作品タイトル不明
21、殿下の誕生日会
コンコンコン、と部屋の扉がノックされてラゼは扉を開けた。
「おはよう、ラゼ」
そこにいたのは本日も縦ロールが平常運転のカーナだった。
「おはようございます。どうしたんです? こんなに朝早く?」
まだ寝間着だったラゼは目を丸くする。
相手がカーナだと気がついたフォリアも「おはようございます! カーナ様!」と顔を出した。
「これを渡しに来たの。ふたりには来て欲しくて」
渡されたのは見るからに高そうな紙でできた手紙。
「これは?」
受け取って、ラゼは尋ねる。
「ルベン様の誕生日会の招待状なの。学生開催だから新入生歓迎会のように全員参加は難しくて」
「え! もらっていいんですか?!」
フォリアが目を大きく瞬かせて招待状とカーナを行き来する。
「ええ。是非。〈マッセローネ〉に特注したお菓子も用意しているから、楽しみにしていて」
フィーザ商店街にあるお菓子屋さんにまで掛け合って準備をしているとは。
ラゼの心もぐらりと揺れる。
「では、また」
それからカーナは忙しそうに去っていった。
残された招待状はまるで宝箱を開ける鍵のように見える。
「カーナ様、忙しそうだよね」
「今夜が本番だからね。ルベン殿下のために頑張ってるんだよ。さすがカーナ様」
ラゼは朝の支度を整えながら、机の上に置いた招待状に視線を飛ばす。
フォリアと殿下のバースデーパーティーについて語りながら、カーナに誘われたからには行くしかないかなと意向を固めた。
断じて、マッセローネのお菓子が食べたいからという理由では無い。……うん。
しかし、これがちょっとした騒動を呼ぶことになる。
「……うん。まあ、少し考えれば分かったことだよね」
ラゼは目の前の状況に苦い顔をした。
ふたりは準備を済ませると、いつも通り朝食を食べて午前中の授業を受けたのだが、お昼になって校舎の食堂に来ると空気がピリピリしている。
よーく観察してみると、泣いている女子を慰めているグループもちらほら。
耳を澄ませてみると「せっかくアディス様とダンスの約束をしたのにっ」という言葉が聞こえてラゼは頬を引きつらせる。
(それは言っちゃ駄目でしょ……)
ただ今学園では、殿下の誕生日会の招待状をめぐるバトルが水面化で勃発中である。
大っぴらに、なぜ招待状が貰えないんだ! と反発する者が出ないのは、これが学園の中のことではあるが政治的かつ社会的行事だから。
招待されたものも、招待されなかったものも、静かに口を慎みモラルを守って殿下の誕生日を祝うべきなのである。
「アディス様とのダンスが!」なんていうのは、思っていても口には出してはいけない事だ。
これはあくまでも、殿下の誕生日会なのだから。
(——だからこそ、殿下とは勿論。招待された人とも仲良くなりたいよなぁ)
ラゼは殺伐とした空間で頭に手を置いた。
こういう時、貴族って大変だな、と同情せずにはいられない。
「フォリア、耳貸して」
「うん?」
ラゼは一応、フォリアに招待状を持っていることを伏せておくように伝える。
庶民の自分たちが招待状を持っていると知られれば、どうなるかなど目に見えていた。
ふたりは昼食を外で食べることにして、校舎の中庭に出る。
ラゼはスープパスタを食べながら、今夜に迫った誕生日会について考えた。
招待がギリギリになったのは、諍いを起こす前にパーティーをやってしまえという意図が感じられたが、そんな図らいも虚しく一大イベントに何とか参加しようと獣たちが目を光らせている。
予言の書(仮)に拠ると、フォリアは殿下信奉者に招待状を奪われてパーティーに参加できない。そして、ドレス姿のまま庭園(花畑)にいると、アディスとエンカウント。仲を深めることに。
(はぁ。ゲームのあらすじ的には、きっとモルディール卿は異常現象の犠牲者だったんだろうな。そうでないと、フォリアが他の御坊ちゃま達に惹かれる隙が無い……)
様子をみる限りでは、よっぽどのことが無ければ別に放って置いても、フォリアが攻略対象者たちに恋をすることはないだろう。
