軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

50 正直者

「何も……知らない、だって?」

「うん。運が悪かったね。でもまあ無事だったなら良かったよ」

事情を聞き、率直な感想を述べた僕に、スヴェンが頭を抱えた。

騒がしかった一夜が明け、クランハウスのクランマスター室には『白狼の巣』の調査に関わったメインメンバーが集まっていた。

向こうで指揮を取ってくれたスヴェン達、頼りになる『黒金十字』のメンバーに、他のパーティのハンター数名。ガークさんに、その右腕のカイナさん。見覚えのある、帝国の『遺物調査院』所属の調査員の男。

クランマスター室は応接室も兼ねておりそれなりの広さがあるが、ここまで大人数が集まるとやや手狭だ。

よほど酷い目にあったのか、スヴェン達の表情には濃密な疲労が張り付いていた。

どうやら僕たちが変なゴーレムに遭遇したり巣穴から這い出てきた連中に魔法攻撃を受けたりしている間に、彼らも厄介事に巻き込まれたらしい。

もともと彼らの目的は厄介事の調査だったのでそれも依頼の内だろうが、同情くらいはしてあげてもいいだろう。

話の中では、僕が情報を隠していたとか散々な言われようだったが、そんな事言われても困る。

実際に隠していたのならば怒られてもしょうがないが、僕は本当に何も知らないのだ。

イライラしたように足を踏み鳴らす調査員を眺めながら、僕はソファの上でもったいぶってため息をついた。

レベルが8もあるせいか、僕は過剰に評価されていることが多い。文句を言われるのも慣れている。

僕は割と無能である。身体もあまり鍛えてなければ記憶力も良くない。その上、結構運が悪い。

ハンターにしては喧嘩っ早くないのだけが取り柄の男だ(そしてそれもハンターの中では長所じゃなかったりする)。

変な魔術結社が実験していた跡があったみたいな話聞かされても、それは僕の対応できる範囲外にある。

幸い死者も出なかったみたいなので、僕が気になっているのは一つだけだ。

「そのスライムっぽい 幻影(ファントム) はシトリーのポーションで溶けなかったんだよね?」

「……ああ。全くこれっぽっちも効果がなかった。ざけんな!」

スヴェンが吐き捨てるように言う。

シトリーのポーションの効果は僕が一番知っている。彼女が必殺を謳ったポーションが効かなかったという事はそれはシトリースライムではなかったのだろう。

スヴェン達を襲った恐ろしい『 幻影(ファントム) 』がちょっとスライムっぽい見た目をしていたのはただの偶然ということだ。

しかし、シトリースライムはどこにいったんだろうか……。

それまで黙って話を聞いていた、テーブルを挟んだ正面にどっしり腰を下ろしたガークさんがぴくぴく頭に青筋を立てながら言う。

口調はその悪鬼のように引きつった表情とは裏腹に穏やかだった。だが、僕の目はごまかせない。ガークさん、凄い苛立ってる。

「クライ。確かに、お前は――やる男だ。どうやって情報を手に入れてるのか知らないし、ハンターが奥の手を隠すのは当然だ。だからそれについては何も言わねえ。だが、今回見つかったアレはゼブルディアが対応すべき案件だ」

「うんうん、そうだね……」

対応すればいいんじゃないかな……。そう返したかったが、そんな返答したらきっと更に機嫌が悪くなるだろう。

危なくないことなら協力してあげたいが僕にできる事は何もない。

続いて、調査員の男――これまで何度か見覚えのある年配の調査員が腕を組み、まるで僕を親の仇か何かのように睨んで言った。

「マナ・マテリアルを用いた実験は十罪に値する。特に『幻影』関連の実験はその危険性からどこの国でも固く禁じられてる。帝国臣民は調査に協力する義務がある。クライ・アンドリヒ。情報の隠蔽は罪になる。それはレベル8でも変わらない」

