軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

482 決定

「………………今、なんと言った?」

空尾は剣尾の言葉に、耳を疑った。

手に負えない重犯罪者のみが収監されるイーストシール監獄島。ここには並みの刑務所では収監できないマナ・マテリアルを持った賊や、影響力という意味で収監リスクが高すぎる巨大組織の構成員などが送られてくる。

コードでレベル8の二人により捕らえられた秘密組織『九尾の影狐』のボスである空尾と剣尾が収監されたのは一月程前の事。この一月で、最初数える程しかいなかった狐の勢力は監獄を二分するほどにまで膨れ上がっていた。

現在、この監獄内に、『九尾の影狐』を――空尾と剣尾を知らぬ者はいない。

秘密組織としてはあるまじき事態だが、仕方ない事だ。未だ、この監獄を脱出する手立てを得られていないのだから。

「《千変万化》が、この監獄に収監された、と言ったのよ。蛇が食料を奪われ、報復に動こうとして失敗したから、信憑性はあるんじゃない?」

蛇――『八岐の大蛇』は狐と方向性こそ違うものの、巨大な組織だ。特にその戦闘員の層の厚さは狐にも引けを取らない。

そもそも、脱獄なんて簡単だったはずのところを邪魔してきたのは蛇の上級戦闘員である。収監直後に喧嘩を売ってきた蛇と交戦した結果、空尾達は大きく消耗し、脱獄不可能になってしまったのだ。

今でも腸が煮えくり返る思いだったが、今はとりあえず置いておく。

本当に《千変万化》がやってきたとしたら、蛇よりも《千変万化》の方が百倍厄介だし、恨みもある。

何しろ、武帝祭とコードで二回、空尾はその男に敗北しているのだ。

ゼブルディアが、『九尾の影狐』のボスを二人も捕らえた男を監獄島に送って来るとは思えない。

帝国は法治国家であると同時に、皇帝が全権を有しており、現皇帝であるラドリック・アトルム・ゼブルディアは敏腕だ。仮に他国が《千変万化》を捕らえ監獄島に送ろうとしても拒否するだろう。

「何かの策か? また我々を妨害しようというのか?」

あるいは、武帝祭での《千変万化》の所業――『大地の鍵』を使い世界が滅びかけたのが実は《千変万化》の仕業だったという事が露呈したのか?

それならば納得だが…………今更真実が知られたところで、空尾にとって何の慰めにもならない。

それどころか、タイミングは最悪だ。あの男は間違いなく空尾にとって疫病神である。

眉を顰める空尾に、剣尾が肩を竦めて言った。

「いや、普通に十罪に触れたみたいよ。外からの情報によると、帝都と宝物殿を融合させたらしいわ」

「…………は? …………冗談か?」

「真実よ。実際に帝都は大騒ぎだったらしいし」

帝都と宝物殿を融合???

馬鹿なのか? あの男は馬鹿なのか? そもそもどうやって、そして、どうしてそんな事を?

まったく……まったく理解できない。本格的に頭が痛くなってきた。

「なんでも帝都の民に千の試練だとか。これでもここに来たのが策だと思う?」

「………………」

どう考えても、《千変万化》のしでかした事の方が狐の所業よりも問題である。

これまで立てた功績が全て吹っ飛ぶレベルでの大罪人だ。むしろ極刑じゃなかっただけ、ゼブルディアは配慮している。

吐き気がしてきた。あの男、空尾にとってだけでなく誰にとっても疫病神なのか?

もしも宝物殿と帝都の融合とやらが《千変万化》の策だとしても、許されるなど万に一つもありえない。『大地の鍵』を無理やり起動しようとした時と同じくらいイカれている。

もしかして、今回も空尾の立ち位置にある人間はいたのだろうか?

そして、《千変万化》の所業を止められなかった?

