作品タイトル不明
ユリウス皇子とデュカス先輩
「セルヴェス様、クロード様……大変申し訳ございません」
要塞の中にある執務室兼応接室。
ディーンは真っ先に頭を下げた。
人数分のお茶を淹れると、副官は静かに出て行った。
「……取り敢えず掛けなさい。長旅で疲れているだろう」
そう言うとセルヴェスは乱雑に制服の上着を脱ぎ、腰を下ろした。
所在無げに立っている侍従長とブライアンが虚ろな表情で佇んでいる。
先生に叱られる生徒。上司にどやされる部下の図である。
「とんだ事になったもんだな……まあ、ああなってはディーンではどうやっても止める事は出来ないので気にする必要はない。それよりも、学院でも何やら大変そうだな」
クロードが言いながら再び手で席を勧める。
三人は顔を見合わせて、おずおずと腰を下ろした。
「それにつきましても、御尽力ありがとうございました。お陰様で……殆どの方の勧誘が止みました」
殆ど止んだが、一部止まないのもある。それは言わずもがな王子である事は明白であった。
侍従長とブライアンが視線を彷徨わせる。
セルヴェスとクロードがため息をついて、それぞれに発した。
「本来は栄誉な事なのだがな。本人にその気があればの話だが」
「それなのだが、ディーン。気安く話し掛けるのは、同じクラスというのもあるのだろう。もう少し頑張ってクラスを替えるか?」
「え?」
通常クラスに替えて頂けるのは有難いが……頑張る?
クラスを下げるのに、何故?
「学院には我々が卒業後に飛び級制度が出来たらしい。もう少し詰めれば、多分一年位なら問題無いだろう。学年が変われば早々話し掛けて来ないであろうからな」
「…………」
まさかの、より上がる方だった!
ディーンは気が遠くなりそうになりながら首を振った。
(なにゆえ今以上に伝説を加速させる必要があるんだ!!)
大変恐ろしい事である。
「そうか。本人がやりたくないのではな……」
残念そうにクロードが言う。
「それで、侍従長殿。こちらには如何ほど滞在されるおつもりか?」
当然事前に何度も確認しているが、未定と言ってはゴリ押しして来たのである。
「二、三週間位かと……」
「……。公務ではなく個人的な休暇と聞いていますが、間違いはありませんか?」
『位』
二週間と三週間ではだいぶ違う上に、言外に場合によっては引き延ばされる事が含まれている気がして仕方がないのだが。
「今領内はとても忙しく、パレスも改装中ゆえ再三ご来訪をお断りさせて頂いたのですが、お聞き届け頂けなかったようで。先ほどのご様子ですと、無理矢理いらっしゃるようであれば要塞でのご滞在になるとお伝えした事もお聞き届け頂けていないと思うのですが……」
「誠に申し訳ございません」
セルヴェスの圧に、侍従長は浮かぶ汗を手巾で拭きながら頭を下げる。
侍従長は侍従長で王家との板挟みで大変なのだろうが、橋渡しをして貰わねばならない為、続ける。
「ご様子から思うに、外出されて領民とトラブルを起こしかねないかと思うのですが……そこまででない対応にまで不敬と言って罰せられてはと懸念しております」
「そのような事は決して!」
侍従長は首を振るが何かあったとして、とても押えられるとは思えないのだが。
クロードの青紫色の瞳がそう言っている。
「公務ではないと言う事ですし、我々は何度も申し上げました通りお相手できませぬ故、騎士団より数名護衛兼案内係をつけさせて頂きます。この辺りは魔獣も出ます故、大切な御身に何かあってはいけませんので、早々にお帰りをご検討いただきたい」
「ええ! ええっ!?」
相手に出来ないに反応し、魔獣が出るに再度反応する侍従長。
ブライアンは『ジャイアントアント……』と呟き、ディーンはドラゴンの丸焼きを思い起こし、クロードとセルヴェスはとても笑顔とは言えない表情で微笑んで頷いた。
******
「ふあ~ぁ……」
休暇に入り三日目、大口を開けて大あくびをし背伸びをしたユリウスは、ボリボリと腹と背中を掻いた。
とてもイケメンヒーローのなりではないが、イケメンヒーローとて人間である。欠伸も出れば腹も掻くのであった。
「……出掛けるのめんどいなぁ。もうアゼンダだけでもいいかなぁ」
ダラリとスライムの様に伸びきっては、誰にでもなく言い訳をしてみる。
