軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

448 さらさら③

一体あれは……何?

薄ぼんやりとした青い灯りの照らす廊下で、それは予想外の状況に困惑していた。

その原因は、先程表の世界で発見した奇妙な存在だ。

闇そのものを捏ねて作ったような漆黒の人型。

正体もどこからきたのかもわからない、その異形は、確実にそれを認識していた。

かつて帝都のあった場所に存在していた【星神殿】。その跡に顕現した【星神の箱庭】の幻影である自分――咽び泣くレディを。

本来、レディは一定の条件を満たさない限り宝物殿の外では見えないはずだ。それは、【星神の箱庭】が現実世界と重なり合うように存在している特殊な宝物殿だからであり、宝物殿それ自体の有する特性と言える。

だが、あの異形は確かに自分を認識していた。

しかも、一体ではなかった。人混みに紛れるようにして数え切れない程存在していた。

そして、あれほど大勢いた通行人がその存在に気づいていなかった。レディがこの帝都に顕現して長い年月が経つが、初めて見る光景だ。

一瞬、あの怪物もそれと同じように【星神の箱庭】に顕現した幻影なのかとも考えたが、違う。気配が違うのだ。あれは、幻影ではない。

ひんやりした空気に満ちる誰もいない廊下で、本来乱れる事などありえなかった呼吸を整える。

レディは恐怖の化身だ。数多の人間を恐怖の沼に引きずり込み、人間の弱点を探るために発生した。

自分が脅かされる事などあるわけがない。あっていい訳がない。

もう一つ、気になる事がある。レディを視認していた人間がいた事だ。黒髪で赤い目をした、深淵のような暗く深いマナ・マテリアルを身に宿す女だった。それもまた、本来ありえない事だ。

そして、その女は、黒い異形達の事もまた、認識しているようだった。

信じられないが、実際に見られていた以上は認めざるを得ない。

どうしてレディの姿を見ることができたのかはわからないが、もしかしたら相性がいいのだろうか? これまでさらってきた人間の中にも、あの女ほどではないが感覚の鋭いものがいた。

人間は恐ろしい。かつて強力無比な力を誇っていたという【星神殿】の主が拠点を捨て撤退した理由も今ならば理解できる。

もはや記録にすら残らない遥か昔に世界中で恐れられていた怪物相手に正面から立ち向かい、あまつさえ恐怖させようとレディが伸ばした首を隙だと断じて切り落とそうとしてきた騎士。

その怪物よりも更に大きな体躯を誇る意味不明に巨大な全身鎧の男に、自分を認識し何故か追いかけまわしてきた漆黒の異形。そして、決して見えないはずのレディを視認していたあの女。

ただの噂だが、外の都市では剣を持つ者に躊躇いなく襲いかかる妖怪のような男も存在するらしい。

とても相手をしていられない。レディの役割は人間の弱点を探す事なのだ。あんな連中と戦っていられるか。

全ては、地脈を流れるマナ・マテリアルが急に減ったのが悪いのだ。

マナ・マテリアルが満ちている間、隠蔽は盤石だった。【星神の実験場】のルールが神隠しを完全なものにしていた。

マナ・マテリアルの減少でルールに乱れが起きなければ、何人たりとも人が消えている事に気づかなかったはずなのに――。

どうして地脈のエネルギーが減ったのかはわからない。どうでもいい事だ。

問題は、レディが本気で脅かしても恐れを感じないような連中が神隠しを探り始めた事にある。

これまでもそれを脅かすような相手は避けて神隠しのターゲットを選定していたが、これまで以上に注意して選ばねばならない。

「ゔゔ…………ごろず……」

いつの間にか側に現れた同胞。八十人殺し一つの都市の夜を恐怖で染め上げたというモンスター・ディギーがその巨体を縮め、ぎらぎらする目でレディを見てくる。

可哀想に、かつて伝説にまでなった殺人モンスターは前回の騎士の件ですっかり自信を失っていた。その手に持っていた血に濡れていたおぞましい肉切り包丁もすっかりピカピカの新品のように変わり、左手にぶら下げている首の数も減っている。

