軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

357 《千変万化》の作戦③

おかしいなぁ……僕に相手の強さを測るような能力はないが、光霊教会で戦った時のマリンは明らかにこの程度じゃなかった。魂すら凍りつかせ無防備に聞いた者を昏倒させる、まさしく最強の呪いの名に相応しい力を持っていた。

だが、今の慟哭はただの悲鳴だ。教会での戦いを知っている身からすると期待はずれすぎる。

そもそも、あの時のマリンって黒い炎みたいなやつで黒騎士の盾とか作ってなかったっけ? ……あれは?

攻撃を受け、幻影達のターゲットが変わる。

矢の一部が必死に慟哭をあげるマリンに放たれ、その小柄な身体を刺し貫き飛ばす。手から呪物の杖が離れ足元に転がってきた。

吹き飛んだマリンに気を取られたのか、黒騎士が矢をまともに受け、吹き飛ばされる。

そのまま数度地面をバウンドし、大樹の根本に叩きつけられる。しっかり根を張った大樹が衝撃に大きく揺れた。

矢によるものとは思えない恐ろしい威力だった。攻撃が止まり、静寂が戻る。

ティノが一瞬でやられた味方に、恐る恐る声をあげた。

「!?? も、もしかして…………その…………恨みが消えかけているのでは? そもそも、人間の言う事を聞く時点でだいぶ人間じみてますよね!?」

「…………た、確かに、そういう考え方もできるねぇ」

呪いとは術式にまで昇華された強い感情の発露。怨嗟の感情が薄れれば当然、力も弱くなる。

完全に頭から抜け落ちていた。

マリンに全て押し付けようと思っていたのに――どうする?

大きく飛ばされたマリンが空中を滑るように浮遊し、戻ってくる。どうやら弱った状態でも、光霊教会で見せた不死身っぷりはまだ健在のようだ。矢は完全に身体の中心を捉えていたが、その身に傷はない。

だが、その表情には怯えと困惑が浮かんでいる。

「??? な、なんで??」

掠れた戸惑いの声をあげるマリン。僕が聞きたいくらいだが……どうやら、本人も力を失った事に気づいていなかったらしい。

この分だと黒騎士の力も一緒に薄れてそうだ。シェロに一度飲み込まれたのも悪かったのかもしれないし、もしかしたら僕が呪物を丁寧に扱ったから未練がなくなったのかもしれない。敵だった時はあんなに強かったのに味方になった途端弱くなるなんて――。

一時間早く教えて欲しかった。幻影に襲われてから判明するなんてタイミングが悪すぎる。

いつもいつも変なアクシデントが起こるんだから、まったく(責任転嫁)

「…………まだまだこれからだよ。マリンならきっとなんとかしてくれるはずだッ!!」

「!?」

他に策などあるわけもないが、やけくそ気味に言う。マリンがぎょっとしたように僕を見る。

元々マリンの力が通じず時間稼ぎに失敗したらすぐに逃げるつもりだったが、あの射出速度――ルシアの攻撃魔法にも匹敵する激しい矢の嵐。果たして逃げ切れるだろうか?

優れた射手は一キロ以上離れた場所からの狙撃をも可能にするという。レベル10宝物殿の幻影ならば視力も並外れているだろう。どこからでも矢が飛んできそうだ。

矢による攻撃は止まっていた。だが、幻影達は未だ立ち去っていない。静かに、そして不気味に、仮面がこちらを観察している。

叩きつけられた黒騎士がふらつきながら戻る。その鎧はひしゃげ、大きな穴が空いていたが、幸いまだ動けそうだ。

剣を構えマリンを守るように前に出るが、全方位から狙われている状況では余りに頼りなかった。

「ますたぁ――相手にはまだ魔導師がいます」

「なんで攻撃してこないと思う?」

「…………こ、こちらの、力量を、測っていたんだと思います。戦いを確実にするために……ハンターも、初めて戦う魔物には様子見しますから。あるいは仲間を待っている可能性も――」

なるほど……高レベル宝物殿の幻影特有だ…………このままずっと様子見していてくれないかな。

幻影の様子を警戒しながら足元に転がってきた杖を拾い、ティノに言う。

「ティノ、みみっくんの中に逃げるんだ」

マリンと黒騎士は強い。いや、弱くなってしまったみたいだけど、呪いというのはそもそも普通の攻撃では倒せないのだ。そして、僕は結界指という保険があるが、ティノにはない。

みみっくんの中に逃げ込んでからどうしようというのはあるが、ここで戦うよりマシだろう。

僕の言葉に、ティノが唇を一文字に結び、こちらを見上げる。

今にも泣きそうに歪んだ美しい黒い瞳。そしてティノは震える声で言った。

「い、いえ――今回は、私も戦いますッ!!」

「…………え?」

「力不足なのはわかっています。いつも……いつまでも、ますたぁ――マスターに守られてばかりでは、いられませんッ!! マスターと一緒に戦うために、私は修行しているのですッ!!」

最後まで言い切ったその時には、声から震えが消えていた。ティノが幻影をきっと睨みつける。

その言葉には強い覚悟が込められていた。マリンも黒騎士も、ティノを見て驚いているようだ。

僕もティノを逃した後に逃げるつもりだったのに、そんな事を言い出せる雰囲気じゃない。

ハードボイルドな笑みを浮かべる僕に、ティノが小声で言う。

「付け入る隙は、あるはずです。私は……距離を、詰めなければ、何もできません。私が、前に出ますッ」

??? さっき黒騎士が前に出ようとして集中砲火を受けたのを見ていなかったのかな?

