軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

425 ノーラの場合②

凍りつく職員さん。険しい表情をするクラヒ達の前で、クリスタルが消える。

それは、最悪の魔導師の解放許可が通った事を意味していた。

職員さんが震える声で宣言する。

「システム評価が、通りました。危険性は、ありません。総合評価12300、《空》――ありえない。どうやって、貴方は――」

そんな事、僕が聞きたいんだけど?

解放申請は何故か、存在していたはずのハードルを軽々と突破し、何の苦労もなく終わった。僕が声をかけた途端、これまで一切の反応をしなかった男が反応を返し、しかも交渉という交渉もしていないのに要求を飲んだのだ。

ダメだったらノーラさんにごめんなさいするつもりだったのに意味がわからない。

床に降り立った《空》は、小さく息を吐くとぱんぱんと腕を払う。

「これが、対魔フィールドか……原理は知らないがなるほど、あの女が私をここに入れるわけだ」

《空》の纏っていた、都市システムの干渉すら遮断していた奇妙な力は今、消えていた。いや、それが都市システムがその男を解放する前提条件だったのだ。

都市システムが男を解放したからには、男にはこちらへの害意はないはずだ。

状況がまだ飲み込めていない僕に向かって、《空》が手の平を向ける。次の瞬間、部屋を隔てていたガラスに大きな罅が入った。

「……チッ。ろくな魔法が使えん……まぁ、やむなしか」

「…………あれ、本当に安全なの?」

初っ端から破壊行為しているんだが?

「けけ……稀代の大犯罪者だからなあ、力を封印されていてもあれぐらいできるだろうぜ」

ズリィもクトリーも顔が引きつっている。今回は僕と同じ価値観の人間が多くて大変結構だ。

扉が開き、あっさりと《空》が外に出てくる。隣に立っていたクラヒが好戦的な笑みを浮かべて前に出た。

どうやら本調子に戻ったらしく、その漆黒の髪に紫電が舞う。

「また顔を合わせる事になるなんて、数奇な運命だな。仮面がないくらいで僕の目は誤魔化せない。…………だが、今回は歓迎しよう。君の解放を決めたのはクライだからね。だが、行動には気をつけるといい。今の僕の力は武帝祭の頃とは違う」

「…………お前、《雷帝》か? …………なるほど、この場にはあの時のメンバーが全員集まったというわけだ。悪趣味な組み合わせだが、これはこれで面白い」

視線と視線をぶつけ火花を散らせる二人。もしかして、知り合いだったりするのかな?

余り仲良くはなさそうだが、せめて面倒事は起こさないで欲しいものだ。

「まぁまぁ、仲良く頼むよ。ところで、君の事はなんて呼んだらいい?」

「好きに呼ぶといい。もうボスではないのだからな」

男がぎらぎらと輝く目でこちらを睨みつけて言った。

§

もう二度と来ないでくださいね。

そんな職員さんの言葉を受けながら監獄を出てクモを呼ぶ。

今回解放した男――コードネーム《空》こと、クウビは幸いな事にすぐに暴れ出すつもりはなさそうだった。

監獄の警備を見てつまらなそうに言う。

「なるほどな、確かに脅威だ。魔術を使えなければ、の話だが――この私ではなく、あの女の管轄になった理由がわかるな。この都市では確かに、あの女相手に一対一で苦戦するだろう」

「あの女? 誰の事だ?」

まるで監視でもするかのように近くについているクラヒに、クウビが答える。

「刀一振りで組織のトップに成り上がった剣の鬼だ。名を『剣尾』という。気をつけるといい、あの女の剣は、並みの魔導師には避けられん。間違いなくこの都市で戦う事になるだろうからな」