このモンスターにとって恐れとは力そのもの、恐怖されなくなるとその力を失うのだ。それはレディも同じである。

レディは、自分に言い聞かせるように言った。

「大丈夫、大丈夫よ。あれはちょっと挑戦しすぎたわ。もっと弱いヤツを探せばいいのよ。すぐに見つかるわ、表にはあんなに人がいるんだから」

「ゔゔ……おで、がんばる……」

モンスター・ディギーが悲痛さを感じさせる唸り声をあげ、のそのそと歩いていく。

だが、他人事ではない。モンスター・ディギーが自信を失ってしまったのは現代に彼を超える魔物が沢山存在しているからだが、一見、人にしか見えないレディが恐怖を集めるのは更に大変だ。首を伸ばしても血の涙を流しても悲鳴一つあげさせられないとなると、一体どうすればいいのか……。

レディはその背中を見送ると、自分も新たなる獲物を探しに行く事にした。

§ § §

クライ・アンドリヒが設立したというクラン、《始まりの足跡》のクランハウスは、サヤのホームグラウンドのテラスではまず見ないタイプの洗練された建物だった。

大通り沿いの人目に付く場所にあるせいだろうか、一見しただけではとてもハンターの集うクランハウスには見えない。テラス支部ではクランハウスは魔物達が街に侵入してきた際の事を考え、要塞として使う事も考えて建てられているため、見た目が何より無骨なのだ。

しかし、考えれば考える程、《千変万化》の功績は凄まじい。もしもサヤがクライとは逆の立場だったとしても、たった数年で帝都ゼブルディアの一等地にここまで大きなクランハウスを建てるなど不可能だっただろう。

トレジャーハンター激戦区である帝都で新規にクランを建て、おまけにそれを名の知られたクランにまで育てあげるには、実績以上に人望が不可欠だ。

どのような手法を使ったのかはわからないが、そこに至るまでには並々ならぬ苦労があったに違いない。そしてそれは、ただ能力を使い、絶え間なく襲ってくる魔物達を死骸の山に変えてレベル8まで上がったサヤよりも遥かに偉業と呼べるだろう。

クライが拒否しなければレベル9になったのはクライだったのは間違いない。

果たして自分に足りないものは何なのだろうか?

思わず真剣な顔で考え込んでいると、アンセムでもくぐれるような大きなエントランスからでてきた長身の男が、声をかけてきた。

背に長弓を背負った珍しいタイプのハンターだ。

「ん? リィズ、何かあったのか? 随分と上機嫌じゃねえか」

「わかるぅ? クライちゃんがレベル9試験で一緒だったお客さんがきたの。サヤちゃん!! 模擬戦付き合ってくれるんだって。サヤちゃん、こいつは……弓使いの《嵐撃》のスヴェン・アンガー。一応それなりの使い手だから……弓使いって戦った事ないでしょう?」

私は別に、そんなに戦いたいわけではないんだけど……。

リィズの紹介に、スヴェンが目を限界まで見開き、サヤを見る。

「!? マジか………………まさかクライよりも若いレベル8がいるなんて……世界は広いな……」

「ねー? 私もびっくりしちゃった。でも、クライちゃんと同格のハンターなんて、ワクワクしない?」

「…………」

い、いや、ほとんど戦う事なく高機動要塞都市コードを墜落させた彼と同格だと思われたら困るんだけど…………。

そもそもサヤは別に若くはない。ただ、肉体が刻むはずだった時間を来訪者達に奪われてしまっただけだ。

「そうだ、あんたも戦ってみたいでしょ? やりたい人全員集めといて。サヤちゃん、面白いから! こんな機会滅多にないでしょ?」

「……こんな事言っているけど、いいのか?」

スヴェン・アンガーが少しだけ申し訳無さそうな表情で聞いてくる。

「構わない、けど…………」

戦いにはならないかもしれない、という言葉を、サヤは呑み込んだ。

ハンターには血の気の多い者も多い。それは、見た目だけならばそこまで強そうには見えないサヤの処世術だ。

力を見せれば恐れられるかもしれないが、どのみち永遠に隠し通す事などできない。

サヤの表情から何かを感じ取ったのか、スヴェンがにやりと笑う。

「くくッ…………わかった。自信があるみたいだし、そういう事ならば、遠慮なく胸を借りるとするか。他国のレベル8と手合わせする機会なんてそうはねえしな。試したいヤツも少なくねえだろ」

「同じ相手とばっかり訓練してても意味ないしねえ」

「うむうむ……」

そういうスヴェンも、リィズ同様、かなりの腕利きなのだろう。二つ名持ちのハンターなどそういるものではない。

アンセムについては言わずもがな。

果たして自分はうまく《始まりの足跡》のハンター達を捌けるだろうか? 友達になれるだろうか?

