軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

369 その先の未来

「…………神算鬼謀の《千変万化》、か……少々、刺激的な見世物だったな」

遠くユグドラの光景を映し出していた現人鏡が光を失う。

アドラーは、力を振り絞り導手たるアドラーからの命令を全うした、ヒビだらけの現人鏡を丁寧に磨き、懐にしまった。

共に真剣な表情で鏡の光景を目に焼き付けていたウーノが確認してくる。

「大丈夫ですかー? 現人鏡は」

「予想はしていたが……駄目だね。復活までどれだけ持つか……まぁ、気長に待つよ。今回は酷使しすぎた」

現人鏡は古くより存在した鏡が魔物と化したもの。対象を映し出すだけで戦闘に従事するような魔物ではないが、生き物である以上限界がある。

かつて、【源神殿】の最奥を覗いた時にもヒビが入ったが、今回の戦いを覗いた影響はその比ではなかった。

まだ、ぎりぎり、生きてはいる。だが、再生にどれだけの時間がかかるかわからない。数十年の時を要する可能性すらあるだろう。

だが、それでも――アドラーは、その戦いを知らねばならなかったのだ。前に進むために。

ケラーと、《千変万化》が呼び出した狐の神との戦い。

世界を滅ぼし得る神と神とのぶつかり合いは、まさしくこれまでアドラーが想像すらしなかったレベルのものだった。

あれと比べればこれまでアドラー達が潜ってきた修羅場など、ゴミのようなものだ。ユグドラにやってきて経験した戦いすら、その足元にも及ばない。

アドラーが戦った際のケラーは全く本気を出していなかった事が、よくわかった。そしてその状態ですらユデンを使って歯が立たなかったのだから――世界はアドラーが想像していた以上に広いという事だろう。

そして、神 VS 神の構図を作り出した《千変万化》の手腕については今更語るまでもない。

アドラー達はユグドラから遠く離れた田舎町にいた。リッパーの残された力を使い切り飛んだ、世界樹から最も遠い町だ。ゼブルディアからも離れたこの場所には《千変万化》の噂すら存在しない。

それは、誤魔化しようのない敗走だった。だが、もうそれに異を唱えるつもりはない。

「《千変万化》――あの男、絶対、俺達と組む必要なんてなかっただろ……」

疲れ切ったようなクイントの声。まったく、その通りだ。

あれほど強力な神を誘導できるのならば、他の助力など必要ない。

あれに勝てないのは、勝てなかったのは、仕方がない。いっそ清々しい気分だ。

安易に関わるべきではなかった。いや――名をあげる前に関われて、良かったと言うべきか。

アドラー達が更に強かったら、あの男は徹底的にアドラー達と敵対していただろうから。

クイントがアドラーを見る。

「アドラー、これからどうする?」

「そうだねえ……」

大雑把な問いかけ。その言葉に含まれている意味を、アドラーは正確に理解していた。

これからどうするのか――まだ《千鬼夜行》として魔王を続けるのか、それとも諦めるのか?

従えていた魔物のほとんどは死んだ。今まともに使えるのはクイントがユグドラで調伏したカード兵が一体のみ、もはや《千鬼夜行》には戦力は残っていない。

もちろん、魔物は補充する事ができる。時間はかかるが、再起を目指す事はできるだろう。《千変万化》は紛れもない化け物だったが、まだ自分達が世の中の大半のハンターよりも強い程度の自信はある。

だが、アドラーはしばらく考え、頭をぼりぼり掻いて言う。

「ちょっと疲れた。次は人助けでもするかね」

「……いやまあ、理屈はわかるけど、ウーノはともかく、俺達が人助けって面か?」

「そんな事ありませんよー。髪型とか格好とか、諸々調整すればアドラー様でも人助けできると思いますー今更な感じもありますが、力が必要とされる時勢ですし、私達にできる事もあるかとー」

どうやらクイント達も《千鬼夜行》としてこのまま活動を続けるつもりはないらしい。

これまでの活動とは正反対の突拍子もない提案に戸惑う事もなく侃々諤々の議論を始めるクイント達に、アドラーは頬をかいた。

§ § §

魔導師達が精霊の力を借りて瓦礫を片付けていく。廃墟のような有様だったユグドラは僅か一日で綺麗に整地された。

もともとユグドラの町並みは自然物を最大限活用したものだった。精霊達と友好関係を結んでいるユグドラの民にとって、豊富な自然さえあれば街の再建はそこまで難しいものではないのかもしれない。

建築系で僕達の出る幕はなかった。代わりに僕達(というかリィズ達)が担当したのが、森の見回りだ。

現在のユグドラには、長きに亘りユグドラを守ってきた結界が存在していない。ケラーにより根本から破壊されてしまったからだ。

ユグドラには非戦闘民も大勢いる。ユグドラ近辺には強力な幻獣や魔獣も生息している事もあり、ある程度、街が形になるまで、魔獣や幻獣から街を守る必要があった。

といっても、知恵ある魔物達はケラーの影響であらかたいなくなっている。見回りが必要な程、襲撃があるわけではない。

森の見回りと間引きは半分くらいリィズ達の趣味みたいなものだ。

トレジャーハンターは未知が大好きだ。これまでは【源神殿】への対応で自由には動けなかったが、ユグドラを擁する大樹林にはトレジャーハンターの興味を惹くものが沢山存在している。

