軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14、授業

セントリオール皇立魔法学園に集まるのは、貴族のご令息ご令嬢に加えて、庶民といえど商家や高官の御子様たちだ。

それぞれが各家庭でどんな教育を受けていたのかは知ったことでは無いが、同じ歳の子どもに比べれば皆大人びている。

それもそのはず。シアンで成人は十七歳。

あと二年もすれば大人としての振る舞いを余儀なくされ、お偉い様の御子様たちはより一層己の言動、行動には気を付けなくては品位を損ねることになる。

今年で十六歳になる子たちが入学しているはずなのだが、前世の記憶では少年と表現するより青年、女子というより女性と言うべき子たちが多い。

丁度、高校でひとりかふたりくらいしかお目にかかることができないような、他生徒と比べるとひとつ頭が抜けているヒーロー、ヒロイン的存在が集合している状態だ。

「おはようございます。カーナ様」

「ご機嫌よう、ラゼさん」

ラゼは教室に着き、先にいたカーナに挨拶してからフォリアと別れて席につく。

(ご機嫌ようって言われちゃったわ……)

——流石、貴族。

凄いところに来てしまったなーと思いながら、彼女は授業が始まるのを待っていると、何やら扉の向こうが騒がしい。

いち早く情報を飲み込んだ女子生徒たちは、鏡で身嗜みをチェックし始める。

(何だろ?)

ラゼは教室の外に数名の気配を把握する。

注目していると、現れたのは女子を侍らす閣下の息子だった。

「ご機嫌よう、アディス様! 昨日はわたくしと踊って下さり、ありがとうございます。とても楽しかったですわ」

「おはよう。ギンデンス嬢。俺も楽しかったよ」

ニコリ。

ラゼはアディスの笑みにゾッとした。

他国から「鉄壁のシアン」と呼ばれる排他主義国シアン皇国。

完全独立中立国なんて自国を称しているが、見方によればマジェンダ帝国よりタチが悪いとされるシアン。その頭脳とも呼ばれる宰相ウェルライン。

その笑みは万をも殺すという逸話が生まれるほど、恐ろしい人である。

(完全にその血を継いでるぞ、あの人)

鳥肌が立った腕をさすり、ラゼは本能が彼を危険人物だと特定していることを頭で理解した。

任務の規定上、自分が軍人であることは明かすことはできない。ただの庶民として、彼と対峙しなくてはならないとは、戦場で武器を持たないのと同義にすら思える。

彼は悠然と通路を進み、ラゼのすぐそこに。

「おはよう、特待生さん」

「オハヨウゴザイマス……」

わざとらしい呼び方に、悪い意味で目をつけられている気がする。

ラゼは着席するアディスから目を離し、入室してきたルベンとクロードを見た。

(流石にカーナ様と婚約している殿下に色目を使う人はいないか。閣下の息子も鬱陶しいから早く婚約でもすれば良いのに)

繰り返しになるが、ここはセントリオール。

将来有望な人材が集まる場所。

生涯のパートナーを見つけるのにも、打ってつけの場だ。

まさに、華の園。

軍大学と比較すれば雲泥の差だ。

(まあ、泥沼の青春だけはお断りだよ……)

どれだけ女子を侍らせても構わないが、私のためにも、面倒ごとにだけはしないでくれと、アディスを横目にため息を吐く。

「何?」

(うげっ?! ため息吐いたのバレた!)

肘をついてこちらに顔を向けるアディス。

その表情は令嬢たちに向ける甘ーいものでは無い。

慌てて弁明しようとすると、ゴーンゴーンと低い鐘の音が響いた。

はっと前を向く。

「揃ってるかー?」

授業の始まりだ。ヒューガンが教卓の前に現れる。

(助かった……)

ラゼはなんとかその場をやり過ごした。

「おし。みんないるみたいだな。今からA組の時間割配るから」

教卓に置かれていた資料がフワリと浮かんだと思えば、生徒の元へとひらひら舞い降りてくる。

無駄のない魔石起動から、ヒューガンの得意型は風だろうな、とラゼは判断した。

手元に届いた紙を確認すると、上級免許取得のために必要な授業がカリキュラムされているのがよくわかる。

座学4に対し、実技が6とアクティブな編成だ。

「これが今年の授業だ。知ってると思うが、夏には全校生徒によるトーナメント戦『バトルフェスタ』がある。その時は親御さんも学園に来ることが可能だし、成長した姿を見せれるように頑張れよー」

