軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

463 暇つぶし④

うーん…………宝具が見つからないなあ。

スマホからの指示に従い宝物殿を歩き始めてからどれだけの時間が経ったか。僕は半ばうんざりしながら闇の中を歩いていた。

宝物殿はスマホに書いてあった情報の通り、安全のようだった。

暗くて物々しい雰囲気が漂っているが、少なくとも幻影はいない。だが、同時に、宝具も見つからなかった。

もしかしたら条件を満たさないと宝具が手に入らないかもしれない。そう思い、スマホからやってくる指示に従ってはみたものの、何も変わらない。

まぁ、やらされている事はボタンを押すだとか、鍵を開けるだとか、レバーを引くだとか、御札を剥がすだとかその程度なので別に構わないんだけど、ちょっと眠くなってきた。

時間が時間だからな……さっさと宝具を手に入れて帰るつもりだったんだけど……休憩入れながらでも疲れるのは疲れるのだ。

宝物殿は様々なエリアに分かれているようだった。こんな変わった宝物殿を見るのは初めてだ。

一人で宝物殿を歩くなど滅多にない事なので、貴重な経験ではある。

そこで、スマホから声が聞こえてくる

『私、メアリー。そこにある、開けてはいけない古井戸の蓋の御札を剥がして開けてほしいの』

「あーい」

僕は突然現れた古びた井戸に近づき、指示通りに蓋にベタベタ貼ってあった御札を剥がし、蓋を開けた。

中を覗くが、真っ暗で何も見えない。

『私、メアリー。開けてはいけないの意味、わかってるの?』

「そりゃもちろんだよ。開けてはいけないってのは、開けちゃダメってことだ」

でもほら……開けて欲しいって言ってるのはそっちだし。

『私、メアリー。もう貴方は二十もタブースイッチを押したの』

ようやくか……タブースイッチが何なのかはわからないけど。

僕はため息をついて、メアリーさんに話しかけた。

「賞品とかある?」

『私、メアリー。……何を言ってるのかわからないの』

「なんでわからないのさ……僕も睡眠時間を削って来てるんだよ?」

『私、メアリー。なんだかレディだけでなくて、私も頭が痛くなってきたの』

なんでさ……指示を聞いたんだから何かお礼があって当然では? ほら、僕が望む宝具とかさ……。

しかしなんか疲れたな……ため息をつき、壁にもたれ掛かる。

と、その時――後ろでがこんと音がした。慌てて身体を離す。

『私、メアリー。そ、そこは、隠し部屋なのッ!』

焦ったようなメアリーさんの声。

先程まで何の変哲もない壁だった場所には入口が開いていた。

これまで歩いてきた場所とは明らかに雰囲気が違う。

なんか嫌な予感がする。経験上、僕が見つけてしまうのは大抵ろくでもないものばかりなのだ。

だが、今回ばかりは、入らないという手はないだろう。だってこの宝物殿、幻影いないし……もしかしたら宝具があるかもしれない。

慎重に中に入る。階段を下ること数秒、その先にあったのは――白い金属製の部屋だった。

部屋の中はシンプルで、中央にはテーブル、奥には古びた祭壇のようなものがある。

明らかに雰囲気が違っていた。これまで歩いてきた場所は暗くぼろぼろな所ばかりだったが、ここは明るい。

そしてなんだか――先鋭的だ。少しだけコードの建物を思いだす。

『私、メア――』

「もしもし? よく聞こえないよ」

『私――リー。そ――ボタ――絶対に押しちゃ駄目――――』

ノイズが走り、いいところでぶちりと通話が切れる。

僕はスマホを確認して頭を掻いた。

しまった……チャージ切れだ。ルシアにチャージしてもらったばかりだったのだが、さすがに何時間も連続で通話した上にライトまでつけていたのでエネルギーが切れてしまったのだろう。

さて、どうしたものか。部屋にあるものを再度確認する。

まずは中央の箱型テーブル。

上には台座に乗った王冠が置かれており、その前にはボタンが設置されている。

奥には祭壇のようなものがあり、その上には、鈍く輝く彫像のようなものが設置されている。

僕は腕を組みうんうんと頷くと、ハードボイルドな笑みを浮かべた。

なるほど、謎解きか。

なるほど…………なるほどね?

