軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

40 スライム

ガーク・ヴェルター。

元ハンターにして、引退後に探索者協会からスカウトを受け、現在は探索者協会の帝都支部長を担っている傑物。

帝都のハンターで知らぬ者はいないだろう。

既に引退して久しいが、現役時代の勇名はまだ現役のハンターに広く知られている。

ハルバードという取り回しの難しい武器を自由自在に操り、立ちはだかる障害、魔物や幻影を殲滅し『戦鬼』の二つ名を与えられた男。

その卓越した戦闘技術はレベル7認定ハンターの中でも上位。

前線を退き、マナ・マテリアルが抜け力は落ちたが、その力は今でも現役のハンターに引けを取らない。調子に乗って探索者協会の職員に絡んだハンターがガークから手痛い仕置きを受けるのは帝都支部の風物詩だ。

だが、ガークは帝都の重要人物の一人だ。立場もあるし、そもそも帝国との交渉などで多忙である。

いくら力が残っていたとしても、本来、こんな危険な戦場に出て来ていいような者ではない。

久しぶりの宝物殿の雰囲気に感慨深そうに目を細めるガークに、スヴェンが呆れたように指摘する。

「支部長、あんたもうハンターじゃねえんだぞ、わかってんのか?」

「ああ、もちろんだ。まぁ、まだまだ現役のハンターには負けちゃいないがな」

ガークが顔を顰め、胸を拳で打ってみせる。

その姿。贅肉のついていない筋肉で盛り上がった肉体を覆う重厚な紅の鎧と、手に握られた宝具の武器。もう完全にやる気だった。

あ、これわかってねえ奴だな。よく副支部長が許したな。

スヴェンが深々とため息をつく。

確かにガークは十数年のブランクがあるとは思えない程、力を保っていた。

余程マナ・マテリアルの定着力が高いのだろう。未だ身体も鍛えているようだ。スヴェンの目から見ても十分にハンターとして通用するだろう。

だが、だからといってこうして前線に出てくるのはまた別の話なのだ。

伴ってきた『遺物調査院』の調査員らしい男二人が、時折どこからともなく聞こえる『幻影』の咆哮に眉を顰め辺りを見回している。

『遺物調査院』は帝国において、宝物殿や宝具を調査する部門だ。

今回のような宝物殿に異常があった際の調査もその管轄だ。その性質上、探索者協会ともつながりが深い。

しかし、その所属メンバーはほとんどが研究者で非戦闘員だ。

今回ガークにつれてこられた二人も、戦闘力は一般人とあまり変わらないだろう。

地面に蹲り、土を掬って何やら話している二人を見ながら、ガークに尋ねる。

「あいつらは?」

「今回は大幅な予算増額を申請したからな。どうしても、と言われたら断れん。邪魔はしねえよ」

有無を言わさぬ言葉に、スヴェンはとりあえず納得することにする。

今は口論している場合ではないし、文句を言ったって帰ったりしないだろう。

『遺物調査院』のメンバーの中にはハンターに対して上から目線な者も多いが、ガークがいるのならば問題ないだろう。

その目の届く所で大人しくしていてもらっておいた方がいい。

ガーク支部長だって元高レベルハンターだ。

ブランクがあっても邪魔になるような事はないだろう。何より、かつて様々な伝説を作った元ハンターの参戦は士気の上昇につながる。

何より、こちらに拒否権はない。

陣の中央に通し、現状を報告する。

地図を広げながら説明するスヴェンに、ガークが鼻を鳴らして唸る。

その表情には間に合ったことに対する安堵と、強い警戒が見て取れた。

調査員の一人が、スヴェンからの報告に声をあげる。

「スライム……? この宝物殿に出るのは狼だ。これまでそれ以外の『幻影』が現れたという報告はないし、この辺りにはスライムの生息に適した地形もない」

そんな事はわかっている。

スヴェン達『黒金十字』が宝物殿に到着した際、スヴェン達はクライからの情報を知らなかった。が、増援としてきたメンバー達はあらゆる可能性を洗ってからきているのだ。

そう言いかけたその時、ずっと腕を組み考え事をしていたもう一人の調査員の男が口を開く。

目つきの鋭い壮年の男だ。その口調からは苦々しげな感情が滲み出ていた。

「だが、『千変万化』の言葉だ。あの男は変わっているが宝物殿の異変は見逃さない。……うちもこれまで、散々な目にあってる」

「散々な目……?」

「前兆のないアクシデントを当てる奴のせいでうちは無能扱いだよ。今回だって、人員を増やさず何か起こったらまた他所から責任の追及がくる。八方塞がりってわけだ。クソッ……」