馬鹿げた推測だが、空尾が体験したあの男の手口から考えれば十分ありえる話だ。

剣尾が首をこきこきと鳴らして言う。

「で、どうする? 思惑はどうあれ、《千変万化》がたった一人でこの監獄島に来ているのは確かよ。そして、ここには彼に恨みを抱いている者は大勢いる。ふふ……私は別に、恨みはないけど」

「……どうする、とは?」

この監獄に収監されておよそ一月、狐は蛇に所属していなかった犯罪者達を取り込み、大きな勢力になった。全てはこの厄介な監獄を脱出するためだ。

そして、蛇も同じ事を考え、計画を練っている。

蛇と狐は反目しあっている。蛇が先にこの監獄の脱出に成功したら、あらゆる手を使って空尾達の脱出を妨害してくるはずだ。

だから、空尾達はなんとしてでも蛇よりも先にここをでなければならない。

「青蛇達が監獄から脱出したら厄介ね。組織の立て直しが成されたら、うちからも離反者が出るかも」

『八岐の大蛇』の頭が全て捕縛され組織が崩壊したあの日、狐は元蛇に所属していた実力ある戦闘員達を拾い上げ、配下に加えた。だが、彼らが従っているのは蛇の組織が崩壊したからであり、組織が再建すれば狐を抜けようとする者は間違いなく出る。

そして、組織の再建はありえない話ではなかった。

『八岐の大蛇』で捕縛されたのは最高幹部と一部の上級戦闘員だけで、資産や人材の大部分はそのままなのだ。組織がまだ崩壊したままなのは、狐が妨害工作しているからに過ぎない。

青蛇達が外に出れば、狐がこれまでやってきた事が全て無駄になる。それどころか、あの脳筋共は狐に反発してくる事だろう。

今の狐は空尾と剣尾が捕らえられ、予てからの計画だったコードの取り込みにも失敗し、かなり揺らいでいる。

空尾は眉を顰めて、剣尾に言う。

「……何が、言いたい? 単刀直入に言え」

「つまり……私達には二つの選択肢があるって事よ。一つは、《千変万化》を消す事。もう一つは――《千変万化》を仲間に引き入れてその力を借りてこの監獄を脱出する事」

空尾は刹那の思考も挟まずに即答した。

「ありえんな。あの男を仲間にするなど、絶対にありえんッ!」

《千変万化》が空尾にどれだけの苦痛を与えてきたか。

全ては、あの男の仕業だ。あの男が出てきてから空尾の予てからの計画は瓦解し、組織の力は大きく削がれ、あまつさえ裏切り者として追われる屈辱を味わった。剣尾は説得できたが、他のボス達はまだ空尾を裏切り者だと思っているだろう。

そんな状態で…………あの男を、仲間に引き入れる?

「落ち着きなさい。ふふ……貴方は怒りで我を見失うタイプではないでしょう。《千変万化》の謀略が空尾を上回るものならば尚更、あの男の力は私達にとって必要になる。先に蛇に取られたら厄介よ」

確かに……確かに、その通りだ。

蛇は作戦を立てて行動する能力こそ低いが、空尾と剣尾が揃った状態でも全滅させられない程度の力を持っている。

兵隊の数だって狐より多い。蛇にとって策謀を駆使する《千変万化》は欠けた最後のピースになり得る。

そうなれば、蛇は監獄脱出に大きく近づくだろう。

「だが、ありえんな。あの男は疫病神だ、絶対に組まん」

帝都を宝物殿と融合させるなど、何をすればそんな真似ができるのかは想像もつかない。

しかし、少なくとも武帝祭で打ってきた手は、あらゆる意味で最悪だった。あの手と比べれば《嘆きの亡霊》が持っている悪評など可愛いものだ。

「ふふふ……わかったわ。それなら、あの男は消す。それでいいのね?」

「そうだな……いや、待て」

あの男の作戦はめちゃくちゃだ。だが同時に、その全てが空尾の想像を超えてきた。

あの男は邪魔だ、パーティやクランのメンバーの守りがいないこの状況で消すのはタイミング的にも最善なのは間違いない。消すのは早ければ早い方がいい。それも間違いない。

だが、改めて一度冷静になって考えると、それはあの男からすれば余りにも読みやすい手ではないだろうか?

