軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

368 嘆きの亡霊は引退したい⑧

マナ・マテリアルは時に恐ろしい怪物を呼び起こす。

数多の国々を滅ぼした竜に、世界征服の寸前までいった魔の王。そして――古の邪悪な教団が支持していた神。

もしかしたら、宝物殿が再現する数多文明の滅亡理由がマナ・マテリアルの呼び起こした災厄によるものだという説は、真実なのかもしれない。そうだとしたら、今僕達の世界がまだ滅んでいないのはとても幸運な事なのかもしれなかった。

今回の敵は間違いなく過去最強だった。毎回何かが起こるたびに同じ事を言っている気もするが、さすがの僕ももうダメかと思った。

一応、僕も事件に巻き込まれるたびに少しは成長しているはずなのだが、相手が強くなりすぎて全く実感が湧かない。

神の幻影を倒したというアークの祖先はどれだけ強かったのだろうか……そして、アークだったらケラーを倒せたのだろうか?

もう今更そんな事考えても意味ないけど…………アークは本当に肝心な時にいないよなあ。呼ぶとか言わずに次からはしっかり連れていく事にしよう。そうしよう。

僕だってこれでもレベル8――やる時はやるのだ。今回はまあ色々想定外の出来事が重なってしまったが、この失敗を次に活かせばきっと何かを救えるに違いない。

ウンウン頷く僕に、ぼろぼろのセレンは出会った直後と同じくらい冷ややかな声で言った。

「で、ニンゲン。言いたいことはソレだけですか?」

§

神々の戦いから逃げ出し、みみっくんの中の街でお昼寝する事、数時間。セレン達によってみみっくんの中から取り出された僕の目に入ってきたのは――廃墟だった。

一瞬、目を疑った。

素朴で美しかった町並みは影も形もなかった。大樹を利用して作られていた家々はへし折らればらばらになって、そこかしこに突き刺さっていた。地面は掘り起こされ、そこかしこに大きな亀裂や焼け跡が見える。泉は蒸発し、地肌がむき出しになっていた。

つい数時間前までユグドラの人々が住んでいた街にはとても見えなかった。ぱっと見、死体は転がっていないが、それが不思議なくらいだ。

だが、不思議なことに、崩壊したユグドラからはそこはかとない平和が感じられた。

空に立ち込めた黒雲は消え、僅かに浮かぶ雲の隙間から日差しが差し込んでいた。先程まで嵐だった証拠に地面は泥濘んでいたが、大気はぽかぽか温かく、周囲に立ち込める空気は眠くなってくる程穏やかだ。

轟音も雷鳴も悲鳴も怒鳴り声もない。代わりにあがっているのは、ばらばらになった街を片付けるユグドラの住民達の声。

結局何がどうなったのかはわからないが、ケラーも兄狐達の姿もないところをみると――。

僕は目を細め、ハードボイルドに言った。

「平和、か…………」

「こ、この酷い光景を見て、よくそんな事言えますね!?」

セレンがぶるぶる肩を震わせながら叫ぶ。まぁ……そうだね。

ユグドラは復興よりも一から作り直した方がマシに見えるくらい酷い状態だった。正直、どんな戦いが起こったらこんな光景ができあがるのかわからない。

できれば聞きたくなかったが、聞かないわけにはいかないだろう。なんかわからないけど、ケラーがユグドラまでやってきたの、僕に用事があったからっぽいし。

「何が起こったの? ちょっと見ない間に随分変わったみたいだけど――」

「あのケラーが、私達の家を、樹を引っこ抜いて、武器代わりに振り回したんですッ!」

「…………地割れとか、ほら、そこの大穴は?」

「ケラーが、街を、ひっくり返したんですッ!! 邪魔なユグドラの結界を破壊するためにッ!! この世のものとは思えない光景でしたッ!!」

へー……街をひっくり返したのか…………街をひっくり返す!?

…………そりゃやばいな。なんか、あまりに現実味がなくて素直に驚けない。

僕達もこれまで様々な強敵と戦ってきたが、街をひっくり返してきた相手はいなかった。そもそも街をひっくり返す意味なんてないし――。

さすがは神の幻影という事か。

そこで僕は、恐る恐るずっと気になっていた事を確認した。

「………………死者は出た?」

僕の問いに対して、セレンがぴくりと眉を動かす。身体の震えが僅かに収まり、ため息をついて答えた。

「出ていません。すぐに退避の指示を出しましたからね……もっとも、指示なんてしなくても普通に皆逃げ出していたでしょうが」

その言葉に、僕は内心、ほっと胸をなでおろした。街は直せばいい。傷は癒える。だが、命は戻らない。

世界を滅ぼし得る神が顕現して死者が出なかったのは紛れもなく幸運だろう。運がいいのか悪いのかわからないな、これ。

うまい慰めの言葉なんてないが――セレンにこの状況にもめげず、美しいユグドラを再建してほしいものだ。

「まぁまぁ、そう気を落とさずに。皆無事なら良かったじゃん。街はまた直せばいいよ。きっと、セレン達なら前よりももっと凄いユグドラを作れるはずだ。幻影になってた人達も戻ったんだし」

