作品タイトル不明
13、先輩と朝食
ゴソゴソと隣から音がして、ラゼはハッと目を覚ます。
起き上がって周りを見回すと、そこは見慣れない部屋。
「………………寮か」
そこがどこか思い出すと時計を見る。
時刻は五時。
任務のせいか、あまり深く眠れないタチなのだが、五時は早い……。
フォリアは本当に早起きらしい。目覚まし無しで起きられるとは尊敬だ。
意識が覚醒してしまったので、ラゼは起きることにする。
「フォリア起きてるよね? おはよう」
「あ、ラゼちゃん、おはよう! もしかして起こしちゃった?」
「ううん。平気だよ」
フォリアが仕切りを開けて、ついでに部屋の窓も開ける。
「いい天気だね!」
「うん。時間もあるし、私ちょっと走ってくる」
「え、走る?」
学園でもトレーニングができるように、動きやすい服は持ってきている。
「うん。ランニング、気持ちいいよ? 七時に食堂が開くから、それまでには帰ってくるよ」
「うん。わかった。わたしはあんまり運動が得意じゃないから尊敬するよ!」
「大したことじゃないけどね。ありがと!」
ラゼはてきぱき着替えて、転移でフロントに出る。
「おはようございます。走りに行ってきます」
一応止められるかもしれないので寮母さんに声をかけた。
「あら。早いのね。おはよう。寮の扉は五時に開くわ。あまり遠くに行って迷子にならないようにね?」
「はい。迷子になったら転移で戻ってきます」
「そう。いってらっしゃい」
寮母さんも朝が早いんだな、と感心しながら外に出て、ラゼはちょっと悩んだ後、とりあえず学園をぐるりと一周してみることにし、軽く準備運動をしてから走り出す。
「ハッ、ハッ——」
基礎体力の向上は、魔法の質も向上させる。
逆を言えば、基礎体力が落ちれば魔法の質も落ちる。
職業柄、死活問題になり得るので、ラゼはかなり本格的に走り込む。
「しょっ!」
パルクールのように障害物を乗り越えて、スピードを維持したままとにかく走る。
スタートと同じ場所に戻ってくる頃には息も切れきれ。
「ハァ、ハァ……。これは、きついわ」
魔法を頼らずにただ走るのは辛い。
汗を拭っていると、気配を探知したラゼはゆっくりそちらに歩き出す。
寮の近くの雑木林で誰かが素振りをしている。
前騎士団長の息子あたりかと思えば、意外にも、そこにいたのは閣下の息子。
ラゼは面食らった。
(なんだ。結構、真面目なんじゃん)
女の子を侍らせて、チャラチャラしてるだけの奴かと思っていたが、少しは見直した。
顔を合わせるのは気まずいので、ラゼは気配を消してその場を離れる。
「セントリオールの成績上位者は卒業後、だいたい騎士団に進むからな。閣下の息子もそうなのか」
騎士団はこの国で言う警察のようなものだ。
国の中のことを主に管轄としているのが騎士団で〈 皇(おう) の剣〉と呼ばれる。
一方で、ラゼの所属する軍の方は〈皇の銃〉と呼ばれ、国の外側の任務にあたることが多い。
(ひとつ付け加えておくと、〈皇の銃〉だからと言って、剣を使わないわけではない。)
「……学園なんかより、騎士団に入ったほうが危険じゃ?」
ふとその事に気がついたラゼ。
果たして、この護衛に意味はあるのか?
引き受けてしまったからには、遂行するのが道理だが謎である。
——何のために、自分はここに潜入した?
まさか、この学園に何か危険なことが?
いやいや、そんな馬鹿な。
彼女は首を横に振る。
しかし、ここで守るべきことを間違えていたら大問題。
彼女は避けなくてはいけない、最悪の事態を想定することにする。
最悪の事態とはつまり、殿下を筆頭にVIPの命が奪われること。これだけは避けないと、確実に自分の首が飛ぶ。
そんな危険が学園にあるとすれば、魔法の訓練くらいだろう。
(いや、待てよ……)
深読みに深読みを重ね、ラゼは妄想まがいの予測を始める。
(そんなことは無いと信じたいけれど、もし、ここに帝国の諜報員が紛れ込んでいたら……?)