この学園の夏休みは短い。

記憶で言うお盆休みの存在は無く、代わりに『星祭り』が国民の休日になる。その期間の一週間と少しが夏休みとされるだけだ。

その分と言っては何だが、セントリオールではバトルフェスタなんてものが開催され、生徒たちがしのぎを削る。

冬にも、今度は学年別での模擬戦が行われ、三年生になるとその成績が就職に大きく影響するので、非常に重要な行事たちだ。

「夏は一年が勝つのは結構難しいんだがな。今年は優秀なのが揃ってるし上位を狙っていけよ。早く負けたとしてもいい試合をすればちゃんと評価される。取り敢えずは夏を目標にして習得していくといい。まあ、その前に定期考査もあるけどな」

資料を読み終えたのを見計らい、ヒューガンは話を移す。

「最初だから優しく言っておくが、魔法が上達したからって使い方を間違えるなよ? 場合に依れば即刻退学してもらう」

シーンと教室が静まった。

これで「優しく」とは彼を怒らせたらどうなることか。

「過去にはいたからな。調子に乗った貴族の小僧が庶民に大怪我負わせて、退学。その逆もまた然りって感じで退学。

ま! そんな野蛮な奴はこの教室にいないことを願う!」

軽い口調だが内容は重い。

ラゼにとっても恐ろしい話なので、全く笑えない。

(これが国の風潮なのかな)

危険なものは即刻排除。

実に機械的で情の入る隙間を与えさせない。

これは軍にいた時から感じていたことだ。

「はい。じゃあこの話はここまでにして、早速授業に入るぞー。他のクラスだと、得意型の選定からやるんだけど、お前ら揃いも揃って得意型分かってるし。小手調べと行こうか。一人ずつ前に出て、得意な魔法を何でもいいから見せてくれ」

今日は昨日の自己紹介とは逆から行くか、と言うことで、一番手はラゼだ。

「グラノーリ!」

「はい」

返事をして階段を降りて前に出るが、何を見せれば良いかわからない。

ふと教室を見渡すと、フォリアが「頑張って!」と小さく拳を作ってくれるのが可愛い過ぎる。

「一応、もう一度得意型を言ってからやってくれ」

「移動系が得意です」

「おん。じゃあ、どうぞ」

(移動の初級って言ったら、瞬間移動だよなー)

得意型で無くても、通常型魔法として頻繁に使用される魔法だ。普通に使っても問題ないだろう。ラゼはピアスの魔石を起動する。

「うお! どこ行った?!」

次の瞬間には姿を消したラゼに、誰かが驚きの声を上げる。

「おいおい。教室の外に出るのは無しだぞ?」

慌ててヒューガンが窓の外に視線を飛ばすが、見当違いもいいところで。

「あの。ここにいます」

ラゼは当然のように自席に座っていた。

「……は?」

ヒューガンは目を丸くして手を挙げているラゼを見つめる。

(こいつ、いつの間に座ってたんだ? 縮地であれば椅子の横に立っているはず……。まさか椅子に座った状態に移動するなんて高度なことを??)

彼女は忘れていた。

移動系の魔法の使い手であるラゼ・オーファンは、応用に応用を重ねて元来の「移動」という魔法の概念をちょーっとばかり逸脱してしまっていることを。

戦場では彼女の姿を捉えることは不可能とまで言われ、マジェンダ帝国から「首切りの亡霊」という二つ名を頂き恐れられていることを。

「……いや。それは無いか」

きっと自分が気がつかなかっただけだろうとヒューガンは納得したが、実際にはラゼは椅子に座った状態に移動している。

「オーケー。仕上がってるな。技の発動までが短く、簡潔でいい。次に行こう」

彼の反応を見た後で、「あれ? これはもしかしてやらかしたか?」と気がついたラゼは胸を撫で下ろす。

(移動って、奥が深いからなー。本当は空中移動でもして見せようかと思ったけど、やめといてよかった)

