作品タイトル不明
第34話 雑用令嬢、パーティーを開く
あのガルドたちの襲撃があってから、一ヶ月が過ぎた。
アルグレイン領の騎士団詰め所に併設された食堂では、中央のテーブルを囲むように旦那様と副団長のムルウジさん、その他騎士団の団員さんたち――それにゲストとして招かれた(勝手に来た)フロストーレ様が集まっている。
ただし、今日の食卓は少し変わっていた。
テーブルの真ん中に置かれているのは、小さな丸いくぼみがずらりと並んだ鉄板。
私はそこへ、薄く溶いた生地を順番に流し込んでいた。
じゅう、と軽い音がして、白っぽい生地がくぼみの中で広がっていく。
そこへ刻んだ薬草と小さく切ったモンスターの切り身を一つずつ落としていくと、周囲の視線が一斉に鉄板へ吸い寄せられた。
「本当に……これが料理になるのか?」
旦那様が、鉄板を覗き込みながら尋ねてくる。
「ええ、もちろんですとも。ちゃんと試し焼きもしましたから」
私がそう答えると、騎士団のみなさんが身を乗り出す。
「こいつをひっくり返して丸くするんですよね?」
「もうやっちゃっていいのかな?」
「いえ、まだですね。今触ると崩れちゃいますから、もうちょっとだけ待ってください」
伸びかけた手を止めると、団員さんたちは名残惜しそうに鉄板を見つめた。その顔がなんとも真剣でちょっとおかしい。
ちなみにこの鉄板だが、これは少し前に屋敷の掃除をしていた時に見つけたものだ。
領民の方々からの贈り物や、用途不明の魔道具がまとめて置かれている一角に紛れていて、小さな丸いくぼみが規則正しく並んでいるのを見た瞬間、私は思わず手を止めた。
前世で見た、“たこ焼きプレート”にそっくりだったのだ。
と言っても、もちろんこの世界にたこ焼きプレートなんてものがあるはずはない。そもそもたこ焼きという料理すらきっと存在しない。
ゆえに周囲からすれば、私が勝手にそう呼んでいる謎の鉄板である。
それでも閃いてしまったからには試したくなるのが人情。
念入りに洗って、油をなじませ、少量の生地で試し焼きしてみたところ、ちゃんと使えそうだった。
そうして私は思い立った。
「よし、タコパ(たこ焼きパーティー)しよう!」
――と。
「ったく、これだから団長の屋敷は相変わらず何が眠っているかわからねぇ」
ムルウジさんが呆れたように言うと、近くの団員さんも「いやほんと」「まるでビックリ箱っすね」と笑った。
「ふっ、まあそう言うなムルウジ。そのおかげでこうしてみんなでウマいものにありつけるんだからいいだろう」
旦那様がそう言うと、ムルウジさんも口元を緩める。
「ま、そりゃちがいないですがね」
なお本日のタコパだが、具材に使っているのは普通のタコではない。先日の海岸沿いの遠征で騎士団が捕獲してきた、タコによく似たモンスターである。
グラウンドオクトパス。別名、 地走蛸(ちそうだこ) 。
八本脚で海辺の岩場を高速移動し、海中だけでなく陸上でも短時間なら走れるため、漁師や冒険者からはかなり嫌がられている。小型だが素早く、捕まえるのが面倒。
ただその一方で、よく動くために脚の筋肉が発達しており、身はしっかりした歯応えがあるのも特徴である。
「こいつ、すっげーすばしっこくてよぉ。しかもようやく追い詰めたと思ったら岩場にぴったり吸盤で張りつくし……剥がすのに苦労したぜ」
「ありゃ骨が折れたなぁ」
団員さんたちは捕獲時の苦労を思い出したのか、しみじみと頷き合っていた。
ただ、いざその脚が料理に使われているとなると少しだけ身構える人もいる。
「しかし、あのうねうねした脚を食うのか……これまた珍味じゃのう」
宙に浮いたフロストーレ様が、鉄板を見下ろしながら怪訝そうに呟く。
まあ気持ちは分からないでもないですけどね。
イラストとかだとだいたい可愛く描かれることが多いけど、いざまじまじと観察したタコってちょっと恐かったりもするし。
そういえば、たしか前世でもタコを怖がって食べない国や地域があったと聞いたことあるような。
「まあでも、こうして小さく切ってありますから。それにいざ食べれば弾力があって美味しいですし、きっとみなさんも気に入ってくれると思います」
そうこうしているうちに、くぼみの縁が白く固まり始めた。
「あ、そろそろですね」
私は細長い串を一本手に取る。
縁を軽くなぞって生地を剥がし、半分ほど持ち上げる。
できた隙間へまだ柔らかい生地を寄せながら少しずつ回していくと、最初は半月のようだった生地が鉄板の中でころんと丸く整っていった。
そのまま残りのくぼみも同じように返していき――。
「できました!」
――《グラウンドオクトパスのトロ旨ホクホクたこ焼き》の完成です!
