軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35 撤退

「支部長、本当に行くんですか?」

困ったように眉をハの字にするカイナに、ガーク・ヴェルターが一度鼻を鳴らした。

その格好はいつも探索者協会ゼブルディア支部で仕事をしている時の物ではない。

手足の動きを阻害しないよう、要所のみを覆った真紅の鎧に、頭部を守る棘付きのヘルム。

腰に巻かれた、非常時にすぐさまポーションなどの各種道具を取り出せるツールや、戦闘時以外にも様々な用途で使える大ぶりの鉈も含め、ガークがハンター時代に使い、未だ残っていた装備の数々だ。

鎧もヘルムにも無数の細かい傷がついており、その装備が数え切れないほどの戦場をくぐり抜けた事がわかる。

だが、何よりも目を引くのはその右手に握られた背丈程もある 槍斧(ハルバート) だろう。

青味がかった黒色をした不思議な 槍斧(ハルバート) だった。先端部と比較して斧部分が非常に大きく取られており、薙ぎ払うのを想定して作られているように見える。

かつて、歴史の全てを経験したと豪語する『超命種』すらまだ存在していなかった時代、鍛冶と戦いを愛する者達がいた。

その者達はその生活の中で鍛冶技術を洗練し、金属に魔法の力を練り込み新たな金属を生み出す独自の術を編み出した。

戦を愛し熟達した戦士でもあった彼らはその技術を存分に使い特殊な武具を多く生み出し、幾度となく降りかかる災厄を退け長く栄華を誇っていたという。

悠久の時がすぎ、今ではかつての文明はその痕跡すら殆ど残っていない。

文明の基幹を担った特殊金属の精製技法は失伝し、多くの魔導師や鍛冶師が再現を試みているがその手がかりすら見つかっていない。

――だが、その産物は違う。

現在、宝物殿で発見される武器型の宝具の多くは、その時代――高度魔導武器文明に生み出された代物を再現したものだとされている。

炎を操る大剣。絶対に折れず曲がらず軽い刀。空気を両断し数メートル先を貫くランス。

今尚存在する脅威――並の金属を越える強固な身体を持つ魔物や幻影をすら容易く貫く、古代の遺産だ。

宝具の使用には長い鍛錬が必要だ。故にハンターは多くの宝具を持たない。

だが、ハンターのほとんどはその数少ない宝具として、自身の命を賭けるに足る相棒として、この時代の武器を選択する。

ガークの持つ 槍斧(ハルバート) もそんな宝具の一つだ。

トレジャーハンター時代のガーク・ヴェルターをレベル7までのしあげた相棒。

強い冷気を纏い、斬りつけた者を内側から凍らせるハルバート、『氷嵐戦牙』。

引退時に売ってくれという打診が多数来たがついに手放せなかった代物だ。

久方ぶりに握り、手の平に伝わってきた冷たい柄の感覚に、ガークが表情を引き締める。

そのむすっとした凶相に機嫌の良さを感じ取り、カイナが深々とため息をついた。

「支部長、貴方、今はもうハンターじゃないんですよ? わかってますか?」

「わかってる。無茶はしない」

「『 始まりの足跡(ファースト・ステップ) 』が全面協力してくれるんだから問題ないでしょうに。『黒金十字』も先行してますし……ガークさんが行く程のことでは……」

「……チッ」

難色を示す副支部長、カイナの言葉に、ガークが舌打ちし、身動ぎする。

槍斧の先が天井に掠め、霜が下りる。武器と鎧、合計百キロを越えた装備をして、ガークの様子はいつもと変わらない。

「リィズに、馬鹿にされたままで終われるかッ! 力は落ちたが、まだまだ俺だって今のハンターに負けているつもりはねえ。俺には経験があるッ!」

「……そんな、子供みたいな……」

漏れた小さな声に、ガークが視線を逸した。

ガークは元レベル7のハンターだ。現役のハンターの中に元『戦鬼』の二つ名を持っていたガークを侮る者など殆どいないのだが、余程リィズに馬鹿にされたらしく、我慢ならないらしい。