「私でも、突撃すれば相手は無視できません。私が、隙を作ります。マスターは攻撃を!」

「…………矢の攻撃をどうにかできるの?」

「三人で、突撃すれば攻撃は、分散されるはずです。気合で……避けます」

無謀すぎて笑う。

だが、その無謀さ――勇敢さは紛れもなく僕の幼馴染達から引き継がれたものだった。なんだか責任を感じてしまう。いいんだよ……逃げるんだからそんな頑張らなくていいんだ。

仮に戦うにしてもその役割は良くない。僕は戦闘能力がほぼゼロみたいなものだし、メインアタッカーは僕以外じゃないと……。

仕方ないので、勇敢な後輩の肩を掴み、前に出る。

「ティノ、勇敢さはハンターの適性だ。でも、忘れちゃいけないよ。今回の目的を」

似たような事を【白狼の巣】でも言った気がするなあ?

「目……的………………!!」

ティノが目を見開く。そうだ。今回の目的は敵を倒す事じゃない。

マリン達を差し向けたのは時間稼ぎの一環だ。更に言えば、僕達は装置を守る必要すら――ないッ!

幻影達はまだ様子を見ている。シトリー達は僕よりも有能だし、向こうの作戦はきっとうまくいっているだろう。

宝物殿を弱らせたら形を保てなくなるとシトリーは言っていたが、消えるまでどのくらいの時間が必要なのだろうか?

今すぐ消えてくれないかな……。

とりあえずティノが僕の指示通りみみっくんの中に隠れてくれるよう、自信満々に断言する。

「僕には――策がある」

「ッ!?」

その時――不意に爆発にも似た破砕音が響き渡った。

きらきらと真上から硝子の欠片が落ちてくる。

マナ・マテリアル撹拌装置が半壊していた。そこかしこに黒い矢が突き刺さっている。

全く何の反応もできなかったが、幻影が装置を攻撃したらしい。

装置の事は知らないはずなのに…………頭いいね、君達。

「!? マスター!」

「お、落ち着いて、ティノ。装置なんて、いらない」

大切なのは命だ。どうやら彼らの弱体化を待つような時間はないらしい。

不意に結界指が発動した。矢が弾かれ、攻撃されていた事に気づく。

その速度は完全に僕の知覚能力を上回っていた。もはや回避とかそういうレベルではない。

黒騎士が剣を振るい矢を切り落とし、マリンがパワーダウンした慟哭で幻影達を威嚇する。ティノが決死の表情で短く息を吐くと、立ち尽くす僕の前で拳を振るった。

数本の矢が地面に突き刺さる。軌道を逸らしたのか……僕では見えすらしないレベル10の幻影の矢を素手で受け流すなんて、怪物かな?

「ッ! マ、マスター、魔導師がッ、溜めてますッ!」

ティノが悲鳴のような声をあげる。幻影達は様子見をやめたらしい。

ばりばりという雷のような音に、慌てて空を見る。

四方から天空に光が集まっていた。

魔導師の術はその規模に比例して溜めが長くなる。しかもこれは――儀式魔法だ。

複数の魔導師による極大の一撃。矢で牽制し、全てを消し飛ばすつもりだ。

まぁでも、僕には結界指があるからな。まだ今回は一個しか起動していないので余裕がある。

ための必要な大規模魔法と結界指はとても相性がいい。炎の魔法ならけっこうやばいけど雷ならまだ大丈夫。

「!? ひゃ、ま、ますたぁッ!?」

表情を強張らせるティノを引き寄せる。結界指は基本的に一人用だが、密着すればぎりぎり二人を守ることくらいできる。マリン達は……まあ、守らなくてもなんとかなるだろう。呪いだし。

そして、何気なく手に持っていた杖を持ち上げようとして、そこで気づいた。

杖が――重い。上がらない。

恐る恐る下を見る。杖の下端が、地面にめり込んでいた。いや、めり込んでいるという表現は正しくないだろう。

――触手のように伸びた杖の端が、大地に突き刺さっていた。

どうやら突き刺さった杖は地面の下で根のように分かれているらしく、地面が脈打っている。時折根のようなものが地上に突き出していた。

試しに力を入れて杖を抜こうとするが、ぴくりともしない。

…………………………変わった杖だなあ。

庇っていたティノが足元に気づき硬直する。

そして、地面の下を蠢いていた根が、突然、一箇所に向きを変え、矢のような勢いで飛び出した。

根が狙っていたのは、上空に構築されつつある破壊のエネルギーだった。

無数の根が光に触れ、大きく弾かれる。根の半分が焼け落ち、焦げたような異臭が辺りに充満する。

だが、杖は諦めなかった。更に枝分かれした無数の根が傷つくのも構わず光に殺到する。

そして――地面が大きく揺れた。慌てて杖に掴まる。

大地が裂け、地面の下から黒いものがせり出してくる。

いや、それは――幹だった。杖と同じ色の、漆黒の幹。

どうやら地面に突き刺さった杖が地面の中で成長していたらしい。

どんどん足元が持ち上がり、視点が高くなる。落ちそうになり、慌てて杖を掴む手に力を込める。みみっくんが腕を出し、幹を掴む。

意味不明な状況すぎて笑みを浮かべる事しかできない僕の前で、ティノが声をあげた。

「!?…………こ、これは…………黒き、世界樹!?」