「……別に隠蔽なんてしてないけど……」

「……偽証も同罪だ。こちらには嘘を見抜く宝具がある。知っての通り、その結果は絶対だ。どんな神がかった詐欺師でも誤魔化すのは不可能だ」

「……構わないよ。どうぞ?」

僕もまぁいろいろ巻き込まれてきたので、宝具による潔白の証明は何度か経験がある。

負い目がないし思い当たる節もないのだから腹を探られた所で全く痛くない。

平然としている僕に、その調査員の男は宝具を取り出すことなくがりがり髪を掻きむしった。瞼がぴくぴく痙攣している。

「…………クソッ。いい加減にしろッ! どうやって宝具の判別をすり抜けているんだッ! いつもいつも――」

そんな事言われても……。

毎度毎度、宝具が僕の正しさを証明するたびに酷い悪夢でも見たかのような表情をするのだ。嘘ついてないだけなのに……。

スヴェンや他の面々を見渡す。どうやら今回僕に味方はいないらしく、スヴェンもガークさんも皆、険しい表情だ。

大きく首を上げ後ろに控えているエヴァを見るが、どうやら彼女も味方にはなってくれないらしい。困ったような表情で首を横に振ってみせる。

どうしたものか……僕は知らないことを知らないって言ってるだけなのに……。

非常事態のようだし、嘘をつくわけにもいくまい。

困惑していると、ガークさんが深々とため息をついた。

「実験していた秘密結社は――『アカシャの塔』と予想している。お前ら『嘆きの亡霊』が追っているらしいという話を聞いた」

『アカシャの塔』? つい最近聞いた名前だ。それに『嘆きの亡霊』が追っている、だって?

一応パーティ周りのことには気を配っているのだが……初耳である。しばらく首を捻っていたが、やはりそんな事聞いた記憶はない。

「それどこ情報さ?」

「タリアがシトリーから聞いたらしい。『嘆きの亡霊の敵だ』、と。中でもノト・コクレアとソフィアという名の二人の魔導師が厄介だ、と」

後ろの方で控えていた小柄な女の子がその言葉に小さく震える。

タリアの名前は聞いたことがある。僕は面識がないが、シトリーの友達で、うちのクランでも希少な錬金術師だ。シトリーは少し排他的な人間なので友人としてちょっと心配していたのだが、友達ができたと聞いてほっとした覚えがある。

僕は軽くそちらに手を振って、少し考え、真剣な表情で言葉を待つガークさんに言った。

「ごめん、やっぱり記憶にないな……。僕が知らないってことは大した敵でもないんじゃないかな……シトリーも全部が全部僕に話しているわけじゃないし……」

「ッ……クソッ。そこまでして試練を課したいのかッ、お前はッ!」

ガークさんがテーブルを強く叩く。

なんかごめん。無能でごめん。

うちのクランのメンバーが僕のせいでひどい目に合う事を試練と揶揄しているのは知っている。

わざとじゃないんだ……わざとじゃないんだよ。こんなこと言っても説得力ないかもしれないけど、ただ運が悪いだけなんだ。

宝具の魔力が空っぽの僕にできることはもうないんだよ……。

ラビ研の人がノトを名乗っていたような気がするが、なんかもうよくわからないし、あの連中がサンドラビット研究家だという前提が崩れかねないので聞かなかったことにしておく。