まるで言い訳するように、頭一つ分背の低いカイナに言う。

「それに、今回の件は随分ときな臭い。俺が現地にいたほうが対応が早いだろう。……パフォーマンスにもなる」

半ば無理やり予算の増額を申請したのだ。

具体的な情報なしでそれが通ったのはレベル8の威光もあるが、ガークの名が帝国の上層部に知られているのも大きい。

本当にここまでハンターを雇う必要があるのか。

依頼の大本であり、帝国で宝物殿関連を管理している、『遺物調査院』も猜疑的な目で見ている。自分も動いたほうが向こうも納得し易いだろう。

カイナは額を押さえ、深々とため息をついた。止められない。止めようがない。

支部長も引退したとはいえ、まだハンターということか。

「仕事は残しておくので、帰ってからしばらく残業です」

「………………やっておいてくれても構わんぞ?」

「遠慮します」

カイナの言葉に、今度はガークがため息をつく番だった。

§ § §

狭い洞窟の中、反響する剣戟の音。狼の遠吠えに何かが崩れ落ちる物音。

発生した直後を除き、人気のほとんどなかった『白狼の巣』に、今やこれまでになかった数のハンターたちが集結していた。

『足跡』の創始パーティの一つ。『黒金十字』もその中のパーティの一つだ。

メンバー数六人。平均認定レベルは5。

中でもレベル7を目前としたリーダー、スヴェン・アンガーは『嵐撃』の二つ名を有する帝都ハンターでも屈指の 射手(アーチャー) である。

遠距離攻撃は魔法というのが常識であるハンターにおいて、 射手(アーチャー) という職はとても珍しい。

弓矢の威力はかなり強力だ。特にマナ・マテリアルで強化されたハンターの膂力で放たれるそれは分厚い金属鎧すら貫通する。 射手(アーチャー) が弱いわけではないが、対応力が求められる宝物殿では魔導師の方が何かと便利なのだ。

それは、彼ら『黒金十字』が宝物殿の探査よりも魔物の討伐を得意としたハンターである証とも言えた。

パーティの先頭を歩くのはリーダーであるスヴェンだ。その後ろに重装備の仲間が続く。

黒鉄色の全身鎧。剣と盾であらゆる攻撃を受け持つ 剣士(ソードマン) が二人、護りの魔法を得意とした 魔導師(マギ) に、広域殲滅を担当する魔導師、そして最後に、最近加入したばかりの回復のエキスパート。

薄暗い通路だったがその面々の足取りに迷いも恐怖もない。

ふと先頭のスヴェンが歩みを止め、その手に持っていた長い弓を構える。それに伴い、後ろからついてくる仲間も同じように足を止める。

黒い金属製の弓だ。自然な動作で背中の筒から一本の長い矢を抜くと、慣れきった動作で弦につがえる。

弓も矢もハンターが使う特別製だ。剛性と強度に特化して精製された弓は常人では引くことすら出来ず、そこから放たれる矢も冗談のように太く長く重い。

弦がぎりりときしみ、金属弓がその膂力により大きく撓む。

進行方向の角からふと顔を出す。真紅の装甲をまとった狼の騎士だ。

それと同時に、スヴェンが矢を放った。

まるで砲弾のようだった。風切り音とは思えない太い音と共に放たれた矢は狙い違わず真紅のウルフナイトの頭蓋に突き刺さり、それだけでは止まらずその頭を完全に吹き飛ばし、そのまま壁に突き刺さる。

一瞬で頭を失ったウルフナイトの肉体はしばらく痙攣していたが、そのまま空気中に溶けるように消えた。

咆哮すら、断末魔の叫びの間すら存在しない極限の一射。幻影を反応させる間すらなく易易と屠ったスヴェンは、壁に突き刺さった矢を矢筒に戻し、そのまま特に何事もなかったかのように歩みを進めていった。

現れる幻影の数は決して少なくはない。だが、全ての幻影は、赤毛の狼も白銀の毛の狼も無関係に、出会い頭に放たれるスヴェンの一矢によってその頭蓋を射抜かれ、咆哮を上げる間すらなく消失していった。

