心の中で唸った。

「……もうじきに夕方になりますが、お付きの方は?」

旦那さんが周りを見て首を傾げた。

「いないです」

そもそも、従者をこの国に連れてきていない。自由な行動の妨げになるからだ。

条件に出された、並居る騎士と兵士をなぎ倒して手に入れた『六年間の自由』なのだ。

「「えっ!?」」

旦那さんと東狼侯がびっくりして肩を跳ね上げる。

息子さんである少年が、じっとりした瞳でユリウスを見つめていた。

「……皇子は学院でもそんな感じなんですよ」

息子の若干不敬に感じるような物言いを聞いた東狼侯の旦那さんが、困ったように聞いて来る。

「……えっと、宿は? もう決めてありますか?」

「いえ、これからです。無ければ乗合馬車に乗るか森で野宿しようかと」

夏ですしね、凍死しませんし。と言うと、いやいやいやいや! と首と手をブンブン振っている。

「ちっさい子がひとりで野宿とか駄目ですよぉ! 皇子様なんですよっ、皇子様!! 危険ですよ! アイリス、取り敢えず屋敷に泊まって頂こう?」

人が良いらしい旦那さんの言葉に、今度はユリウスが首と手を振る。

「そんなそんな! いきなり申し訳ないですから大丈夫ですよ!」

目の前でふたりがアワアワする様子を見て、アイリスは大きく噴き出した。

「ふふふ……急で大したおもてなしは出来ませんが、遠慮なさらずどうぞ」

「……どっかの皇子が野宿をすると知って、普通放ってはおけませんよ。遠慮せず宿泊された方が丸く収まりますよ」

ため息をついて息子氏がクールに言い放った。

(まあ、確かにねぇ)

自分的には野宿位と思うものの、相手にしてみればそうかと思い至り、ミント色の瞳を瞬かせた。

「……それじゃあ、お世話になります……何か申し訳ありません」

ユリウスは子どもらしく、ぺこりと頭を下げた。

皇子の割に腰が低い所があるのが、(帝国では)彼の利点でもあり欠点でもあると言われている。

安心したように旦那さんはため息をついて、自分の息子よりも小さい少年皇子を見遣った。

東狼侯一家は、家族そろって遠乗りに来ていたのだそうで。

かつて最大の敵国であった砂漠の国との国境程近くに、ペルヴォンシュ侯爵邸はあると言う。

何か有事があった場合、すぐさま迎え撃てる様にと言う事だったのだろう。

一応他の国と同じ様に和平が結ばれてはいるが、国として空中分解してしまった様な砂漠の国は、今現在も各部族間で緊張状態らしいと専らの噂であった。

なので遠乗りを兼ねて、国境に変わったことがないか頻繁に様子を見に来ているのだそうだ。

旦那さんの馬に乗せられて三、四十分程駆ると、白亜の優美な屋敷が見えて来た。

本日のユリウスの宿であるペルヴォンシュ侯爵邸だ。

数日ぶりに汗を流させて貰いさっぱりすると、息子氏の部屋着を貸して貰う。

着の身着のままの洋服は、お屋敷のメイドさんに洗濯して貰っている最中である。

……両親とも長身だからなのだろうか。華奢に見えた息子氏の服は丈が長くて、手も足も折って着る事になった。

旦那さん曰く、その手足の長い息子氏はユリウスのひとつ上だと言う。

(そうか、だから見た事なかったんだな)

ちょっと緊張しながら晩餐にお邪魔する。

考えてみれば城で行われる晩餐会以外で、他の家族と食事をするという事が初めてであったのだ。

「お口に合えば良いですが」

そういって微笑む東狼侯ことアイリスは、今日見た一番の優しい表情であった。

見た目はここに居る中で一番貴公子に見えるのに……当たり前なのだが、ちゃんとお母さんなんだと思う。

意外な事に食事の際の御祈りは、旦那さんに続いて復唱された。

表向けの家長は侯爵家の跡取り娘である東狼侯なのだろうけど、プライベートな家庭では、彼が家長だと言う事なのであろう。

(貴公子然としてるけど、本来は女性的な人なのかもしれないな……)

侯爵家の三人は三人で、偉ぶらない上に飾らないユリウスに対して好感を持っていた。

今までそれなりに、沢山の人間を見て来たのである。

アイリスと夫君には、ユリウスが本当に邪心を持っていない事がしっかりと感じられていた。

彼女たちが、自国の王子もこうならば良いのに……と思ったのは内緒である。

フカフカのベッドに横になると、ユリウスはすぐさま眠ってしまった。全くもって無防備である。

夜中に部屋を覗いたアイリスと夫君に、蹴っ飛ばして落とした肌掛けを苦笑いしながらかけ直されたのは、彼の与り知らない所である。