作品タイトル不明
第19話 雑用令嬢、畑を救う①
その日、私と旦那様はアルグレイン領内を定期巡回する途中で、町の小さな食堂で昼食をとっていた。
出されたのは、鶏肉と豆の素朴な煮込み、焼いた野菜、それからクルミ入りの丸いパン。
店内には数人の領民がいて、みんな慣れた様子で食事をしている。気取った店ではないけれど、湯気の立つ皿からはきちんと手をかけて作られた匂いがした。
「うん、うまい」
旦那様が、焼いた根菜をひと口食べて目を細めた。
「火の入り方がいい。甘みがしっかり出ている」
「そうですね。味つけも丁寧で、野菜そのものの味がよく分かっておいしいです」
旦那様に続いて私も素直な感想を口にすると、近くで皿を片づけていた店主――ノーラさんと言うらしい――が嬉しそうに振り向いた。
「まあ……そう言っていただけると作った甲斐があるってもんです。近くに畑も持っておりまして、今日の野菜もそちらのものなんですよ」
私たちの皿が進むのを見て、ノーラさんがにこやかにほほ笑む。
日に焼けた顔と、きびきびした手つき。食堂と畑の両方を切り盛りしているのだろう。
けれどそこで、ノーラさんの視線がふと皿の端へ落ちた。
「……ただ、実は最近、少々困ったことになっておりましてね」
「困ったこと?」
旦那様が顔を上げる。
「ええ。私は何個か畑を持っているのですが、そのうちの何個かだけ、どうにも野菜の育ちが悪いんです。そのせいで充分な量が採れなくて。今日お出ししたものも、やっとこさ選んで皿に乗せたものなんですよ」
「店で使う分にも影響が出るほどか。それは大変だな」
「はい……」
旦那様が同情するように呟くと、ノーラさんは困ったように笑った。
「原因はわかっているのか?」
「ええ、畑の隅に生えてる黒い雑草……そいつらが元凶です。昔からここらでは“畑喰らい”って呼ばれて忌み嫌われておりまして。抜いても抜いても、すぐにまた出てくるんですよ。ひどいったらありゃしない」
畑喰らい……初めて聞く名前だ。
口ぶりからすると正式名称ではないみたいだけど、いったいどんな雑草なんだろう。
ともあれ、由々しき事態であることに変わりはない。
「旦那様……」
私が訴えかけるように視線を送ると、旦那様も心得たように「うむ」と頷いた。
「ノーラ殿、よければ食事の後にその畑を見せてもらえないだろうか」
「えっ、領主様にわざわざ見ていただくほどのことでは……」
ノーラさんは手を振ったが、旦那様は首を横に振る。
「なんの。領内の問題は俺の問題。それにここで放置して、あとでこの野菜が食べられなくなるような事態になったら大損害だ。もちろん、無理にとは言わないが」
ノーラさんは少し迷ってから、私たちの空いた皿を見た。
そして、ふっと肩の力を抜く。
「……そういうことでしたら。では、よろしくお願いします。すぐ近くですのでご案内します」
そうして店を出て町外れへ向かうと、ほどなく低い柵で囲われた畑が見えてきた。
「これが畑喰らいです」
ノーラさんが足先で、蔓の端を軽く寄せる。
たしかに黒っぽくて毒々しい見た目だ。しかも周囲の弱った野菜に比べ、あきらかに元気そうに生い茂っている。いかにも周囲の養分を吸って成長しているように見える。
「いったいどこからやってきたんだか、とにかく根を細かく広げるんですよ。抜く時も面倒でねえ」
「多いのはこの一角だけか?」
「今のところは。ただ、うちだけじゃなく他にも点々と。同じようにこいつがいる畑だけが作物の育ちが悪く……」
ノーラさんの言葉通り、畑喰らいが密集している場所ほど野菜の育ちが悪い。それは間違いないだろう。
……ただ一方で、私は少しだけ違和感も覚えた。
「あの、少し自由に見て回ってもいいですか?」
「ええ、どうぞどうぞ」
許可をもらって畑の中へと入る。私は指先で土をそっと崩した。
表面は乾いているのに、中は妙に重い。湿っているというより、空気が入りにくい感じがする。
それから、気になっていたものに手を伸ばす。
