作品タイトル不明
84、終わりと始まり①
「――え……?」
一週間ぶりに学生寮に戻ってきて、自分たちの部屋の扉を開けたフォリアは息を飲んだ。
今は姿が見えないが、遅れてやってくるのかと思っていたルームメイトの戻るべき場所が、空っぽになっている――。
机の棚にも、小さめの本棚にも、あったはずのものがない。
扉を開けたまま立ち尽くしていた彼女は我に返ると、自分の持ってきた鞄を放り投げて一目散に、ラゼが使っていたクローゼットを開いた。
「嘘……」
そこにあったのは、自分のクローゼットには入りきらなかったフォリアのドレスだけ。
ラゼのものは何一つ残されていなかった。
どこを漁っても、彼女のものはどこにもない。
「ッ――」
フォリアは顔色を変えると、部屋を飛び出て廊下を走り出す。
向かった先は寮のロビー。
そこには寮母がいて、常に生徒たちに対応してくれる。
部屋に戻る他の生徒とは逆走するフォリアは、途中途中人とぶつかりそうになりながら、必死に階段を降りた。
まだ到着したばかりで、転移先のホールから移動してくる生徒たちの間を縫って、ロビーに駆け込んだ。
「すみませんッ。わたし、2103号室のフォリア・クレシアスです」
ものすごく慌てた様子で話し出した彼女に、寮母は驚いたようだったが、2103号室という部屋を聞いて思い当たる節があった。
「わたしと同室の子。名前は、ラゼ・グラノーリさんなんですが、荷物が何もなくなっていて。彼女のことを知りませんかッ」
今にも泣き出しそうなフォリアに、寮母は悲しそうに眉毛を垂らす。
「……2103号室のラゼ・グラノーリさんね。彼女はご家庭の事情で、もうこの学園にはいらっしゃらないわ」
セントリオール皇立魔法学園に特待生として入学した庶民の女子生徒。
退学の手続きをして、あの部屋を片付けることになった時は、寮母も驚いたものだった。
惜しい人を失った。あまり関わりのない彼女でもそう思った。
「――どうして。そんな、急に……」
唐突に告げられた別れに、フォリアは自分の足が今、地面についているのかよくわからなくなった。
ラゼがいなくなるなんて、全く想像もしていなかったのだ。
これから一緒に学園祭2日目を楽しんで、一緒にまたテスト勉強をして、冬の大会にも出て、三年生になって――卒業までずっと一緒にいると思っていた。
学校を辞める素振りなんてなかったはず……。
最後に交わしたのは、どんな会話だっただろう。
「嫌だよ、ラゼちゃん。せっかくお土産も買ってきたのに。なんで……」
納得なんて出来なかった。
あまりにも唐突にいなくなって、一方的すぎる。
お別れの挨拶すらさせてくれないのか……。
「すみません。ラゼちゃんにお手紙を出すことはできますか? わたし、彼女の住んでるとこを知らなくて」
フォリアは話を切り替える。
このまま引き下がるわけにはいかなかった。
「できますよ。書いたお手紙を渡していただけたら、送っておきましょう」
「ありがとうございます!」
彼女はすぐにでも手紙を出さなければと、勢いよく後ろを振り返る。
「っ!」
「わっ」
すると、背後にいた人物とぶつかりそうになった。
「どうかしたの? そんなに慌てて」
相手は、カーナだった。
隣にはルベン、さらに言えば彼の後ろにはクロードとアディスがいたが、フォリアの視野にはカーナしか入らない。
カーナは自分より先に部屋に戻っていたはずなので、きっと準備を終えて、校舎に行くところだったのだろう。
フォリアは思わず、カーナの腕を掴んだ。
「カーナ様ッ……。ラゼちゃんが。ラゼちゃんが、学校を辞めたって」
悲痛な叫びをあげるフォリア。
「え……?」
その言葉を理解して、カーナの顔から表情が抜け落ちた。
「何か事情があって、後から遅れてくるのかもしれないって待ってたのに来なくて。わたしたちの部屋を開けたら、ラゼちゃんのものが何一つ残っていなくて――」
カーナの腕を握った手に、ぎゅっと力がこもる。
「どこにもいないんです」
フォリアの目には涙が滲んだ。
その場から動かなくなってしまったふたりの横を、すっとアディスが通り過ぎる。
「ラゼ・グラノーリは、休学ではなく退学したんですか?」
彼の声は冷静だった。
彼女たちを見守っていた寮母は、そうだと頷く。
「……そうですか。ありがとうございます」
重い沈黙が、その場の空気を支配した。
授業の時間になって、彼らは一人足りない教室でヒューガンを見つめる。
ヒューガンは自分に集まる数人の視線が、何を言いたいのか察していた。
「全員揃ってるな。と言いたいところだが……。どうやら知ってるやつもいるみたいだな」
彼はやるせない面持ちで小さく息を吐く。
「おかしな誤解がないように言っておくが、ラゼ・グラノーリは家庭の事情で学校を辞めた。オレも急なことで驚いたが、そうしなければならなかった理由があることもわかってやらなくちゃいけない。グラノーリが充実した学園生活を送っていたことは、お前らも知ってるだろ?」
ヒューガンの目は、フォリアをとらえていた。
学園に不満があって退学した訳がない。
ラゼは見ている側にそう思わせるほど、この学園生活を彼女なりに過ごしていた。
ラゼの身に何が起こったのか。ちゃんと理由が知りたい。
フォリアは、ぐっと拳に力を込めた。
ラゼがいなくなっても、なんの不自由もなく進んでいく時間。
ひとつだけ空いた一番後ろの席は、違和感もない。
それがフォリアには悔しくて。
その日の授業は、全く身が入らなかった。最後の鐘が鳴れば、すぐに手紙を出しに寮に戻る。
ラゼと連絡が取れるまで、毎日返事が来ていないか確認した。
1日目。流石に今日返事が届くことはないだろう。
2日目。学園から外に手紙を出しているので、ラゼの元に手紙が届くのは早くても今日。
3日目。そろそろラゼが手紙を読んでくれているかもしれない。
4日目。もしかすると、今日には手紙が届くかもしれない。
7日目。ラゼも手紙を書くのに、色々考えているのだろうか。
10日目。家庭の事情で退学したなら、今は忙しいのか。まだ返事は来なかった。
……そうして、あっという間に二週間という時間が過ぎる。
どれだけ待っても、ラゼから返事が来ることはなかった。