「………………当然、です。ニンゲン、狐の神を呼び出した、貴方に言われるのは、癪ですが」

しれっととんでもない濡れ衣を着せようとしてくるセレン。

呼び出してないよ……勝手に来たんだ。だが、今は細かい事を言うのはやめておこう。

正直、僕は状況が全くわかっていない。むしろ僕と比べればセレン達の方がずっと現状を把握できているのだろう。少なくともどうしてティノがケラーに追いかけ回されていたのかは知っているだろうし――。

だが、トレジャーハンターは結果が全てだ。幸運でも不運でも、結果的に今ユグドラを襲っている神はいない。それでいいじゃないか。

ようやく少し冷静になったのか、セレンが先程よりも幾分か落ち着いた声で言う。

「まぁ、致命的な状況は回避できたのは、確かです。世界樹に巣食っていた神殿は消滅し、脅威は消えた。神との戦い方も――あまり参考にはなりそうもありませんが、事例にはなります。ユグドラは今日という日をずっと語り継ぐでしょう。ニンゲン、我々は貴方に感謝するべきなのでしょうね」

随分仰々しいな。これまで何度も言ったが、感謝なんていらない。僕には感謝を受け取る権利などないのだ。

もっとフレンドリーにいこう。僕達はもう友達だろ?

「感謝なんていらないよ、僕は何もしていないし…………ところで一応確認したいんだけど、ケラーと狐の神ってどっちが勝ったの?」

「…………はい?」

§ § §

ユグドラ上空から北西に数百キロ。雷光瞬く黒雲に覆われた『神殿』の中で、兄狐はため息をついた。

「あれは戦で成り上がった神だな……我々とは成り立ちが違う。顕現したてで、しかも消耗した状態で、あそこまで戦えるなんて――人間は本当に野蛮だ」

信じられないくらい強い神だった。

仮面の神、ケラー。元人間の神。

太古、あらゆる存在を組み伏せ存在を昇華させた戦いの神。知らない神だったが、まさかかつてあのような存在が在ったとは。

兄狐達の本能が忌避する鉛の銃弾に、あの汎用性に富んだ恐るべき権能。戦闘に対する覚悟が、意志が、経験が、知識が、能力が違った。

狐神はあまり戦闘を得意としていないがそれを考慮しても、あの状態でケラーに勝ち目などあるわけがなかった。そして、それをケラーは理解していたはずだった。にも拘らず、ケラーは一歩も退かなかった。

故に――ケラーは神と呼ぶに相応しい。

まさか…………あんな不利な状態で、尾を一本持っていくとは、な。

今回の戦いの発端となった妹が、意気消沈したように言う。

「母様に迷惑をかけた」

まったくその通りだ。あの人間にはしてやられてばかりだ。

妹狐が煽られスマホを回収しに行かなければ戦いに巻き込まれる事はなかっただろう。庇われ、恩返しの性質を逆手に取られ助力を強いられたのも、母としては我慢ならない出来事に違いない。

