作品タイトル不明
51、ヒロインのヒロインによるヒロインのための魔法
「お前、何者だ……」
フォリアを抱えた少女にハンスは身構える。
(現れるまで、全く気配に気がつかなかった……)
これでもハンスは護衛職を生業としている。
切迫した状況ではあったが、そこらにいる人の気配を察知出来ないほど落ちぶれてはいない。
――現れたこの彼女が異常なのだ。
「彼女の学友です。そう身構えないでください」
ハンスは警戒心はそのまま、少女を見つめる。
上は白いシャツ。下はズボンに、レースアップのブーツを履き、髪を簡単にまとめている姿は少年を思わせる。だが、目の前に現れた彼女が女性だということは体つきから分かった。
彼女――ラゼ・オーファンは治癒魔法でフォリアの頭痛を和らげる。
フォリアは力の行使で気を失ってしまったようだが、休めばちゃんと回復するだろう。
「これでも冒険者の端くれでして。知らせを聞いて飛んできたんですが――」
ラゼはそう言いながらフォリアを抱き上げ、ゼールの隣のベッドに横たえる。
「私がここに来たことを、フォリアに言わないでください」
「っ?!」
ベッドの前にいたはずのラゼが一瞬でハンスの背後を取り、小さな声で耳打ちする。
ハンスはゾッとした。
――この少女、全く底が見えない。
彼はゴクリと喉を鳴らした。
「友なら、なぜ隠す必要がある?」
「心配させたくないんです。危ないことに彼女を巻き込むことになるかもしれない。
……それと、私は何処へでも彼女のもとへ駆けつけることができます。この意味、わかりますよね?」
ハンスの首筋に、ラゼの指が当てられる。
“バラせば、どうなるかわかってるな?” という脅迫であった。
「……最後に聞かせてくれ。あんたはお嬢さんとゼールの敵か?」
「モルディール卿はともかく。フォリアの敵ではありませんよ。言ったでしょう。学友だと。彼女とは仲良くさせてもらっているんです」
「…………分かった。あんたのことは見なかった」
「ご協力ありがとうございます」
ラゼは声色を明るくし、ハンスから離れる。
「……駆けつけるのが遅くなってごめんね。フォリア。今はゆっくり休んで早く元気になってね。あとは私が何とかしとくから……」
フォリアにそう声をかけると、ラゼは瞬間移動でその場を去る。
その表情は優しく、それでいて厳しいものだった。
「何だったんだ。今のは……」
残されたハンスは、呆然として呟くのだった。
*
ラゼは教会に来る数分前まで、開発部で新しい機器の演習テストに参加していたのだが、ガーデルセン教会で害獣と交戦中との通達を耳にして血相を変え、こちらに飛んできた。
明らかに軍服だと分かるものをすぐに脱ぎ捨て、マーキングしてあるフォリアの元に飛んだわけなのだが、それはフォリアが御光を放つ矢先だった。
(……まさか、乙女ゲーのテリトリーを超えて覚醒イベントなんてものが発生するとは)
ラゼは森から飛んでくる虫を護身用のナイフで一匹ずつ確実に切り裂きながら、頭では乙女ゲームのシナリオについて考えていた。
話の流れを「テリトリー」なんて思っていたのがそもそも間違いなのかもしれない。何せこの世界は乙女ゲームが基にフィールドが展開されているのだから。
(あの光……。まさしくヒロインにのみ許されしエフェクトだった……)
そう。
あれは、ヒロインのヒロインによるヒロインのための魔法。
間違いなく、治癒魔法でも最高ランクの魔法〈浄化〉だろう。
フォリアの無事さえ確認できればそれで良いと思って駆けつけたのだが、思わぬものを見せつけられ、ラゼは愕然とした。目が潰れそうだった。
先輩のマリーが聞けば、泣いて喜びそうだ。
倒れている男がモルディール卿だと分かって、愛する者のために覚醒するということは理解できたが、何故こんな風に覚醒イベントが起こったのか。
振り返れば……まるでカーナから、わざと忘れさせられていたかのような一大イベント。
こうして起こってしまったからには、ゲームを進める上で避けて通れない重要な出来事だったのは確かだ。
「モルディール卿を助けられなくても、助けても、シナリオ的には問題ない……か……。一応モルディール卿のことについて調べておこう。
〈浄化〉の力なんて覚醒しちゃって、これからフォリア、大変だろうな」
また一匹、ラゼは空中の小さな的を貫く。
「こうなったら、とっととモルディール卿とフォリアをくっつけよう。うん。愛があるからきっと大丈夫だ」
ラゼは己に大丈夫だと言い聞かせる。
だんだんと手がつけられなくなってきたシナリオ。この調子では、「断罪イベント」なんて一大イベントは回避不可にみえる。どうにかしなければ、運命共同体のカーナ嬢が大変なことになってしまう……。何としてでも円満に学園生活を終わらせたい。目指すはフォリアとカーナのハッピーエンド。その他については取り敢えず後回しだ。
(どう見てもフォリアに惚れてるルカ様には悪いけど。まあ、ドンマイ。人生、そういう時もある)
浄化の魔法なんてとんでもないものを覚醒してしまったフォリア。
利点もあるが面倒ごとが多いので、正直覚醒しないほうが良いと思っていたラゼだが、発動できるようになった以上、隠しておけるものでも無いだろう。
カーナに覚醒させるなんて言った手前、結果オーライなのかもしれないが……。
ただ、これのおかげで、方向性は決まったようなものなので、切り替えは早かった。
多少強引な手を使ってでも、フォリアとモルディール卿をハッピーセットにする。試練があった方が、恋は燃えるというやつで二人には二人の世界で頑張って頂きたい。無論、サポートはするつもりだが。
「それにしても。モルディール卿の傷は気になるな……」
ある程度虫を駆除し終え、ラゼは脇腹に残る古傷の上に手を置く。幻術で隠してはいるだけで、あの黒い傷跡はまだ残っている。
(十中八九、〈魔細菌〉関係だろうな)
“噂をすれば”といえば良いのか……。
教会に漏れそうになった機密事項の核心と、こんなところでコンニチハすることになるとは。
ラゼの口からはため息が漏れる。
あの戦闘狂じいさんに、結局魔石を獲りに行かされることになったのは、記憶に新しい。彼の計らいで仕事を大幅に減らしてもらえたのは嬉しかったが、バルーダのゾーン15での戦闘デートに付き合わされたことは誤算だった。勿論、全く楽しくなかった。始終楽しそうにしていたのは、将軍サマだけである。確かにあそこには他に誰も入ってこれないので、内密な話をする分には打ってつけなのかもしれないが、「お茶をしよう」と言われて連れて行かれた先が魔物の巣なんて笑えない。
そのあと意地で我がままを言って、ちゃんと優雅なアフタヌーンティーを勝ち取った自分を称賛したいくらいだ。
休戦中ではあるが、冷戦と捉えて間違いはないご時世なので、ブラックな軍に使われる分、ラゼは出来る限り金を搾り尽くす算段で働いている。
退役したら悠々自適な隠居生活をすることが彼女の将来の夢だ。
「さて。そろそろ戻らないと」
あろうことか仕事を放り投げてここに来てしまったので、それなりの言い訳を考えなくてはならない。
小言で済めばいいが、次の予定が白衣を着た悪魔との面会だったのがネックである。
戻ったら、きっとしがみつかれることになるだろう。
ラゼは少し考えた後、ハンスから情報を聞き出して黒い毒蜂のサンプルを回収して軍に戻った。