§ § §

追いかけてくるルシアから必死で逃げる。

ルシアの移動速度は数時間前の比ではなかった。凍りついた床を魔法で加速しながら滑ってくる。

宝物殿の中で、このレディが全速力で飛んで逃げているのに振り切れない。それどころか、ルシアはほとんど魔力も体力も使っていないだろう。

このままでは先に力尽きるのは自分だ。

転移で逃げたいがそれもできなかった。魔法でマーカーをつけられたからだ。

転移して逃げても間違いなく追ってくる。声をあげることなく無表情で追いかけてくるルシアには、そう確信させるような凄みがあった。

追い出すのも無理だ。この宝物殿でできるのは神隠し、追い出すのは本来の機能ではない。

本人が出ていくのを望んでいるならともかく、ルシアにその意思はない。

どうしたらいいか、極度の混乱と恐怖の中にいるレディに、メアリーが合流する。

「私、メアリー。まずいの! クライが祭壇の間を見つけたの!」

「!? なんで!?」

祭壇の間とは、この宝物殿の最奥である。

別にレディたちにとって守るべき部屋というわけでもないが、この広大な宝物殿で小さな部屋を見つけるのは相当難しいはずだ。

「私、メアリー。説明しようとしたら電話が切れてしまったの! チャージ切れなの!」

「えぇ……」

「私、メアリー。でもボタンを押してはいけないって言えたの!」

祭壇の間にあるのは、星神の彫像と、冠。そして一つのボタンである。

彫像と冠はタブースイッチだ。テーブルの上の冠をその彫像の頭に被せることで、星神が手ずから残した幻影が蘇る。

そして、それは世界に侵攻するための準備だった。

だが、より重要なのは、テーブルに設置されてあるボタンの方だ。

それはこれまでのタブースイッチのように、封印された幻影を復活させるボタンではない。

「あれを押しちゃうと、世界が融合しちゃうの。早すぎるの!」

それは、この宝物殿と表の世界をつなげるためのボタンである。

本来ならば恐怖を十分に集め、星神が帰ってきた後に押される予定のものだ。

あれが押された瞬間、別次元に存在しているこの宝物殿と帝都ゼブルディアは融合する。

【星神の箱庭】と表の世界は自在に行き来が可能になり、現在は噂に乗じて外に出る事しかできない幻影達も自由に表の世界を闊歩できるようになる。

まだボタンを押していないのは、まだその時ではなかったからだ。

星神も戻ってきていないし、恐怖の収拾も未だ半ば。片や人間にとっても、幻影が表に現れるようになるあのボタンは災厄そのものだろう。

つまり、それは簡単に言うと、押しても誰も得をしないボタンであった。

逃げながら必死に思考を巡らせる。

とりあえず、メアリーが警告したのならばさすがにあの男でもボタンを押しはしないだろう。冠の方はまあ、被せてしまっても構わないというか、むしろ好都合だ。

神が力を込めて生み出した幻影が復活すれば、形勢は一気に逆転する。

彫像はいかにも冠を被せるようにできているので、仮にもハンターならば冠を被せる可能性は低くはない。これまでのように被せるなとか書いてないし……。

とりあえず、逃げるのに必死で確認する余裕もなかったクライの居場所がわかったのは朗報だ。

ルシアを誘導する。クライの元にたどり着ければ、ルシアの怒りも収まるはずだ。

このままでは宝物殿が丸ごと氷漬けになってしまう。

レディは必死に自分を奮い立たせると、無言で少しずつ距離を縮めてくるルシアを確認し、最後の力を振り絞って速度をあげた。

「お姉ちゃん! お兄ちゃんはこっちよ!!」

§ § §

「なるほどなるほどなるほど、これは興味深い」

僕はうんうん頷きながら、静かに輝く冠を眺めていた。

僕は弱いが、これでもトレジャーハンターだ。遺跡やギミックに興味がないと言えば嘘になる。ただ安全の方に重きを置いているだけで、安全な宝物殿ならばじっくり調べるのも吝かではない。

隠された入口から階段で下る事数秒、そこにあったのは非常に興味深い隠し部屋だった。

天を仰ぐ彫像に、銀の冠。そして、大きな赤いボタン。

この三つのものが示す真実とは果たして?

そして、メアリーさんからの途切れ途切れの電話。

僕のトレジャーハンターとしての血が騒ぐ。

じっくり悩みたいところだが、この宝物殿に入ってからもうけっこうな時間が経っている。さっさと戻らなければ、朝になってしまう。

「まぁとりあえず冠は取るよね。トレジャーハンターだし……」

自分に言い聞かせながら台座から冠を持ち上げる。冠は軽かった。

くるくると回転させ確認するが、模様が刻まれているくらいで特筆すべきものはない。

ふむふむなるほど……これが宝具かな? 僕が望んでいるものではなさそうだけど。

僕はそこでこれみよがしと設置されている彫像を見た。人型をした奇妙な彫像だ。頭のところにちょうど溝がある。この冠がぴたりと入りそうな溝が。

うんうん頷く。馬鹿でもわかる簡単なギミックだ。全く、この宝物殿は僕を馬鹿にしている。

どうせこの冠をあの彫像に被せればいいんだろう?

