軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

36 判断

「おいおい、『黒金』さんよ……」

ぎょろりとした目を引きつらせ、茶髪の男ハンターがスヴェンを見下ろしてくる。

スヴェンとは別のルートで『白狼の巣』の探索に従事していたパーティのメンバーだ。

『足跡』は帝都のクランの中では規模の大きなクランだが、ハンターの大部分が加入しているわけではない。今回の作戦には『足跡』以外のメンバーも複数参戦している。

無事撤退を果たしたスヴェンを囲んでいるのは、非常事態の合図を聞いて脱出してきたパーティだった。

トレジャーハンター同士はライバル同士だ。

宝物殿の生み出すリソースはほぼ無限だが、一定期間に得られる量は限られている。

そのため、宝物殿でハンター同士がぶつかり合う事は少なくない。街の外は治外法権なので恨みを買っていれば殺される事も十分ありうる。

だが、今回の依頼は国からの正式な調査依頼だ。何が起こるかわからない調査依頼ではある程度の連携も必要になる。

警戒の合図はその妥協点だった。

互いに勝手にやる。手に負えないような非常事態が発生したら音で知らせる。そういうことだ。

『白狼の巣』入り口付近に作られた臨時の陣には、二十名近いハンターが集まっていた。皆、スヴェンの鳴らした笛を受け、戻ってきた者達だ。

場にはぴりぴりしていた空気が漂っていた。

「って事はなんだ? あんたは、特に何の異常も発生していないのに、その連絡とやらを聞いて、緊急事態の合図を出したっていうのか?」

「そうだ」

敵意の目。こちらの様子を観察する目。完全武装したハンターから奇異の視線を受けても、スヴェンの表情は揺るがない。

きっぱりいい切ったその言葉に、集まってきていたハンター達がざわめく。糾弾してきたハンターも、眉を顰めた。

『黒金十字』は有名なパーティだ。

ハンターの中には、全員が回復能力を持つという構成とその安定性を重視した立ち回りを臆病と笑う者もいるが、実績は嘘をつかない。

何よりも一人もメンバーを欠くことなく高レベルに至ったという事実は尊敬に値するものだった。

だが、それと今回の件は話が別だ。

派閥もレベルも異なるパーティが合同して受けている調査である以上、状況を混乱させるような真似は極力避けるべきだった。

茶髪のハンターは舌打ちをして、他のパーティのメンバー達を見渡して大きな声で確認する。

「……この中で何か見つけた者はいるか? 例のボスでもいい」

その声に、スヴェンが僅かに眉を顰めた。

スヴェンはこの調査では途中参加組だ。正式な探協の依頼によりやってきているとは言え、一番最初に依頼を受けた立場からすれば面白くないだろう。

その言葉に、周りに集まっていたパーティのリーダーがそれぞれ言葉短に答えた。

「特にない」

「こちらもないわ。数体の 幻影(ファントム) と遭遇したけど特に問題なく処理したわ」

「……ボスは『絶影』が殺したと聞いた。しばらくは発生しないだろうな」

白狼の巣は中規模程度の広さの宝物殿だ。

道は複雑だし死角も多いが、これだけ人数がいれば、警戒しながら調査を進めても地図全てを埋めるまで時間はかからない。

強敵との懸念があるボスも既に討伐されている。異常原因が特定されていない事を除けば、楽な部類の依頼だ。

そして、ハンターたちの受けた依頼は現場の状況の調査であり、原因の究明ではない。

茶髪ハンターが鼻を鳴らし、スヴェンを睨む。

目の前の男ハンターの事を、スヴェンは知っていた。素行が良いわけではないが実力は確かな男だ。

今回のような調査依頼に問題しかないハンターが動員されることはない。

いや、もしもスヴェンが目の前の男の立場だったとしても、そんな理由で笛を鳴らされれば文句の一つもいいたくなるだろう。

「……らしいが? あんたは俺達の判断よりも、現場に来る事なく街でふんぞり返っている男の言葉を信じる、と。そう言ってるんだな?」

威圧するような目だった。

剣こそ抜いていないが、それは周りに他のハンターが集まっているからだろう。

新人のヘンリクが不安げに息を呑んでスヴェンと茶髪ハンターの顔を交互に見る。

スヴェンは周りを一度ゆっくりと見回し、肩を竦めて見せた。

「ああ、そうだな」

「……ッ!」

予想外の言葉だったのか、茶髪ハンターが目を見開く。その顔がみるみる赤くなり、眉が歪む。

今にも殴りかからんばかりの態度で前に踏み出したところで、スヴェンは深々とため息をついた。

「哀れだな」

「!? なんだとッ!?」

「先に言わせてもらうが……俺達は『温情』で笛を鳴らしてやったんだ」

気色ばむ面々を見て、スヴェンは淡々とした声で続ける。

洞窟の奥から狼の遠吠えが反響する。急にいなくなった侵入者達――スヴェン達を威嚇でもしているのか。その咆哮は何かの前触れでも示しているかのようだった。

「『 嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ) 』の連中なら……鳴らさねえ。クライなら、大丈夫だと言う。リィズやルークなら興味自体示さねえし、シトリーなら――むしろお前らを先行させる。だが俺達はこれで一応、『ヒーラー』だからな。出るとわかっている死傷者を止めねえのは『流儀』に反するわけだ」