苛立たしげに地面を踏みつけるその男に、何故かスヴェンは親近感を覚えた。

「むしろ一度くらい外してもらった方がいいくらいだよ。運が悪かったとしか言わない男の言動に左右されるなんて馬鹿げていると思わないか?」

「……おい、その辺にしておけよ」

「ああ、失言だった」

もう一人の調査員に肩を叩かれ、謝罪する。

が、男の言葉を聞き、これまでスヴェン達に疑いの目を向けていたハンター達の目つきが変わっていた。

まだ完全に疑いが消えたわけではないが、慎重さを馬鹿にするような色はなくなっている。

「だが、実際、ここらに強力なスライムとやらが出てくる確率はゼロに等しい。いや、帝国内部に君たちを害するようなスライムが出て来る宝物殿は存在しない。もちろん、今の所は、の話だ。あいにくうちは予測はできても予知までは範囲外でね。今すぐこの宝物殿がスライム専門の宝物殿になる可能性までは否定できない、が、一応常識的な一専門家として言わせてもらうと、まぁあり得ないだろう」

「ああ、そうだな」

回りくどい皮肉めいた言い方にスヴェンも頷く。隣のガークもしかめっ面のまま何も言わない。

宝物殿の特性が大幅に変化する例がないわけではない。が、今まで確認されたのは数例だけだ。

何よりも、そんなことが発生したら如何に『黒金十字』でも手に負えない。

「他に可能性は?」

「さぁな。何がでてくるのか見当もつかないよ。上の命令じゃなかったら、私は絶対にこんな所に来なかったね」

男が盛大に肩を竦めため息をついてみせた。

壮年の男の方が立場が上なのか、もう一人も咎めるような目つきをしていたが何も言わない。

どうやらここにいるメンバーは意志が統一されているようだ。無事に帰りたい、という意志である。

また新たに一パーティが帰還し、地図の一部が埋まる。

「野生のスライムが現れる可能性が低いなら、野生じゃなければどうだ?」

ガークがふと顔を上げ、スヴェンに言う。

「スライムの製作は 錬金術師(アルケミスト) の得意技の一つだ。確かに、野生でそんなスライムが出て来る事はまずありえないだろうが、 錬金術師(アルケミスト) が生み出した者ならまだ可能性があるはずだ」

ガークの案に、スヴェンは少し考え、首を横に振った。

「……いや、考えにくいな。優れた 錬金術師(アルケミスト) なら確かに強力なスライムも作れるだろうが、それだって限度がある。そこまで金と時間を掛けて強力なスライムを研究するんだったら、俺なら『 魔導人形(ゴーレム) 』や『 機械人形(オートマタ) 』を研究するね」

「ス、スライムには……スライムのいいところがあるって、シトリーちゃんは言ってましたけど……」

唯一錬金術師のタリアが口を挟むが、スヴェンの言葉を否定はしない。

『錬金術師』の魔法は『魔導師』のそれと異なり、コストと時間がかかる。スライムに時間を掛けるくらいなら他の分野に時間を掛けた方がいい。それが共通認識なのだ。

スヴェンがその腰のベルトに下がっている暗色の液体の入ったガラス瓶に視線を向ける。

「……どちらにせよ、最悪、こちらには対スライムポーションがある。使う機会がないのが一番だがな」

「一本しかないので、気をつけないと」

タリアが緊張したように拳を握りしめ頷く。

情報のソースはたった一人のハンターの言葉しかない。根拠を説明されたわけでもない。

だが、この場所にいる者たちの全てが程度はどうあれ、その言葉を警戒していた。

宝物殿の中はもちろん、徐々に闇の帳の降りつつある森の中にも警戒を向ける。

「……そう言えば、さっき森に入っていったあいつは――」

戻ってきたか?

確認しようとしたその時、ふとスヴェンの耳に小さな音が聞こえた。

風の音にかき消されそうな程小さな音だ。一瞬で消えたが、聞き間違いではない。

「単発だ。総員、警戒ッ!」

スヴェンが叫ぶ。

単発の笛の音は魔物発見の合図。小さかったのは長く吹く余裕がなかったからか?