模擬戦で勝つのは問題ないが、サヤの能力は細かい調整が利かない。圧倒的な力を見せれば、サヤはこの地でもテラス同様恐れられる事になってしまうかもしれない。

うまくやらねばならない。戦意とは別の意味でドキドキしているサヤを、サヤの目にしか見えない来訪者達がサヤを取り囲みじっと見ていた。

§

リィズと同じ色の目がじっとサヤの全身を観察している。

クランハウス三階。如何にもな研究室で待っていたのは、リィズ・スマートと同じ色の髪と目をした、しかし随分と違った印象を抱かせる女性――シトリー・スマートだった。

どうやらスマート兄妹は三人兄妹だったらしい。シトリーはこれまで感じた事のない色の視線でサヤの全身をつま先から頭の先まで確認すると、

「んー……………………なるほど、なるほど…………」

うんうんと頷き、親指を立てて笑顔で言った。

「合格です! ごめんなさい、最近、私のクライさんに近づく不届き者が多くて」

「私のぉ? こら、ドサクサに紛れておかしな事を言うんじゃない!」

「うむうむ」

笑顔のまま横っ面を叩かれるシトリーに、それに動じず頷いているアンセム。その様子はこの一連のやり取りがよくあるやり取りである事を感じさせた。

どうやら《嘆きの亡霊》はその字面とは裏腹に随分賑やかなパーティらしい。羨ましい。

しかし、何を感じ取って合格と判断したのだろうか……。

ぎらぎらと銀色に輝く液体の入ったフラスコを振りながら、シトリーが輝く瞳で言う。

「模擬戦ですね? もちろん参加しますよ! クライさんが話していたさらさらも気になりますし!」

「…………」

貴女は 錬金術師(アルケミスト) では?

常識で考えればサポートよりの職である。《嘆きの亡霊》のメンバー、戦意が高すぎであった。

もしかしたら戦意が一番低いのはリーダーであるクライなのかもしれない、なんて下らない考えまで浮かんでしまう。

リィズが眉を顰めてシトリーに尋ねる。

「シト、あんたどうやって戦うつもり? さっきちょっと試してみたけど、サヤちゃんかなりやりそうだけど?」

「心配しないといけないのはお姉ちゃんの方でしょ? お姉ちゃん物理攻撃しかできないし…………私には、ほら、ガスがあるから。ユグドラの素材で合成した新型が」

!? ガス? 今、ガスって言った?

固まるサヤの前で、リィズが小馬鹿にしたような口調で言う。

「はぁ? レベル8ハンターにガスなんて効くわけないでしょ! どうでもいいけどクライちゃんの友達に醜態晒すのだけはやめてよね」

「大丈夫だって。これは高威力の新型だから。それにサヤさんに効くなら、人間相手なら誰にでも効くでしょ? 問題は広範囲に広がっちゃう事だけど……」

「………………うーむ」

…………完全にサヤ本人を狙うつもりだ。

コードでのサヤの醜態を聞いたのだろうか? いや、この口ぶりだとそういうわけではないだろう。

そもそも広範囲に影響するガスの使用はこの街の法律的に許されているのだろうか? 戦闘面ではルールの緩いテラスでも許されていないんだけど……。

まぁ、だが今のサヤにはガスなど効かない。そもそもサヤには大抵の毒物は効かないのだが、コードでの戦いでサヤの耐性は更に向上している。

何より、来訪者達は二度とサヤの昏倒を許さないだろう。

「そろそろ新たな力が欲しいと思っていたんです! 試し打ちさせていただけるなんて、助かります!」

「そ、そう…………」

試し打ち……。

目をキラキラさせて両手を握るシトリー。彼らは本当に…………血の気が多すぎる。テラス支部のハンターよりも多いかもしれない。

サヤは模擬戦の相手より友達が欲しいのだが…………そういえば、サヤがクライから友達になれると言われたのは、彼の妹だったはずだ。

確か名前は…………そう、ルシアだ。

「後はルークちゃんとルシアちゃんとエリザちゃんか……」

「ルークさんは新たな技を試すって道場に。エリザさんはセレンさんに呼ばれたって言ってたから、セレンさんの所にいるはず。ユグドラに探協の支部を作るにあたって意見を聞きたいとか……」

