軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

51 アイス

帝都ゼブルディアは周囲に生息する魔物対策として分厚い外壁で囲まれている。

上空から見ると長方形にも見える都は皇帝のおわします『城』を中心としており、都の成り立ち上、中央に近づけば近づくほど歴史が長く、栄えている傾向にあった。

都を囲む外壁は今でも帝都の発展に比例するように拡張が進められている。外に出るのに必須な四つの門の付近は例外だが、外壁の近くは帝都で最も治安の悪い土地だ。

特に酷いのが、川が近いため長らく壁の拡張がなされていない帝都南西部である。

帝都の闇を煮詰めたかのように猥雑と奔る通りは人が数人横に並ぶだけでいっぱいになるくらい狭く、昼間でも薄暗い。

分厚い石造りの外壁に発展を圧迫されたかのように増築された建物はまるで継ぎ接ぎでもしているかのように複雑怪奇で、ゆとりと活気のある帝都中心部の景観とは天と地ほどの差がある。

『ゼブルディア南西退廃都区』

常人ならば昼間でも寄り付かないような場所だ。治安維持を任務としている騎士団でも大きな事件でもない限り寄り付かない。

そしてまた、住み着いている者もまた、脛に傷を持つ者や貧窮している者が多い。

罪を犯し探協を追い出された元ハンターから、保持しているだけで罪に問われる禁制品を取り扱う裏の商人。訳あり品を本来の価値からは考えられない格安で売りつける故買屋。犯罪組織の構成員から、とある事情で姿を隠している著名なハンターまで。

あらゆる善と悪、有用な物と不要な物が入り混じった、混沌の坩堝だ。

その中から数少ない価値有るものを掬い上げるには力と名声、金と伝手が必要だ。僕には全く関係のない話である。

だが、そんなゼブルディアに来てからほとんど立ち入らなかった地域を今、僕はゆっくりと辺りを見回しながら歩いていた。

周りから視線を感じる。家と家の隙間から頭を出すようにして覗く年端もいかない子供の視線。今にも崩れそうな家の二階の窓からじっとこちらを見下ろす訝しげな視線。あまり心地の良いものではないが、喧嘩を売るつもりはない。

それに、その視線のほとんどは地味顔の僕ではなく僕の隣を歩く美人さんなティノの方に向いていた。

ティノの格好は探索に向かう時と比べて軽装で、下もハーフパンツではなくスカートだ。

だが、その慎重な足運びと気の配り、腰に帯びた短剣と襟元につけた『足跡』のタグがはっきりと彼女の所属を示している。

騒動から数日。僕は満を持してエヴァから聞いたアイスを食べに久方ぶりにクランハウスの外に出ていた。

たとえ帝都の中であっても騒動に巻き込まれる可能性はゼロではない。宝具のチャージが済んでいない状態で外に出るべきではないのだが、僕のアイス欲がとうとう恐怖を上回ったのだ。