ハンターは自己責任だ。緊急事態に助け合うのは暗黙の了解だが、文句を言われてまで警告する義務はない。

だが、スヴェンはやった。そもそも、スヴェンはこの展開を予測していた。文句を言われても冷静なのはそのためだ。

樹木に背を預け、草の生えた地面を踏みにじりながらスヴェンが続ける。

「すぐにうちのクランのメンバーが大勢やってくる。再調査はそれを待ってからでも遅くねえ。死にてえなら好きにしろよ。俺達はここで待つ」

「……ッ」

「高額な報酬も死んじまえば何の意味もねえ。情報はただにしといてやる。ラッキーだったな」

調査依頼は一定額の報酬が約束されているが、特に有力な情報を手に入れた者には追加の報酬が与えられる。

複数ハンターの投入は競走という側面もあるのだ。

茶髪ハンターが唇を噛む。

追加報酬は無視できるほどの額ではない。が、『黒金』が来る前から調査しているが、今まで有力な情報は得られていない。このまま調査を続けても何か得られる可能性は低いだろう。

しかしそれでも、このままここで待機し、『足跡』のパーティが多数参戦すれば、競争率はさらに高くなってしまう。

男もハンターだ。人並み以上の欲がある。そして、今の状況に大きなリスクは感じられない。

他のハンターたちも戸惑ったように顔を見合わせている。同じ事を考えているのだろう。

本来ならば一笑に付すような警告だ。だが、相手が帝都で有名なパーティである事がそれに制止をかけていた。現に、目の前にいるハンターは確かに、有する『嵐撃』の二つ名に相応しい態度をしている。

それでも、『黒金十字』だけが探索を続けるなどと言っていればまた話は変わっただろう。

だが、本人達は待機を選んでいるのだ。

ハンターの一人が空気に耐えかねたかのように声をあげる。

「ここに出るのは狼だ……スライムなんて……出るわけがないッ! 大体、出たとしても問題ないッ! 俺のパーティには魔導師だっているッ」

スライムが出る可能性。それを問われたら皆、ゼロと答えるだろう。

ゼロではなかったとしても、ゼロに近しい確率しかないのは間違いない。本来想定するまでもない事だ。

「――忘れもしねえ、昔、まだ『足跡』のクランが出来たばかりの頃の話だ。クライが……うちのクランマスターが、街の外に花見に行こうって言い出した事があった」

突然語り始めたスヴェン。その深刻そうな表情に周りが静まり返る。

先程まで歯が軋む程に歯を食いしばり唸っていた茶髪ハンターも顔をあげる。

語るスヴェンの後ろで、『黒金十字』のメンバーの表情が苦々しく歪められていた。

唯一入ったばかりのヘンリクだけが不思議そうな目で仲間達の顔を見ている。

「皆で行けば護衛を雇う必要ないし、外だから、ちゃんと武器とか忘れずに持って行けとか言って……」

「? ……何の話だ?」

「今その場所は――宝物殿になってる」

「!?」

「ここにいる連中の中には覚えてる奴がいるかも知れねえが、地震で『地脈』がほんの少しだけずれたんだ。ずれて、丁度花見に向かった辺りでぶつかった。お前ら、宝物殿が出来上がるその瞬間を見たことあるか? あれは――見ものだった。まるで地獄がこの世界に現れたかのような有様よ。まぁ、まず見る機会はねえだろうがな」

誰も何も言わなかった。

宝物殿の情報を仕入れるのはハンターならば当然のことだ。当時その宝物殿の出現は大きなニュースになった。

全員心当たりがあるのだろう。

茶髪のハンターが愕然とした表情で、とぎれとぎれに言葉を問う。

帝都近辺にありながら、その環境のあまりの劣悪さからほとんどのハンターが挑むことすら出来ていない高難度の宝物殿。

「それはまさか……あの『花園』か?」

最近出現したばかり、たった三年でレベル7認定を受けるに至った、帝都近辺では最悪と呼ばれた宝物殿。

最近アークが攻略して話題になったが、今この帝都でそれに挑めるだけのハンターが何人いるか。

その声に答えず、スヴェンが天を仰ぎ言った。

「『千変万化』には『未来』が見えている」

「……そんな……馬鹿な」

荒唐無稽な話だ。

宝具の種類は把握仕切れない程豊富だが、その全てがかつて存在していた文明の模倣だとされている。

あまりに理に反する物は存在しない。未来視など人間の手に余る。

だが、他の宝具だって現代文明では再現出来ないものが大部分なのだ。

誰がその存在を完全に否定できようか。

戸惑いを隠せないハンター達に、スヴェンは深く笑みを作り言った。

「そういう『宝具』を保持しているらしい。ただの噂だがな。本人は否定しているが……それが、俺が撤退を決めた理由だ。さー、俺は理由を言った。それでも先に進みてえ奴は好きにしろ」

