作品タイトル不明
第18話 一方その頃、かつての職場は……⑤
王都の繁華街にある高級レストランは、入口からしていかにも金がかかっていた。
磨かれた扉。厚みのある絨毯。店内に足を踏み入れれば、控えめな弦楽の音が流れ、白いクロスのかかったテーブルには曇りひとつない食器が整えられている。
席についている客も貴族か、そうでなくとも裕福な商人ばかりに見えた。服の仕立てや姿勢からして上流階級の気品が漂っている。
そんな中、広めのテーブル席に陣取っていたのが、Sランクパーティー《金の盾》の三人――ディック、アマンダ、ドドリゴだった。
「しっかし、ガルドのおっさんも生意気になったもんだよ。まさかこの僕たちを、王都までの護衛に使うなんてね」
ディックはグラスを指先で揺らしながら、面白くなさそうに言った。
「ま、しょーがないんじゃない? 最近はうちのギルドも怪我人ばっかで、まともに動ける人間のほうが少ないし。アタシらと違って、そこらの雑魚じゃ心許ないでしょ」
「だからって護衛だぜ? しかも馬車の中じゃ、ずーっと説教だ。たるんでるだのなんだのよぉ」
アマンダが肩をすくめる一方、ドドリゴが不満げに鼻を鳴らす。
王都へ向かう馬車の中で、ガルドはずっと不機嫌だった。道中の警戒を怠るなだの、最近のお前たちはたるんでいるだの、失敗続きでギルドの面目がどうだのと、耳にタコができるほど説教を聞かされたのだ。
「あのオッサン、カラダの割に小心者だからねー。ちょっと失敗が続いたぐらいで大騒ぎしちゃってさ」
「ああ。今までどれだけ僕らが貢献してやったんだっつの。だいたい僕ら《金の盾》がいなきゃあんなギルド、今ごろ“S”どころか“A”にだって上がれてないくせに」
ディックが吐き捨てるように言うと、ドドリゴは「それな」と笑い、アマンダも同意するようにグラスを傾けた。
たしかに最近は依頼の失敗が増えたし、報酬も前ほど入ってこない。ブラッケスの町でも、以前のようにちやほやされることは減ってきた。道を歩けば、住民が妙な目でこちらを見ることさえある。だが、そんなものは一時的な不調に過ぎない。
《金の盾》は王国唯一のSランクパーティー。その事実は変わらないのだ。
……もっとも、こうしている最中にも王城では今まさにギルドがBランク落ちしているのだが、ここにいる彼らにとっては知る由もない。
それはそうと、アマンダがひらひらと手を振って話題を変える。
「まーまー。辛気くさい話はこのぐらいにしときましょ」
「おう。せっかくの王都だ。今日くらい羽目を外そうぜ」
「だね。こういう店なら、ブラッケスの連中みたいにウザい目で見てくるやつも少ないだろうし」
なにより今日は久々の豪遊である。最近は報酬が減っていたとはいえ、たまには気分よく贅沢しなければやっていられない。
そういうわけで、三人はメニューの中でも目立って高い料理を片っ端から注文していた。
やがて給仕がワゴンを押してやってくる。
「お待たせいたしました。こちら、A5ランクの最高級コーベー牛のローストビーフでございます」
蓋が開けられると、銀色の皿の上には艶のある塊肉が鎮座していた。表面は美しく焼き上げられ、見るからに高級感が漂っている。
「うっひょお! 待ってました!」
ディックは思わず身を乗り出した。
給仕が手慣れた動きでナイフを入れる。厚みのある一枚が切り出されると、赤みを帯びた断面が皿の中央に置かれた。続いて、香草の香りを含んだソースが、その周囲へ丁寧に添えられていく。
「へぇ、見た目は悪くないじゃない。さすが王都だわ。これは味も期待できそうね」
アマンダが口元を緩める。ドドリゴなど、すでにフォークを握ったまま前のめりになっていた。
王都の一流店。最高級の肉。久々の贅沢。これで気分が上がらないはずがない。三人はほぼ同時に意気揚々と肉を口へ運んだ。
運んだ、のだが。
「………………あれ?」
ディックの表情が止まった。
目の前ではアマンダとドドリゴも無言で咀嚼を続けている。二人とも、あからさまに顔をしかめているわけではない。だが、確実に何か言いたげだった。
「あの、お客様? どうかされましたか?」
控えていた給仕が、遠慮がちに声をかけてくる。
ディックは皿の上の肉を見下ろし、言葉を探した。
「あ、いや、なんつーか……これ、ホントに最高級なんすか?」
「ええ、もちろんですとも。もしや、なにか問題でも?」
給仕が困惑したように眉を下げる。
「いや、問題っつーか。上品なのは分かるんだけど、なんかピンとこないっつーか……なぁ?」
ディックが二人へ視線を向けると、アマンダも曖昧に頷いた。