だが、同時に――今戦えてよかったとも言える。

ケラーは好戦的だった。ここで戦わなかったとしても、神と神は基本的に相容れない。いずれは兄狐達に戦争を仕掛けていただろう。

顕現したてで眷属もなく、結界で消耗した状態だったからこそ、母上は尾を一本潰される程度で済んだのだ。百年後だったら、勝敗は逆転していたかもしれない。

潜在的な脅威を潰せたと思えば、むしろあの危機感のない人間に感謝するべきだろう。

「気にするな。二度と関わる事はない」

関係は途切れた。危機感のないあの人間と再度あわせる事なくさっさとあの場を去ったのは、これ以上利用されるのを避けるためだ。

人間との接触は兄狐達にとっていい刺激になる。だが、何事もやり過ぎは良くない。

妹狐が、ケラーから回収した油揚げの包装紙――スマホに変えていたものを見て悲しげに言う。

「………………種明かしできなかった。危機感さんは、ずっと私がスマホを渡したと思ったまま」

「……そういう事もあるさ。それは、あんなに長く騙され続けた危機感さんがおかしいんだ」

狐神の眷属の幻術は世界を騙す程強力だ。だが、幻は万能ではない。

変えるものが複雑であればあるほど精度は下がるし、仮にどれほど強力な幻でも時間経過に従い綻びは大きくなっていく。

ケラーはあの危機感のない人間を無能と断じたが、スマホなんて複雑な宝具の幻をあそこまで長く使える鈍感さはもはや才能と呼んで差し支えないだろう。

人を化かすのは妖狐の本能だ。妹狐はあの人間を化かすつもりだった。

だが、化かされた本人がその事実に気づかなければ、化かしたうちに入らない。

せめて本人の前で戻して見せられればよかったのだが――。

煽られる妹の姿が脳裏に浮かび、兄狐は肩を竦めた。

「ダメだ、これ以上、母上の顔に泥を塗ったら母上に食われるぞ。腕を上げてからにしなさい」

§ § §

シトリー達は元魔術の研究所があった場所に集まっていた。

《嘆きの亡霊》のメンバーに、ティノ。《星の聖雷》に、ルイン。顔色はあまり良くなかったが、負傷している様子はない。

どうやらセレン達は、ケラーが僕にターゲットを変えた辺りから静観に徹し、【迷い宿】の顕現をもってユグドラから避難していたらしい。

その理由が、僕の策の邪魔をしないため、だったというのだから笑える。道理で助けが入らないと思ったよ…………まぁ、神相手だと流石のリィズ達でも分が悪そうだし、よかったと言えばよかったのかもしれない。

僕の顔を見るやいなや、シトリーが相好を崩して言う。

「お疲れ様です、クライさん! 神の幻影……聞きしに勝る力でしたね」

「お疲れ様。皆無事で良かったよ……」

《嘆きの亡霊》は好戦的だ。これまで何度も格上の相手に勝負を挑み、それを切り抜けてきた。

だが、これまで何度も修羅場をくぐり抜けてきたからといって、心配がなくなるわけではない。

「クライちゃん、ごめんね? せっかくチャンスをくれたのにケラーの防御、貫けなかった…………全身三百六十度、どこもかしこも隙がなくてさあ…………でも、次は絶対、ぶち殺すからッ」

「うむ」

僕の心配もよそに、リィズが申し訳なさそうにめちゃくちゃな事を言う。

そんなにケラーが何体も出てきてたまるかい。そしてアンセムもうむじゃない、うむじゃ。

ルシアが深々とため息をつき、追従する。

「しかし、【迷い宿】の時も思ったけど――神クラスってめちゃくちゃですね。どうやって倒せばいいのか……リーダー、今度相談に乗ってください」

ルシアまでそんな…………次に神が現れたら倒す気まんまんだね。僕としては二度とそんな機会来て欲しくないのだが……。

クリュスが顔を顰めて言う。

「私はできればもう二度と会いたくないな、です」

「対神の研究をするなら我々も協力しよう。ケラーは我々の攻撃を、防いでいた。つまり、防がなければダメージを与えられていた可能性が高い」

ルインが真剣な表情で言う。どうやら僕と同意見なのはクリュスとティノだけらしい。

三人で同盟でも組みたいところだが……あまり頼りになりそうにないね。

どうやら、僕がもうダメだと思った神との交戦も、リィズ達にとっては気にするほどのものではなかったらしい。僕はその事実を誇りに思うべきなのだろうか…………さすがにちょっと注意するべきかな?

そんな事を考えていると、そこで、シトリーの元まで僕を案内してくれたセレンが、今にも死にそうな声をあげた。

「…………とりあえず、今度こそ、全て終わりですね。少し休憩したら今後の事を考えましょう。少し……疲れました」

「……どうしました、セレン皇女。随分疲れた顔をしていますが」

「ちょっと心労が…………まさか、勝算もなく別の神を呼び出していたなんて……」

どうも、セレンは僕が勝算があって狐神を呼び出しケラーにぶつけたと思っていたらしい。

そもそも呼び出したという時点で誤りなのだが、まさかどっちが勝ったか聞いただけであんなに詰められるなんて――由緒正しいユグドラの皇女から罵詈雑言を浴びせかけられたハンターなど世界広しと言えど僕だけだろう。なんか自分は悪くないのに申し訳無さを感じてしまったよ。

疲れ切ったその視線に耐えきれなくなり、僕はようやく、それまで意図して見ないようにしていた、部屋の片隅に座るルークを見た。

ルークは膝を抱え、顔を伏せていた。その背からは哀愁のようなものさえ見える。

ようやく石から戻れたのに、セレンに負けない消沈っぷりだ。君、そんなキャラじゃないだろ!

本当に、今回は新体験の連続だな。

今回は本当にハードな旅だった。神の幻影と交戦したハンターなど世界でも一握りしかいないだろう。

今すぐにでも引退したい僕にとっては紛れもない不運だったが、嘆いていても仕方ない。

最終的に皆無事だったのだから、課題や対策についてはまた後で考えればいいのだ。

今は面倒な事は全て忘れよう。

僕は、いつも鬱陶しいくらいの熱量を誇るルークの初めて見るその姿に、思わず笑顔で背中をばんばん叩くのだった。

「やあやあ、ルーク、呪いが解けたみたいでよかったよ! 聞いたよ、誰の力も借りずに根性で呪いを断ち切ったんだって?」

「ぎりぎり間に合わなかった………………神ッ!!」