§ § §

クランマスター室には穏やかな時間が流れていた。

皆、宝物殿に向かってしまったせいか、いつも比較的賑やかだったクランハウスにはどこか静かな空気が漂っている。

クランマスター用のお高く大きなデスクにつき、エヴァが入れてくれたコーヒーを飲みながら、エヴァが纏めてくれた今回の依頼の収支を記載した紙をぺらぺら捲る。

元商人が作っただけあってとても見やすいデータだった。僕のようなド素人でもわかるのだから見事だ。

今回依頼に赴いた足跡パーティの数と要員数。探索者協会から一括で入る報酬に、クランが管理費用として差し引いている額。

今回の依頼で認定レベルが上がると予測されたメンバーについては印がついている。

他のクランの中には所属パーティの管理体制がずさんな物も多いが、『始まりの足跡』は高額な会費を取っているので管理もかなり微に入り細を穿っている。

所属ハンターの動向についてはクランの資料を調べればすぐに分かる。

それでも僕が所属ハンターの動向を把握していないのはつまり……そういうことだった。

ちなみに、エヴァは全部把握しているらしく聞けばすぐに答えが返ってくる。

僕がまず覚えなくちゃならないのは所属ハンターの名前と顔だな……。

正直、見ても「へー」以上の感想は抱けないんだが、エヴァに悪いのでもっともらしく頷きながらぱらぱら資料を捲っていく。よくわからない所もあるが質問したりしない。

と、そこで一つのパーティ名が目に入ってきた。

「え? あれ? もしかして、『黒金十字』も行ってるの?」

「?? はい。クライさんが向かわせたのでは?」

不思議そうなエヴァの言葉に、僕はようやくスヴェン達をパシリに使っていたことを思い出した。

多分、僕からの言付けを届けに行った時にガークさんに頼まれたのだろう。

『黒金十字』は優秀なパーティだ。爆発力はないが安定性は抜群、リーダーの強さも申し分ない。もちろん常識もリィズよりずっとある。

『足跡』の代表的なパーティの一つである。彼らがいるのならば、向こうでの指揮も問題ないだろう。

僕は全身の力を抜き、リラックスしたように椅子にもたれ掛かる。

足をデスクの上に置くと、エヴァが窘めるように眉を顰めた。まーまー今は誰もいないから。

「やっぱり過剰戦力だったかなあ……」

「……たまには余裕を持って、というのもいいのでは?」

「いや、いつだって余裕は持ってるし……」

「…………」

エヴァが白い目を僕に向けている。

余裕は持っているのだ。持っているつもりなのだ。だが、いつもうまくいかない。

僕は才能がないのに運もないのだ。いつもタイミングが悪い。どう動いてもうまくいかない。

まだなんとかクランを回せているが、もしかしたら呪われてるんじゃないだろうか。

ゲロ吐きそうだ。

僕はブラックコーヒーを口に含み、あまりの苦さに思わず顔を顰める。

格好つけずにカフェオレにしてもらうべきであった。もう駄目だ。

「ハンターやめようかな……」

「またそんな事言って……」

まぁ、さすがに今回は大丈夫だろうけど。

『黒金』まで参戦してうまくいかないなんて考えられない。アークには及ばないが、ベストではなくてもベターだ。

残る問題は……リィズを引き止めることだけだろうか。

リィズがストレス発散しているはずの地下訓練場を見下ろし、ため息をつく。

今はまだ僕の言った「別にやってもらうことがある」という言葉を信じ大人しくしているが、何かあてがわなければ『白狼の巣』に単身突撃する危険がある。

足跡の皆さんはおろか、他のパーティの皆さんを危険に晒すことになる。それだけは避けねばならない。

僕にしか出来ない仕事だ。やる気は出ないがやらねばならない。迷惑はかけられない。

しかし、そうだな……彼女はやる気だ。その動きは早々止まらない。

腕を組み、ぼんやりと天井を見上げる。

うーん……リィズちゃん、暴れん坊だからなあ。

適当な宝物殿でも行ってもらうか……ティノも強制的に連れられるだろうから、簡単な所を選んでやろう。『白狼の巣』からもなるべく遠い所にして……迷惑かからないように人気がないところにして。

リィズも僕の頼みなら断るまい。

彼女は『動』の人間なので、動かさない事は難しいが動く方向を変える事は簡単なのだ。

今日の僕は――冴えてる。

「うん、そうだな」

頷く僕に、今まで黙って僕を見ていたエヴァがなんとも言えない表情で尋ねてきた。

「……何が見えたんですか?」

「え? いや……何も?」

「…………そうですか」

立ち上がり、宝物殿を選定する作業に入ることにした。

腕がなるぜ。