さすがレベル8ハンターのパーティメンバー、それぞれ多忙らしい。

カイザーが代わりを務めてくれているとはいえ、サヤも長くここにいるわけにはいかない。本来の目的だってある。

だが、せめてクライが友達になれると言っていたルシアとは会ってみたいものだ。

「ま、ルークちゃんは多分飛んでくるよね。ルシアちゃんは例の依頼か…………あれめっちゃ面倒臭そうだよねえ。ちょっと調べてみたけど」

「!! ………………依頼?」

顔をしかめるリィズに、シトリーが苦笑いで答える。

「今、帝都で神隠しが何件も起こってるみたいで、ルシアちゃんにそれを調べて欲しいって指名依頼が来ているんです。騎士団も調べてるらしいけど、最近の帝都じゃ聞き取り調査もままならないし……こういうのは本当ならクライさんが得意なんだけど――」

神隠し、か。確かにあれだけ人が溢れていた中で事件が起きたのならば、調べるのはかなり大変だろう。

そもそもハンターにその手の調査主体の依頼が持ち込まれるのは珍しいはずだが、あのクライの妹である。相当優秀なのだろう。

「それなら……クライに頼めばいいんじゃ……友達なんだから」

神算鬼謀の《千変万化》だ。ほとんど情報がなかったコードを落とした智謀は、全てが終わった今も魔法のようにしか思えない。

というか、話も聞いたけど意味がわからなかった。本人は何もやってないって言い張ってるし嘘をついている様子もなかったから、もしかしたら彼にとってはレベル9試験ですら取るに足らない案件だったのかもしれない。

サヤの言葉に、リィズはぽりぽり頭を掻いて言った。

「いやー、実はクライちゃん、今動けないんだよね。それに、ちょっと大変な依頼でも自分でやらないと成長できないでしょう? そもそも友達ってそういうもんじゃなくない? クライちゃんの方から言い出すならともかくさぁ。見返りを求めたら友達って言えなくない? そんな友達いらねーから」

「!! な、なるほど……」

なるほど、友達というのはそういうものではなかったのか。

確かに、クライはレベル9試験で、サヤの力を見ても、一度も助けて欲しいなどとは言わなかった。もしかしたらあれも、そういう事だったのだろうか?

サヤはテラスでは恐れられると同時に頼られる存在だ。だが、自分に助けを求めてくる者はいたが、友達はいなかった。

そして――その言葉からは、リィズ・スマートのハンターとしての強い矜持も感じる。

なんだか、目が覚めたような気分だ。このリィズと比べると、他人に勝つ事すら恐れる自分はどれほど弱い――いや、弱かっただろうか。

そして確信があった。きっと彼女とならばいい友達になれるだろうという、確信が。

シトリーが両手をあわせる仕草をしてにこやかに言う。

「まぁ、せっかくですし模擬戦を先にしましょうか。クライさんに話す前に新作の成果も確認しておきたいですし」

「シト、サヤちゃんはクライちゃんの友達なんだから、性能試験もほどほどにしろよ」

面白い。サヤは初めて模擬戦に対して意欲が湧いてくるのを感じた。

これまでサヤがやってきた模擬戦は正直、つまらなかった。勝つことにすら意欲的になれなかったのだから当然だ。

「悪いけど…………手加減はできない、から」

「あぁ? 当然でしょ!? 手加減しようと思ってたの? んなつまんない事したら、絶交だから! 模擬戦だって殺す気でやらないと意味ないでしょ!?」

これまでどうしても言えなかったぽつりと出した言葉に、リィズが目を剥き叫ぶ。サヤは思わず笑みを浮かべた。

今回は大丈夫。たとえサヤがその力を見せつけたとしても、この新たな友達ならばサヤを恐れたりはしないだろう。