帝都の外はともかくとして、一応町の中だし大事件が起こっているわけでもないし、ティノを連れていれば安全だろう。

誘ったらほいほい付いてきたちょっと前途が心配なティノが、周りをキョロキョロ見渡しながら不思議そうに声をあげる。

「ますたぁ、アイスじゃないんですか?」

「アイスだよ。変わった店があるらしい」

「ここは……退廃地区ですけど」

「初めて?」

「お姉さまとしょっちゅう来ます」

何しに来てるんだろうか……。

前を覚束ない足取りで歩いていた中肉中背の男がすれ違いざまに大きくふらつき、僕の肩にぶつかる。

痩けた頬に澱んだ目をした男だ。こちらをちらりと一度確認し、そのまま立ち去ろうとするその男の脚をティノが前振りなく刈った。

そのまま腕を取り、速やかな動作で男を硬い路面に叩きつける。男が苦痛のうめき声をあげる。

状況を把握できていない僕に、ティノが言った。

その冷たい視線は取った男の手の平――握られた見覚えのある財布に向けられている。

「ますたぁ、スリです」

「……凄い腕前だな」

全く気づかなかった。危うく一文無しになるところだった。

財布を取り上げ、ティノが眉を顰めて僕を見上げた。

「今回のはわかりやすい方です。……もしかしてこれ……訓練ですか?」

「今まで一回でもティノに訓練させたことあったっけ?」

「……ますたぁは、私をいじめて、そんなに楽しいんですか?」

ティノが眼に涙を溜めながら、怯えているスリの鳩尾をぐりぐりと踏みつける。

言ってることとやってる事が違うんだけど……。

しかし、ティノを連れてきてよかった……そして、リィズを連れてこなくてよかった。

「今回のはただのお礼だよ。だいぶ間空いちゃったけど、ティノもずいぶん頑張ってるみたいだからね」

「ますたぁ……」

ティノが感極まったような甘い声をあげる。僕がアイス食べたいだけなのは言わない方がいいだろう。

エヴァのくれた地図を確認しながら細い道を進んでいく。

壁近くになればなるほど治安が悪くなるようだ。饐えたような匂い。薄暗く汚れた家屋や派手な落書き。可憐な容姿のティノに視線を向ける男も増えるが、不思議と絡んでくる者はいない。

しょっちゅう来てるって言ってたし、もしかしたら危険視されているのかもしれない。

一方、ティノの方も集まる視線は気にならないようだ。手は繋いでこないが、口調も表情もリラックスしている。

「しかし、ますたぁ。『アカシャの塔』の方はいいんですか? 泳がせてるって聞きましたが……」

「???」

「あの魔導師、かなりの実力でしたが……アカシャの一員だったんですね。ますたぁが倒してくれなかったら私もどうなっていたか……」

「???」

「ますたぁと比べれば塵芥でしたが」

「……うんうん、そうだね」

ティノのきらきらした尊敬の眼に心が痛む。初耳であった。ゲロ吐きそう。

リィズがうまいこと言っておいたと自信たっぷりに言っていたので油断していた。後で詳しく話を聞く必要があるようだ。

詳しく聞いてもどうにかなるとは思えないが、せめて誤解は解いておきたい。このままじゃ僕は自分でやると言っておいて何もやらないクズになってしまう。

「他に何か聞いてる?」

「え……? えっと……他の宝物殿付近に研究所がないか調査を入れるとか……あ、後、帝都に拠点があるんじゃないか大規模な調査を行っているとか……まだ見つかってないらしいですが……」

……大ごとじゃないか。

予想外に大きく広がっているらしい話に眉を顰める。

何が怖いって、僕まで全く情報が入ってきていない事実が怖い。そりゃ僕が聞いても何もできないけど、一応関係はあるんだし、一応マスターなんだし、仲間はずれにしなくてもいいと思う。

「もしかしてあのラビ研の人たち逃しちゃいけなかったのか?」

そもそもラビ研ではなかったのか。……本当に魔術結社がウサギの研究してたのかよ。

どう考えても愉快な人たちじゃん。僕はどうすりゃよかったんだよ。もういいじゃん、ラビ研に改名しなよ。

だいぶ遅まきながら後悔する僕に、ティノが目を見開き、ぶんぶん首を横に振った。

「い、いえ! ますたぁにはますたぁのお考えがあるでしょうし……」

「え……いや、僕アカシャの塔とか初耳だったし……」

「……さすがますたぁ、面白い冗談です。帝都のハンターで知らない人なんていません。探協が発行してる危険組織のリストでも上位に載ってます」

帝都のハンターで知らない人がいない? つまり逆説的に――僕はハンターではない?

引退しようとしていたらいつの間にか引退していた? 完?

僕は深々とため息をつくと、とりあえず全部頭の外に放り投げることにした。

「眼中になかったなぁ。まぁ、とりあえずアイス食べてから考えるか」

「はい! ますたぁ!」

唯一の癒やしのティノが何も考えてない顔で元気よく返事をしてくれた。

エヴァがその独自のコネを使って見つけてくれたアイス屋は、甘い物についてのチェックだけは欠かさない僕すら知らない隠れた店だった。

帝都は広いし、僕は『退廃都区』に行ったりしないのでしょうがないが、甘い物マスター失格だ。実に悔しい。

そこは『退廃都区』では有名な店らしい。

ほとんど飲まず食わずでなんとか日々を過ごしている退廃都区の子どもたちに利益度外視の格安で美味しいアイスを提供しており、いつも行列が出来ているという『退廃都区』に存在するとは思えない善意の店だ。