ある程度のスルースキルはマスターの必須技能だ。ラビ研だろうが魔術結社だろうが好きにやればいい。

そもそもサンドラビットの巣穴に潜り込む魔術結社ってどんな魔術結社だよって話だが、それを取り締まるのはハンターの仕事ではない。

「はーい、そこまで」

と、そこで壁際に設置された本棚が小さく音を立てて開いた。

顔を出したのはリィズだ。大きく伸びをしながら出てくる。長くほっそりした手足についた靭やかな筋肉は機能美を感じさせる。

いきなり深刻そうな場面に遭遇したのに萎縮している様子はない。

リィズは集まっている面々をぐるりと眺めると、にっこり笑った。

「クライちゃんは疲れてるからぁ、後は私が聞いてあげる。こっちでも色々あったし……いいよね?」

「……ああ、全面的にリィズに任せたよ。何かあったら後で教えて」

いつものリィズは人の話を聞かないが、そういう技能を持っていないわけではない。

リィズのハンターとしての力は全てに於いて僕を上回っている。知識面でも僕よりも上だ。安心して任せられる。

僕にできることがない以上、彼女に任せたほうがいい結果になるだろう。

「はぁい。ここじゃクライちゃんの邪魔になるだろうから、下で聞くね」

「ちょっとまて、リィズ――」

「なに? ガークちゃん、私が聞いてあげるって言ってるのに、不満なの?」

声を上げかけるガークさんを、リィズが腕を組み、視線だけで牽制する。

調査員の二人は何も言わない。気の短さを知っているのだ。

だが、スヴェンはそのリィズの態度に唖然としていた。

うんうん、そうだね。いつものリィズだったらとっくにキレてるよね……。

今日のリィズはここ最近なかったくらいに機嫌がいい。

唯一の欠点である気の短さが一時的に緩和している今、リィズは攻守ともに隙はない。

「……何かあったのか?」

「ん……? んふふ……わかる?」

いつものリィズを知っている者が見れば誰だって抱く疑問だろう。

スヴェンの問いに、リィズは満面の笑みを浮かべた。

もったいぶったようにちらりと僕の方を窺うと、両手の平を絡めるように合わせて言う。

「実はねぇ…………クライちゃんが、助けてくれたのぉ。すごくない?」

「はぁ?」

「まぁ別にピンチじゃなかったけどぉ、私が手こずってるのを心配してくれてぇ……ねぇ、とっても優しくない? 惚れ直しちゃった。ねぇ?」

同意を求めるんじゃない。反応に困ってるだろ、皆。

どうやらあのゴーレムには操作者がいたらしく、解放したルシアの 重力魔法(プレッシャー) がそいつらを巻き込んで倒したらしい。

げに恐ろしきはルシアの攻撃魔法の有効範囲である。そして、更に恐ろしいのは――同じく重力魔法に巻き込まれて地を舐めたらしいリィズが欠片もその事を気にしていない事実だった。

ゴーレムの攻撃は回避できてもルシアの範囲魔法は無理だったらしい。

でれでれしながらどこか自慢げに話すリィズには居た堪れなさしか感じない。

……ごめん。邪魔しちゃってごめん。

まさかそっちまで届くなんて考えもしなかったんだ。今度はもうちょっと範囲を狭くしてもらうから許して。

「じゃあクライちゃん、また後でねぇ」

「はいはい、またねぇ」

リィズがこれみよがしにウインクして、皆をまとめて連れて行く。

いくら機嫌が良くてもジェノサイドモンスターを止めようなどというものはいないらしい。

残ったのは終始無言で報告を聞いていたエヴァだけだった。先程まで手狭だったクランマスター室が急に広く感じる。

「……よろしかったんですか?」

「んー、まーなんとかなるでしょ……今までもなんとかなってきたし」

うちのクラン僕以外、皆有能だから精神的に楽だぜ。

誰もいなくなったので早速両脚をテーブルに載せ、楽な格好でため息をつく。

足跡は圧倒的だ。たとえあのラビ研(仮)が恐るべき魔術結社で、徒党を組んで攻め込んできたとしてもなんとでもできるだろう。

僕は今回の騒動の原因がわかり、ルシアが帰ってきて宝具の魔力チャージをしてくれるまで絶対に危ないことはしないが、山場は越えた。

もうしばらく宝物殿探索のことは考えたくない。

たった一度の探索で凝り固まってしまった肩をこきこきと鳴らし、以前頼んでいたことを思い出しエヴァを振り返った。

「そういえば、前頼んでた帝都の美味しいアイス屋って探してくれた?」