作品タイトル不明
第33話 雑用令嬢、見つかってしまう⑥
静けさの戻った森の中で、旦那様は剣をガルドへ向ける。
「さあ、あとはお前だけだ」
「ぐ……」
鋭い切っ先を眼前に向けられ、ガルドは冷や汗を垂らしながら後ずさる。
さっきまで私を強者の立場で威圧していた姿はなく、彼は倒れた三人と旦那様を交互に見ながら、必死に言葉を探しているようだった。
「心配するな。この場で命を取るなんて血生臭いことをする気はない。貴様にはまだ役目もあるしな」
「役目……だと?」
「無論、貴様が仕組んだアイカの冤罪を晴らす役目だ」
ガルドの肩がびくりと揺れた。
「え、冤罪……?」
いったいなんのことやら。
そう視線を泳がせるガルドへ、旦那様はそのまま続ける。
「とぼけてもムダだ。アイカの追放理由だったギルドの資金の横領――それがすべて貴様の浪費によるものだということはもう割れている」
「なっ……」
「すでに証拠も揃っている。あとは貴様とセットで然るべきところに突き出しさえすれば、アイカの罪が全くの事実無根であったと確定し、晴れて失った名誉を回復できる」
……そうだ。
初めて出会った際に追放の経緯を話してから、私を屋敷に迎え入れると同時に、旦那様はずっと事件のことも調べてくれていた。
状況的にガルドが犯人であることはほぼ間違いない。でも確たる証拠はなにもない。
だから旦那様は息のかかった部下を密偵として王国へ送り込み、ガルドとその周辺について調査させていたのだ。
「ぐ、ぐぬ……」
苦虫を噛むように歯を食いしばるガルド。
きっと旦那様の口調や表情から、それが単なる脅しではないと悟ったのだろう。
しかし、彼はまだ諦めない。
「い、いいのか? ここに来る前、ワシは王国に残っているギルドの冒険者どもに連絡し、その小娘の家族を捕らえろと命じてあるんだぞ? 今頃、あいつらはそいつの実家に押し入って……」
「問題ない。密偵を送ると同時に、フランベルの屋敷にもすでに腕利きの部下を護衛として派遣してある。落ち目のギルドの冒険者が束になろうと負けはせん」
「な、なんだと……!?」
ガルドの目が大きく見開かれる。
「もともとアイカの両親とは近況を報告し合うために独自の連絡ルートを築く必要があったからな。そのために送った使者のついでだ。冤罪の汚名はもちろんすすぐとして、それでもいずれ状況が落ち着いたら、フランベル家には丸ごと帝国へ亡命してもらう手はずだった」
これも事実。
正直あまり誇れる話ではないけれど、フランベル家は王国でも最弱レベルに小さな貴族家である。
守るべき領地も領民も特になく、だからしようと思えばすぐに亡命だってできてしまう。
まあ強いて言うなら、ご先祖様のお墓をどうしようかという点でひと悶着あったものの、そこはまあ追々なんとかしましょうで決着がついた。
「ふ、ふざけるな!」
切り札を潰されたガルドは、今度は私へ怒りを向けてきた。
「これでもワシはお前の元上司だぞ!? 何年もギルドで面倒を見てやったのはワシだ! そこに少しでも感謝の念はないのか!?」
そのまま詰め寄ろうとしたガルドの前に、旦那様がすぐさま立ち塞がる。ただそれだけで、ガルドは「ぐぅっ……!」と足を止めた。
食事のときはあれほど朗らかでも、戦いの場においてはまるで別人。
しかもつい先ほどあれだけまざまざ実力を見せつけられたガルドからしたら、どんなモンスターと相対するよりも恐怖を感じているかもしれない。
けれどそんな頼もしい背中に向かって、私は声をかける。
「旦那様」
「……いいのか?」
チラリと振り返った旦那様は、少しだけ心配そうだった。
「はい。大丈夫です」
そう答えて、私は一歩前へ出た。
旦那様は位置を譲ってくれたけれど、剣は変わらず下ろさない。すぐ横にその気配を感じながら、私はガルドへ向き直った。
