軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

321 神樹廻道②

崩れた門を通り抜ける。エリザ達は魔法の道と説明したが、周りの光景に大きな変化はなかった。言われなければ普通の道との区別はつかなかっただろう。

でこぼこした道なき道を、エリザの先導で進んでいく。

散々魔物に襲われた道中とは異なり、門をくぐってからは驚く程静かだった。葉の隙間から陽光が差し込む静かな森にはどこか神聖な空気が漂っていて、とても心地が良い。

足元はでこぼこしていたが、みみっくんの上に跨り移動する僕に隙などなかった。欲を言えば絨毯に乗せて貰えれば完璧だったが、贅沢は言うまい。

一方で、エリザから受け取った導は面白いくらいの勢いで回転を続けていた。最初に見せられた時はただの紐にくくりつけた宝石のように見えたが、動きが僕の想像以上にアグレッシブだ。

一体どのような力が作用したらこんな動きを始めるのだろうか、まったくわからない。

「しかし、静かなところねえ…………」

手を頭の後ろで組み、リラックスした様子で退屈そうな声をあげるリィズ。それに対して、ティノが油断なく周囲を見回しながら相槌を打つ。

「でも、なにか……感覚が狂わされている感じです」

「ふん…………鋭い感覚だ。秘術で空間がねじれている。正しい道を通らねば永遠に森の中をさまよい続ける事になるだろう。本来その導はそれを指し示すものなのだが――」

ラピスがちらりとこちらを見てくる。その眼差しも冷たいが、それ以上に後ろに伴った《星の聖雷》のメンバーの表情が険しい。精霊人の中で僕の味方はへっぽこっぷりを晒してきたクリュスとエリザだけのようだ。

大きく深呼吸をして、努めて場の空気を明るくすべく話しかける。

「つ、つまりこれは……正しい道がないって事?」

「何をやったらこんな風になるんだ、です…………精霊人の秘術に干渉できるような存在、なかなかいないはずなのに……」

そんなの、僕が聞きたいよ…………てか、標も何もなくない? 道一本しかないんだけど?

そんな事を考えていると、ふとティノがおずおずと声をあげる。

「しかし…………そもそも、一本道に見えますが……」

完全に僕の代弁をするティノに、ラピスが眉を顰めて言う。

「ふん…………目に見えるものだけが全てではないと知れ、ティノ・シェイド。《放浪》が案内しているから、一本しか見えていないだけだ」

「…………え?」

ティノが目を見開く。と同時に、先程までは何もなかった四方に道が現れた。

それはまさしく魔法のような光景だった。道が生える瞬間は見えなかった。先程までは確かに何もなかったはずだが、その自分の記憶にすら確信が持てない。

ティノが目を見開き、感嘆の声をあげる。

「これ、は…………!?」

「これが精霊人の秘術…………興味深いですね」

「でもなんか理不尽だよねえ。前情報なしだったら勘で進まなくちゃならないじゃん? まー踏破するけど」

リィズなら本当に踏破しそうだよなあ……優秀な盗賊には得てしてそういった第六感のようなものが備わっているものなのだ。

厄介事を起こす事もあるが、ことこういった場面に於いてリィズ程頼りになる存在はなかなかいない。

うんうん知った風な顔で頷いていると、そこで突然、リィズが僕の方を向いて、満面の笑みを浮かべた。

「今回はクライちゃんもいるしねえ?」

「…………うんうん、そうだね」

僕に一体何を求めているんだろう、リィズは。こうしている間もラピスの仲間達からの視線がだいぶきついのだが……。

しばらくエリザの先導で進んでいく。絶対になにか襲ってくるだろうという予想とは裏腹に、魔物が現れる気配はなかった。神樹廻道には危険な魔獣や幻獣がうようよしていると言う話だったが、どこかに出かけているのだろうか?

