軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

417 保護対象

『くく…………俺は、戦争には興味がねえ。俺が、研究するのは、こいつだけだ。まだ実験段階で安全確認も済んじゃいないが――詫びの代わりだ。あんたにやろう』

そんなセリフと共にトニーさんがくれたのは、僕がイメージしていた以上に小さなクモだった。

大きさとしてはこれまで乗っていたクモの五分の一もないだろう。装甲もなければ、足もたった三本だけのコンパクトサイズ。左右に突き出した棒のようなハンドルを握りしめ、椅子のような部分に跨がり鐙に足を乗せれば、それが騎乗姿勢だ。

トニーさん曰く、小型だが速度は本物と同じ程度に出るようだった。まだ完成品ではないらしいのに貸してくれるとは、トニーさんは本当にいい人だ。

この小型のクモは一人用――無理をして乗ったとしても二人しか乗れないようなので、ザザとルルにはおひいさまが貸してくれた機装兵を使ってもらうことにした。飛行能力のある機装兵は一体だけだが、二人は子どもなので、それぞれ左右の腕に抱えて貰えば飛ぶ事ができるだろう。

「お兄ちゃん、本当にそのクモ使うの? トニー様の反応、安全基準クリアしてなさそうだったけど」

「……クライさんって案外度胸あるよね。クライさんが眠っている間、俺達がどんな思いしていたのか、想像つく? マジ、死ぬかと思ったよ。王族にとってクラス2の俺なんてゴミみたいなものなんだからね。トニー様はともかく、ノーラ様から処分される可能性だってあったし」

抱えられたルルとザザがこちらを見てそれぞれ話しかけてくる。

二人には本当に迷惑をかけたと思っているよ。僕が眠っている間ずっと足止め食らっていたんだろうし……。

「大丈夫だよ、トニーさんもそんな変な物渡してくるわけないし、ノーラさんも、ザザを処分したりしないよ。だってザザ達は悪くないじゃん」

「…………クライさんって、本当に楽観的だよね。マジ、そういうところ直した方がいいかもよ? 逆に不敬だから。というか、普通にノーラ様やトニー様をさん付けしてる時点で順当に不敬なんだけど」

「そんな事言ったら、ノーラさんやトニーさん達を操ってる人の方が不敬じゃん」

「…………は?」

あ……つい口が滑った。今のなし。

高度物理文明の都市じゃ、いつどこで誰が僕の言動を聞いているかわからないからな。

「え、ええっと……ハンドルを握りしめて、動けと念じる、だっけ」

念じて起動とか凄い技術だが、まぁ宝具ではありがちである。僕も慣れるまでは宝具の起動に手間取ったものだが、もうハンターになってから五年も経ってるからな。

ハンドルを掴む手に力を込め、動けと念じる。

そして――僕は音を置き去りにした。

一瞬何が起こったのかわからなかった。悲鳴を出す間すらなかった。

刹那の加速。浮遊感に、全身に感じる風圧。景色が猛スピードで流れる。

僕には必死にハンドルを握る事しかできなかった。隔てる物がないからそう感じるのかもしれないが。大型の物よりずっと速い気がする。三本しか足がなかったはずなのにどういう事!?

トニーさんのエリアは本人が言うように、人が沢山いた。道を歩いていた人が慌てているのが、僕の動体視力でもかろうじて見える。

速度に思考がついていかない。これまで様々な手段で空を飛んだが、間違いなくこれは最悪だ。

この速度で曲がれるのだろうか?

