軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

320 神樹廻道

「アンセムさん……ストレス溜まってるんでしょうか……?」

ルシアが気の毒なものでも見るような目で見てしまうくらい、アンセムの暴れっぷりは圧巻だった。

群がる戦闘蟻達を縦横無尽に蹴散らし、アンセムが前に進む。木々が、蟻が盛大に弾け飛び、轟音を立てて地面に突き刺さる。

昔のアンセムを知る者が今の彼を見ても、彼があの小柄で心優しい青年だったと気づく者はいないだろう(今も心は優しいけど)。

「多分、久々にクライさんがいるのでお兄ちゃんも張り切っているんだと……」

馬車を操っていたシトリーがフォローを入れてくれるが、果たしてそれはフォローになっているのだろうか?

アンセムの攻撃を回避した戦闘蟻を、優雅さすら感じさせる動きで蹴り飛ばしながら、ティノが叫ぶ。

「お姉さま、数が多いですッ! 戦闘蟻なんて、こんな森に出る魔物じゃないはずなのに!!」

険しい声だが、激しい動きをしながらもその表情にはまだ余裕があった。もともと彼女の成長速度は速かったが、本当に最近は成長著しいようで先輩として嬉しいと同時に寂しさを感じてしまう今日この頃です。絨毯の操作まで先に習得されたし……。

ティノと共にアンセムの取りこぼしを殲滅していたリィズが不意にこちらを見て叫ぶ。

「つまり、そういう事でしょ! ねぇ、クライちゃん?」

「……うんうん、そうだね」

出現するわけがない魔物が出るなんてありふれてるし、上位種が出る事もままある。そもそも英雄譚というのは波乱万丈なものだ。

どこに撃っても敵に当たりそうな四面楚歌の状況で、攻撃魔法を打ち続けながらクリュスが額の汗を拭って言う。

「…………はぁ、はぁ……ま、まぁ、町中でチルドラゴンが出るよりはマシだな、です」

そうでしょう、そうでしょう! 一度酷い目に遭えば、二度目からはそれとの比較になってくる。

さすがの僕でもいつもやばい事件ランキングを更新し続けているわけではない。

しかし、あの魔王とやらと戦った時も思ったが、本当に今回の僕達のパーティ、攻撃力高いなあ。

もともと《嘆きの亡霊》は殲滅力に秀でたパーティだが、そこに魔法を呼吸感覚で撃つラピス達が加わり、恐ろしい突破力が実現されていた。四方から群がってくる戦闘蟻達を全く寄せ付けていない。

たとえ武装していたとしても所詮は剣、魔法よりもリーチが長いわけがないのだ。攻撃魔法を打ち込む《星の聖雷》の魔導師達は優美で、残忍で、人間の想像する精霊人そのものだった。