「え、ええ。たしかにお肉は柔らかいし、ソースも悪くないけど……」
「もっとこう、ぶっちゃけ噛んだ瞬間にブワァーっとか、ズオォッーみたいなのを想像してたよな?」
ドドリゴが眉を寄せながら言う。
そして奇しくも、このとき三人の頭に浮かんだのは全く同じ――数ヶ月前までギルドで働いていたアイカの料理だった。
彼女が「ただの安物のお肉ですよ」なんて言いながら出していた料理の方が、遥かに香ばしさも味の深みもあり、なにより口に入れた瞬間に強烈なインパクトが押し寄せてきた気がしたのだ。
けれどディックは、そこですぐさま己の感覚を否定し、小さく舌打ちした。
(馬鹿が……あいつの料理が王都の最高級店よりウマいだって? んなの普通に考えてあり得るわけねぇだろ)
だとすれば、答えは一つしかない。
「……もしかしてだけどさ。おたくら、僕らが地方から来た田舎者だと思って ダ(・) マ(・) そ(・) う(・) と(・) し(・) て(・) る(・) ?」
なるほど店内は上品な服装の客たちで溢れている。慣れた様子の給仕、磨かれた食器、落ち着いた音楽。
その中にあって、自分たちの格好は少しだけ悪目立ちしているようにも見えた。いかにSランクパーティーとはいえ、基本的に冒険者の主戦場は安全な王都圏ではなく、モンスターのはびこる郊外である。
たとえ名前はよく知られていたとしても、きちんと人相まで伝わっているとは限らない。
「い、いえお客様、そのようなことは決して――」
「うるせぇ!」
ディックが立ち上がった拍子に、椅子が派手な音を立てる。店内の視線が一斉に集まった。
「くそが! てめぇらよくもやってくれたなぁ!」
「はっ、そういうことかよ。オレらをナメやがって」
「最悪! 王都の高級店って聞いてたのに、客を見て肉を変えるなんて最低じゃない」
声を荒げる三人に対し、給仕は何度も否定した。
しかし、すでに怒り心頭の彼らの耳には入らない。
近くの客がそっと距離を取り、奥の席にいた貴族らしき男が眉をひそめる。店内の空気は明らかに冷えていたが、ディックにはそれが自分たちへの注目に見えた。
ほら見ろ。皆が見ている。
この店の不正を、Sランクパーティーである自分たちが暴いてやったのだ。
「責任者を呼べよ。今すぐだ。僕らを誰だと思ってんだ」
「そうよ。謝って済むと思わないでよね」
そのときだった。
「――お客様。それ以上はおやめください」
店の奥から、低い声が届いた。
現れたのは屈強な大男。分厚い腕に、鍛えられた首回り。給仕とは違う、明らかに荒事に慣れた人間の顔つきをしている。
「あぁん? なんだてめぇ?」
「これ以上騒がれるようでしたら、退店していただきます」
凄むディックに、男はなおも静かに答える。
丁寧な口調ではあったが、声にははっきりとした圧があった。
それがかえってディックの頭に血を上らせる。
「はっ! なんだよオッサン、やんのかこら? いいぜ、上等だよ! 俺らはなぁ、あのSランクパーティーの《金の盾》だぞ! そんなこと言ってタダですむと――」
言い終える前に、視界が横へ弾けた。
「ゴハァ!!」
顔面に衝撃がめり込んだと思った次の瞬間、ディックは入口近くまで吹き飛ばされていた。
「ディック!?」
「なっ……!?」
絶句するアマンダとドドリゴ。
一方、用心棒の男は軽く鼻を鳴らした。
「ふん、これでSランクだぁ? てめぇらこそ、とんだ嘘つきじゃねーか。こんな雑魚があの《金の盾》なわけねーだろうが。いちゃもんつけて食い逃げしようったって、そうはいかねーぜ」
男は余裕綽々にディックを見下ろす。すでにさっきまでの丁寧さは消え去り、口調も雰囲気も荒々しい。
「い、いちゃもんだと……? ふざけるな、僕らはなぁ……!」
「ああ?」
たったそれだけで、ディックの喉が詰まった。
こんなはずではない。自分たちはSランクパーティーだ。
たかが店の用心棒に、一発で吹き飛ばされるような相手ではない。
そう思うのに、男の目がこちらを向くだけで背中に嫌な汗がにじんだ。顔が痛い。鼻も痛い。何より、身体が言うことを聞かない。
「……っ、行くぞ」
結局、三人は食事を続けることも、店に謝罪させることもできなかった。
ディックはアマンダとドドリゴに支えられながら、逃げるように店を出る。
途中、周囲の客から冷たい視線と小さな失笑が向けられた。先ほどまで自分たちを称賛していると思っていた視線は、どうやら違ったらしい。
扉が閉まった直後、背後の店内からは厄介者を追い払った用心棒を称える歓声が上がった。
「……覚えてろよ」
ディックは鼻を押さえながら低く呟く。
だがその声もまた、扉の向こうの歓声にあっさりとかき消された。