軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

87、終わりと始まり④

ラゼがクーデターの渦中に飛び込んでいった頃。

学園では、授業が再開した18日目。

ラゼと連絡が取れず、彼女が失踪したことを知ったカーナたちはそれぞれの情報網を使いラゼのことを調べていた。

「……ここだけの話。財務省のツテとかを辿って、色々と調べてもらったんだけど……」

そしてカーナとフォリアが必死なのを見て、ラゼと関わりがあった乙女ゲームのキャストだった男子たちも動いていた。

放課後、教室の端に集まった彼らは、険しい表情で話し出すルカに耳を澄ませる。

「ラゼ・グラノーリは、冒険者としての活動中に死亡したっていう結果が返って来た……」

彼の発言は、あまりにも酷で。

「は……?」

「……どういう、こと……?」

アディスは顔色を失い、カーナは声を震わした。

「うそ」

「クレシアス……!」

フォリアは身体から力が抜けて、その場に座り込んでしまう。近くにいたイアンがなんとも言えない表情で彼女の横にしゃがみ込んだ。

「17日前。僕たちがここに来た次の日。役所に死亡届が出てる。だから……手紙は、いくら待っても返ってこない……」

絡みが少なかったとはいえど、クラスメイトが死んだという連絡が来て、ルカだってそれを口にするのが辛かった。

ダンジョンで死んでしまったとなると、彼女の葬儀が行われたのかすら怪しい。

「これ以上のことをきちんと知りたいなら、グラノーリの知り合いを見つけるしかないかも」

ひとりで抱えておくには重すぎる話を、ルカは全て吐き出した。

彼ら以外、誰もいなくなった教室はとても静かだ。

「知り合い……」

アディスが口元に手を置いて呟く。

頭の中に、彼女と知り合いらしい男たちの顔を浮かべた。

学園祭。夏の大会。ビーハムであったゼーゼマン……。色々な情報を必死に繋ぎ合わせて、彼は気がつく。

ラゼに会いに来ていたあの二人の男。彼らを見たのはあれが初めてではないということに。

「なんで、気が付かなかったんだ……」

長期休み中に、修行でダンジョンに潜った時にバネッサから紹介された軍人ふたり。雰囲気がまるで違って気が付かなかったが、彼らは同一人物だ。

「特待生の知人は、全員、皇国軍の関係者だ」

彼は見落として来たパズルのピースをやっと拾うことができたが、遅すぎた。

今はマジェンダとの戦闘が始まっている。こんな時に彼女のことを調べるのは難しいだろう。

それに気がついたからといって、ラゼとの関係はわからないし、彼女の生死もわからない。

むしろ、軍との関わりがあったとすれば、危険な仕事でも引き受けて、死んでしまったという可能性すら出てくる。

「どういうことだ?」

ルベンが尋ねた。

「ビーハムでクラロドス・ハッシェ・ゼーゼマン様とお会いした時、彼女と仕事の関係で面識があると……」

クロードも思い出したようで、彼に答える。

「もしかすると危ない仕事を引き受けて、亡くなったのでは」

「そんな……」

ラゼに関する情報が集まるほど、話の雲行きは悪くなるばかりだ。

もっと早くこのことに気が付けていれば、彼女を引き止めることくらいできたのかもしれないのに。

アディスはグッと歯を食いしばる。

「ラゼさん、誰にも弔ってもらえてないかもしれないのか……?」

イアンの言葉に、全員が目を見合わせる。

誰も、彼女自身が軍人かもしれないという可能性には、まだ気がつくことはできない。

それだけラゼの立場は異質なものだった。

「わたしが理事長に話をつけてくるよ」

ルベンがカーナの背中に手を添える。

彼が、そう言った後だった。

「その必要はない」

いつから話を聞いていたのだろう。

教室の扉に、ハーレンスが立っていた。

その後ろには、ゼールの姿も見える。

「理事長先生。どうしてこちらに?」

このタイミングで現れたハーレンスに、ルカは訝しげな顔だ。

「ルベン・アンク・ローズベリとクロード・オル・レザイア。そしてフォリア・クレシアス。君たちに話があって来た」

ハーレンスは教室の中に足を進める。

ルベンの前で立ち止まると、彼は一枚の紙を差し出す。

「皇子。皇上から、戦地までくるようにとの連絡だ。転移準備はできてる。ついて来なさい」

「えっ」

驚きの声をあげたのは、カーナで。ルベンはまるでわかっていたかのような表情でその書類を受け取った。

もうすぐ戦争が終わる。現場を知る最後の機会になるかもしれないから、今すぐに来い。

要約するとそんな内容が書かれていた。

ルベンの側近としてクロードも一緒だ。

「そして、フォリア・クレシアス」

名前を呼ばれて、フォリアはよろりと立ち上がる。

「君の浄化魔法を必要としている軍人たちがいると、援助要請が来た。モルディール卿と話し合って決めなさい」

差し出された手紙を、フォリアはそっと手に取った。

彼女は封筒から書類を取り出し、内容を確認する。

そこには黒傷を負った軍人たちを治すために、自分のもつ貴重な魔法が必要であるということが書かれていた。

「――あ」

そして、フォリアは目を見開く。

2年前、初めてラゼと浴場に行ったあの時。

真っ黒な傷が彼女の身体にあったせいで、悲鳴を上げられていたことを思い出す。