「面白い……剣の鬼、か。面白いな、クライ!」

「僕、別に戦いに来たわけじゃないんだけど」

誰だか知らないが、その剣尾とやらが、僕達の邪魔をしない事を祈るだけである。

クモに乗り込みノーラさんのビルに向かう。

ビルとビルとを飛び移るクモの中で現実逃避気味に外を見ていると、ふと下の道路に沢山の人が集まり、騒いでいる事に気づいた。

幅広のビルの壁に何か映っている。

ここはもうノーラさんのエリアだ。クモを下に降ろし、確認してみる。

ビルの壁に映し出されていたのは――ビルの上を競い合うようにして疾走するノーラさんとおひいさまの姿だった。

人混みの中にいたのか、ザザ達が僕達に気づいて駆け寄ってくる。

「クライさん! 見て、今、ノーラ様とアリシャ様がレースしてるんだ!」

「えぇ……」

「ふたりともすっごい速いのよ! 憧れちゃう!」

ルルが興奮したようにビルの壁を指差す。

じゃああの人混みは観客って事か……確かに遊んでやるとか言っていたけど、まさか本当に遊ぶとは。

「うわ…………速ッ」

「けけけ……ズリィ、てめえより速いんじゃねえか?」

「うるさいッ! 大体、あたしは走らない系の盗賊だから!」

ルシャ達が映像を見上げながらあれこれ言い合っている。

だが、その言葉通り、二人は速かった。

高低差のあるビルを、全身を使い駆け、跳び、登るその姿は確かに見応えがある。

先頭はノーラさんで、十メートル程後方をおひいさまが追いかける。普通に二人共運動神経抜群だった。ビルを跳び移る時も躊躇いがない。

おひいさまは毎日体操していたし、なんとなく運動神経よさそうだなとは思っていたが、ノーラさんはその更に上を行くのか。

仮にもハンターの僕より普通に身体能力高いんだが?

「あれがお前の今回の雇い主――ノーラ・コードか。試してやる」

「いい訓練になりそうだね」

クウビが宙を駆け上がるかのように登り、クラヒが跳躍しそれを追う。

ザザ達が凍りついているが、僕はそっとそちらから目を背けた。彼らのせいで僕の魔導師観が壊れそう……。

「…………しかし、アリシャ様も凄いね。まさかノーラ様についていけるなんて」

「ノーラ様ねぇ、強化しているのよ? このエリアでも上から数えた方が早いくらい強いんだから!」

クウビ達に関するコメントを諦めたのか、話題を変えるザザとルル。

その言葉が本当なら、もしかしておひいさまってかなりハイスペックなのでは……?

「お、そろそろゴールだぞ!」

「やっぱりノーラ様が負けるわけないよ。アリシャ様も頑張ったけど――」

身体を大きく前に倒し風のようにビルの屋上を疾走するノーラさんと、それにそっくりの姿勢で歯を食いしばり顔を真っ赤にして食い下がるおひいさま。ビルとビルの間を飛び越えた先に、光のアーチがあるのが見えた。

あれがゴールか。どう考えてもノーラさんの勝ちですね。

おひいさまの身のこなしもかなりのものだが、素人目に見ても明らかに差がある。おひいさまはもう限界近い表情だが、ノーラさんの表情には苦痛はあってもまだ少し余裕があるように見えた。

あと数秒で決着がつくだろう。観客達のテンションも最高潮だ。声を張り上げて応援している。

ここに来てこんなにテンションが上がっている人、初めて見るかもしれない。

僕も何だかその熱狂に呑まれ、一緒になって手をあげ、声を張り上げる。

「おひいさま、がんばれええええええ!」

――高速で駆けるノーラさんのすぐ上を、一陣の金色の風が吹いたのは、その時だった。

ノーラさんが突然の乱入者に、ブレーキを駆け、叫ぶ。

「なに!?」

いや――それは、風ではなかった。人だ。

雷を纏った男と、それに競り合うように滑るように追いかける男。《雷帝》とクウビは驚くべき速度でノーラさん達を一瞬で追い抜くと、そのままアーチの直前で右に曲がり、ビルの壁面を駆け下りていった。

言い争いをしながら駆け下りていったみたいだけど、何だ今の?

『ごおおおおおおおおおおおおおおおおるッ! アリシャ王女の勝ちッ!!』

「あ」

爆発的な熱狂に、おひいさまの方に視線を戻す。

そこにあったのは、ゴールの向こうで満足げな顔で倒れ伏すおひいさまと、呆然とした表情でそれを見る、ノーラさんの姿だった。