その考えに至ったのは、眼の前にビルの壁面が目前に迫ったその瞬間だった。

目を瞑り結界指の消費を覚悟する僕の前で、身体がぐいと持ち上げられる。目を開けると、小クモがビルを滑るように駆け上がっていた。

慣性はどうなっているのだろうか? トニーさんは何を考えてこんなクモをくれたのだろうか? クレイジー過ぎて笑えてくる。

いや、まあ爽快感はあると思うよ? 壁にぶつからないだけ、『夜天の暗翼』よりは優秀かもしれない。

高層ビルをものの数秒で踏破した小クモは、そのままの勢いで宙に躍り出ると、重力に引っ張られ一気に落下する。どうやら……飛行能力はないようだな。

超高度から地面に落下した小クモは数度弾むようにバウンドすると、何事もなく走り出した。

そう言えば……降り方を聞いていなかった。

「お兄ちゃん、すごーい! あたしもやりたい! それって、危なくないの!?」

「危なくない、ように、見える? でも、これなら、すぐにエリアを、見れるだろ?」

「……僕思ったんだけど、クライさんって命知らずだよね」

強がる僕を、ザザが正気を疑うような目で見てくる。

すぐ隣を、機装兵に抱えられたルルとザザがついてくるように飛行していた。この小クモと比べれば機装兵に抱えられて飛ぶのは快適なはずだ。

「しかし、こうしてみると、トニー様のエリアも良いところね! あたし、ノーラ様のエリアから出るの初めて!」

「クモの数が違うよね。トニー様のクモ好きは有名だったけど、気持ちもわかるなあ」

何で僕じゃなくて君達が観光しているのか。なんとか顔をあげて、風圧に目を細めて景色を見る。凄い速度なのは変わらないが、そう言われてみると確かにクモの数が多い気がした。

中にはトニーさんが乗っていた物のように、カラーの違う物もある。

「トニー様はよく働いた者にクモをくれるらしい。カラーを変えた特別製だ。普通は個人用のクモなんて貴族でも滅多に手に入らないから、それは本当に名誉な事らしいよ。クライさんが貰ったのは更に最新型だから、更に凄い事だ。何でトニー様がくれたのかわからないけど」

それは……僕も不思議でならないよ。

ところで、『夜天の暗翼』の制作者といい、高速で動く乗り物にはブレーキをつけてはいけないルールでもあるのだろうか?

全力でハンドルを握りしめて耐えてはいるが、油断すれば振り落とされてしまいそうだ。結界指もあるし、もしかしたらさっさと振り落とされた方が幸せかもしれないが……。

クモが再びビルの壁面を駆け上がり始める。

その時、ザザが血相を変えて叫んだ。

「ク、クライさん! まずいよ、この方向――王塔だ!」

…………え?

目を丸くする。そうしている間も、クモは止まらない。

何故だろうか、このビル――少し傾斜があるようだ。刹那で小クモがビルの壁面を踏破し、そのまま宙に飛び上がる。

そして、僕はザザの言葉の意味をようやく理解した。

開けた視界、眼の前に――巨大なビル――塔が見えた。

これまでこの街で見てきたどの建物よりも巨大な塔。

陽光を反射し、冷たく、静かに佇んでいる。周囲は開けており、建物のようなものは何もない。一目見ただけで、その塔の特別性はわかった。

塔の壁面に揃った無数の砲塔。塔の周りを旋回する複数の大きな鳥。地上には今まで見た事ない数の機装兵が並んでいる。中には監獄でも見た、大型の機装兵も含まれていた。

明らかに監獄の数倍の警備だ。

停止していた機装兵達が一斉に動き出し、こちらを見上げる。砲塔が動き、こちらに狙いをつけ、大きな鳥達が旋回しこちらに進路を変える。嫌な予感がした。

「クライさん、そこは王のエリアだ、立ち入れない!」

ついてきていたザザ達の姿は既になかった。声を上げる間もなく、砲口が一斉に火を吹き、視界が光に包まれる。空から雷が降り注ぎ、がくんと小クモの動きが明らかに摂理に反した動きで停止する。

そして、僕は空中で派手に吹き飛ばされた。

「お兄ちゃん、大丈夫!?」

「…………平気」

「…………何で大丈夫なわけ?」

道路に大の字になって転がる僕に、ルル達が慌てたように駆け寄ってくる。どうやら追撃はないようだった。道路の端には先程まで乗っていた小クモが転がっている。

どうやら、追撃はないようだ。

ルルが僕の腕を引っ張り、起き上がらせてくれる。

「やれやれ、死ぬかと思ったよ」

「何で生きてるわけ? 王の領域を侵すなんて一発アウトのはずなのに……」

ザザが恐る恐る、空を見る。空では機械の巨鳥達が滞空したままこちらをじっと見ている。道路には見えない境界線でもあるかのようにずらりと機装兵達が並んでいた。

恐らく、境界線を越えたら襲いかかってくるのだろう。もちろん、越えるつもりはない。

今のは事故だよ、事故。

ザザが混乱したように頭を抱えて言う。

「絶対おかしいよ。何で処刑されていないの!? 何で襲ってこないの!? そもそも、何でそのクモ、王のエリアの前で止まらなかったの!? コードの全ての機械は王のエリアを侵さないはずなのに! 僕達を運んでいた機装兵はちゃんと止まったのに――クライさん、何をやったの!?」

