軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

358 《千変万化》の作戦④

思わず目を見開く。

黒き世界樹。それはつい先日、ゼブルディア魔術学院を半壊させた呪物の名前。

ゼブルディア魔術学院の数多魔導師達を捉え散々魔力を吸い取った挙げ句、最終的にルシアとレベル8ハンター、《深淵火滅》のローゼマリー・ピュロポスにより灰にされた。

そして、その灰を材料に生み出されたのが――この杖だ。

ティノに言われるまですっかり忘れていた。だってほら……杖を生み出したのは僕じゃないし。

「……一度灰になって作り変えられたはずなのに生きてるなんて、怖いね」

幻影達が生み出した破壊のエネルギーは根を受けるたびに少しずつ輝きを失い、やがて完全に根に飲み込まれる。

呪物の図鑑に載っていた情報を思い出す。

確か……黒き世界樹は世界樹の模造品だと書いてあったはずだ。

地脈から力を吸い上げ巨大に成長する本来の世界樹と異なり、模造品は能動的に生き物を襲い魔力を喰らう。ゼブルディア魔術学院では数多魔導師の攻撃魔法を喰らった結果、校舎を上回る程の大きさにまで成長していた。

だが、今の黒き世界樹の成長能力はそれを上回っていそうだ。

視点が更に上昇する。成長した黒き世界樹はまるで漆黒の巨人だった。

かろうじて元の形を保っている杖部分を握り、必死に振り落とされないようにしがみつく。

どうやら今のところ、黒き世界樹は僕やティノには興味を持っていないようだ。

幻影達が一斉に攻撃を開始する。僕達に向けられていた矢が、新たに構築された攻撃魔法が、黒き世界樹の幹を穿つ。

激しい揺れが僕達を襲う。

しかし、黒き世界樹は崩れなかった。幻影達の攻撃により大きく空いた穴もそれを上回る速度で回復している。

「ま、ますたぁ、これ――地脈から、マナ・マテリアルを吸ってませんか!?」

「え?」

「わわ、私、あの後勉強したんですが――黒き世界樹って、マナ・マテリアルがないから仕方なく魔力を奪ってるって――」

なるほどなるほど……………なる、ほど?

………………僕達はもしかしたらとんでもない怪物を復活させてしまったのかもしれない。同じ呪物のはずなのに、マリン達と比べて酷い暴れっぷりだ。

魔術学院で見た時よりも酷いかもしれない。

ティノが目を白黒させながら叫ぶ。

「ま、ままま、まさか、こんな策が――存在するなんて――ますたぁ! ますたぁッ!!」

「……うんうん、そうだね」

まさかこんな策が存在するなんてなあ…………こんな策、存在するかい!

幻影達が警戒したように距離を取る。黒き世界樹の動きが一瞬止まる。

追撃を諦めたのだろうか? 流石にダメージが大きかったのだろうか?

固唾を呑んで状況の推移を見守る僕達の下で、不意に地面が震えた。

――それは、天変地異のような光景だった。

広範囲の地面が砕け、裂け目から黒い根が飛び出してくる。

真下からの奇襲という極めて特殊な攻撃。飛び出した無数の根はまるで熟達した槍使いが放った槍のように速く鋭く、逃げ場などあるわけもない。

無数の根が幻影達に絡みつく。幻影達は根を切ろうとするが、攻撃魔法を受け大穴が空いても再生する根から逃れるなどできるわけがない。

さすがの【源神殿】の幻影でも、盗賊型や魔導師型の幻影では、拘束を振りほどく程のパワーはないようだ。

とっさに幹にしがみついたマリンと黒騎士も黒き世界樹の暴走っぷりに唖然としていた。

僕も唖然としていたいが、この状況――もしかして、ラッキーなのでは?

少なくとも幻影よりもこの黒き世界樹の方が殺意は薄いだろう。まぁセレンとの約束――なるべく殺さないは守れそうもないけど、それは仕方ない。

力の密集するこの森は黒き世界樹にとって格好の餌場なのだろう。幹が脈打ち、どんどん成長していく。

模造品とはいえ、さすが世界樹を目指して作られただけの事はあるな……。

狙われてはいないといっても、この大きさ――滑り落ちたら虫けらのように踏み潰されるだろう。

やばいのかやばくないのかわからない状況を必死で耐え凌いでいると、その時、ふと幻影を包み込んでいた根が蠢き、中身をぺいっと地面に吐き出した。

無造作に地面に吐き出されたものを見て、ティノが前のめりになって叫ぶ。

「!? な、中から、精霊人が出てきた!? そういう事ですか!?」

え? マジで?