『黒金十字』は魔物討伐を得意とするハンターだ。だが、宝物殿の攻略を苦手としているわけではない。

特に、『白狼の巣』には罠などの危険なギミックが存在しない。

そこまで多くの幻影が同時に現れないこの宝物殿は『黒金十字』にとって非常にやりやすい宝物殿といえた。

パーティの面々の表情も戦場にあって、どこか弛緩していた。唯一、少しばかり緊張しているのは最近加入したばかりの青年―― 治癒術師(ライター) のヘンリクだけだ。

地図の半ばまで進んだ所で、スヴェンが軽い声をあげた。

「うーん、確かにレベルは上がっちゃいるが、特に変わった所はねえな」

「先行したハンター達も何も見つけられなかったみたいだしねえ」

仲間の赤髪の女魔導師――攻撃魔法の使い手であるマリエッタがのんびりとそれに相槌をうつ。

異常が発生しているのは間違いない。間違いないが、原因に見当がつかない。

『黒金十字』はパーティ全員での戦闘能力こそ高いが、調査能力は並のパーティの域を出ない。

もっとも、依頼をあげてきた探索者協会もそこまでは多くの事は望んでいないだろう。もしももっと詳細な調査が必要なのだとしたら、それ専門の研究者をつけるはずだ。

どこか和やかに話すスヴェン達に、ヘンリクがおずおずと口を挟んだ。

「スヴェンさん、僕達が受けるまでもなかったのでは?」

「んー……頼まれちまったからなあ……」

その言葉に、スヴェンが頬を掻いた。

『黒金十字』が『白狼の巣』の調査要請を受けたのは、クライからの言付けを届けに探索者協会に寄った時だった。

別に受ける義理はなかったが、自分達のクランマスターの『忙しいから行けない』という言伝を届けた後だったので、パーティで相談の末受けることにした。時間があったというのも一つの理由ではある。

ヘンリクの表情はどこか不満げだ。

自分のパーティがお使いさせられた挙句、巻き込まれるような形で依頼を受けたのが少し気にかかっているのだろう。

その表情に、スヴェンが宥めるように言う。

「まぁ宝物殿の探索も勉強だ。それに、探索前に言っただろ? 街に残っていても構わねえって」

「……そういうわけにはいきません。僕もこのパーティの一員ですから……」

姿勢を正す青年の背中を、後ろを寡黙に守っていた剣士が叩く。

咳き込むヘンリクに、笑い声が起こった。

「――げほっ、げほっ…………で、でも、まるで、あの、マスターの尻拭いをしているみたいで――」

「……まぁ、ヘンリク、お前にもいずれわかる」

まだモノ言いたげなその顔にスヴェンが野性味あふれる笑みを見せる。

ほかの仲間達がその言葉に何も反論しないのを見て、ヘンリクは小さく頷いた。

まともな戦闘も発生せず、歩くこと数十分。

ボス部屋まで後半分まで至った所で、ふとスヴェンの腰に下がっていた鞄が震えた。

スヴェンがすぐさま立ち止まり、鞄の中から黒い石を取り出す。

『足跡』は大きなクランだ。そのクランが他のクランと異なる点は、他のクランが幾つかのパーティの寄り合いといった側面が強いのに対し、高度に組織化されている点にある。

縛られる事を嫌うハンターにはなかなか見られない特徴だ。

『黒い石』は『共音石』と呼ばれる宝具だった。二対一組で発見され、片方の石に話しかけた言葉がもう片方に伝わる。情報伝達の手法としては類を見ないものだ。

スヴェンの持つ共音石は『黒金十字』で相談して購入したものであり、もう片方は緊急時にいつでも連絡がつくように、クランの本部においてあった。

『共音石』はとにかく高額だ。

高額且つ、宝具なので使用するのにもある程度の訓練が必要なものだが、たとえ発見されて市場に持ち込まれてもすぐに売れてしまう。

スヴェンの持つそれも伝手を辿って手に入れた物であり、そしてクランから頼まれてやったことではない。

耳元に石を近づけていたスヴェンの表情がみるみる内に顰められる。会話は数言だった。

「ああ、わかった。助かった」

動力を失った石をしまう。黙って辺りを警戒していた仲間を振り返る。

「一旦、外に出るぞ。状況が変わったらしい。クライの指示で『足跡』の増員が来る。スライムに気をつけろ。他のパーティにも伝える。撤退の笛を鳴らせ」

「え? ……え?」

「了解」

戸惑うヘンリクを置いて、剣士の一人が笛を鳴らす。

非常事態を示す鋭い音が洞窟内に響き渡った。