「まぁまぁ、落ち着いて……お目溢しってやつでしょ。きっと僕の行動がわざとじゃないってわかってくれたんだよ。すぐにエリアから出たのも良かったのかも――」

僕の推測に、ザザが首をブンブン振り、僕の瞳を覗き込むかのように見て言った。

「クライさん、それは間違えている。出ていない……出ていないんだ。僕達はまず真っ先に入ってはいけない聖域について教えられる。ここはまだ、王の領域、なんだよ!」

それは…………確かにおかしいな。

顔をあげ、ずらりとこちらに対峙している兵器や機装兵を見る。

だが、攻撃されないのならば猶予を貰えたという事だろう。

「ザザ、今は早く出よう? 王様が怒る前に――」

「ルルの言う通りだな。観光は終わりだ、さっさと帰ろう」

これ以上の面倒事はごめんだ。僕は転がる小クモに駆け寄ると、その本体を持ち上げる。

何の材料で出来ているのか、小クモは僕でも持ち上がるくらいに軽かった。

まだ呆然としているザザを、ルルが頬を叩いて正気に戻している。

もう観光は十分だ。情報も収集できたし、クラヒ達がどうなったのかも気になる。

これ以上何か起こる前におひいさまの所に戻るとしよう。

§

王のエリアから無事脱出し、通常のクモを呼び出し、待っていると、おひいさまが貸してくれた機装兵達が戻って来る。どうやら彼らはピタリと王の領域の手前で止まったらしい。どうせなら僕の事も止めてくれたらよかったのに……。

クモに乗り込み、ようやくほっと一息つく。後はうとうとしている間に拠点に帰れるだろう。

……そうだ、その前にザザ達をノーラさんの所に置いてくる必要があるのでは?

確かクモも呼び出すにはある程度のクラスが必要だったはずだ。このままではザザ達はおひいさまのエリアから徒歩で帰る事になる。

僕は先程から全く動揺を隠せていないザザに言った。

「帰りにノーラさんのエリアに寄ろうか?」

「!? え!? 何で、わかるの? 寄って欲しいって!?」

大げさに驚いて見せるザザ。おいおい、僕がそんなに気遣い出来ないと思うかい?

久々にハードボイルドな笑みを浮かべ格好をつける。

「そんな事言われるまでもなくわかるさ。僕は外では神算鬼謀で通っていたんだよ」

「あはは、お兄ちゃん、おもしろーい!」

「………………」

嘘だと思って笑うルルに、沈黙してしまうザザ。

そうだね、その程度で神算鬼謀だなんてお笑い種だね。そもそも僕は、神算鬼謀なんて言われてる事自体たちの悪い冗談だと思っているんだけど――。

ザザはしばらく疑心暗鬼の眼差しでこちらを見ていたが、やがて小さな声でお礼を言う。

「……ありがとう、クライさん。実はノーラ様から、さんざん連れてこいって連絡が来ていたんだよ。もしかしたら、気づいていたかもしれないけど……」

……え? ノーラさんが、何で?

そう言えば僕が目覚めた時も、ザザはノーラさんに連絡する、とか言っていたな。僕はノーラさんじゃなくておひいさまの近衛なんだが――まぁ、細かい事は言うまい。

ノーラさんも一応、おひいさま同様、保護対象だからな。

トニーさんの話から、カイザー達がうまいことやってる事は確認できたし、僕の方も少しでも仕事している振りをしよう。

クモが見覚えのある真紅のビルの前にたどり着く。クモから降りると、ザザに急かされるように手を引っ張られ、ビルの中に入る。

ノーラさんの本拠地は相変わらずいい気分ではなかった。

前回は立ち入った瞬間に騎士団に拘束されたのでまだマシだが、四方から向けられる視線はお世辞にも気持ちのいいものではない。

ザザの話では、ノーラさんの拠点にいるのを許されているのは選ばれし騎士団の一員だけらしい。ザザやルルが目標としている、ノーラさんの側近中の側近だ。上位のメンバーはノーラさんの近衛にも指定されていて、貴族のクラスを与えられているというのだから、本当にエリートなのだろう。