どうやって経営しているのかとか、そもそもそんな利益度外視で提供しているアイスがいつも僕が口にしている物と比べて本当に美味しいのかとか気になる点は幾つかあるが、僕はその心意気に手放しの称賛を送りたい。

僕は常々人間の間で争いが起こる最大の理由は甘い物が足りないからだと思っていた。リィズが怒りっぽいのもきっと甘い物が嫌いなせいなのだ。そのアイス屋の行いは世界平和の第一歩と言っても過言ではないだろう。

財布に入った五十万ギールは今の僕の持つほぼ全財産である。善意の店に寄付するために持ってきた。

何を隠そう、僕もハンターを引退したら次は甘味処でもやろうと思っているのである。是非ともお話を聞きたい。

わくわくしながら歩くこと十数分。たどり着いたのは小さな店だった。

周りの建物と比べるとだいぶ小綺麗な印象で、落書きもされていない。周りには小さな子どもが何人も窺うようにその店構えを見上げている。

聞いていた話では常に行列ができているという事だったが、今日は誰も並んでいない。

ティノが目を見開き、唇を小さく開く。

「?? お休みですか? 中に人の気配はあるみたいですが……」

「おかしいな……年中無休だって聞いたんだけど……」

商品の受け渡しをするためのものなのだろう、小さな窓も灰色のカーテンで隠され内部は窺えない。

小さくクローズの札が下りているところを見ると、まだ日は高いがもう売りきれてしまったのかあるいは臨時休業にでもぶつかってしまったのか。

最近運が悪いな……日頃の行いかな?

アイス食べるだけなら店は幾つかあるが……まぁしょうがない、か。

別に潰れたわけでもないだろうし、また次の機会に来ることにしよう。

「寄付だけして他の店行くか……」

「え? 寄付するんですか?」

「する」

アイス食べられなくても、僕はその心意気を買っているのだ。留守ならそれも次の機会にするが、中に人がいるのならば問題あるまい。

そわそわしているティノの前で、小窓を数度小さくノックする。返事がないので追加で数回ノックする。

カーテンが勢いよく開き、大きな舌打ちが聞こえた。

顔を出したのは髭を蓄えた男だった。凡庸な容貌だが、その目つきはアイス屋の店員とは思えないくらい鋭い。

「ッっるっせえな。こっちはそれどころじゃねえって言ってんだろ、クソガキ共ッ――千変…………万化?」

「え?? どちら様……?」

僕の名前有名過ぎない? おかしいな……割と顔隠してるはずなのに。

しかし見覚えのない顔である。じろじろと見ているとその男の表情がさっと青ざめる。

「何故ここが――か、帰ってくれッ!」

「あ、ちょ――」

カーテンがしまり、どたばたしている音が中から聞こえる。何かをひっくり返したような音に、小さな悲鳴。

別に取って食ったりはしないよ。……僕の評判、そんなに悪いのか?

ティノがその反応に目を瞬かせて、首を傾げる。

「……お知り合いですか?」

「うーん………………最近あった覚えがあるようなないような……」

ラビ研のメンバーではない。クランのメンバーでもないだろう。僕の顔見て青ざめるなんて失礼すぎる。

しばらく眉を顰めていたが、すぐに一つ思い当たった。

「あぁ……この間、リィズが通り魔した人だ」

「……え?」

見ていたという理由で引き倒され、殺されかけていた人である。そりゃ怖がられてもしょうがないわ。

今度会ったら謝ろうと思っていたのだ。まさかアイス屋の店員だったとは……不思議な縁だな。

寄付のために持ってきた金は慰謝料になりそうである。まぁそれはそれでいいか。

追加で何度も何度もノックをしながら声をあげる。

「この間は本当にすいませんでした。謝罪したいので開けてください。あ、改めて今度リィズを連れて謝罪に来ますね。開けてくださーい!」

何度も何度もノックする。一時間ほど店の前で待機していたが、二度と返事が返ってきたり、カーテンが開くことはなかった。なんでさ……。