作品タイトル不明
483 監獄島⑦
監獄の入口に戻ってくる。どうやら、今日は新しく収監される人はいないようで、入口付近は静まり返っていた。
通路の端っこには生きているのか死んでいるのかわからない者達が何人も座り込んでいて、ここが地獄である事を改めて理解させられる。
という事でさっさと出ていきたいのだが……ジンさんいないんだが?
というか、ジンさんどころか、他の刑務官も誰一人見かけない。僕は一体、どうしたら――。
ルシアが魔法でサポートしてくれている事がわかってちょっと余裕は取り戻せたが、心細さは消えない。顔怖い人多いからな……。
だが、ルシアが僕の様子を見ていると仮定すると、ずっと情けない表情をしているわけにもいかない。
何しろ、僕はハードボイルドな兄なんで……。
一緒についてきたジャックが周囲を見回してぼそりと言う。
「それにしても、今日は人が少ないですね。グランドのデータでは、ここにはずっと負け犬が詰めているらしいんですが……ったく、あいつのデータは役に立たねえ」
「まあそう言わずに。データは重要だよ。僕も助けられているし」
ちなみに、データを集めているのはエヴァやシトリーであり、僕は受け取っているだけだ。
しかも、僕の方に来た時には報告としてまとめられているので、僕はデータを見て頷くだけなのであった。
ジャックがまるで懇願するかのように言う。
「ちょっと助けてやってはくれませんか。グランドがどれだけ人数集められるかにかかってるんだ」
グランドは朝食の後に傘下を集めるとかでどこかに行っていた。止める間もなかった。
助けてくれと言われても僕には何もできないし、何なら人数を集められたら困る。
何故、皆、平和主義の僕を旗頭にしようとするのか。
僕はいつもやってるようにはぐらかした。
「まあまあ、もうちょっと信じてあげようよ。いざとなったら助けてあげるから」
「………………ああ、わかりやした。ですが、約束ですよ?」
適当だと思うじゃん? 実はこの手で僕は五年やってきている。
ジンさんが迎えにきそうな気配もないし、途方にくれていると、後ろから声がかかる。
「!? て、てめえ、《千変万化》!? 何故ここに??」
「…………どなた?」
「おお、俺達、ドンタンファミリーをを、わ、忘れたとは言わせねえぞ! おお、俺達はてめえのせいでここに入れられたんだ!!」
小柄なガラの悪い五人組だ。名乗りを上げられても全く記憶にない。
だが、会った事がない人という可能性は低いだろう。興味なさすぎであった。
「ひひ……もう、てめえはおしめえよッ! あの空尾さんがガチギレしてるんだからなッ!」
「?? 《千変万化》さん、こいつらは――」
「ちょっと待って……今思い出すから」
僕がハンターになって五年余り、そろそろ丸六年である。その間、《嘆きの亡霊》が賊と戦わなかった年はなく、僕が賊と戦った年もまたなかった。
僕の顔を知っている以上は間違いなく僕とは会っているのだろうけど、もうちょっとインパクトを出してもらわないと全く覚えていない。つらい事は記憶しないのが人生楽しく生きるコツなのだ。
先頭に立った男がこちらに指を突きつけて言う。
「おお俺達は、記憶するまでもないってのか!? おら、もう一度打ってみろよ、あのさらさらをッ!」
「あ、コードで会ったさらさらの人達!」
「!?」
僕のハンター人生でさらさらが初登場したのは今年になってからである。
僕をサヤのさらさらが守っていたのはごく短期間だったのでさすがに覚えていた。
いや、覚えていなかったんだけど。
「良かった」
「何も良くねえよッ!」
震え声で抗議するさらさらの人達。
もうちょっと頭を使って生きていかねばと考える次第です。
と、その時、さらさらの人達の後ろから更にガラの悪い大男が歩いてきた。
「おい、邪魔だ」
身の丈二メートルを超える巨漢だ。その辺にいる有象無象の賊とは明らかに違う尋常ではない目つき――。
大男が軽く手を振るう。それだけで、さらさらの人達の内の一人が撥ね飛ばされ、壁に激突する。
受け身も何もあったもんじゃない。突然の乱入者にさらさらの人達が絶句していた。
床にずり落ちピクリともしないさらさらの人。大男が、そちらに視線をちらりとも向けずに、僕だけを見て言う。
「《千変万化》。久し、ぶり、だなッ」
「……《千変万化》さん、こいつは――」
「……ちょっと待って、今思い出すから」
人相の悪い大男、か。ハンターや賊は体格がいい者も多いし悪人面の者も多いので、結構ありがちな特徴である。
全く記憶にない。せめて武器とか何か持っていたら思い出せたかもしれないのに。
「……まず味方かどうかからだな」
「………………………………」
大男が引きつった表情のまま、無言で背を向ける。
そこには、色とりどりのアマガエルが何匹もへばりついていた。
「……………カエルが好きなの?」
「………………」
大男が黙ったまま、殺意の込められた眼差しを向けてくる。無言の圧力はやめて。
カエル……カエル、か。アマガエルを引っ付けているだけならただのカエル好きの可能性もあるけど、カラフルなアマガエルだからなあ。もしかして、アマガエル研究会の方ですか?
ルシアがカエル化の魔法を初めて僕に見せたのは今年に入ってからだ。しかも、カエルの種類がヒキガエルではなくアマガエルなので……………………うーん?
もしかしてこの男、ルシアに仲間をカエルにされただけで僕と顔をあわせた事はないのでは?