そんな事を考えていると、不意に視界が開けた。エリザが立ち止まり、リィズが小さく口笛を吹く。

目を丸くする。

深い森の中、唐突に現れた開けた空間に、最初に見た門に似た建造物が無数に存在していた。それぞれ門の先には似たような道が続いている。

その光景は、どこか宝物殿に似ているような気がした。各地に存在しているマナ・マテリアルから成る宝物殿はしばしばどこか超常的な雰囲気を持っているものだ。

なんとなく唇をぺろりと舐め、ハードボイルドに言う。

「なるほど……ここからが本番か。面白くなってきたな」

「ここまで何も起こらなかったのは、エリザが先導したからだろ、です!」

何かいいたげな視線を向けてくるエリザに、クリュスがすかさず補足を入れる。

エリザは一度気だるげなため息をつくと、じっと幾つもの門を見て言った。

「…………ここまでは感覚が鋭ければなんとかなる。でも、ここから先、導なしで進むのは、困難。広大な砂漠を当てもなく彷徨うようなもの」

「確かに…………何も伝わってこない。これは、厄介かも」

数秒、目を瞑り神経を研ぎ澄ませていたリィズが、可愛らしい唸り声を上げる。

たった一人世界中を放浪したエリザや、盗賊として類まれな資質を持つリィズでも困難なのか……。

導は相変わらずぐるぐる回転していた。本来はこの幾つもの門の中の一つを示すのだろうか?

ついでに『 愚か者の道標(ルーザーズ・サイン) 』の方も確認するが、そちらもぐるぐる回っている。なんだか僕も一緒に回りたい気分だ。

…………ところで、これまでの道とここから先で何が違うのかわからないのって僕だけ?

「ヨワニンゲン、お前の持ってきた道具、本当に役に立たないな、です」

「そんな…………クリュスさん、本当の事だからって言っていいことと悪い事が――クライさんのコレクションには楽しいものが沢山あるんですよ! 私にだってぴったりの宝具をプレゼントしてくれたんですから!」

なすすべもなく回転を続ける宝具を眺める僕を見て、クリュスがため息をついて言う。

常に無条件で僕の味方をしてくれるシトリーがすかさずフォローを入れてくれるが……本当にそれはフォローなのだろうか?

そりゃ、僕のコレクションには変わったものが多いけど、一応は実用品なのだ。僕はみみっくんから降りると、ぱんぱんと手を払って言った。

「ふん……なるほど、ね」

「ますたぁ……まさか、何か奥の手が!?」

僕の宝具も役に立つところを見せてやろうじゃないか!

確かに『 愚か者の道標(ルーザーズ・サイン) 』は役に立たないし、正しい道を教えてくれるような宝具もない(そんなものがあったらとっくに使ってる)。

だが、そんな物などなくたって正しい道を確認する方法はあるはずだ。

周囲を警戒していたティノを見る。

時にはシンプルに考えたほうが解決に近づく事もある。危険な道がわからないのであれば、空から確認すればいいのだ!

盗賊の視力ならばはるか上空からでも状況を把握できるだろう。

「役に立たないとか酷い事を言うね……かーくんがあれば空から道を確認するって手も――」

「!! ますたぁ、私の出番ですね!? かーくん!」

僕の言葉と視線に全てを察したティノがぴょんと跳び上がると、近くでふわふわしていたかーくんが機敏な動きで足元に飛来しその身体をキャッチする。

ティノが指を咥え指笛を吹くと、かーくんはティノを乗せたまま勢いよく宙に飛び上がった。

以心伝心でかーくんを操るその様は僕の理想そのものだった。宝具とハンターには相性というものが存在するが、どうやらティノはかーくんと相性が良かったらしい。

残念と言えば残念だが、まあ僕が絨毯だったとしても僕よりもティノを乗せるから仕方ないな……エクレール嬢から貰った 進化する鬼面(オーバー・グリード) もティノに適合していたし、もしかしたらティノには宝具使いの才能があるのかもしれない。

大きく助走のように宙を滑り、一気に急上昇するティノとかーくん。その様子に、クリュスが目を見開き、エリザが「あっ」と小さな声を出す。

そして、一気に天高くまで到達したところで、不意にティノ達が空中で弾け飛んだ。

ばちんという大きな音。吹き飛ばされたティノが錐揉み回転しながら勢いよく僕にぶつかり、とっさに受け止める。

僕の方は結界指の力で無傷だが、ティノ側が受ける衝撃は変わらない。

恐る恐る確認すると、身を縮めていたティノが顔をあげ、目と目が合う。ぽかんとした表情がみるみるうちに紅潮し、ばっとその場から飛び退った。

「ごご、ごめんなさい、ますたぁッ! あ…………ああ、ありがとうございます! 受け止めて頂いて――お姉さま、これは、違うんです! ただ、予想外だっただけで、わざととかでは――」

「…………」

いや、それはいいんだけど…………そもそも受け止めてないし。

結界指のある僕はただの壁なのだ。抱きしめて衝撃から守ることはできても、高速で飛んでくるティノを無傷で受け止める事はできない。

今のティノはいわば壁に叩きつけられた状態なのだ……が、君、ぴんぴんしてるね。…………そろそろ認定レベル上がるんじゃない?