考えすぎだと分かってはいるが、万が一にもスパイが紛れ込んでいて、この学園が危険に晒されるようなことがあれば、それこそ大問題。
昨日、自分は「円満な人間関係の構築」をサポートするのが仕事であり、彼らが卒業後、手を取り合ってシアンを導いてくれるような関係を支援しなくてはと思っていたが、警戒するべきは生徒だけでは無いのかもしれない。
ここには大勢の教師だけではなく、調理師に、清掃員、それに加えて商店街の住民もいる。
「これは油断ならないな」
全てを疑うのは無理があるので、不穏な動きだけは見落とさないようにするしかない。
ウェルライン閣下やハーレンス理事長の思惑など知らず、ラゼは馬鹿真面目に任務をこなそうと奮闘していた。
彼女はブツブツと独り言ちながら、寮に戻ってシャワーを浴び、制服に着替える。
「おかえりなさい!」
「……天使がいる」
部屋に戻ると天使が出迎えてくれて、ラゼは口に手を当てる。
「て、天使?」
「なんでもないの。ただいま。私のエンジェル」
「??」
きょとんとしているフォリアも可愛い過ぎる。
ラゼは心の中で悶えた。
「ご飯食べに行こうか」
「うん!」
フォリアも準備ができているようなので、ふたりは揃って朝食を取りに行く。
扉を開けると、丁度アリサとマリーが出てくるところだった。
「おはようございます」
「おはよ〜う! 昨日はよく眠れた?」
「はい。ぐっすり」
それは良かったとアリサがニコッと朝日のような笑顔を見せる。
「一緒にご飯、食べに行こう!」
彼女の誘いで、そういうことになった。
食堂にはすでに人が集まっている。
二階で好きなものをプレートに装い、四人は席につく。
「いただきます」
ラゼはパンとスープ、それにオムレツとサラダをチョイス。
「歓迎会どうだった? 素敵な男子とダンス踊れた?」
「フォリアちゃんは目立ってたわよね。治癒魔法って聞いてびっくりしたわ」
どうやらフォリアのことは先輩にまでお話がいっている様子。
「治癒魔法は珍しいって言われてたんですけど、まさかこんなに注目されるとは思ってもみなくて」
「二、三年にも五人しかいないわ」
「五人! そんなに少ないんだ……」
「そうよ。でもね、治癒魔法の中でも、浄化が使える人はもっと珍しいの。学園にいる間にもし習得できたら、逸材になれるわ。是非頑張って! そして打倒、貴族。あいつらの長い鼻をへし折ってやるのよ」
「「………」」
マリーの目が怖い。
「マリーの貴族嫌いは今に始まったことじゃないから、気にしないで。まあ、庶民で入学したらそれくらいの気持ちが大事ってこと!」
アリサが少し無理のあるフォローを入れる。
「甘いわ、アリサ。私たちはやれることをやって抵抗しなくては、いいように重宝される駒になっちゃうんだからね? 正しいことは正しい、間違ってることは間違ってるって言わなきゃ。遠慮なんていらないの。成績だってね、努力すればあんな奴——」
熱く語り出したマリーの後ろで男子生徒が立ち止まった。
知り合いだろうかと、ラゼが様子を伺っていると、彼はマリーの横に手をついて顔を覗き込む。
「次こそ抜かすって?」
「ぎゃっ! ノーマン!?」
マリーが急に現れたその顔に仰天する。
「なんでここにいるのよ! 食事が不味くなるじゃない!」
「なんだか呼ばれた気がしてね?」
わーわー言い争っている隣で、アリサがポカンとしている後輩二人に説明を入れる。
「彼はノーマン・ロイ・ビレイン。理事長の息子さんね。去年、毎回試験でマリーを抑えて一位だったの」
「アリサ! 余計なことを後輩に教えないで!」
「うぇ。怒らないでよ〜」
「仕方ないよ。嘘を教える訳にはいかないからね」
「うるさい! 次の試験、見てなさいよ!」
どうやら彼はマリーの目の敵らしい。
ラゼには、喧嘩するほど仲がいいというやつに見えたのだが、それを言ったら物凄い嫌な顔でマリーに否定される。
ノーマンもそんなマリーを楽しそうに見ているので、触れないで遠くから見ているのが一番いいみたいだ。
「はぁ。やっと行ったわ。ごめんなさいね。あんな奴は忘れてご飯を食べましょう。で、何の話をしていたんだっけ?」
ノーマンが去ったのを確認し、マリーが眼鏡を押し上げる。
「歓迎会の話をしていたんだよ。ラゼはどうだったの?」
「私は壁際で大人しくしていたら、理事長先生に声をかけられました」
「あら。そうなの? それはそれでアリね。馬鹿な御坊ちゃまとダンスするより有意義だわ」
「………ハハハ」
ラゼはこの日、お向かいの眼鏡美人が毒舌だということを学んだ。
そこまで同じ生徒だと割り切って接することができるのは尊敬できる。
さっきの彼だって皇弟の息子。位は公爵だ。
彼女には怖いものは無いのか?
「今日は初めての授業だね〜。うちの授業はレベルの高いほうに合わせるから、わからなくなったらすぐに先生に聞くんだよ。でないと、完全に置いて行かれちゃうから」
「そ、そんなに難しいんですか?」
「まあ、セントリオールだからね。将来、高官を目指している人も多いし。でも大丈夫だよ! ふたりはAクラスであの入試を乗り越えたんだからね!」
アリサの励ましには元気付けられる。
四人は授業についての話をして食事を終え、一度部屋まで戻った。
学園から支給されたエンブレム入りの四角いバッグに筆記用具を入れて支度を整える。
「フォリア、もう行ける?」
「うん!」
忘れ物が無いか確認すると、ラゼとフォリアは教室に向かった。