……………………ううううううううううん。

僕は悩みに悩んだ結果、冠を自分の頭に被せた。

いや、わかるよ? この冠をあの像に被せればいいって事はわかる。何らかのギミックが発動しそうと言うのもわかる。

でもさ……それだと僕の手元に残るものが少なすぎる。

僕は宝具を手に入れるために来たんだよ。この冠が宝具かどうかはわからない。だが、被せるのはこの冠が宝具かどうか確かめてからでもいいはずだ。

これは僕が見つけたから僕の物。宝物殿ってのはそういうルールなのだ。

トレジャーハンター失格という単語が脳裏に浮かぶ。だが、正直僕はとっくにトレジャーハンター失格なのであった。

それにほら、メアリーさんも冠をかぶせろとは言っていなかったよ。スマホのチャージ切れたからあの後言うつもりだったのかもしれないけど……。

散々論理武装し、一息つく。

後はこのボタンかぁ…………そんな事を考えたその時、ふと入口から冷たい空気が吹き込んできた。

「あ、ルシア」

階段を転がり落ちるように入ってきたのは、見紛うはずもない、ルシアだった。

荒い呼吸に蒼白の肌。鋭い眼差し。

尋常ではない様子だ。その目が僕を見て、大きく見開かれた。

これは、何か言わないと怒られるパターンだ。

僕は咄嗟にルシアに話しかけた。

「えっと…………どうしたの、こんな夜に? 奇遇だね」

「ッ!? そ、それはぁ、こっちのセリフだあああああああああッ!」

冷気が押し寄せ、壁や床に霜が下りる。今回別に快適でもなかった僕は思わずくしゃみをした。

ダメージにならない程度の冷気攻撃は結界指でも対処できない数少ない攻撃の一つだ。

「そ、そりゃもちろん、ほら…………そうだ! 宝具を探していたんだよ! とてもいい情報を見つけてね。後で教えてあげよっか?」

「ッ…………私が、どうしてここにいるのか、わかってますか? 兄さん?」

押し殺すような声。冷静に考えてみれば、その通りである。

この【異次元の宝物庫】に入るにはスマホに送られてくるメールから得られる情報が必要だ。彼女がここにいるという事は、きっと僕の残したメモを見てやってきたという事で――。

そこで、僕はルシアの少しだけ赤みを取り戻した顔を見て、目を瞬かせた。

「あれ? もしかして心配かけた?」

「…………馬鹿ですか?」

「い、いや、大丈夫だよ、この宝物殿は安全だから。幻影も出ないってわかってたし……」

「………………」

ルシアが無言でぷるぷる震えている。まいったな……。

言い訳させてもらうが、別に心配をかけるつもりなどなかった。僕はさっさと宝具を手に入れてさっさと戻るつもりだったのだ。

まさかこんなに長い事宝具が手に入らないなんて…………つまり、全ては僕に電話をくれたあのメアリーが悪い。

ルシアがやってきた以上、僕の小さな冒険は終わりである。これ以上心配はかけたくないし、そろそろ眠くなってきたところだ。

しかし宝具、欲しかったなぁ……。

「いや、悪かったよ。もうここでやることは全て終わったから、さっさと帰ろう。ルシアは優しいなあ」

「ッ…………このッ…………」

ようやくちょっと調子を取り戻した様子のルシア。

昔から僕はルシアには絶対勝てないのであった。何しろ、物心ついた頃からお世話をしている(最近はお世話されている)のだから。

にこにこしている僕に、ルシアは諦めたようにため息をついた。

「はぁ…………そうですね。少しだけ、取り乱しました。色々聞きたいことも沢山、たっくさんありますが、皆も心配しているだろうし、早く帰りましょう」

聞きたい事か……僕は特に話したい事はないかな。

この宝物殿には確かに幻影はでなかったが、宝具もなかった。総合すると完全に探索し損である。まぁ、わくわくはできたけど。

ルシアが入口に向かう。

それについていこうとしたところで、僕はそこで、一つだけ忘れていた事を思い出した。

ちゃんと思い出すなんて今日の僕は冴えてる。

そして、僕は笑みを浮かべながら、テーブルに設置されていたボタンをぽちっと押した。

世界が震えた。ルシアがこちらをばっと振り向き、詰め寄ってくる。

引きつった顔。

「!??? 兄さん、今、何した!?」

「え? ボタンを押しただけだけど?」

「なんで!? なんで押したの!?」

「いや、メアリーさんから絶対に押さないでって言われたから――」

「押さないでって言われていたのになんで押したあああああああああ!!」

ルシアが肩を掴んでがたがたと揺らしてくる。

「ちが、ルシア、聞いてッ! 僕は、ここまで、メアリーさんから、似たような、事を、散々、言われた、んだ。ほら、このスマホで――」

言い訳をさせてもらうと、僕はここにくるまで似たような事を散々やらされてたんだよ。

押しちゃいけないボタンを押せと言われたし、剥がしちゃいけない御札も剥がしたし、開けちゃいけない井戸も開けた。そりゃ最後のボタンだって押す。

「そもそも、その相手幻影でしょおおおお? 幻影の言う事を聞くなあああああああ! もお、もお、もお、もお、もおおおおおお!」

ルシアが叫ぶ。久々の大絶叫に耳がきーんとなる。

そして、世界が音を立てて切り替わった。