フォリアがどんな顔でモルディール卿に手紙を書いているかを知っているラゼからすると、殿下以外とのイベントをシナリオ通りに進めて良いのかが悩みだった。
「楽しみだなぁ、今日のパーティー」
だからフォリアの言葉に、彼女はドキリとする。
スプーンを運ぶ手を止めて、思わずフォリアを見つめた。
「教会にいた時にはパーティーなんて行ったことが無かったから、ドキドキしちゃう。歓迎会の時もまるでお伽話の中にいるみたいで素敵だったなぁ〜」
隣にいたのは、純粋無垢の天使であった。
その尊き存在の前で、ラゼは己の愚策を改める。
「フォリア。私が必ずあなたをお姫様にしてあげるからね」
「う、うん?」
真剣な眼差しのラゼに、フォリアはこてんと首を傾けた。
*
「ラゼちゃん。ごめん、背中のファスナー閉じてくれる?」
「はーい」
隣でドレスを着るのに苦戦していたフォリアに呼ばれ、ベッドに座って本を読んでいたラゼは立ち上がる。
「私が髪と化粧、していい?」
ファスナーをあげながら、ラゼは尋ねた。
「え、いいの?」
「うん」
「じゃあ、お願いします!」
微笑んで、フォリアの為に用意されたであろう化粧品やら装飾品に手を伸ばす。
どれも高品質のものばかりで、貴族サマに引けを取らない充実ぶりだ。
「あ」
そこで見た物に、ラゼはふと手を止めた。
歓迎会の時には気がつかなかったが、ほとんどの装飾品にモルディール卿を匂わせるデザインが施されている。
(うわぁ……)
ラゼはそれらをしげしげと見つめ、モルディール卿が彼女をどれだけ大事に思っているかを察する。
こうなると、毎週フォリアに送られてくるモルディール卿の手紙の内容も気になってしまう。
(これ、使えるな)
耳飾りを持って、ラゼは口角を上げた。
「よし。できたよ」
「ありがとう、ラゼちゃん!」
化粧を施し、耳飾りが見えるように髪はすっきりまとめて準備は完了。
見る人が見れば、フォリアの後ろ盾に必ず気がつく。
彼女は毎週日曜日には学園にある礼拝堂で祈りを捧げているし、何より天使なので疑われないだろう。
(最初からこうしておけば良かった)
これでまた、シナリオにも影響が出てくるはず。
フォリアも平民だからと見下され、治癒師の力を狙われることが減るし、何よりモルディール卿にとってもやっと虫除けの力を発揮することができる。
「この耳飾り、特注だろうね。裏にイニシャルが入ってたよ。とっても素敵だし、制服にも合うからこれからもつけていたら?」
「え。そうだったの?」
「うん。付与魔法もかけてあるから、つけていた方がいいよ。フォリア、大事にされてるね」
「……ゼール様」
フォリアは耳飾りに手を添えた。
寂しくさせてしまったかな?とは思うが、付けてあげないとモルディール卿が可哀想だ。
「テストが終わったら、すぐ会えるよ」
「うんっ」
はにかんだ笑みに、ラゼは心を撃ち抜かれる。
男だったら、自分も彼女にアタックしていたことだろう。
「ラゼちゃんも、そろそろ時間だよ?」
「うん。準備するよ」
自分はさっさと準備をし、ラゼは歓迎会と同じドレスを着た。
片やバルーダで任務をこなしている仲間に、「ドレスを何着か頼めるか?」なんて呑気で恥ずかしい頼み事をするのは気が引けて出来なかったのだ。
商店街で買えないこともないが、「ラゼ・グラノーリ」はド庶民の特待生。何着もドレスを奮発する余裕は無いことになっている。
「時間だね。行こう」
「うん」
会場にはとっくにマーキングを済ませているので、転移で直接飛ぶ予定だ。
直ぐに入場してしまえば、イベント自体が無かったことになるはず。
コンコンコン。
まるでタイミングを見計らっていたかのように、そこで扉をノックする音が聞こえた。
ラゼはバッと振り返り、フォリアが出る前に扉を開ける。
「はい………って、カーナ様?」
扉を開けた向こうにいたのは、少し暗い顔をしたカーナだった。
何事かと目を見開いていると、「ラゼ、少しいい?」と呼ばれて廊下に出た。
「どうかされたのですか?」
『っ。わたくしって、嫌な女なの!』
「……」
——何故そうなった?