《嘆きの亡霊》は僕がいない間も着々と依頼を達成したり宝物殿を探索したり賊を捕縛したりしているのだ。僕と会った事がない、逆恨みの可能性は割とあると思う。
僕は目を閉じしばらく目頭を揉むと、大男を見て言った。
「あー、君かぁ。覚えてる覚えてる、冗談だよ。その後どう?」
「ぐッ…………その後、どう、だと!?」
誤魔化せそうにないかな?
監獄島に収監されているという事は、少なくとも相当な悪人だろう。
ジャックの顔も引きつっている。でもほら、それやったの、僕じゃなくてルシアだから……。
大柄な方が至近距離から僕を見下ろしてくる。威圧感が半端ではない。
「っざけるなよ。貴様のせいで、俺の部下達はあれ以来ずっとカエルのままだ。どう落とし前つけてくれる?」
いや、そんな事言われましても……。
ジャックの方を見る。僕に戦士の力量を見る目はないが……なんかこの人、ジャックよりも強そうだな。
だが、とりあえずすぐに襲ってきたりはしないようだ。珍しいタイプである。
果たしてどう落とし前をつけて欲しいのか……土下座して欲しいならするけど。
目をしばたたかせる僕に、謎の大男はぼきぼきと拳を慣らして言う。
「このカエルの戻し方――吐いてもらうぞ。素直に教えれば、今回だけは、見逃してやる」
「あぁ? てめえ、多少はやるみたいだが、《千変万化》さんに勝てると思って――」
「え? そんな事でいいの? 別に教えて上げてもいいけど」
「なんだと!?」
むしろ逆に今までカエルに変身したままなのが信じられないんだけど……ルシアは本当に優秀だなあ。
この人が誰なのかはわからないけど、幸い戻す方法の方は覚えている。インパクトがあったからだ。
僕はこちらを見下ろす大男に人差し指を立てて言った。
「元に戻すには、殺せばいいんだよ。理屈はわからないけど」
「!? 殺す……だと?」
まぁ、そうなるよね。
だが。何を言われても僕が知っているカエルを元に戻す方法はそれだけだ。理屈についてもルシアが話していたが、忘れてしまった。
「ッ……《千変万化》、この俺が、そんな馬鹿げた嘘に――」
「いや、嘘じゃないけど…………」
殺してみれば僕の言葉が正しい事はすぐに分かるんだが……まぁ、普通に考えたら試せないよね。
今にも血管が切れそうなくらいに額に青筋を浮かせている男に、ジャックがにやりと笑みを浮かべて自信満々に言う。
「おう、その辺にしとけや、バレルの頭領さんよ。《絶氷》が近づくことすらできねえ男に、勝てると思ってんのか? あぁ?」
「ッ……………………」
大男が思い切り壁に拳を叩きつける。
反響する重い音。金属製の壁には小さなひびが入っていた。
金属製の壁に僅かながら傷をつけるなんて――僕だったら絶対に手が痛くなっている。
ジャックがバレルの頭領と呼んだその男は僕を今にも食い殺しそうな野蛮な眼で睨みつけると、肩を怒らせ通路の向こうに消えて行った。
ドンタンファミリーを名乗った男達も慌てたように早足で逃げていく。
散々怒らせてしまったが、どうやら助かったらしい。よかった。
「あの人、知り合い?」
「昨晩襲ってきた《絶氷》が連れていた奴ですよ! グランドによると、バレル盗賊団と呼ばれた名うての盗賊団のトップだとか。本当に知らないんですか!?」
「んー……知らないなあ」
ほら、悪人って大きい人多いから。
そもそも、盗賊団なんてこちとら、これまで星の数ほど戦ってきているのだ。戦いすぎてゼブルディアの盗賊団の被害が減ったくらいである。
いちいち覚えてなんていられないし、何ならルーク達は僕の知らないところでも戦っているだろう。
「…………どうしようも、なさそうですね。ていうか、《千変万化》さん、敵を作りすぎですぜ。何とか蛇や狐の傘下からこっちに引き込めればと思っていたんですが――」
「そんな事言われてもねえ……僕は敵対する気もないんだけどね」
てか、引き込むって何? 僕はさっさと外に出たいだけなんだが?
ジャックがしおらしい表情で続ける。
「なんとか、バレルだけでも取り込めれば――あいつに、カエルから人間へ戻す方法を教えてやってはくれねえでしょうか? 昨晩のあれで《千変万化》さんの力はわかったが、使える人数が多ければ脱獄にも近づく。バレルがこっちに付けばこっちにつく連中も増えるはずだ。そうでしょう?」
いやいやいや……もはやツッコミどころが多すぎてどこから突っ込めばいいのかわからない。
その意見には言うまでもなく問題しかなかった。
目的も手段も何もかもがこれでもかと言わんばかりに僕に合っていない。
なんで僕が蛇や狐の傘下を引き込まなくてはならないのだ。
それに、申し訳ないが、僕はただの見学者なんだ。脱獄なんてしなくても出してもらえるはずだし、仮に脱獄できたとしても脱獄したりはしない。誤解されてしまう。
そもそもあのバレル? の問いかけにも、僕は真実しか言っていないのだが、信じてくれる様子もない。
そんなに僕の言葉、嘘っぽいかな……。
とりあえずジャックの言葉に同意するのはまずい。だが、同意しないのもまずい。
後少しなのだ。後少しで、ジンさんも戻ってくるはずなのだ。
「…………君の意見はわかった。ちょっとのんびり考えてみようじゃないか」
「ッ…………はい」
歯を食いしばり、声を出すジャック。だが、その目は僕の言葉に全く納得していなかった。
周囲を見ると、犯罪者達が遠巻きにこちらを睨んでいるのがわかる。なんか久々にゲロ吐きそうな気分になってきた。
ジンさん、早く出してくれないと僕が脱獄の旗頭になってしまうよ。