ビルの最上階、玉座の間で、ノーラさんは待っていた。

前回来た時とは違う、最初に出会った時の真紅のドレス姿。恐らく正装なのだろう。キツめの顔立ちなのもあり、その姿から王女というよりは、女王たる威厳が見えた。

ザザとルルがその姿を見て、その場に平伏する。

僕もそれに続き平伏する前に、ノーラさんが言った。

「ザザ、ルル、案内、ご苦労だった。そして、トニーの所では散々な目に遭ったようだな、クライ。だが、自業自得だ。どの王族も私のように心が広いと思ったら大違いよ」

「なんか良く知らないけど、手違いがあったみたいだ。散々な目に遭ったっていうか、寝ていただけだから……」

健康に支障はなさそうなので細かい事を言うつもりはない。というか、深堀りしたくない。

「安心しろ。トニーの奴には二度とこのような事がないよう、言い含めておいたわ。トニーは昔からおかしな事をする男でな。許してやれ」

「? 許すもなにも、そんなに気にしていないけど……」

ノーラさんの眉がぴくりと動き、口元が歪む。だが、すぐに気を取り直したように続けた。

「ところで、我がエリアを見学したらしいが、どうだった? お前とは縁があったからな……特別待遇にしてやったわ。そうだな、ザザ?」

「は、はい…………貴族でも得られない数々の器具を僕たちに与えてくれた件。ノーラ様の温情に深く感謝いたします。それに、闘技場の見学許可や、研究所の見学許可まで頂けるなど」

「え? 研究所とか、見学したっけ?」

目を丸くする僕に、ノーラさんが立ち上がり僕を睨みつけた。

「ッ……許可を出したのに、お前が行こうとしなかったんだろうが、この愚か者がッ! このコードでも最先端の、我が強化人間技術の研究所見学を、興味ないからいいよなんて言葉で断るなっ! この私の温情を何だと思ってるッ!」

……なんかごめんなさい。研究所見学とかは、シトリーが好きなんだよ。僕が好きなのは甘味処巡りだ。

突然、先ほどまでの鷹揚な態度を取り消し文句をいい始めるノーラ。戸惑っていると、ノーラさんがこちらに指をつきつけて宣言した。

「ああ、もう、まどろっこしい。懐柔なんて我が覇道に不要。クライ・アンドリヒ、単刀直入に言う。このノーラ・コードに協力しろ。そうすれば、スペアの命は保証するわ!」

いきなり何を言い出すのだ、この王女様は。監獄での様子を考えると、平常運転なのかな?。

ザザとルルが平伏したまま怯えている。ノーラさんの瞳はまるで肉食の獣のように爛々と輝いていた。

うーん……。

「いいよ」

「時間はやらぬ。お前には既に十分時間はやっ…………なんだって?」

「いいよ」

というか監獄の時も思ったのだが、ノーラさんは何をもって僕を敵だと判断しているのだろうか。

僕にとってノーラさんは敵じゃない。

――保護対象なのだ。

「それは、つまり……《雷帝》を協力させるって事よ? いいの?」

「うんうん、そうだね。状況によるとは思うけど…………クラヒは案外、全部吹っ飛ばす事しかできないよ?」

まぁ、ノーラさんが全てをふっとばして欲しがっている可能性も割とあるけど。

「馬鹿な……お前は、それでは何のために、私の邪魔をしようと――」

ノーラさんがぶつぶつ呟いている。いつ僕がノーラさんの邪魔をしようとしたのだろうか。ちゃんと順番も譲ってあげようとしたのに。と、そこで一つ忘れていた事に気づいた。

「だけど、ノーラさん、一つだけ条件がある」

「!! ははははは、なるほど、やはり、か! このノーラ・コードに条件をつけようとはなんという傲岸不遜。だが、一応聞いてあげるわ。言ってみなさい」

水を得た魚のように高笑いをするノーラさん。何故条件があると言われてそんなに喜んでいるのかわからないのだが、大した条件じゃない。

「地位? それともリソース? あるいは、宝具が欲しいと言っていたな」

地位もリソース? もいらない。宝具は欲しいが、今言いたいのはそんな事ではない。

「いや、そんな難しい事じゃないよ。おひいさまの事をスペアと呼ぶのをやめて欲しいんだ」

「…………何?」

自称コード王も言っていたが、あんまりな呼び方である。仮に本当におひいさまがスペアなのだとしても、姉妹なのだからもっと呼び方があるはずだ。

「くだらん条件だ。ならば、私はスペアをなんと呼べばいいの?」

…………え?

「………………『とっても可愛いアリシャちゃん』?」

僕の冗談に、空気が凍りついた。