ラゼは困惑顔で、とりあえずカーナの話を聞くことに。
『わたくしはこの後、フォリアさんが招待状を奪われて嫌な思いをすると知っていて、それを見過ごそうとしていたの。ルベン様を取られたくないからって! 彼女は友達なのに!』
日本語でまくし立てるカーナに、ラゼは沈黙する。
(フォリアもそうだけれど……。カーナ様も優し過ぎる)
世の中にはもっと残酷で非道なことをする奴らがいるというのに、彼女たちはあまりにも心が綺麗で優し過ぎる。
ラゼの座った瞳に気がつかず、カーナは話を続けた。
『わたくしは悪役なんかじゃなくて、ライバル令嬢になるって決めたのに。このままでは悪役令嬢以下。人として最悪だわ』
『そんな顔をしないで、カーナ様。この後殿下とお会いするのでしょう?』
ラゼは優しい笑みを顔に貼り付けて、カーナの手を握る。
『きっと準備で疲れが溜まって不安になっているだけです。カーナ様はちゃんとフォリアにも招待状をあげたでしょう? それにシナリオだって崩れてきているのだから、フォリアが嫌な目に合うとは限らない』
「でも」と返すカーナに、ラゼは少し厳しい言葉を投げる。
『まさかこの世界を操れるなんて、カーナ様も思っていないでしょう? ひとりで何でもできると思って抱え込んだら駄目です。それに他人のことなんて結局のところ、どうにも出来ないんですよ。自分のことを大切にしてあげてください』
カーナはそれで落ち着いたのか、肩の力を抜いた。これからパーティーだと言うのに心配な人だ。
『フォリアのことは私が守りますから、カーナ様はルベン殿下を離さないように、素敵な笑顔でいてください』
カーナはラゼのイケメンな対応に頬を染める。
「あ、ありがとう。ラゼ」
「いいえ。困ったことがあったらいつでも頼ってください。こんな私でも話を聞く事くらいなら出来ますから」
「わかったわ」
カーナは先ほどよりスッキリして明るい表情になっていた。
「ルカ様あたりに声をかけておくから、もう少ししたらロビーに来て」
「はい。わかりました」
転移する予定だったが、カーナの配慮を無駄にしたくないのでラゼは頷く。
「カーナ様、どうしたの?」
「準備で忙しくて疲れが溜まってたみたい。でも、もう大丈夫だよ。この後殿下にも会えるだろうし」
「そっか!」
フォリアがにっこり微笑む。
カーナはいつ殿下や彼女が心変わりするか分からないと不安に思っているようだが、ラゼからするとその要素は何処にも見当たらない。
(まあ、破滅イベントは来年だから油断はできないけどね)
ラゼは天使に悪い虫が寄って来ないように牽制しながら、ロビーに向かった。
「あ、フォリア——」
カーナ様が言った通り、そこにはルカがいた。
可愛い天使に見惚れるのは構わないが、ふたりだけの空間を作らないで欲しい。
「可愛いですよね?」
ラゼはフォリアの良き友として、何も言えないルカに助け舟を出した。
「っ。……似合ってる」
「ありがとう、ルカくん!」
魔法の練習で仲を深めたおふたりだが、あまりにもフォリアがなびかなすぎてルカに同情してしまう。
「早く行くよ。もうパーティーが始まる」
ちょっと呆れた様子の彼の後を着いていけば、会場が見えてくる。
ルカのお陰で招待状を巻き上げようと近寄ってくる人はいない。ラゼは安堵のため息を吐いて入場しようとした。
(……あれは)
しかし、観察眼に長けた彼女は視界の端に怪しい動きをした数人の男子生徒を見つける。
「招待状、寄越せよ」
読唇術でその言葉を読み取ってしまったラゼは、目を見開いた。
「去年の成績が良かったからって、庶民の癖に調子に乗ってんじゃねーよ」
「お前の家なんてすぐに潰せるんだぞ?」
言い寄られている男子は、糸目をグッと寄せて耐えている。
(やっぱり、人間ってこういうものだよね)
ラゼはそれを見て、今度は目を細める。
彼らは何故この学園が全寮制なのか理解しているのだろうか?