ただの転移であれば、転移装置で事足りる。

そこで終わらせないのがラゼ・オーファンという少女で、前世の記憶と柔軟な発想から様々な魔法を開発していた。

だがしかし、移動は移動だ。

決して目立つような魔法ではない。

「きゃあ〜! 凄ーい!」

「すげぇ……」

ぶわぁーーと、彼の周りに風の渦が巻き起こる。

アディスの魔法に教室が騒めいた。

(派手な魔法……)

パワーは申し分無いし、あそこまで風を操ることができるのは凄いが無駄も多い。

(バハメット少尉の神経を破壊する小さい電撃の方がよっぽど怖いな。……まあ、教えたの私だけど)

さすが花形の騎士団を目指す人の魔法だな、とぼーっとそれを見つめる。

「……」

ひとりだけ焦点が違うのは、下から見ているとよくわかるものだ。

(またあいつか)

アディスは昨日から、他の生徒には感じられない雰囲気を持つラゼが良くも悪くも気にかかっていた。

今もそうだが、顔を合わせるたびに何か言いたそうな表情をしている。

他の女子なら自分の顔とステータスで、友達(その後、あわよくば恋人に)という交流に持っていくのだが、彼女からは下心なんてものは微塵も感じられない。

「よし。そこまででいいぞ」

「はい」

「流石だな。魔力を十分引き出せてる。じゃあ、次!」

アディスは席に着く前に、チラリとラゼを覗いてみるが、彼女はすでに次の生徒に注目していた。

(変な奴……)

数年にひとり程しか選ばれない特待生という人物は、どんなに凄い奴なのかと思っていたが、蓋を開いてみればどこにでもいそうな普通の女子だった。

見るからに庶民で、ザ・平凡。

治癒魔法を使うフォリア・クレシアスのほうがよっぽど特待生に相応しく思えてしまうほど。

気になって軽く挑発してみても、身分を弁えているのか、思うような反応は得られない。

驚くこともせず、じっと魔法の発表を静かに見守るラゼを、アディスは後ろからつまらなそうに眺めていた。

「次、クレシアス」

「は、はい」

殿下の炎と水の複合魔法を見届けると、次はフォリアの出番になる。

彼女はヒューガンの前で困った表情だ。

治癒の魔法を見せると言ったら、傷ついたものが必要になる。

「あの、先生……。どうしても治癒の魔法を使わないといけませんか?」

悲しい顔をするフォリアの気持ちを察せない女子が、ヒソヒソと囁き出す。

本当は大した治癒魔法なんて使えないんじゃ無いのか? と。

攻撃、防御、回復の通常型魔法は習得必須の分野だ。

得意型であっても使いこなせなければ、熟練した通常型に劣るので、得意型だからと吹聴するのは頭の悪いものがすることだ。

そういう事を暗に言っている。

「はい、先生」

「なんだグラノーリ」

ラゼは見過ごせずに手を挙げた。

「腕に痣ができてしまったので、クレシアスさんに治して貰いたいです」

「そうか。丁度いいな。それでいいか? クレシアス」

「はい」

彼女は瞬間移動で教壇へ。

「お願いします」

左腕をまくると、そこには大きな痣が。

「どうしたんだ、これ?」

「今朝、ランニングしてたらぶつけちゃって」

(……言えない。今の瞬間移動で寮の部屋に戻って痣を作って来たなんて)

彼女が日常生活で怪我をすることなど少ないし、多少の怪我であれば自分で治せる。

わざわざフォリアのために、一瞬でこさえてきたものだ。

完全に高等魔法の間違った使い方である。

「す、すぐに治すね!」

フォリアが手を当てると、ラゼの腕に暖かい光が。

みるみるうちに怪我が癒えていく。

「もう大丈夫だよ!」

「ありがとう」

「よし。これから鍛えて、もっと早く治せるようになろうな。次!」

今度は普通に歩いて席に戻ると、ラゼは全く痛みがなくなった腕に視線を落とした。

「?」

彼女を見ていたアディスだけは、ラゼのその哀しげな表情を見逃していなかった——。