未知の獣に未知の素材。そして、未踏の土地は《嘆きの亡霊》を夢中にするに足るものだった。石になっている間に全てが終わってしまい意気消沈していたルークも少しは調子を取り戻すだろう。

ついでに、ユグドラ近辺の記録を持ち帰れたらガークさんも大喜びのはずだ。

戦いを終えてからのセレンは、これまで以上に忙しそうだった。

ユグドラの民達の指揮も大変そうだが、何よりユグドラを守っていた結界の張り直しがかなり厄介らしい。再現自体の難易度が高い上にケラーが地形をめちゃくちゃにしたのでそのままでは張れないそうだ。

世界樹の問題は一段落ついたが、まだまだセレンの苦悩の日は続くようだった。

そして僕も、そろそろ帝都が恋しくなってきた。

ユグドラは自然豊かでいいところだが、甘いものを出してくれる喫茶店がないし、宝具巡りもできない。そしてついでに、安全度合いも――ユグドラより帝都の方が上だ。

もうルークの解呪も成功したわけで、ユグドラに留まる理由もない。

ここでできる事はもう何もない。皆が外の世界に夢中になっている間に、広場だった場所に臨時で建てられたセレンの屋敷で、話をする。

目の下に隈を張り付け、仕事をしていたセレンは僕の言葉を聞いて、目を細めた。

「そうですか…………少し心細いのですが、ニンゲン、貴方が去るというのならば、本当に、ほんっとうに、全てが終わったのですね……」

疑心暗鬼になっておられる……まあ、うまくいったと思ったらトラブルが起こってを何度か繰り返したので気持ちはわからなくもない(そして、実は僕がさっさと去ろうとしているのは、これ以上トラブルに巻き込まれたくないというのもあったりする)

思い返すと……随分長いことユグドラに滞在していた気がするな。なんだか、ずっと動き回っていたような………………(僕は結局、流されるままで何もしてないけど)。

セレンは手を止め、感慨深げに目を閉じると、小さくため息をついていった。

「経緯はどうあれ、ニンゲン、貴方には世話になりました。経緯はどうあれ、貴方は結果を出した。経緯はどうあれ、シェロの奪還から神の撃退まで――返しきれない程の借りが出来ました。我々ユグドラの民は、貴方達の活躍を永遠に語り継ぐでしょう。内容は吟味が必要ですが」

なんだか含みのある言い方だった。これは……けっこうストレス溜まってるね?

色々つっこみどころもあるが、経緯はどうあれ、セレンがそう言うのならば受け入れるだけだ。

「ユグドラは一度受けた恩は忘れません。何か困った事があったら、いつでも助けになりましょう。まぁ、私達程度でニンゲン、貴方の助けになれるとは思いませんが」

「…………そんな…………卑下しないでよ。君達は立派にやってるよ」

「むしろ、助けて欲しいくらいです。ルーク・サイコルが『神出てこい』と叫びながら森を走り回っていると、民達からクレームが入っています…………」

あ、はい…………すぐ帰るので……なんかごめんね。

ルークもそんな叫んでも出てこない事は理解しているだろうに、本当に諦めの悪い幼馴染である。森を探検できるだけでも楽しいと思うのだが、きっと色々消化不良なのだろう。

そこで、セレンは小さく咳払いをして言う。

「お礼と言ってはなんなんですが――ユグドラにあるものは何でも持っていって構いません。また、何か用事があればいつでもいらしてください。ニンゲン、共に戦い苦難を乗り越えた。種族は違えど貴方は紛れもなく――ユグドラの同胞です」

「伝説のユグドラを治める皇女様にそこまで言われるなんて…………僕も捨てたものじゃないね」

欲しいものなど特にはないが……精霊人にそこまで言われるなんてなんか不思議な気分だ。

冗談めかして出した言葉に、セレンが小さく笑みを浮かべた。

「…………我々も、これから変わらねばなりません。時間がかかるかもしれませんが、出入りの制限も徐々に緩和することになるでしょう。今回の事件でわかりました……神と戦うには種族の垣根を越えた団結が必要だという事が! 貴方達が来なかったら世界は間違いなく滅亡していました。二度とこのような失敗はしません。ユグドラの皇女の地位にかけてッ!! 」

セレンは本当に真面目だなあ…………いや、こんな性格だからこそ、ユグドラの戦士達は皆、セレンの命令に従うのかもしれない。

きっと、これからユグドラは本当に変わっていくのだろう。彼女にはビジョンがある。よりよい未来を作るためのビジョンが。

しばらくユグドラに来るつもりはない。もしかしたら、二度と来ないかもしれない。

だが、僕はただこの努力家の皇女とユグドラのさらなる飛躍を願うばかりだった。

と、そこで僕はガークさんから頼まれてた事を思い出した。

半分くらいどうでもよくなっていたけど、一応、話くらいはしておこうか。媚は売れる時に売っておいた方がいい。

「出入りの制限の緩和……いい考えだと思うよ。それで……もしよかったら、なんだけど、まずは探索者協会の支部を置くなんてどうだろう? 実は探索者協会の支部長に頼まれててさ――」