目を凝らし、下を見るが遥か下の出来事だ。視力はそこまで悪くないのだがよく見えない。

ユグドラの民が幻影に姿を変えられていたという話は聞いていた。フィニスの持つ力で、マナ・マテリアルを消滅させる事で助け出せるらしいという事も。

確かに、地脈からマナ・マテリアルを吸えるならば幻影から吸う事も可能だろう。

黒き世界樹が、一度捕らえた幻影を次から次へと放り捨てていく。用済みとでも言うかのように。

放り投げられた幻影――精霊人達は、動かない。だが恐らく、死んではいないだろう。魔術学院での事件も死者は出なかったらしいし――。

目を見開き、僕では見えない戦場を凝視しながらティノが叫ぶ。

「なんて早さ――あんなに沢山……フィニスの枯渇よりも効率がいいです、ますたぁッ! 黒き世界樹にこんな能力があるなんて……はっ! ま、まさか……帝都での、呪物騒動は――予行練習だったの、ですか!?」

一体何をどう考えたらそんな結論になるのか、理解に苦しむ。自慢じゃないが、今回も僕の思い通りになった事は何一つない。

いくら目を凝らしてもよく見えないので、仕方なく状況の把握を諦める。

「まったく、何人幻影になってたんだよ……」

そうこう言っている間に、森は静かになっていた。

その間、こちらに攻撃が飛んでくる事は一切なかった。一方的すぎる。

相性って本当に大切だな……まさか推定レベル10宝物殿の幻影が手も足も出ないなんて。

あらかた美味しい獲物を喰らったのか、黒き世界樹がぴたりとその動きを止める。

満足したならもう一度杖に戻って欲しいなぁ……放り捨てられた人達の様子もみたいし。

黒き世界樹がゆっくりと動き始める。成長に成長を重ねたその大きさは既に其の辺に生えている大樹を超えていた。だが、本物の世界樹には遠く及ばない。

世界樹はティノの言う通り、目と鼻の先にあった。といっても、数キロは離れているだろうけど、こうして高いところから見ると、世界樹の馬鹿らしい大きさがよく分かる。

冷たい風に思わず身を震わせる。そこで、小さく震えていたティノが素っ頓狂な声をあげた。

「ま、ますたぁ、この子――【源神殿】にひきつけられていますッ!?」

「…………それはまずいね」

ティノの言うとおり、黒き世界樹はゆっくりと、だが確実に、本物の世界樹の方に進んでいた。

どうやらこの樹は幻影の一軍から力を吸収した程度ではまだ満足していなかったらしい。

生き物ならば本能で【源神殿】の危険性を理解できるはずだが、この樹にはそんなもの存在しないようだ。

いくら相性が良くても、神の幻影のいる敵の本丸に乗り込むのは看過できない。万が一侵入に成功してこれ以上成長したとしてもそれはそれで面倒な事になりそうだし――。

時間稼ぎは十分だろう。装置が壊された以上ここに留まる意味もないし、シトリー達ならばこの黒き世界樹もどうにかしてくれるはずだ。

「よし……シトリー達のところに連れて行こうか」

「!? ど、どうやって、ですか!?」

「それはほら……あれだよ、あれあれ。馬の鼻先に人参をぶら下げる的な――」

この黒き世界樹は先程まで、幻影への攻撃を優先していた。きっと【源神殿】に向かう優先順位はそこまで高くないはずだ。

「し、しかし…………人参って、何を囮にするつもりですか? 私達には興味を持っていないみたいですが――」

「うーん、そうだね…………学院では、魔導師をターゲットにしていたって言ってたかなぁ……」

つまり、この樹は魔力やマナ・マテリアルに惹きつけられているという事になる。マリンを追わないのは同じ呪物としてのよしみ故か、それともマリンには魔力がなかったりするのだろうか。

黒き世界樹の動きは遅い。いや、遅くはないけど、引きつける事さえできれば誘導はきっとなんとかなるはずなのだ。

宝具に反応してくれれば話は早いのに、宝具には興味がないらしい。一応、かなりの魔力が込められているんだけど、黒き世界樹が襲う基準がどうにもわからない。

僕は小さくため息をつくと、諦め半分でみみっくんに言った。

「みみっくん、魔力の込められた宝具以外の物、出して」

みみっくんの性能は大体、把握している。彼は『 時空鞄(マジック・バッグ) 』としてはこの上ない優秀さだが、さすがに入っていない物を出せたりはしない。

だが、みみっくんは迷う素振りもなく、一つの布袋を吐き出した。

何の変哲もない袋だ。見覚えがあるようなないような――。

ずしんずしんと足音を立てて動いていた黒き世界樹がぴたりと止まる。僕は目を瞬かせると、覚悟を決めて袋を空け中を覗いた。

中に入っていたのは――金色と銀色の糸だった。細く艶があり、触れるとひんやりしている糸。

いや、正確に言うと糸じゃない。僕は取り出したそれをしげしげと見つめると、目を見開いたまま固まっているティノに渡した。

これは――髪だ。ミレスに飲み込まれたセレンを助けた時に強制的に渡された、アストル達の髪。

魔術に適性のある精霊人の髪。強力な魔術触媒になりうる、精霊人にとって命と誇りの次に大切な物。

そこには――精霊人の、強力な魔力が宿っている。

ティノが目を瞬かせ、その左右から根が勢いよく迫ってくる。僕はティノが捕まる前に早口で言った。

「ティノ、カーくん使って誘導よろしくね」