「…………これが、戦争、か」

「ふん。精霊人の管理する森でこのような魔物が現れるとは…………しかも、我々の動きを阻もうとする明確な意思を感じる。《千変万化》、貴様、何か知っているのか?」

現れた戦闘蟻を五体まとめて風の刃で切り裂いたラピスがこちらをちらりと見る。

言うまでもない事だが僕は何も知らないし、そもそも今回、森に入る事になったのは僕の意志じゃない。

反論しようと口を開きかけたところで、話を聞きつけたエリザが窘めるように言った。

「今はそんな話をしている場合ではない。待ち合わせ場所へ急ぐべき」

「…………まったく、その通りだな。話はユグドラについた後、夜にでもじっくりするとしよう」

ナイスフォローというべきか、弁明の機会を失ったと悲しむべきか。

僕はすぐに反論するか迷ったが、言い合いになるのが目に見えていたので肩を竦めるに留めた。夜には話をするのを忘れているかもしれないし……。

「しかし、相手は剣を持っているってのに、肝心のルークが石になっているなんて……」

「千人斬り試してみたいって言ってましたしね……」

ルシアが水を操り、こちらに向かって放たれる無数の矢を絡め取りながら言う。

どうしたのだろうか、今回のルークは本当に間が悪いな。

「うおおおおおおおおおおおおおお!!」

「…………まぁ、アンセムさんが大暴れしているのでそう簡単に入っていけないでしょうが」

一番集中して群がられているアンセムが身を震わせ、咆哮する。それだけでとりついていた蟻たちがぼろぼろと落ち、そのまま太い腕で、足で、吹き飛ばされる。

アンセム、大暴れしている時、結構狙い甘いからな……アンセムの戦闘中に割り込んでいけるのはルシアだけだ。

御者をしていたシトリーがぽんと手を打ち、発言する。

「確かに、相手の目的は足止めのようです。死兵ですね…………馬車では足が遅いかもしれません。ここで捨てましょう」

「はぁ!? 百歩譲って馬車は捨てたとして、馬はどうするんだ、です!」

「? 我々の馬はしっかり魔物の群れから逃げきり帰還できるように訓練しています。《星の聖雷》は違うのですか?」

シトリーの言葉に、ラピスが眉を顰める。

ハンターの馬車を引き魔境を旅できる馬は貴重だ。特に、《星の聖雷》の馬車を引いていたのは余りそういうのに興味がない僕でも惚れ惚れするような美しい馬だったので、見捨てるのははばかられるだろう。

というか、シトリーの発言には少しだけ誤りがある。訓練したというか、結果的にそういう馬だけが生き残っているのだ。うちの馬車、襲われすぎだからね……。

だが、今回は見捨てる必要はない。僕達にはみみっくんがいる。馬は巨体だが、みみっくんの口も大きいので無理をすれば入れられるだろう。馬車は諦めてもらうしかないけど……。