皇子歴もそこそこになれば、無駄な疲れも溜まっているのである。
ましてやエロのお国(?)であるマリナーゼ帝国に生まれ育ち、貞操を守る為に要らない気疲れまで背負い込んでいるのだ。
一、二年位、安全な国でだらだらした所で誰にも文句を言われまい。
まあ、情報はいざとなれば裏ギルドからでも買えるし、隠密を使って入手する事も可能なのだ。あくせくして見学した所で拾える情報はどの程度かも解らないのだ。
剣にはある程度の覚えはあるが、帝国の人間がウロウロしている事がバレてもな、と思う。
一応学院と寮には嘘の帰省届を出しておいた。新学期が始まって一週間以内に帰って来れば、それまではフリーである。
後は気が向いた時に出掛けるだけだ。
(……取り敢えず飯でも食いに行くかぁ)
腰に剣を携えて、軽く身支度をする。
長期休暇中は寮の食堂が休みの為、食事は各々が用意するのだ。
自炊するもの購入するものと様々だが、ユリウスは面倒なので外で済ませる事にしていた。
無駄遣いをしないだけで大国の皇子、懐具合は非常に温かいのだ。
(何がいいかなぁ)
扉を開けて、差し込んだ陽の光にミント色の瞳を眩しそうに細めた。
同じ頃、やはり休暇中の寮長のデュカスが、西へひた走っていた。
叔父の所へ行く為に、移動中なのである。
母親は迷惑なので止めたらどうかと言っていたが、寮長になったら夏休みに稽古をつけてやろうという、大好きな叔父との以前からの約束だったのである。
彼はいつもの大音響で大丈夫ですといって走り出して行った。
途中乗合馬車に乗って移動もするが、ついつい腹が減って余分に旅費に手をつけては食べてしまい……その分走り、という生活をしている。
元々日焼けをして逞しそうな少年……いや、もう青年であるが、簡素な服装にズタ袋を背負って走る姿は、平民の青年以外の何者にも見えない。
「あれ? デュカス先輩?」
丁度王都に差し掛かった時、ユリウスに呼び止められた。
彼の実家の領地はアスカルド王国の東の方なのである。
「おお! 皇子か!」
「シーーーーーッ!!」
デカい声で皇子と呼ばれ、ズザーーッとスライディングする勢いで近づいては慌ててデュカスの口を押え、自らの口には人差し指を立てた。
「スマンスマン!」
デュカスがへらりと笑う。
皇子と聞こえた人達は、キョロキョロと周りを見渡している。
「ご実家へお帰りになったのではないのですか?」
「まあ、親戚の家にな! これから叔父の所へ行くんだ!」
稽古をつけて貰いに!! と元気よく言った。
……なるほど。
(親戚の家って、なんでだろう……?)
そのまま走って行ってしまうだろう息子を危惧し、いろいろと注意をするついでに、領地よりは王都に近い実家に帰省していた母のところへ呼びつけられて立ち寄ったのであるが。
説明をすっかり省かれたユリウスは頭の中が疑問符だらけである。
……しかし、聞いたところでよりややっこしくなりそうなので、聞かなくても問題はないだろう疑問はすっかりスルーすることにした。
「皇……君はどこへ行くのだ?」
「僕は腹ごしらえに」
そう言うと、近くに見える食堂を親指で指さす。
「そうか! いっぱい食え!!」
「……お気をつけて」
「ありがとう!」
デュカスは居ても立ってもいられないといったように。
まるで子供のように嬉しそうに去って行った。
自分も余り言えた義理ではないが、と、背負い鞄と動き易い服装を見比べる。
彼は伯爵家の嫡男だったか……とても、そんな風には見えない風体だったが……
(それなら叔父さんは近衛か何かかな? わざわざ王都に戻って来るなら、帰省前に稽古して貰えば良いのになぁ)
王都の街をズタ袋を背負って爆走する青年の後ろ姿を見て、ユリウスは首を傾げたのである。
そして、野菜や豆がたくさん入ったリゾットのような 麦粥(ポリッジ) で腹を満たすと、際限なくダラダラしてしまいそうなのでこのまま旅に出る事にしたのだった。
部屋はきちんと施錠して来たし、貴重品は全て背負い鞄の中だ。
愛用の剣も腰に佩いている。
(マント、必要かな? 途中で買おうかな?)
元々、旅装束は道すがら揃えるつもりだったのだ。
供も居ない気ままな旅だ。
(うーんと、取り敢えず敵情視察かな?)
敵だなんて思ってはいないが。
頭を掻くと、乗合馬車の方向へと足を向けたのである。