フォリアはハッと、ハーレンスを見上げる。

「ここからはわたしの独り言だ」

彼は、彼女たちに背中を向けて呟いた。

「なぜラゼ・グラノーリが消えなければならなかったのかを知りたいなら、来るといい」

ハーレンスは全てをここで話してもいいと思っていた。

しかし、自分勝手に入学させ、大人の事情で退学した彼女について自分が語るべきではない。

彼は入り口に立ったままのゼールと顔を見合わせる。

事情を聞かされたゼールの顔は不満だと書かれていたが、ラゼのためにできるのはこれくらいしかないのだ。

「行きます!」

フォリアが、叫んだ。

「わたしにしかできないことがある。苦しんでる人を助けたい。ラゼちゃんのことを知っている人も、探したいッ」

彼女の瞳に迷いはない。

ゼールは反対しようと思っていたのだが、見たことのないフォリアの強い意志に、本音を押し殺す。

「フォリアが自分でそう決めたなら、止めはしない」

彼はフォリアの気持ちを尊重した。

ルベンとクロード、フォリアはハーレンスの後ろをついて行く。

バタンと重い扉が閉まった。

教室に残されたのは、カーナ、アディス、ルカ、イアンの四人だけ。

その状況を見て、アディスは拳を握る。

本当は自分も行きたかった。

しかし、行き先は戦場。子どもがでしゃばって行けるようなところではない……。

理性が、後を追おうとする自分を引き止めた。

その隣を、揺れる紫の髪が通り過ぎる。

「――カーナ嬢?」

カーナが、足の動かないアディスを置いて前に出ていた。

「何もしないことを選んで、後悔はしたくない」

前世の記憶を背負う彼女の言葉は、重みがあった。

カーナは名前を呼んだアディスを一瞥すると、開いた扉の向こうに行ってしまう。

「ッ、くそっ」

そんなことを言われて、黙っていられるわけがなかった。

ラゼが消えたと聞かされてから、彼に余裕なんてない。アディスは吐き出した言葉と一緒に体裁を捨て、ルベンたちの元を目指して飛び出した。

「僕たちも行くよ」

そんな彼の後ろに続き、ルカとイアンも走ってくる。

「怒られる時は、みんな一緒だな!」

隣に並んだイアンが、困ったような眉はそのままでにかりと笑った。

彼らは、既に姿が見えなくなったハーレンスたちが、どこで転移装置を使うのか、必死に探した。

それが校舎にある滅多に使用されない客室だとわかったときには、転移の準備は整っていて。

「カーナ!?」

「みんな!!」

施錠されていなかったその部屋に飛び込んでいったカーナたちは、魔法が発動して光を放つ魔法陣の中に入ると、その場から消えていった。

「わかっていらっしゃったのでしょう? こうなることは」

ゼールが、転移装置を発動し終えたハーレンスに言う。

「……皇上には、もう連絡してあります。今回の戦場は魔物討伐の経験がある軍人たちがあてられているので、彼らの護衛に騎士をつけてもらっています。それなりの安全は確保できているでしょう」

ハーレンスの発言は、ゼールの質問を肯定していた。

「あとのことは彼ら次第です」

決まりや立場に縛られる大人になってしまった自分に、ラゼを助けることはできない。

学生の彼らにだからこそ、できること、許されることがあるのは事実だ。

こちらにできるのは、責任を持つことくらいで。

彼らがラゼを探しに学園を出て行く可能性を考慮して、ハーレンスはすでに手を回していた。

この学園の理事長になってから、初めて皇弟という肩書きがあってよかったかもしれないとすら思えた。

遅かれ早かれ、ラゼの正体はいずれわかる時が来る。

ラゼがオーファンという名を持ち、『狼牙』という軍人だと言葉で伝えるのは簡単だ。

しかし、それがどういうことなのかを理解するのは、現場を見なければわからないだろう。

自分が、そうであったように。

だから、ハーレンスは彼らを行かせた。

彼女が一体どんな世界にいるのか、『狼牙』とはこの国にとってどのような存在なのかを見せるために。

「潮時でしょう。彼女は不本意かもしれないが、認められる時がやっときたんです」

ラゼ・オーファンは人生のほとんどの時間を、国のために日陰でずっと耐え忍んできた。

仲間や一部の関係者以外、誰にもその正体を知られることなく、『狼牙』という偶像だけが浮いていく状況に、不満をぶつけることもせず。

世に認められるだけの功績は、もう十分だ。

その名を知らしめる時は、満ちた。

「貴方にとって、オーファンは特別な生徒だったのですね……」

ゼールの気付きに、ハーレンスは肩をすくめる。

皇上ガイアスに万が一何かあったときのためのスペアとして、影で生きてきた自分。

世間から評価されずとも、強かに生きるラゼに、思うところがなかったといえば嘘になる。

初めてラゼ・オーファンという人間を知ったあの日、すでに彼女に魅せられていたのだろう。

「今まで黙っていましたが、わたしは彼女の上司や教師である前に、『狼牙』のファンなんです。少しは肩入れしたくもなる」

それはモルディール卿も似たようなものでしょう。

フォリアのためにこの学園に入ってきたゼールに、ハーレンスは苦笑する。

ゼールも図星なので、彼を責めることはしなかった。

会話が途切れて、シンと静まった客室。

「彼らに、天の導きがあらんことを」

ハーレンスは、もう誰もいなくなった魔法陣に言葉を託した。