ティノの体たらくが気に入らなかったのか、リィズがむっとした表情をするが、僕がぶんぶんと首を横に振ると、傷ついたような表情をするに留めた。

ティノもだが、リィズももしかしたら少しずつ成長しているのかもしれない。

エリザが深々とため息をつき、空を見て言う。

「…………空からのルートは、封鎖されている。ずるはできない。今みたいに、弾かれる…………」

「はぁ……そんな単純な方法で魔法の迷宮を攻略できるわけがないでしょう。ティーちゃん、クライさんの言うこと、最後までしっかり聞かないと、ダメよ?」

怖い笑顔のシトリーに詰め寄られ、ティノがびくりと身体を震わせる。

いや、ティノは僕の言う通りにしただけなんだけど…………そう言われてみれば、途中で飛び出してたね。

《星の聖雷》達も何事か険しい表情でひそひそ話をしながらこちらを見ている。

一説によると、精霊人は非常に仲間思いらしい。このままではただでさえ底辺にある僕の立ち位置が地の底まで落ちてしまう。

それはそれで構わないが、落ちるにしても今はないだろう。

僕は手をぱちんと叩いて言った。

「よし、ティノのおかげで空がダメな事もわかったね。ちゃんと門をくぐって行く事にしよう」

「ヨワニンゲン、お前いい加減にしないと、ティノに殴られるぞ、です」

「わ、私は、殴ったりしません! ますたぁ!」

これまでさんざん巻き込んでいるし、むしろそろそろ殴って欲しいかもしれない。

もちろん死んじゃうから、手は抜いてもらう必要はあるけど――。

そこで、リィズが仕方ないと言わんばかりに腰に手を当てて言った。

「まぁ、ティーの体たらくについては後でお話しするとして……で、クライちゃん、どれにするの?」

「え? ……………………そ、そうだね。どれにしようかな……」

あぁ、また僕が決めるのね……はいはい。ところで正規ルートってどこ? 導も全く役に立たないし――。

リィズ達が僕に判断を任せるのはいつも通りだが、今回はエリザも黙ったまま僕を見ている。僕は調べるふりをしながら各門をぐるぐる回った。

当たり前だが、どれが正解かなど、わかるわけもない。何しろ、リィズでもわからないのだ。

そして、わからないという事は、どれを選んでも一緒という事である。

適当に一番大きな門の前に立つと、皆がぞろぞろと近寄ってくる。昔はいちいちこういう局面でお腹が痛くなったりしていたものだが、今は相当な事でもない限り平気だ。

「それにしたのか、です」

「根拠はなんですか、リーダー?」

ルシアが微塵もこちらを信頼してない様子で尋ねてくる。信頼してないのに根拠があると思われているのが不思議でならない。

僕は無意味に人差し指でとんとんと自分の頭を叩いて言った。

「勘…………かな?」

「………………」

「クー…………待って」

皆が白い目を僕に向ける中、エリザが前に出る。門の前に立つと、目を窄めてじっと門の奥を見る。

もともと、精霊人には種族的に、魔術的な資質と鋭敏で特殊な感覚が備わっているという。故に、精霊人は魔導師か盗賊になる事が多いのだ。

その感覚は人間の盗賊には再現できないものらしい。精霊人の盗賊は生存能力に優れている者が多いというが、中でもエリザのその能力は並外れている。

エリザが門の中を確認していたのは数秒だった。すぐに僕に責めるような目つきを向け、首をふるふると横に振る。

「ここは…………ダメ」

「!? お、おい、ヨワニンゲン!!」

どうやらダメだったらしい。慌てた様子で声をあげるクリュスに、ぴきりと引きつった表情を向けてくる《星の聖雷》のメンバー達。

僕も理由を言っていなければ、エリザもダメな理由を言っていないのだが、どうやらエリザの方が信頼されているらしい。

僕は小さく咳払いをすると、すぐ隣の門の前にさも当然のように移動して言った。

「冗談だよ。こっちの門が正しい気がする」

エリザが真顔で門に近づき、すぐに首を横に振る。

「………………ここも、ダメ」

「ますたぁ……」

集中する視線。シトリーが穏やかな笑みを浮かべ、ルシアが深々とため息をつく。いたたまれない気分になってくるが、そもそもエリザが正しい道を教えてくれればいいだけの話だ。