それは畑喰らいの先端にポツポツと付いていた赤紫の実。ブドウともまた違い、不思議な色合いをしている。
布越しにつまみ、潰さないようにして香りを確かめる。
見た目はあまり食欲をそそらない。けれど、匂いはほんのかすかに甘酸っぱく、木苺に少し似ていた。
ただ、その奥に妙な重さがある。
私は別の株の実も確認した。
場所によって色の濃さも、匂いの重さも少しずつ違っている。
するとじっとしゃがみ込んで作業していた私に、旦那様が声をかけてきた。
「アイカ。どうした? 何か気になることでもあるのか」
「まだ分かりません。ただこの草、普通の雑草として片づけるには少し引っかかるような……」
実を布に包んだまま少し考える。
そして私は立ち上がると、ノーラさんに向き直った。
「あの、ノーラさん。もしよければ、この畑喰らいを屋敷まで持ち帰らせていただけませんか」
「え、こいつをですか? でもこんなもの、持ち帰ったところでなんの役にも立ちやしませんよ」
ノーラさんが不思議そうに首を傾げる。
「そうですね。でも、まだうまくは言えないんですけど、ちょっと試してみたいことがあって……」
私が迷いながら呟くと、旦那様も横から静かに割って入ってきた。
「どうだろう? 量は最小限にするし、畑を荒らすような真似もしないと約束しよう」
「はぁ……まあ、領主様がそうおっしゃるなら」
まだぴんと来ていない様子ではあったけれど、ノーラさんは頷いてくれた。
私はお礼を言って、小袋を取り出す。
畑の端。中央。そして、もっとも野菜の育ちが悪い場所。採取場所が混ざらないよう袋を分け、実と葉をできるだけ別々に入れていく。
畑喰らいそのものだけでなく、生えていた場所の違いも見ておきたかった。
ノーラさんは、そんな私の手元をじっと見ていた。
「いつもはまとめて抜いて捨てるだけだったからねえ。場所の違いなんて、あんまり気にしてなかったよ。それで何かわかるのかい?」
「まだなんとも。ただ、同じように見えても違うところがあるかもしれません」
「雑草にも違い、ねえ」
ノーラさんは、半分感心したような、半分あきれたような顔をした。
けれど、止めることはしなかった。
採取を終えると、私は袋を抱えて頭を下げる。
「ありがとうございました。大切に確認させていただきますね」
「はは、そう大事にするようなものじゃないけどねえ」
そう苦笑するノーラさんに見送られ、私たちは町を後にした。
屋敷へ戻る馬車の中で、旦那様が私の膝の上の小袋を見た。
「それで、畑喰らいのどこが気になったんだ?」
「……実の匂いです」
私は袋の口を指先で押さえながら答えた。
「木苺に少し似ていました。けれど甘いだけじゃなく……なんというか、下処理前のモンスターに近い、嫌な感覚があったんです」
「モンスターに?」
「はい。ただ、まだ決めつけるほどではありません。だから持ち帰って試してみようと思いまして」
旦那様の表情が少し引き締まる。
「わかった。アイカのことだから心配はしていないが、そういうことならくれぐれも気をつけるんだぞ。厨房で扱うなら俺もそばで見守ろう」
「ありがとうございます。でも、間違ってつまみ食いしないでくださいね」
「おいおい。先日のピット村のような状況ならともかく、俺もさすがにそこまでは食い意地は張ってないぞ。……まあ、木苺と聞くと少し興味はあるが」
こらこら、ダメですってば。
ともあれ、そんな風に笑い合っている間にも馬車は屋敷に到着。私はすぐさまキッチンへ向かい、採取した畑喰らいの実を作業台に置いた。
それから小鍋に薬草を浸した水を張り、ひと粒だけ落として火にかける。
この時点では、まだ普通の木苺に似た甘酸っぱい香りがしていた。
けれど水の温度が増すにつれ、その奥にあったクセがじわりと際立ってくる。
私の感覚が確かなら、この反応はただの渋みではない。
そしてその推測を証明するかのように、やがて鍋から浮かんできたのは――。
「やっぱり……」