「……マスター。たしかに私はあなたに感謝があります。ギルドでの忙しい日々に揉まれたおかげで料理の腕……それに事務や掃除といったさまざまな経験を積むことができたのは事実です」
「そ、そうだろう。なら――」
ガルドの表情がわずかに緩む。
「ですが、それだけです。それを補って余りある罪があなたにはあります。――ゆえに、私はあなたを許しません」
天から地へ。
一瞬だけ見出しかけた期待が粉々に砕け散り、ガルドは心底絶句した。
「そういうことだ。貴様の身柄は帝国側で拘束する。そして外交ルートを通じて王国へ引き渡し、いずれ濡れ衣の件と横領の件で裁判を受けてもらう。それまでの間、自分の犯した過ちと牢屋の中できっちり向き合うといい」
最後に旦那様がそう告げると、ガルドはついに膝から崩れ落ちた。
「ワ、ワシは……ワシは……」
それから少しして、旦那様が呼び寄せていた騎士団の方々が森へ到着した。
ガルドと《金の盾》はすぐに拘束され、逃げられないよう厳重に縄をかけられた。とはいえ目の覚めないディックたちはもちろん、ガルドにももはや抵抗の意思はないようで、暴れ回るようなことはなかった。
ムルウジさんは三人仲良く締め上げられた《金の盾》の面々を見下ろし、苦々しげに舌打ちする。
「ちっ、それにしてもまさかこいつらが《金の盾》だったとは。そうだとわかってりゃ、森で助けたりなんかしなかったんだがな」
「森で……?」
私が聞き返すと、ムルウジさんは昨日あった出来事を教えてくれた。
……なるほど。
私の料理のことがバレてしまったのは、その時だったのかもしれない。
「あ、そうだ団長。ちなみに屋敷に来たっていう、その親父が雇った冒険者の若造も捕らえて拘束してあるぜ」
「うむ、ご苦労。助かったよ、ムルウジ」
「はは、なんのだって。うちらの“姫”をダマして売り渡そうとしたんだ。暴れるからついでに二、三発殴っちまったぜ」
ムルウジさんが腕まくりをしながら、ニッと笑う。
やがて準備が整うと、騎士団はガルドたちを連れて森を出ていった。
途中、意識が戻ったのかディックらしき人の叫び声が聞こえたけれど、その声も馬車の足音も木々の向こうへ遠ざかっていく。
そうして、森には私と旦那様だけが残された。
「終わったな」
「はい」
旦那様は剣を収める。
「すまなかった。俺が別行動を取ると決めたせいで、アイカを恐い目に遭わせてしまった」
「いえ、そんなこと……」
むしろ旦那様が駆けつけてくれなければ今頃どうなっていたことか。
そう考えると改めてゾッとした。
さっきまでガルドたちがいた場所を見る。
ひとまずは一件落着。
私にとって長年の苦しみの象徴であり、諸悪の根源だった彼らはもうここにいない。
ただ、その割にすぐには息が楽にならなかった。
王国で働いていた頃から自由になりたいとはずっと思っていたのに、いざその道が開けるとうまく実感が追いついてこない。
なぜだろう。もしやさっきまで感じていた恐怖の余韻が残っているせい?
それとも、いなくなったとはいえガルドたちがまだ生きているから?
……もしそうだったらどうしよう。
彼らが生きている限り、私の中にずっとこの感覚は残り続けるのだろうか……?
そんなことを考えていると、旦那様が言った。
「大丈夫だ」
「え……」
顔を上げると、旦那様はこちらを見ていた。
「今回の一件で改めて思い知った。王国に……あんな奴らがいる場所に、アイカの居場所はない。だから帰る必要もない。いや、帰さない」
その言葉はとても力強かった。
「そのために、これからも俺は全力でアイカを守ると誓おう。今度はさっきのような恐い思いすらさせることなく、完膚なきまでに」
「旦那様……」
「だから……君はここにいてくれ。この先もずっと」
その言葉は、主としての命令というより、私に向けられた願いのように聞こえた。
さっきまで足元がふわついていたのに、その声を聞いているうちに、ようやく少しずつ呼吸が戻ってくる。
私は旦那様を見て、小さく頷いた。
「……はい。もちろんです」