久々に宝具が役に立っていて嬉しいよ。やはり『時空鞄』が最も優秀な宝具であったか。

僕は指を鳴らすと、みみっくんに指示を出した。

§ § §

「最初に戦った時も思ったが――強い!! 圧倒的な力。本当に、なんて種なんだ、あの魔物は? ゾークよりもパワフルだなんて……どこに生息しているんだ?」

現人鏡を覗き込みながら、クイントが目を輝かせて言う。鏡の中では巨人が戦闘蟻の群れを鎧袖一触に蹴散らしていた。

戦闘蟻は高い社会性を持つ魔物だ。こと戦闘にかけてその連携は熟達した人間の兵士に匹敵する。高度な連携から成る包囲陣を力尽くで突き破っていく様子は敵ながら圧巻だ。

「今わかるのは人型だって事だけですねー。私はむしろ、あの宝箱の魔物の方が気になりますがー」

馬をぺろりと飲み込んだ姿は衝撃的だった。魔物に餌をやったとも思えないから、恐らく出し入れ自由なのだろう。

何らかの制限はありそうだが、利便性は現人鏡に匹敵する。叶うのならばどこで手に入れたのか教えて欲しいくらいだ。

やはり、相手の保有する戦力はかなりのものだ。これまで《千鬼夜行》が相手をしてきた連中と一緒にしては痛い目を見るだろう。

初戦と二戦目で確信できた。少なくとも、今のウーノ達では決め手に欠ける。ましてや、《千変万化》はまだ明確な動きを見せていない。

だが、それはそれとして、未知の魔物はいいものだ。熱を込めて話し合うウーノとクイントに対して、アドラーが不機嫌そうに鼻を鳴らして言う。

「だが、足止めはできた。いや……足止めさせて貰った、かな? …………ここが神樹廻道、か。ただの古びた門に見えるが――」

導に導かれ進むこと数時間。獣道の途中に唐突に現れた苔むした岩の門は妙に神秘的で、しかしただの遺跡にしか見えなかった。

門の向こうには森が続いており、導は道もないその向こう、木立の奥を指し示している。

「魔法の道か…………外から見ても違和感がない。これは、気づかないね」

「ですが、集中すれば極僅かに、不可思議な力が働いているのは感じますー。何かあるのは確実かとー」

門の中。深緑の森は静かで、風の音すらほとんどしない。逆にその事実が門の先に続くのがただの森ではない事を示している。

目を窄め森の奥を睨みつけていたアドラーが、足元の石を苛立たしげに蹴りつける。

近くでとぐろを巻いていた星喰いがまるで警戒を示すかのように、頭頂から生えた触角を動かす。

古代種である星喰百足にとって大抵の魔物はただの餌に過ぎない。

「珍しいね……星喰いも興奮しているようだ。どうやら、この先で待っているのは、かなりの強敵らしい。覚悟はできているね?」

「…………もちろんですよー!」

「今更戻るのはなしだぜ、王様。あの《不動不変》より強い魔物を調伏するぞ!」

門を躊躇いなくくぐるアドラーに、ウーノとクイントが続く。

ゾークが大地を震わせその後に続き、星喰いが吠え、門を無理やり通り抜ける。

その硬い装甲にぶつかった門に亀裂が奔り、崩落する。そして、静寂が訪れた。

§ § §

馬車を捨て、群がってくる戦闘蟻やその他の魔物達を蹴散らしながら最速で前に進む。

僕が変わったのは馬車に乗るかみみっくんの上に乗るかだけだったが、馬車という大きな荷物のなくなったアンセム達を止められる者はいなかった。

勇猛果敢にして意気軒昂。今回はおまけに、森に詳しいラピス達までいるのだ。いくらトラブルがやってくる僕でも、問題などそうそう起こる訳がない。

大暴れしている幼馴染みの様子をうんうん頷きながら後ろから眺めていると、不意にずずんと大きな音がして、先頭を切り開いていたアンセムの身体が地に沈んだ。

「!? アンセムお兄様!?」

「…………あー、落とし穴か…………」

一瞬で頭まで地面に埋まったアンセムに、戦闘蟻達がぞろぞろと現れる。

どうやら進行方向に先回りして穴を掘って待っていたらしい。メンバーはアンセムだけではないのでアンセム一人を落としたところでどうしようもないのだが、本当に賢い魔物だ。

現れる手に各々武器を持った屈強な兵士達。一瞬、場に静寂が満ちる。

だが、すぐにそれは咆哮に破られた。

みみっくんが気圧されたようにばっこんと一歩後ろに下がる。

地面が震え、巨体が穴の中から凄まじい勢いで飛び出る。アンセムが跳んだのだ。

彼はとても重そうだし実際に重いが、フィジカルの強さにマナ・マテリアルの大部分を割り振っている(癒しの力も一級品なのは努力の賜)。決して鈍重ではない。

落とし穴で彼の動きを止めるのは無理だ。埋められても無理。実際に埋められた事だってある。

ぐしゃりぐしゃりと堅いものが潰れる音。

飛び出したアンセムは群がってきた蟻の兵士達を踏み潰すと、そのまま腕を横薙ぎに払い、蟻共を蹴散らした。

群がってきた蟻達の剣や槍も、木々の影から撃ちかけた矢の雨もその鉄壁の守りを破ることはできない。

本当にもうどっちが魔物だかわからないな……。

相手がシトリーの言う通り死兵だったとしても、意志だけではどうにもならない事がこの世にはある。まぁ、どうにかなってしまう事もあるんだけど――。

一通りなぎ倒すと、そのままアンセムは何事もなかったように進軍を再開する。さすがに今の光景はショックだったのか、《星の聖雷》のメンバーの顔から血の気が引いていた。

ふと後ろを見ると、通り過ぎた道はおびただしい数の魔物の死骸が積み上がっている。

帰りにこの道は通りたくないなあ…………。

そんな事を考えたその時、それまで足を止める事なく進んでいたアンセムが停止した。

エリザがみみっくんにまたがっている僕に近づいてくる。

落ち着いた声。どこかぼんやりとしたような目が僕を見上げていた。

「クー、ついた」

「どれどれ……」

エリザは《嘆きの亡霊》では新米だし、別に求めたわけではないのだが、いつも僕をパーティリーダーとして立ててくれる。

まぁ、僕が彼女の冒険に同行することなんて滅多にないけど――。

みみっくんから降りて、エリザの示す方に向かう。ピンと伸びたその指の先にあったのは、大量の岩だった。

いや、ただの岩ではない。明らかに人工物だ。苔むしてはいるが、成形されている。

エリザが胸元から導を取り出し、目の前に掲げる。紐にくくりつけられた導はくるくる回るとぴたりと崩れ落ちた門の方を差した。

ラピスがしかめっ面で問いかけてくる。

「ようやくたどり着いたな。これが神樹廻道の門、か……崩れ落ちているが――いや、そもそも、迎えはどうなった?」

「わからない。待っている手はずだったけど……そもそも、これ……崩れている。異常」

エリザがこちらを見てくる。僕に何を求めているのだろうか?