焼き上がったたこ焼きは、外側はこんがりと薄く色づき、丸い表面に油のつやが浮かんでいる。
私はそこへ甘辛い濃縮野菜ソースを塗り、青のりに見立てた香草粉と、干し魚の削り節をふりかけた。
湯気と一緒にソースの甘い香りと香草の青い香り、それから削り節の旨味がふわりと広がる。ああ、なんともイイ匂い。
「「「おおお……!」」」
周囲の団員さんたちも色めき立つ。
「よし、ではいただくぞ!」
そして旦那様の合図を皮切りに、全員の手が皿へと伸びていく……って。
「あ、待ってください。一口で食べると危な――」
慌てて声をかけたけれど、すでに遅かった。
旦那様とほとんどの団員さんは、串に刺したたこ焼きをもう口元まで運んでいる。
それからぱくりと放り込むや――。
「「「あっつぅあああああああ!」」」
……ああ、言わんこっちゃない(言えてなかったけど)。
食堂中に叫び声が響き渡る。
旦那様も団員さんたちも、ほふほふと口を押さえながら目を白黒させていた。
それでも、誰一人として吐き出そうとはしない。
「熱い……! だが、うまい!」
「外はカリカリなのに、中はすっげートロッとしてる!」
「タコも美味いぞ! ぷりっとして噛むほど甘い!」
「苦労して引っぺがした甲斐があったぜ!」
「ソースの濃い味と削り節も絶妙すぎる! でもやっぱ熱っ!」
熱さと旨さの境目で悶える団員たち。
その手は次の一個を求めて串を伸ばしつつ、口元はずっとほふほふしている。
が、そんなともすれば阿鼻叫喚とも取れる状況にあって、ただ一人満面の笑みで快適にたこ焼きを楽しんでいたのは――。
「うむ! 香ばしい生地と、その奥から現れる海の旨味! これは愉快な料理じゃのう!」
手乗りサイズのフロストーレ様にとって、たこ焼き一個はほとんど大皿料理である。
けれど彼はそれをぺろりと平らげると、すぐさま新たな一個を小さな両手でつかみ取り、ふう、と冷たい吐息を吹きかけた。
そして湯気が少し落ち着いたところで、またかぶりつく。
「うーむ、我ながら絶妙な温度調整じゃ! わはは!」
「うわぁ、フロストーレ様ずっりぃ! 自分だけ魔法使って冷ましてる!」
「いいなぁ、いいなぁ!」
涙目の団員さんたちが抗議すると、フロストーレ様は胸を張った。
「ふはは! なにがズルいものか! ワシが氷の大妖精と呼ばれるまで氷結魔法を極めたのは全てこの時のためじゃ!」
……いや、絶対違いますよね。
その後、すっかり皿が空になったことでタコパは二回戦に移行。
と、そこでそれまで食べる専門だった旦那様が私に声をかけてきた。
「なあアイカ。俺もやってみていいか?」
「え? あ、はい。ではこちらをどうぞ」
串を渡すと、旦那様はすっと固まりかけた生地に先端を差し込んだ。
縁を剥がし、半分だけ返す。
流れた生地を中へ寄せ、もう一度角度を変える。
するとくぼみの中で生地がころんと転がり、あっさり綺麗な丸になった。
「……え?」
私は思わず驚いてしまった。
「うおっ、一発で?」
「いやいやいや、団長、今の初めてっすよね?」
「マジかよ……」
周囲も意外な結果に目を見張る。
旦那様は少しだけ得意げに笑うと、串を持ったまま鉄板を指した。
「ふっ、さっきからずっとアイカの動きを観察していたからな。コツは真上から刺すより、横から支えるように串を入れる点だ。その方が形を崩しにくい」
おお、当たってる。この短時間でよくぞ……。
そういえばさっきからやけに真剣に私の手元を眺めてるなとは思ってたけど、あれはただ「早く焼き上がらないかな」と焦れていたわけじゃなかったんですね。
「どうせ食べるなら形がいい方が美味そうだからな」
なるほど。すべては食を楽しみたい一心で……というわけですか。さすがです、旦那様。
私がそう感心する合間にも、旦那様は次々とたこ焼きをひっくり返していく。
すると、それを見ていた団員さんたちも触発されたらしい。揃って同じように串を構える。
「すげぇ! さすが団長だぜ!」
「俺もやってみたい!」
「外が固まりすぎる前、だったよな?」
「横から支えるように……横から……」
が、やはりそう簡単にはいかなかった。
「のわっ!?」
「くそっ、早すぎたか!」
「ちくしょう、なんかぐずぐずになっちまった!」
「俺の、タコが完全に生地の外側に飛び出ちゃったんだが……」
早く触りすぎたものは崩れ、力を入れすぎたものは中身がずれていく。
それでも団員さんたちは初めての失敗に声を上げながらも、すぐさま次のくぼみへ視線を移していた。
その光景がなんだか微笑ましくて、私はつい笑ってしまう。
普段は私が作って、みなさんに食べてもらうことがほとんどだった。もちろんそこに不満は全くない。料理は半ば趣味みたいなものだし。
でも、たまにはこうして同じ鉄板を囲んでいっしょに料理するのも、これはこれで楽しい。
気づけば、用意していた生地と具材はほとんどなくなっていた。
旦那様は空っぽになった鉄板を眺めながら腕を組んで唸る。
「いやぁ、しかしおもしろい料理だった。もし次やるときは、もっといろんな具材を入れるのもありかもしれんな」
「あ、いいですね」
たしかにタコパと言えば前世でもチーズを入れたり、海老を入れたり、変わり種ならお餅だったり……具材を変えて食べるのも楽しみ方の一つだった。
でもまだ何も説明していないのに食べながらそこへ辿り着くあたり、旦那様はやっぱり食への探求心がすごい。
「それではまた近々、今度はもっとたくさん具材を仕入れてやってみましょうか」
「ああ、それは大いに楽しみだ」
そう旦那様が満足そうに頷いた直後だった。
「あ、団長。さっき手紙が届いてましたよ。差出人はフレット様みたいです」
食堂の入口から、一人の団員さんがこちらに近づいてきた。
「フレットから?」
旦那様は封を切ると、すぐに中身に目を通す。するとその表情はみるみる険しくなっていった。
……なんだか嫌な予感がする。
「あの、旦那様? どうかされましたか?」
私が声をかけると、旦那様は手紙から目を離さないまま低く呟いた。
「…………ガルド・バルディオスが、釈放されたらしい」