作品タイトル不明
22、女子会と嫉妬の瞳
「あ。グラノーリさん」
誕生日会の、次の日の朝。
フォリアから土産話を聞きながら寮を出ようとすると、ラゼはユーグに声をかけられた。
「昨日はありがとう。これ、お菓子」
「ありがとうございます」
紙袋に入っているのは頼んでいたお菓子に違いない。
彼女の心は弾む。
パーティーなんて出れなくても、お菓子さえあればそれでオーケーだった。
「君のおかげで、色んな人と話せたよ。どうせ僕は庶民だからって思っていたんだけれど、視野が広がった。ありがとう」
「それは良かったです」
彼と別れると、フォリアがラゼを覗き込む。
「さっきの人は?」
「招待状、いらなくなったから譲ったの。マッセローネのお菓子ゲット!」
グッと親指を突き立てるラゼに、フォリアは「さすが〜」と笑う。
「おはよう。ラゼ、フォリアさん」
「おはようございます。カーナ様!」
「おはようございます」
一仕事終えたカーナと合流して、一緒に登校する。
昨日は殿下にお礼をしてもらったと嬉しそうに話すカーナは幸せそうだ。
「あら? フォリアさん、今日も耳飾りを?」
「あ、はい……。大切な人が贈ってくれたものだから、つけていようと」
ぽっと頬を染めるフォリアを見てカーナも複雑そうに微笑んだが、その耳飾りをよく見て目を見開く。
「待って。フォリアさん。その耳飾りって……」
「え?」
「モルディール家と関わりが?」
カーナはフォリアの想い人を知らないので、驚きをあらわにする。
「あ、えっと。ゼール様が後見人になってくれたのでわたしは学園に通えているんです」
カーナは呆気に取られたかと思うと、フォリアの手を取る。
「その話。詳しく!」
そういう訳で、三人は放課後に庭園で女子会を開くことになった。
*
「え。じゃあ、フォリアさんはモルディール卿のことが?」
「は、はい……」
晴天の下、カーナ様が借り切った庭園のテーブルでお茶をしながら恋話にも花を咲かせる。
カーナは安心した顔で、ティーカップに視線を落とした。
とても衝撃的な出来事だったのだろう。
ラゼから伝えても良かったかもしれないが、一応女の友情の為、勝手にフォリアのことをベラベラ話すことはやめていたのだ。
「そうでしたか。わたくし、フォリアのことをまだまだ知らなかったみたいですわ」
「わたしもカーナ様のこと、もっと知りたいです! あ、もちろんラゼちゃんのことも!」
それから三人は生まれた場所のことから始まり、色々話した。
「ラゼは大変な努力をしてこの学園に入ったのね」
ラゼの話を聞き終えたカーナが口に手を当てる。
事故で親を亡くして、親戚がいなかったラゼ・グラノーリは働きながら図書館に通い詰めて勉強し、やっとの思いでセントリオールに入学。ということになっている。
自分だけ嘘を話して心が痛んだが、任務上仕方なかった。
(ん?)
天使に癒されながら、お茶を楽しんでいるとラゼは視線を感じとる。
そっと伺ってみると、金の髪が揺れるのが見えた。
どうやらカーナ様に誘われて殿下が寄って来たみたいだ。
「だからラゼはあんなにご飯を幸せそうに食べるのね」
全く気がついていないカーナは、ケーキを一切れフォークで刺すとラゼの口にそれを向ける。
「はい、あーん」
食べて?とカーナ様からの圧を感じたラゼは、美味しそうなケーキに思わずかぶりつく。
口の中に上品な甘さが広がった直後、ラゼには鋭い視線が突き刺さった。
(ひぃっ!)
先程まで和やかな面持ちでカーナ様を見守っていらっしゃったルベン殿下が、物凄い形相でこちらに歩いて来るではないか。
「美味しい?」
「は、はい。美味しかったです!」
「じゃあ、こっちも。はい、あーん」
拒むこともできず、ラゼはカーナからもう一口違うケーキを食べさせてもらう。
とっても幸せな空間に違いないのだが、迫りくる殿下がただただ怖い。
「あ! ずるい! わたしも!」
今度はフォリアがケーキを掬ったかと思えば、それもラゼに向けられる。
「あ〜ん!」
天使に出されたものを食べないなどという選択肢は無いので、ラゼはそれもありがたく食べる。
「楽しそうだな?」
「ルベン様!」
そこで登場したカーナの婚約者殿は、顔は笑っていたが、目が少しも笑っていなかった。
ラゼは飲み込めずにもぐもぐ口を動かしていると、
「あ、ラゼちゃん。クリームついてる」
フォリアがハンカチで口元を拭いてくれる。
すると今度は、ルベンの横にいたクロードから視線を感じて、ラゼは咽せそうになった。
何とかお菓子を飲み込んでカーナが氷魔法で冷やしてくれている冷たいお茶を飲むと、ルベンとクロードからの視線が痛い。
「何でこんな奴に」と語っているが、ラゼは引きつった顔で会釈するしかなかった。
「今は女子会中なので、ルベン様も参加は禁止ですよ」
カーナの悪戯な笑みは珍しく、ルベンは何も言えずに彼女に見惚れるばかり。
フォリアの好きな人について知ったカーナ様は、ご機嫌なのだ。
「そうか。じゃあ、今度はわたしと二人きりでお茶をしてくれるか?」
「へっ、えっ! も、もちろんです!」
フォリアはその様子を羨ましそうに見つめ、ルベンの後ろに控えているクロードは全く表情を変えない。
ラゼは口直しに、もう一度ティーカップに口をつける。
ルベン殿下は人目も憚らず、カーナ様の御髪にキスを落とした。
——ぞわり。
その時、ラゼの全身に嫌な気配が這う。
それは彼女が目の前でおこるイチャイチャに対して感じたことではない。
ここにはいない第三者からの視線が、彼らに向けられている。
ラゼはカップを置いて、誰がこんな殺気紛れの視線を送っているのか探るが、一瞬だけだったのでどこから放たれたものか分からない。
学園に来て初めて、危険信号が出ていた。
ラゼの背中に冷たいものが流れる。
(今まで、全く気がつかなかった……)
一瞬で感情をコントロールし、この負の感情を隠していたとなると、相当な手練れだ。
「ラゼちゃん、どうかした?」
「ううん。ちょっと考え事をしていただけだよ」
ラゼはいつも通りに振る舞ったが、内心は深刻だった。
(カーナ様が危ないかもしれない)
確証はないが、自分の勘がそう言っている。
ルベンもカーナも、微量に漏れた殺気に気が付いていない。
どうやら、本格的に自分の出番がやって来たみたいだ。
(やっぱり、私がここに送り込まれたのには理由があるんだ)
頭の切れる閣下のことだ。
何かを忌避して「狼牙」の称号を持つ自分を入学させたに違いない——。
(〈影の目〉としても、彼女たちのことは私が守ってみせる)
ガラスで出来たティーカップに入った氷が、カランと音を立てるのが、どこか遠くに聞こえた。