幼馴染ならば考えている事は想像がつくのだが、まだ彼女の考えはわからないところがある。

とりあえず思案げな表情を作っていると、クリュスが形の良い眉を顰めて言った。

「しかし、門が崩れていたら入れないんじゃないのか? です。なぁヨワニンゲン?」

「問題ない。門はただの目印。その証拠に、導はこの先を示している」

「無駄足にならないのは良かったけど…………待ち合わせしてるんでしょ? どうする? クライちゃん」

そりゃ…………どうしようねえ。

「…………ニ、ニンゲン……これは、どうみてもお前の――」

後ろにいたラピスの仲間の一人が震える声をあげる。まぁ、そうなるよね……と思ったところで、ラピスが先程よりも更に機嫌が悪そうな声で止めた。

「よせ。忘れたのか? クランに所属している以上、クランマスター――つまり、この男には敬意を表する、と決めた事を」

「…………わかっているさ。悪かったな、ニンゲン」

ふてくされたように仲間の精霊人が黙る。ラピス……これでも気を遣っていたのか。

だが、僕がまずい事をしてしまったのは確かだ。門の破壊や迎えの不在が僕のミスの結果かはわからないが(だって門を破壊する意味なんてないみたいだし)、一刻も早く状況を確認する必要がある。

エリザの持っている導を受け取り、皆を見回して言う。

「………………ともかく、中に入ってみよう」

ハードボイルドな宣言に対するエリザ達の反応は、しかし予想外のものだった。

目を見開き、愕然としたようにエリザが呟く。

「………………クー……」

「よ、よわにんげん、それ――」

「!? 兄さん、こ、今度は何をやったんですか!?」

「え…………??」

皆の視線は僕の手元に向かっていた。目をしばたかせ、受け取ったばかりの導を確認する。

受け取ったその瞬間までぴたりと一カ所を示して止まっていた導が風もないのにくるくると回転していた。

思わず目を丸くする。

「!? あれ? なんで……?」

「知るか、です!」

どうしていいかわからずエリザに導を返すが、回転は止まる様子がない。

もしかして…………壊れた? 手に持っただけなのに?

「…………ゆ、由々しき状況だな」

「さ、さすがです、クライさん……」

「うーむ……」

いつも笑顔のシトリーが頬を引きつらせ、アンセムが諦観の篭められたうめき声をあげる。

僕、なんか悪いことやった? いや、やってない。そもそもあらゆる資質を持たない僕では何かしようとしても何もできないはずだ。

「…………こ、これはきっと自然現象だよ。鉱物資源の多い場所では方位磁石が狂う事もあるって言うじゃん?」

「それは磁石じゃないだろ、です!」

いや、まぁ…………そうだね。そもそもさっきまでは止まっていたしなあ。

小さくため息をつき、懐から羅針盤型宝具を取り出す。

そして、蓋を開け中を確認し、深々とため息をついた。

やっぱり針、門の方向いてるよ…………しかもこの空気、行かないわけにもいかない。逆に置いて行かれたら死んでしまう。

ルークを救うにはどちらにせよ行かないといけないしね……

「まぁいいや、早速出発しようか。隊列はどうしようかな…………」

これからゆく道は魔法の道だという。蟻の魔物も現れないだろうし、アンセムに暴れさせるのは得策ではないかもしれない。

かといってリィズに任せるのもな……未知が大好きなうちのメンバー達はしばしば暴走してしまうのだ。

久々のリーダーらしい仕事に取り掛かろうとする僕に、エリザがずいと前に出て、珍しい事に真剣な表情で宣言した。

「…………クー、私が先導する。これは、遊びじゃない」