貴族の家に生まれて、その小さな世界でモノゴトを測るようになればどんな大人に成長するかはたかが知れている。
それを防ぐために、わざわざこうして貴族の為の学園が作られたというのに、一部の生徒には伝わっていないようだ。
「フォリア、ごめん。生物学で明日提出の課題出されてたの忘れてたから、私戻るっ」
「えっ!!」
「カーナ様にも伝えといて! 本当にごめん!」
演技は得意なので、適当に理由をつけてラゼは来た道を戻り、様子を見て瞬間移動する。
飛んだのは先程見た先輩方の集団がいた場所。
人目につかないそこには、青年が蹲み込んでいた。
「あの」
「招待状なら無いよ」
俯いたまま彼は答える。
乙女ゲームのこともあるが、ラゼは同じ平民として、彼を見過ごすことが出来なかった。
「これ、どうぞ」
彼女は蹲み込んで、知らない男子生徒にそれを差し出す。
「え」
それが何かわかった彼は驚いた顔でラゼを見上げた。
「私、殿下とは同じクラスなのでお話しする機会は先輩より多いので。どうぞもらってください」
「君は……?」
「一年A組のラゼ・グラノーリです」
彼女は招待状を持たせると、にっこり笑う。
「君も庶民なのか? それなのに本当にもらっていいの?」
「はい。歓迎会と同じドレスで出席するのもどうかと悩んでいたところなので。もらってくれませんか」
「ありがとう。なんてお礼を言ったらいいか」
そこでラゼはピンと閃く。
「あ。それなら、出来ればマッセローネのお菓子を貰って来ていただけたら嬉しいな、なんて」
何を言われるかと思っていた彼は、意表をつかれた顔に変わる。
「わかった。僕は二年A組のユーグ・ミュンヘン。お菓子は任せといて」
「はい」
時間が迫っていたので、ユーグは駆け足で会場に走って行く。
「ん? ミュンヘン?」
そこでラゼはその名前に聞き覚えがあることを思い出す。
「って、まさかミュンヘン商会の?!」
あの糸目に見覚えがあると思えば、そういうことか。
今一番勢いのある商会だ。
ラゼは突然の出来事に驚きながら、閑散とした廊下を進み、寮にとぼとぼ戻って行く。
誰もいないことを確認してから、ちょっと息抜きに校舎の屋根に上り、ハァとため息を吐いた。
「まずいなぁ……」
今回のことで気がついたことがあったラゼは、抱えた膝に愚痴を零す。
「フラグは折ってるけれど、イベント自体は回避出来てない事が問題なんだよな」
ラゼは額に手を乗せる。
現在に至るまで、予言の書の通り様々なイベントが発生している。内容はラゼが弄ったりしているのだが、その出来事自体が不思議と回避できないのだ。
今回だって、代わりにユーグがイベントもどきの洗礼を受けた。
カーナがまだその事に気が付いていないことは、ラゼには救いである。
もし、カーナがこの事に気が付いてしまったら、例の破滅を彼女の代わりに被る者が出てしまうことになるからだ。
「絶対にそれだけは避けないと」
カーナは優しすぎる。
気がつけば、きっと自分を犠牲にしようとするはずだ。
が、カーナの破滅は、自分の破滅。
そのことを忘れてはいけない。
ラゼは二つの月を見つめて、どうしたものかなと頭を悩ませた。