《星の聖雷》はぷるぷると震えていた。ラピスが睨みを利かせているのでまだおとなしいが、いつ爆発してもおかしくはない。

「仕方ない、エリザ。君に任せるよ」

「…………わかった」

最初からそうしてくれていいのに。

皆が見ている中、エリザがふらふらとした足取りで各門を確認しに行く。チェックは一瞬だ、何も確認していない僕よりも確認時間は短いかもしれない。

そして、やがてその足が一つの小さな門の前で停止した。しばらくその場に佇むと、こちらを向き、視線で訴えてくる。

「ここが、一番嫌な感じがしない」

「なるほど、エリザの選択はそれか…………悪くないな」

「エリザお姉さま……精霊人の感覚って独特ですよね、ますたぁ」

うんうん、そうだね。嫌な感じがしない、かあ……その感覚、僕も欲しいな。僕もいつも割と嫌な感じはしないのだが、当たった試しがない。逆にエリザはその能力でソロをやっていたというのだから、本当に適性というものはあるものだ。

エリザの選んだ門に近付く。門は他のものと同様、岩でできていて、表面に苔が生えていた。エリザ同様、僕も嫌な感じはしないが――近くから確認しても僕が選んだ門と何も変わらないように見える。

だが、エリザが加入してから《嘆きの亡霊》が絶体絶命の事態に陥る回数は減ったという。その腕前に疑いはない(ちなみにエリザは《嘆きの亡霊》に参加してから危険な事態に陥る回数が増えたらしい。謎)

なんとなく門をペタペタと触り、意気揚々と門をくぐろうとしたその時、エリザが鋭い声をあげた。

「待って、クー!!」

「え……!? な、何!?」

エリザが門の前に佇む僕の身体を押しのけ、門を見上げる。珍しい事に随分険しい表情だ。ぴんと立った耳がぴくぴくと震えていた。

やがて、こちらを見ると、眉を困ったように寄せて言う。

「………………この門は、駄目」

「……え?」

「今、駄目になった」

どういう事さ……。

こんな事は初めてなのか、ルシアやシトリーも顔を見合わせている。

エリザが再び門の確認を再開する。すたすたと各門の前を通り過ぎると、再び一つの門で立ち止まった。

「…………ここ。間違いない」

正しい道って一本しかないんじゃ――いや、何も言うまい。

どうせ他に正しい道を知る手段もないのだ。導もずっとぐるぐる回ってるし……。

「ふん…………精霊人の中でも特に鋭敏な感覚を誇り、複雑怪奇な地下迷宮を一度も迷わず踏破したかの《放浪》が一瞬とはいえ道を見誤るとは――さすが王族の秘術、一筋縄ではいかないようだな」

ラピスが惚れ惚れするような優雅な歩みで門に近付き、クリュス達が後に続く。

エリザ、そんな事してたのか…………まぁでもどんな一流でも、ミスくらいあるよね。『一流ハンター落とし穴に落ちる』なんてことわざもあるわけで。

「んー……やっぱり、なんか不思議な感じ。中どうなってるんだろう?」

「空間がねじれています。空気の流れや光の流れも他とは違っていて――だから、感覚が鋭い人の方が迷うのかも。リィズの天敵ですね」

首を傾げながら門を見上げるリィズに、眉を顰めるルシア。珍しい反応だ。

エリザを仲間に引き入れた僕の目も捨てたものではないな。

声に出さずに自画自賛しながら門に近づき、ごつごつした表面を撫でる。そして、一歩足を踏み入れようとしたその時、エリザが叫んだ。

「クー、待って!」

「…………え?」

思わず立ち止まる僕の手を引き、エリザが前に出る。エリザはしばらく無言で門を凝視していたが、大きくため息をついた。

「この門は……駄目」

「え?」

いつもぼんやりしつつも締めるべきところはしっかり締めているエリザが二回連続で同じミスをする……?

思わず目を丸くし、顔を凝視してしまう僕に、エリザはまるで言い訳でもするかのように言った。

「ついさっきまで問題なかったのに、今、駄目になった。クー…………あなた、何をしたの?」