陣に残っていたハンター達がそれぞれ陣形を組み迅速に武器を構える。

調査は既に終わりかけていた。

宝物殿の中に未だ入っているパーティは三つ。宝物殿の前には今回動員されたハンターたちのほとんどが集まっている。

ガークがその宝具――『氷嵐戦牙』を握り、険しい表情でスヴェンに尋ねる。

「おい、スヴェン。今の笛、どこから聞こえた?」

スヴェンは射手だ。目もいいが耳もいい。

音が反響する屋内でならば音の出処を察知するのは難しかったが、この状況で聞き間違えるわけなど無い。

呼吸を落ち着け、睨みつける。

その視線の先は宝物殿ではなく、先程、茶髪のハンターが向かっていった茂みの奥にあった。

「森の中だ……宝物殿じゃねえ。クソッ!」

木々がざわめき、大地が震える。

森の奥から、ずんと腹の奥から響くような衝撃と音が伝わってくる。

笛の音はもう聞こえない。

既に日は暮れかけており、ただでさえ薄暗い鬱蒼と茂る森の中、視界は酷く悪化している。

ハンターの中の魔導師達が各々明かりの魔法を唱える。柔らかい光の球が空中に浮かび暗闇を振り払う。

非戦闘員である『遺物調査院』の二人が後ろに下がる。スヴェンが弓に矢ををつがえ、音が聞こえてきた方向に向ける。

そして、暗闇の向こうから足を引きずるように人影が飛び出してきた。

「ッ……くッ……そッ……来る、ぞ」

茶髪のハンターだ。ただし、その顔は歪み、その両腕は半分程で断ち切られ、半端にえぐられた骨が見える。血が滴り落ちている。肉体を覆っていたはずの鎧は抉れ、持っていたはずの剣もどこにもない。

転がるように陣に入ってきたその男に、仲間のパーティメンバーが駆け寄り、その体を抱えるようにして引き込む。

戦闘不能だ。指の骨が折れているなどのレベルではない。指のない両腕では剣を握ることなど不可能。

「ヘンリク、治療だッ!」

「ッ……! はいッ!」

スヴェンの言葉に 治癒術師(ライター) のヘンリクが駆け寄る。

真剣な表情でその傷跡を確認し、呆然とする。

えぐられ引きちぎられたかのような両腕は、普通の攻撃ではでき得ない傷だった。

断面はまるで捻りきられたかのように歪で、たとえ腕が残っていたとしても縫合できるかはかなり怪しい。

スヴェンにもわからない。

今まで数多くの魔物と戦って来たが、一体どんな攻撃を受ければそのような傷を受けるのか。

徐々に崩壊の音が近づいてくる。まるで大型の魔獣が樹木を無理やりへし折りながら近づいているかのようだ。

ヘンリクの手の平から仄かな白の光が広がる。

骨が飛び出し血が滴っていた腕があっという間に盛り上がり、その傷跡が肉に包まれるように塞がる。

血も止まる。だが、失った手までは戻ってこない。

魔法による治療を受けながら、茶髪のハンターが声を枯らして叫ぶ。

「ぜぇ、ぜぇ……すらいむ、じゃねえッ! な、なんだ、あれは――巻き込まれる。近づくなッ! 逃げろッ!」

その言葉に、森との境界線近くに陣取っていたパーティが藪から遠ざかり立ち位置を変える。

そして、準備万端で待ち構えたハンターの前に、森の奥から怪物が現れた。

魔法の光の下、照らされたその姿にスヴェンが愕然と目を見開く。

「スラ…………イム?」

それは、今までスヴェン達が戦ったことのあるあらゆる生き物から掛け離れた姿をしていた。

足音はほとんどないが、よく耳をすませば湿った重い物が大地を這いずり回るような奇怪な足音が聞こえる。

身体は大きい。身の丈でいうのならば、スヴェンよりも大きいだろう。

全身真紅の身体をした人型。体躯はスヴェンよりも大きいが、その姿は屈強と言うより塊と表現するのが相応しい。

「ッ……溶け……てる?」

異様な姿にタリアが息を呑み、一歩後退る。

その言葉にスヴェンは目の前の生き物がこの宝物殿に出てくる幻影に似ている事に気づいた。

既に原型はほとんどない。

だがそれは、強いて表現するのならば『溶けたウルフナイト』だった。

腕も足も毛皮も鎧も表面のみならずその半分以上がどろどろに溶け、姿勢も保てないのかほぼ崩れ落ちている。

ただ、その中で唯一はっきりと残った爛々と輝く金の瞳だけが待ち受けるハンター達を映していた。

液状の身体を持つ生き物。

確かに特徴だけあげるのならばスライムと言えなくもないかもしれない。

だが、その姿はそう呼ぶにはあまりにも暴力的すぎた。

スライムは『そういう』生き物だが、目の前のこれは肉体の構築に失敗した生命体だ。

怪物の通り過ぎた跡には何一つ残っていない。

そのほぼ液状化した肩の一部が一本の樹木に触れる。ただそれだけで、触れた樹木がへし折れ粉々になって倒れる。

魔法ではない。攻撃を仕掛けたわけでもない。ただ触れただけだ。

血なのか肉なのかすらわからない身体の表面がこぷりと泡立つ。そのあまりの醜悪さに、調査員の一人が限界まで目を見開き、口元を押さえる。

足は速くはない。負傷したハンターが逃げ切れる程度の速さだ。

ハンターの一人がそろそろと後退りながら呟く。

「死に、かけてる?」

「ち、違うッ! 俺が、遭遇した時から、それは――」

『千変万化』がクラン最強の勇者を派遣しようとした『敵』。

ふと、そんな言葉が脳裏を過る。スヴェンが弓を大きく引き、叫んだ。

「総員、攻撃開始だッ! 距離を取って遠距離から仕留めるぞッ! クライめ、こいつのどこがスライムだッ! ふざけんなッ!」