「どうするの?」

あの男は自分が空尾にどう評価されているのか理解しているはず……存在が知られれば、仲間にするなど考えずに殺しにかかってくる事も想像できるはずだ。

そして、空尾が一番嫌がる手を打つ。《千変万化》という男にはそれだけの信頼があった。

空尾は今、この土地に蝕まれ、監獄から脱出できないレベルで消耗している。

純粋な戦闘員で剣士の剣尾については空尾程力の低下はないが、そもそも武器がないため全力を出せない状況だ。

となると、考えうる最悪は――。

数秒考えを巡らせる。

あの男の取りうる手、それを知った時に空尾が最悪の気分になるであろう手を。

そして、空尾は、以前の自分ならば絶対に出さないであろう判断を下した。

「………………蛇と組むぞ」

「なんですって!?」

いつも余裕を崩さない剣尾が目を見開き、素っ頓狂な声を上げる。

『九尾の影狐』と『八岐の大蛇』では何もかもが違う。互いに反目し合っている両組織が組むなど本来ならば絶対にありえない事だ。

だが、だからこそ――あの男の裏をかける。

「全て読めた。《千変万化》は既に――蛇と誓いの盃を交わそうとしている。だから、我々はその先を行く」

誓いの盃というのは、蛇が強固な協力関係を結ぶ相手と交わす儀式の事だ。蛇のメンバーにとって誓いの盃を交わした相手は兄弟と同義であり、盃を交わした相手を絶対に見捨てない。

仮に誓いの盃を交わした《千変万化》を空尾達が襲ったとしたら、蛇の連中は消耗を考慮せずに兵隊を総動員させてでも《千変万化》を守り抜こうとするだろう。そして、全力の蛇とぶつかれば、空尾も剣尾も、そしてもちろん蛇側の上級戦闘員も、タダでは済まない。

最終的に得をするのは、《千変万化》。

これが――最悪のシナリオだ。

「でも、蛇は食料を奪われていて、報復にも失敗しているのよ?」

「だから、今ならばまだ盃は交わしていない。今すぐに動けば、手を組める。腹立たしい話だが、これしかない」

痛み分けだ。蛇と狐が手を組めば《千変万化》を潰すのは容易だが、代償として、互いに互いの脱獄を邪魔できなくなる。これは、大きなリスクだ。

他の狐のボスが知ったら、空尾は糾弾されるだろう。

だが、あの男の思惑を打ち砕くにはこれしかないのだ。

これならば、少なくともあの《千変万化》は消せるし、この監獄から出ていくために立てた空尾の計画もうまくいく。

そもそも、この監獄島から脱出する一番手っ取り早い方法は、何とかしてマナ・マテリアルを集める事だ。蛇も空尾達と似たような計画を練っているはずだ。

もっとも、恐らく空尾達の方が計画は進んでいるだろうが――背に腹は代えられない。

剣尾はしばらく黙っていたが、小さくため息をつき、肩を竦めて言った。

「…………いいわ。余り面白みのない作戦ではあるけど、私は貴方に借りがある。貴方を裏切り者だと勘違いした借りがね」

「それでいい。ようやく奴に、狐を舐めた代償を払わせてやれる」

剣尾は生粋の戦士だ。戦闘は剣尾に取って仕事であり、趣味であり、快楽でもある。

蛇との激戦で消耗してからは停戦状態を保つように言っていたが、蛇と手を組めば蛇の上級戦闘員と戦う事もなくなる。これは剣尾にとって楽しみを奪われたようなものだろう。

だが、賛同は勝ち取った。空尾を裏切り者に見せかけたのは《千変万化》の策だ。

全てはあの男の自業自得、因果応報だ。

脳裏に浮かぶ武帝祭から――いや、皇帝暗殺計画から始まった数々の腹立たしい敗北。

空尾は拳を握りしめ、《千変万化》のアホ面を脳裏に浮かべると、吐き捨てるように宣言した。

「全ての因縁を断ち切る。《千変万化》を血祭りにあげ、我らが神への供物にしてやる」